「ジュンーー、買い物に行くですよー」

「……いきなりすぎるぞ、翠姉」

唐突にかけられた姉の言葉に、状況が飲み込めないジュンであった。







おねぇちゃんは薔薇乙女っ!!〜Rosen Maiden Sisters〜

姉乙女の2 買い物行くよ、お姉ちゃん!


事の起こりは夕方までさかのぼる。

薔薇水晶キス事件の後、けんかを始めた姉が五人。
当然、姉弟最強の戦闘力を誇る水銀燈と蒼星石を含むけんかそれにジュンが太刀打ちできるはずもなく、
解決策は――――――

「姉ちゃんたち、今すぐ喧嘩をやめるなら今日は好きなものを作るぞ」

その言葉でぴたり、と止まる姉妹げんか。

物でつるという典型的なパターンだが、その効果は抜群。
翠星石以外の姉達は料理スキルを持っていないので、久しぶりの手料理―――それも弟のものと言うこともあって喜びが一段と大きい。

とりあえず、けんかが終わったことに安堵し、がさがさと冷蔵庫の中を漁るジュン。
一人暮らしな為、買い込む食材が少ないのであるものと無いものをチェックする必要がある。

「カナ姉の卵はあるだろ。雛姉の苺は……確か冷凍が売ってたな。紅姉のスパゲティはある。
 銀姉のヨーグルトもある。翠姉のサラダは……結構足りないな」

五人の姉はある程度好物が決まっているため、簡単に決まるが、問題は蒼星石と薔薇水晶の二人。
彼女達はこれといった好物が無いため、作る側としては非常に困る。
――――――結果

「蒼姉、何かリクエストあるか?」

本人に聞くと言う最終手段。

うーん、と考え込む蒼星石だが、先にくいくい、と袖を引っ張るものがいる。
横にいて手伝ってくれている薔薇水晶だ。

「水晶、何か食べたいものあるのか?」

元々、薔薇水晶にも聞くつもりであったため好都合だった。
しかし、気持ちを表すことが苦手な薔薇水晶は弟と向き合っているという照れも手伝って何も言わない。
だが、そこで役に立つのが天才(らしい)発明家金糸雀謹製の眼帯。
見ると、先ほどまで『照れ』と表示されていたそれが変化している。

「そっか、たこ焼きか。なら、買い物に言ってくる間に鉄板だしといてくれるか?」

『たこ焼き』へと文字が変化することで伝わったリクエスト。
薔薇水晶は満足げに頷き、鉄板を探しにいく。

その場を離れる薔薇水晶を見送り、食材の確認も終わったので立ち上がると同時にかけられる姉の言葉。

「ジュン君、ボクは何か冷たいものがいいな」

わかった、とこたえて、財布を取り玄関へと向かうジュン。
そして――――――

「ジュンーー、買い物に行くですよー」

「……いきなりすぎるぞ、翠姉」

冒頭のような状況になったのだ。

当然、その声は家の中にまで聞こえ、やってくるのは姉六人。
がちゃ、とドアを開け詰め寄る速度は異常に速かった。

「翠星石ぃ、一人だけ一緒にいくなんてぇゆるさないわよぉ」

直接的に声に出したのは水銀燈のみ。
だが、残る姉妹も同意見らしく、うんうん、と頷いている。

しかし、対する翠星石は圧倒的に不利な状態にもかかわらず、その表情には余裕がある。
彼女には、勝てる、と言う確信があった。

「この中で料理できるのはジュンと翠星石だけです!
 蒼星石たちがついてきても邪魔になるに決まっているです!」

うっ、と言葉に詰まる姉六人。
だが、翠星石の言うことは真実なのだ。

「で、でも、ボクでも荷物もちぐらい出来るよ!」

と主張するのは蒼星石。
残りの姉妹も荷物持ちなら出来ると主張しだす始末。
――――――しかし

「銀姉はすぐ余計なことするから嫌だぞ。
 銀姉を止めれるのは蒼姉ぐらいだから頼むよ。
 水晶は蒼姉を手伝って」

弟に言われて止められるのは最強の姉二人と捕縛の達人である双子の姉。
水銀燈の普段の行動が原因な為、二人の視線には敵意が込められている。
その原因の方も、視線の意味がわかるため、反論せずに黙っている。

