「今年は寒すぎだよなー」 ちゃぶ台に顔を乗せ、ぐったりと休む横島。 彼の言うとおり、十一月初旬の東京にして既に0度近い気温が今年の気象であった。 「横島、それと反対のことを夏に言ってたわよ」 その横島の様子にあきれながら返すタマモ。 最初こそ多少の遠慮や緊張があったのだが、いつのまにやら違和感なくすっかりとお馴染みの光景となっていた。 「家にいる間は文珠(こいつ)があるからいいけど、さすがに外や学校まではなー」 告げる横島の視線の先には【快】【適】と輝く二つの文珠。 暖房器具の購入検討以前よりこの部屋で活躍し、もはやお馴染みの光景ともいえる彼の霊能の秘奥であった。 しかし、家にいる間こそ使えるが、さすがに効率や消費を考えてそれ以外の使用は憚られた。 ―――決して、美神にばれたときのことを考えた結果ではない、はずである。 「相変わらず、もう霊能とかそういう次元の話じゃないわね、あんたの能力は。それより、夕飯できたんだからそっち持っていくの手伝いなさいよ」 タマモの声に視線を移すと、確かに料理の数々がキッチンにて湯気を立てている。 それを見て、次々と準備を手伝う。 あっという間に、並べられ食事の準備が完了。 「しかし、大分レパートリーが増えたな」 並べ終わった料理を見て、料理の種類に感心する横島。 以前の【大阪きつねうどん事件(きつねうどん横島入り)】から4ヶ月。 その時の百合子の話どおり幾度もきつねうどんを作りにきたタマモ。 最初の一月はひたすらきつねうどんであったが、その後から徐々に違う御揚げ料理が食卓に並び始めた。 そして並ぶ種類が徐々に増え、今ではすっかり普通の食卓となっていた。 「なんだかんだで百合子たちにいろいろ教えてもらったからね。むしろ、これくらいできないと申し訳ないわよ」 手馴れた様子でエプロンを外しながら横島の言葉に返答し、席に着くタマモ。 はい、とよそったご飯を渡したところで夕飯の完成となった。 「あっ、そうだ横島。私、今週の週末は紫音さんのところ行ってくるから」 いただきます、と食べ始め昼間のことなどを話しながら夕飯を続けていた2人。 そんな中、タマモが思いだしかのように週末の予定を告げる。 前回の大阪訪問時に百合子の指導で【白海】のおあげに近いものを作れるようにはなったのだが、まだ納得していなかった。 そこでより近づけるため、その後に百合子からかかってきた電話にて意見を求めたところ、紹介されたのがその時に出会った女性、紫音。 彼女もタマモ同様、【白海】のうどんを追い求め、百合子から習った過去があるのだ。 そしてその腕前は百合子同様、【白海】の先代に認められるものであった。 そのような経緯があり、タマモは何度か大阪へ訪ねていた。 「あれ、前回でおあげに関しては免許皆伝もらったっていってなかったか?」 横島の返しの通り、前回の訪問時におあげに関して免許皆伝を得ていた。 しかし、そこで妥協するタマモではなかった。 「ここまで来たならうどんも汁も再現したいのよ。おあげ単体でもいいけど、やっぱり、うどんと汁が一体となった白海のきつねうどんが至高なのよね」 そう宣言するタマモの背後に炎の錯覚を見る横島。 (いつからお前は料理漫画のキャラになったんだよ…) と思いつつ、その迫力に何も言えないのであった。 「は、腹減った…」 ぎゅるぐぎゅるごご、と響く音に一斉に注意を払う学生たち。 しかし、その対象がトラブルメーカー(横島)であることに気づくと、いつもの事かとばかりに各々の行動に戻る。 タマモが大阪に行った翌週。 横島は学校で空腹にさいなまれていた。 そんな中、横島に近づくピートと愛子。 本来ならばここにタイガー寅吉も加わるのだが、本日は除霊のため欠席であった。 「急にどうしたんですか、横島さん。最近はお弁当まで用意してたじゃないですか?」 ピートの言うとおり、先週までの横島は弁当を持参しており、以前のような空腹とはすっかり縁が切れていた。 「それに、給料日からそれほど経ってないから、まだお金がないわけじゃないでしょ?」 さらに、愛子の言うとおり、給料日からもそれほど経っていないのが現状。 以前の状態でも、この時期に空腹で倒れることはなかった。 