「一緒に暮らさないか?」





ある日静雄にそう言われた帝人はあまりの衝撃に持っていたカップを落としそうになった。







それから両親に知り合いの家に住まわせてもらうことになったと説明をし、(意外とすんなり許可を貰えた。)アパートを解約して必要な荷物だけまとめて静雄の部屋に移ることになった。

わずか3日前の話だ。












「静雄さん、明日買い物に行ってきます。」
「明日って土曜だぞ。」

洗い物を終えた帝人は自分用にココア、静雄用にコーヒーを淹れてその隣に腰を下ろす。

「はい。明後日の日曜も休みなのでのんびり買い物に行けるかなぁって思って。それに明日で済ませておけば、その…日曜日はごろごろ出来るじゃないですか///」

言うなり帝人は耳まで真っ赤になり俯いてココアをちびちび飲む。
照れが移ったのか静雄もうっすら赤くなり首の後ろを掻く。

「あ〜…それ俺も行く。」
「え!?いや、いいですよ。静雄さんせっかくお仕事お休みなんですからゆっくりしていてください。」
「いいから。荷物もちくらいにはなるだろ。決定な。」
有無を言わさぬ物言いに帝人は顔を綻ばせる。やや強引な言い方をしているが心配をしているが故だとわかっているから。
「よろしくお願いします。」
にこりと笑って帝人は横向きになると静雄の腕に背中を預けた。













********************





「凄い人ですね。」

日用品の調達ということで2人が訪れたのは東急ハンズ。
覚悟はしていたものの休日の池袋の人の多さに帝人は苦笑いを浮かべる。自分でも結構辟易しているのだ。付き合わせる形になってしまった静雄はもっと苛々してしまっているのではないかと横目で隣を見てみると変わらずに煙草を吸っている姿にほっと胸をなでおろす。

「行くか。」

持っていた携帯灰皿に煙草を押し付けて静雄は帝人の手を握る。

「し、静雄さん…?!」
「人が多いからな。迷子にならないように。」

もう高校生なんですから大丈夫とか言いたいことはあったのだが、本当は嬉しいのは事実で、温かい掌に気圧されたのもあってか帝人はその手を振りはらうことなく、引かれるままに店の中へと入っていった。


「何買う?」
「そうですね…とりあえず茶碗とマグカップとパスタ用の保存容器とか欲しいです。」

キッチン用品売り場へと来た静雄と帝人はとりあえず手近にあったカップから見ていく。
ついこの間まで田舎にいた帝人は品数と種類の多さに驚きを隠せないし、静雄も好んで人混みの多い店になど行くことは皆無だったので結構楽しんでいた。
せっかくだからと帝人が静雄の、静雄が帝人の使うカップをそれぞれ選ぶと次へと回っていく。


「結構多くなっちゃいましたね。」

見れば見ていくほどに増えていくカゴの中。明らかに当初の予定よりも買いすぎだった。

「ん、たまにはいいだろ。必要だしな。で、後は?」
「欲しかったものはこれで全部です。静雄さんは他に見たいのありますか?」
「いや、俺も特にはねぇ。いい加減人ごみもウザくなってきたし、会計して昼行くか。」
「はい。」

そこで帝人は静雄の持っていたカゴを少し強引に取り上げる。

「帝人?」
「レジ、結構混んでるんで僕だけで大丈夫です。少し行ったところに喫煙所があったんで、そこで待っていてください。」
「…サンキュ。」

確かに長蛇の列をただ待つだけというのは静雄には難しそうだったので帝人の気遣いに素直に甘えることにした。

「何かあったら携帯鳴らせ。」

静雄の言葉に頷いて帝人はレジへ、静雄は喫煙所へと向かっていった。











*******************



買い物を終えて、近くにあったファミレスで遅めの昼食をとった静雄と帝人はすぐに家には帰らず、池袋の街を探索していた。
あそこの店が安い。や、あそこの路地は暗くなると危なくなるから近づいちゃダメだ。とかよく狩沢さんたちに会うのはここだ。とか飽きることなく話す。
重い荷物は静雄に全部任せているのが帝人にとっては不服で、自分も何か持つと言っていたのだが、常日頃から標識や自販機を引っこ抜く静雄にとってこれくらい何でもないし、帝人のあの細腕に荷物を持たせるのは嫌だったので帝人の申し出は却下された。
そのまま引き下がるのもどこか癪だった帝人は「疲れたら交代です。」とだけ言うと再び歩き出す。
それでいくと帝人が荷物を持つことはないだろう。

公園に差し掛かったとき、静雄のポケットの携帯が鳴る。

「悪ぃ、帝人。ちょっとそこで待ってろ。」

どうやら仕事の電話らしい。帝人が頷いたのを確認して静雄は帝人の足元に荷物を置き、その場から離れる。
車進入禁止用の柵止めに腰を下ろし、休憩する帝人の前に複数の足が見えた。
嫌な予感がして顔を上げれば明らかにガラの悪そうな人間が。

「…」
「お前、平和島静雄と一緒にいたよな。」
「オトモダチかなんかかぁ?」

男たちは帝人を囲んでひたすらに因縁をつけてくる。
その光景に何だか既視感を覚えていると何も言わない帝人に焦れた男の一人が帝人の肩を掴む。

「痛…」
「何とか言えやぁ…!」

と、そこに何かが飛んできた何かが帝人と男との間に突き刺さる。
……道路標識だった。

男たちは青ざめ、帝人は安堵の溜息を零す。視線の先には血管を浮き立たせ殺気を全身に纏った平和島静雄の姿。

「静雄さん。」

明らかにほっとした帝人の声。無意識だろうがうっすら見える目尻の涙。肩に置かれた粗忽な手。
それだけで静雄の怒りを沸騰させるには十分だった。







「大丈夫だったか?」

軽く不良共をノした後、静雄は自販機で買ったお茶を帝人へ差し出す。

「はい。荷物は無事でした。」
「荷物の心配じゃなくて、自分の心配をしろ。」

どこかずれた発言に静雄は肩を落とした。だが帝人は変わらず微笑みながら貰ったお茶を飲む。

「大丈夫です。静雄さんが来てくれるって信じてますから。」

事もなくさらりと言ってのけた帝人に静雄のほうが咥えていた煙草を落とす。
静雄に絶対的な信頼を寄せる帝人にとって今日のような事態はさして問題ではないのだ。
名前を呼べば来てくれる、小さい子が憧れるヒーローのようなもの。帝人にとっての静雄が正にそれだから恐怖も心配も何もない。
静雄は初めて自分に寄せられる絶対的な信頼というものに戸惑い、頭をガリガリと掻く。
それが迷惑なんかではなく心地いいと感じるのは帝人だから。
堪らず静雄は帝人の持っていた缶を奪い、その唇を奪った。

「!」

途端に顔を真っ赤に染める帝人の唇を今度は舐める。
数え切れない程のキスやそれ以上のことをしても慣れることのない帝人の反応を静雄は可愛いと思う。

「静雄さん!こ、ここ…そ、外…!」
「あ〜、問題ねぇだろ。さっきの騒ぎを聞きつけてだれもいねぇし。」
「そういう問題じゃありません…」

俯く帝人の手と荷物を持ち静雄は足早に公園を出る。

「静雄さん?」
「早く帰るぞ。」

せわしない静雄に帝人は引かれるまま首を傾げる。
急に立ち止まった静雄は帝人の耳元で囁いた。
途端に顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にさせる帝人。











「帰って早く、お前を喰わせろ。」









fin.



(ちゃんと、残さず食べてくださいね。)

(当たり前だろ。そんなの。)



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