お前が俺たちを自慢に思っていてくれるように、お前も俺たちの自慢なんだ。 だから、絶対何からも、誰からも守ってやるよ。 可愛い、愛しい俺たちの…… 突如、池袋に女性特有の甲高い声が木霊する。 きゃーきゃーという聞こえてきた黄色い声援と撮影隊に帝人はそういえば今朝、池袋で撮影があると言っていた次兄の姿を思い出した。 集まる女性たちの隙間から除けばそこには黒のジャケットに身を包んだ今話題のアイドル、羽島幽平がスタッフに囲まれながら立っているではないか。 (やっぱり幽にぃは何を着てもかっこいいなぁ…) 羽島幽平こと、本名、平和島幽。平和島家の次男であり、帝人の自慢の兄の一人だ。 今をときめくトップアイドル。どんな役でもこなし、無表情なその顔がミステリアスでクールだと女性たちの心を鷲掴みにするその人が、なんの変哲もない帝人の兄であると知る人は少ない。 ぼけーっとそんなことを考えていた帝人は、今日一番の女性たちの声援で現実に戻される。 何事かと見てみればこちらに向かって手を振る幽の姿。ファンに向かって手を振っているようにも見えるが帝人にはわかる。 幽の視線ははっきりと帝人の姿を捉えていて、帝人に向かって手を振っているのだ。 こんなに大勢の中、しかも人垣の隙間からでも帝人の姿を見つけてくれる次兄に照れくさそうに手を振り返して、ファンにばれない内にとその場を離れた。 次に帝人が見たのは道路標識を片手に暴れる長兄の姿。 その眼前にはすっかり縮こまってしまった中年男性の姿があることからまた仕事中に我慢できず、怒りを爆発させてしまったのだろう。 今まさに男性に向かって標識を振りかぶろうとしている長兄の名を帝人は呼んだ。 「静にぃ。」 すると、平和島家の長兄である、平和島静雄は時間が止まったかのようにぴたりと止まってしまった。 振りかぶっていた道路標識をおろし、静雄は緩慢にその声の発信源へと向き直る。 この世界で池袋の喧嘩人形の静雄をその呼び方でよぶのは一人しかいない。 案の定、振り向いた先にはにっこりと笑っている愛しい大事にしてやまない末弟の姿。 「み、みかど…」 「静にぃ、そんなの振り回してたら怪我どころじゃすまないってわかってるよね。それに!静にぃが暴れて汚した服を誰が洗濯すると思ってるの!?」 この場に幽がいたらそういう問題?とツッコミを入れただろうが、残念ながら今は不在である。 すまない、と高校生に謝り倒す静雄を見ながら珍しいこともあるもんだと、背後で静雄の上司であるトムは思わず咥えていた煙草を落とす。それを足でもみ消して今まさに逃げようとする取立て対象の男の襟首を掴んだ。 「とりあえず、お前はちゃんと金払え。命があるだっけめっけもんだろう?」 そういって男の財布から必要なお金を抜き取って解放する。 「あ、すんませんトムさん。」 「わあ!すみません!お仕事の邪魔しちゃって!」 そこでようやくトムに気づいた帝人は慌てて頭を下げた。 改めて見る少年は本当にどこにでもいる男子高校生で、普通に生活していれば取り立ての仕事をしている静雄とは関ることのないだろう子供。 それがまた、どうして。と傾げるトムの疑問はすぐに解消される。 「初めまして、平和島帝人です。」 「……………は?」 少年の口から語られた真実にたっぷりと30秒ほど間をあけて、トムの口からはそんな言葉しか出てこなかった。 「弟っす。」 「へぇ〜。お前に羽島幽平以外に弟がいたとはなぁ…」 先程の所から場所を少し移動させて、静雄とトムはコーヒーを、帝人はコーラを飲みながら立ち話をしていた。 「それにしても…」 トムは隣同士に立つ静雄と帝人を見比べる。言っていいものか迷うトムに帝人はくすりと笑って自分からその続きを言う。 「似てないですよね。」 「え、あ、…そうだな。」 「似てないのは当たり前なんです。だって僕養子ですから。」 「…………あぁ…えと、その…すまん。いらんこと言わせた。」 トムはしまった。とばかりに自身の頭を掻く。静雄の視線も痛い。 「気にしないでください。毎回言われるので慣れました。」 特に気にした風でもなく笑う帝人にトムは一層罪悪感に駆られる。 「そういえば、帝人君はこれからどっか行く予定だったのか?」 「はい。夕飯の買い物に。」 「…静雄、今日の仕事はもういい。社長には俺から言っておくから帝人君と帰れ。」 「え、でも…」 「幸いあいつで今日の分は終了で、事務所に戻るだけだったから大丈夫だ。ってことで、はいお疲れさん。」 ひらひらと手を振ってトムは帝人たちに背を向ける。 しばらくしてから振り向くと仲睦まじく歩く帝人と静雄。 その姿を見てからトムは煙草の煙を吐き出した。 愛しい人よ。君がわらってくれるなら。 (そういえば、さっき幽にぃがいました。) (あ〜、そういえば撮影だっつってたな。) (かっこよかったです。幽にぃ。) (……むか。) fin. |