「―――あぁ、ピートに愛子か。タマモが帰ってこないから飯が食えなくてさ。 昨日の昼から何も食ってないんだ」 声をかけられたことで二人に気付くが、空腹のため机に突っ伏しながら返答する横島。 彼としては現状では余分な労力を使いたくないのが本音なのだ。 「あれって、タマモちゃんが用意してたんですか!?」 「タマちゃんが作ってたのは知ってるけど、なんでご飯が食べれないのよ?」 その横島の答えに驚くピートと、そのことを知っていたのでその先を訊ねる愛子。 【大阪きつねうどん事件(きつねうどん横島入り)】を知らないピートは、横島の弁当をキヌ辺りが作っていたのだろうと思っていた。 一方、愛子の方は放課後の青春ライフによりタマモと友人になっていた。 それゆえ、タマモのお揚げ修行道中や、横島の食事事情を知っていた。 「……以前の大阪行き以来すっかりお袋と意気投合したみたいでさ。 仕送り増やしてもらったし、お昼も作ってもらえるけど、今俺んちの財布はタマモが預かってるんだ―――お袋の指示で」 相変わらず机にぐったりしながらの返答。 【大阪きつねうどん事件(きつねうどん横島入り)】の際、食費分だけ仕送り額が増やされていた。 最初はその増額分をタマモが管理するだけであった。 百合子としても、食事が確保できたので、出席日数が増えると判断していた。 しかし、そこは健全過ぎる青少年、横島忠夫。 食費が浮いた分だけ自由に使える資金が増えたと思い、出席状況に変化はなかった。 そんな状況が長く続くわけもなく、結果、そのことが百合子にばれ、横島の財布は完全にタマモが握ることになっていた。 「でも、出かけたんならお金置いていったんじゃないの、横島君?」 だが、管理されているのなら、その辺りはきっちりとしているタマモのこと。 十二分に必要な額を置いていったのは愛子の指摘通り。 「………」 その言葉に対して無言で目をそらすことで返す横島。 「横島さん、まさか…」 その態度を見てまさかという視線を向ける二人。 時間の経過とともに、横島の態度が挙動不審なものへと変化してゆき。 「仕方なかったんやーーーーー!!? こんなときぐらいしか青少年の健全な欲望を発散できないんやーーーーー」 半ばお約束となったセリフとともに立ち上がり、主張するのであった。 「横島のやつ、帰ったらお仕置きね」 「? タマちゃん、たーくんがなにかしたの?」 横島がお約束ともいえる主張をおこなったのと同時刻。 今回分のきつねうどん修行は、前日に終えていたが、現在は別件を紫音から習っていた。 その作業途中で急に、いない人物のことを言い出したタマモに疑問符を浮かべる紫音。 「たぶん、何かしたんだと思う。横島が何かしたときは異様なぐらい勘が外れないから」 むー、と拗ねたように理由を告げるタマモ。 事実、この勘により文珠まで使って隠蔽していた横島秘蔵のコレクションが何度か把握され、その度に処分されていた。 もっとも、それとは逆に体調を崩した横島に唯一気付いて看病するということにもこの勘は一役買っていたが。 「なんだか、離れていても心は繋がってる、みたいな感じだね」 んー、と少し考えた後に紫音がたどり着いた結論。 あながち間違ってないと言えなくもないが、ベクトルが何回転かしてそう見えるだけというのがどちらかというと正しい。 「そ、そんないいものじゃないわよ。それより、ここってこれでいいの?」 紫音と違い、タマモの認識ではお仕置き用のスキル程度であった。 それゆえ、そのように考えたことがなかったため、多少赤くなって焦ったのは仕方がない。 もうちょっと反論してもいいのだが、タマモとしてはわざわざ一日滞在を伸ばした理由の方が重要であり、ゆえに作業の方へと要点を戻すことを選択した。 「うん、あってるよー。タマちゃんやっぱり器用だね」 どれどれ、と確認はするものの、特に異状もなく、感心する紫音。 実際、紫音自身が現在のタマモの領域にたどり着いたのはある程度練習した後であった。 その紫音からすれば、タマモは十二分に器用といえた。 「紫音さんの教え方が丁寧で分かりやすいからよ」 「そんなことないと思うんだけどね。あとちょっとだし、今日中に帰れるように頑張らないとね」 「うん。