盛正記

(1680〜1709以降成立)

部分的な抜粋であるので、全文は紹介でけまへん。

 
 
「武士としては、智仁勇の志そなはらすしては全き武士とはいひ難し。日夜朝暮に此智仁の志を練り鍛ひ、道理にそむかさるやうに油断なく磨くべき事也。」
 
「夜ははやくいね(寝)て朝ははやくおくべし。」
 
「家庭内の掃除も端々人の見ぬ所に気を付け掃除すべし。雪隠なをさら綺麗にする物也。」
 
「野山にて大小用(便)をなすとも日向(ひなた)をいと(厭)ふべし。虫類にかけぬ様に跡先をみて用を達すべし。」
 
「かけ込み者(逃げてきた者)をかこ(囲)ふは、此方をたのみ来たる故なれば、武士のたしなみにて古今珍しからず。留守なりともかこふ意地を妻や召使にもしらせ置くべき事也。妻の仕かたあ(悪)しければ、夫のはぢ(恥)其子の名もよご(汚)るる所を能(よく)かんがへべき事也。」
 

 

思忠志集

(天野長重))

これも中途半端な抜粋。どちらかといえば作法に近い。

 
 
「武士は一入勇気を以って目を覚ま」せ。(朝起きろ。)
 
「妻女と共に朝寝をもすべくは(朝になっても同床しているのは)死人の真似といはんか、病人の似せと申すべきか。」
 
「朝寝を好む者は魔の入りたる也。」
 
「朝寝致すは身の衰るる端也。家の衰微といふは是也。」
 
「武士たるべき法は朝興(起き)也。」
 
(家来たちに)「朝起きせよと云て昼寝すなとて、弓馬、鉄砲、太刀、鑓、舟こぎ、駈け足、灸をもいたし、何やうにもねむらずして・・・(中略)・・・或は経文を唱え、或は音曲の類、或は碁将棋の遊戯まで申付、宵には常に五ツを限りくつろがする。」
 
「分別らしきもの腰抜けべし。」
 
「武辺は無分別と粗忽の間より出る。」
 
「道路は公儀道にて貴きも往き賤しきも過ぐるなれば、互に礼儀して通るへきなるに、道の真中を行べくは、王の流大名の末葉なんどか、勇を顕したる仁か、世に勝れたる芸者なんどこそ人にもゆるされ、己が心にも心をゆるして中を通もこそすべし。それさへも人目をも憚らさるはつたなき心もせめ。」
 
「忠孝慈愛の道を嗜み勤めんとならば、息災に成べし。息災ならんと思はば、無病なるべし。」
 
「武士の嗜み、無病に成るべきは、これに増したる事有べきか。」
 
「煩う者は不心懸の武士也。」
 
「煩事、死する事悪敷事也と寝にも起にもよくよく心の底へ沁みこませ、時に触れ事に触れ思ひ出すを人性の要に候事。」
 
「忠と謂は死ざる事を第一にし、命捨るを安んずる。是を第二とすへき事。」
 
心はやると云うとも六七年も存命せば、他の人を見るに付てもいい甲斐なきものに組伏せられ甲斐なく首をとられんずらん。しからば今少しの内也。能別して養生いたし、武藝旁(かたがた)にて身をかため、天道の加護有る様になすが忠義也。」
 
 
須保孫右衛門角長編注
 
はじめ此処に「五輪の書」を入れようかと思いましたが、採り上げようとする時代より少々古い時代に生きた人(武蔵)の作であるのでよしました。

ただ、「五輪の書」地之巻で武蔵が書いているセリフを少々挙げておくと


「大形武士の思ふ心をはかるに、武士は只死ぬるといふ道を嗜む事と覚ゆるほどの儀也。
死する道におゐては、武士斗(ばかり)にかぎらず、出家にても、女にても、百姓巳下(以下)に至る迄、義理を知り、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也。
武士の兵法をおこなふ道は、何事におゐても人にすぐるヽ所を本とし、或は一身の切合にかち、或は数人の戦にかち、主君の為、我が身の為、名をあげ身をたてんと思ふ。
是、兵法の徳をもつてなり。」

戦国を生きた人の言だから、「名をあげ身をたてんと」思う、いささか自己中な発言があるのはやむなしとしても、その「武士の生死観」に於いて、別項に紹介する「葉隠」の有名な、「武士道といふは死ぬこととみつけたり」というセリフと相反する、「死ぬのに武士も百姓もねえやな。」という主張があるのは興味深い。
(ただ「死ぬ事と見つけたり」の一言で「葉隠」の性格を判ずる事は出来ない。もうちっと深い。《多分。まだあんま読んでない。》)

更に、武蔵のこの言は、上に挙げた長重の「武士は息災に」と、近いものがある。

勿論時代も違うし、野人の様な武蔵と「葉隠」の山本常朝、「思忠志集」の天野さんの置かれていた環境も違うから、単純に比較は出来ないが。


管理人が思うに三人の意見を好意的に纏めてみると、要するに武士は、
「只死ぬな。死ぬんなら主君の用に立って死ね。只、死ぬ迄は健康でいなくては、普通に御勤めを致すとき御役に立てませぬ。」
という事になろうか。

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