悪夢を見た夜に(静帝)


−−なかないで。












青年は暴力が嫌いだと言った。
拳を奮う度、その手を返り血で染める度、倒れた人間を見る度、怒りにキレる自分を知る度、青年は慟哭していた。
それが当たり前でこれからもずっとそうなのだと。
誰も愛せず、愛されず、一生を過ごすのだと、そう思っていた。






「静雄さん。」

名を呼ぶ声で目が覚める。
呼ばれるまま青年が瞳を開けると、海の色のような蒼色の瞳の少年が心配そうに覗き込んでいた。


「帝人…」
「大丈夫ですか?凄いうなされてましたけど…」

青年−平和島静雄はゆっくりと起き上がる。
少年−竜ヶ峰帝人は様子のおかしい静雄をただ見ていた。

「もしかして、怖い夢でも見たんですか?」

首を傾げる帝人を静雄は素早く己の方へと引き寄せ、力強く抱きしめる。

(っ……!)

思わず帝人は痛みに悲鳴をあげそうになるのを飲み込んだ。骨の軋む音がする。いつもなら硝子細工のように扱う力がまったく加減されていない。

大丈夫ですか?どうしました?静雄さん、僕はここにいますよ。

言いたいことはたくさんあるのに肺に空気が入ってこないため、ヒューヒューといった音しか出てこない。

なかないで。
なかないで。

声にならない声で帝人は懸命に静雄に語りかける。
実際に静雄が目から涙を流しているわけではないのだが、何故だか帝人には静雄が泣いているように思えた。
苦しく軋む体を何とか動かして抱きしめる静雄の体を抱き返す。
すると抱きしめる力が少し緩み、急激に肺に空気が送られてきて少し咽せる。思いの外上手く呼吸が出来ていなかったようだ。

「!悪ィ!」

ようやく我に返った静雄は慌てて帝人から離れようとするが、今度は帝人の腕がそれを許さない。

「帝人…?」
「ねぇ、静雄さん…ずっとこうしていたいですね。」

静雄の体に顔を埋めたまま、帝人は抱きしめる腕に力を込める。

「ご飯食べたり買い物したりテレビを見たり本を読んだりたまに喧嘩もしたりそれから仲直りしたり…全部ぜんぶ、静雄さんと一緒にしていきたいです。」

帝人の言葉は静雄の渇いた心に染み入っていくようだった。

「静雄さんも、そう思ってくれてますか?」
「…当たり前だ。」
「ならよかった。僕はそれだけでいいんです。」

顔を上げてふんわりと笑う帝人を今度は優しく抱きしめた。










こわいゆめは、もうみない。
  (だっていつだってそばにきみがいる)


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