横島のご飯も用意しないといけないから急がないと」 そうだね、と紫音が返したところで再度作業に集中する。 その甲斐あって、一時間程度で残る作業も終わるのであった。 「それで、何でこんな事態になってたのよ?」 呆れたタマモの視線の先にはすさまじい勢いで夕飯を食べる横島の姿。 1日ぐらい延びても充分足りる程度にはお金を置いていたのに、と続く。 「いつも通り月曜には帰ってくると思ってたから一気に使っちまってさ」 うっ、とちょっと言葉は詰まったが、想定していた問いなので、考えていた答えを返す。 もっとも、その表情を見つめればあっさり白状しそうだが。 しかし、この手のことに関してはタマモの方が一枚上手―――というより、反省してもこういうことでは同じ失敗を繰り返すのが横島。 「へぇ、ならこれはどう説明するのかな?」 はい、笑顔を浮かべたタマモが取り出したのは、食費を削って入手した彼の新たなコレクション。 隠蔽は完璧だったのに、と焦るが、事態が好転するわけでもない。 「……」 無言のまま、笑顔で横島の言葉を待つタマモ。 必死で悩む横島だが、そこで見落としていたことに気づく。 ―――実は表情こそ笑っているが、目が全然笑っていなかったという事実に。 「……」 その事実にさらにうろたえる横島。 表情こそ取り繕っているが、その焦りはもはや誰が見てもわかるレベルに達していた。 そのまま、無言の対峙が続くのだが、時間が経てば経つほど顔色が悪くなり、冷や汗の量が増える横島。 そんな状態が続けられるはずもなく。 「仕方なかったんやーーーーーー。青少年の欲望は底がないんやーーーーー」 昼間と同じ主張に行き着くのだった。 しかし、相対するタマモの方もその扱いには慣れたもの。 「以前も同じこと言ってたわよ!」 スパーン、という音と共に横島を沈めるのであった。 横島を沈めたその音源はタマモの手に持たれた狐火ハリセン。 以前のタマモならば狐火の収束程度しかできなかったが、横島の面倒を見るうちに自身の能力の細かな制御が可能となっていた。 ―――その理由がツッコミやお仕置きという辺りが悲しいが…。 「まったく、ちょっと目を離すとこれなんだから。 また繰り返すようなら百合子に報告するわよ」 「そ、それだけは…」 はぁ、と呆れながら告げられたのは最後通告とも言えるもの。 がばっと起き上がり、表情を青くして土下座せんばかりの勢いで謝る辺り、いかに横島にとって危険な手段かがうかがえる。 また、とタマモが告げた通り、過去に取られた手段でもあり、その結果が現状である。 すでにタマモに財布を預けられた現状、次はどうなるか全く予想できなかったが、確実にさらに事態が悪化することは確定的なのだから。 「まぁ、今回は私が遅くなったのも原因だし、許してあげるわよ」 仕方ないわねといった感じでお仕置きを終え、再び夕飯を食べれる状況を調える。 もっとも、その原因とも言うべきコレクションをきちんと破棄する辺り抜かりがなかった。 「そういや、なんで今回に限って急に一日延びたんだ?」 ちくしょー、と内心でへこみながらも切り替えて、再度夕飯をつつく横島だか、そういや聞いてなかったと、今回の延長理由を訊ねる。 「あっ、すっかり忘れていたわ」 きょとんとしたあと、思い出したとばかりに立ち上がり荷物からモコモコとしたものを取り出す。 「紫音さんが編み物得意だって言うから教えてもらってたのよ。横島も最近寒いって言ってたでしょ?」 はい、と渡したそれはとても初めて作ったとは思えない出来のマフラー。 「手編みのマフラー!? しかも巧い!!? ありがとな、大切に使わせてもらうよ」 早速巻いてみて、使い心地を試す横島。 違和感なく、使い勝手もいいそのマフラーにすっかりご満悦であった。 まだまだ、寒くなりそうな冬だが、今年は暖かく乗り越えれそうだと喜ぶのであった。 ちなみに。 「マフラー!!? しかも手編みだと!? 横島のくせに!!?」 次の日、早速マフラーを巻いて登校した、横島を襲う男子生徒たち。 普段は横島自身が襲う側なだけに忘れていたが、見逃されるはずなどなかった。 「なんでじゃーーー?!」 オヤクソクとはどこまでいってもオヤクソクなのだから。 |