「真紅が荷物持ちなんてするはずないです。
 ジュンに荷物を持たせて自分は紅茶でも見てるに決まってるです。
 雛苺や金糸雀も勝手にお菓子を入れるからだめなのですよ」

真紅は真紅で以前の行動で実証されている以上、ついていけるはずが無い。
雛苺や金糸雀も同様に一度やっている以上、ジュンが連れて行くはずがなかった。

「じゃあ、いってくるから。
 姉ちゃんたち、けんかしたり、ついてきたりしたら夕飯抜きだからな」

黙ってついていくという最後の望みまでたたれた瞬間であった。





「蒼星石達がお腹空かせてるですから速く行くですよ」

久しぶりに弟と出かけるのが余程嬉しいのか、傘を差したままジュンを引っ張って行く翠星石。
幸いにも、雨の勢いが弱まっているため、あまり濡れなくてすんでいる。

「翠姉、そんなに急ぐと転ぶぞ」

雨で滑りやすくなっていることも考えて注意だけはするが、振り返らずに返す翠星石。

「翠星石は雛苺や金糸雀みたいにドジじゃねーです」

確かに、とどこか納得されてしまうかわいそうな姉二人の扱い。

だが、久しぶりということでジュンも忘れていることが一つあった。
姉達の内、翠星石のみが持つ特殊スキルの存在を。





「翠星石だけひどいのー。雛もジュンと一緒に行きたかったのー」

ジュンと翠星石の二人が出かけ、少し経ったにもかかわらず、いまだ不平をもらす雛苺。
水銀燈と言う責任があったとはいえ、ジュンから直接頼まれた蒼星石と薔薇水晶はともかく、
真紅、雛苺、金糸雀の三名は翠星石に言われたため、不満を感じている。
水銀燈の場合、はっきりと『嫌』と言われたためか、部屋の隅で『の』の字を書いてすねていた。

「そういえば……蒼星石」

「どうしたの、真紅?」

薔薇水晶に淹れさせた紅茶を飲みつつ、はっ、と何かを思い出した真紅。

薔薇水晶が淹れたのは、普段お茶を淹れさせられる運命にある雛苺と金糸雀が未だに駄々をこねているため、
代わりに白羽の矢が立っただけであった。

「翠星石の対人恐怖症は治っているの?」

その言葉に姉妹全員が反応し、蒼星石に注意を向ける。

翠星石の対人恐怖症―――重度のものではないが、それでも大勢の人を見るとおろおろとし、
安心できる何かにつかまってないと動けないというもの。
慣れた場所ならある程度抑えられるが、ここに戻ってきたのは四ヶ月ぶり。
しかも、ここで買い物に行くのは約一年ぶりであった。

「あっちは自炊する必要がなかったから、わからないよ。
 でも、20年間治らなかったのが急に治ったとも考えられないね」

考え込みながら返す蒼星石。
彼女の言うとおり、二人の住んでいた寮では自炊する必要がなかった。
さらに、買い物に行くにしても、時間さえずらせばとことん空いているという状態であった。





「い、いきなり何だよ」

「お前が手を握って欲しそうな顔してたからです! お姉ちゃんに感謝しやがれです!」

幸いにも人通りの少なかった住宅地を離れ、スーパーに近づくにつれて人が増えていったため、
引っ張っていたのをやめてジュンの腕をしっかり持ち、背中に隠れるように歩き出した翠星石。

蒼星石の予測どおり、あのような環境で20年間続いた対人恐怖症が治っているはずなど無かったのだ。

「別にそんな顔は……」

していない、と否定しようとするが―――

ぎゅっ

と抱きつき、その目に少し涙が滲みながらも上目遣いで自分を見つめる翠星石。
その様子を見て否定できるジュンではない。
―――翠星石が対人恐怖症で仕方が無い、と自身に言い聞かせてもいるが。

「……してたかもな」

はぁ、と溜息を吐きつつされるがままにするシスコン――――――もとい、ジュン。
反対に、涙が引っ込み、見てわかるほどの笑みを浮かべる翠星石。

「そ、それでいいです。それじゃ、レッツラゴーです! ……離しちゃ駄目なのですよ?」

最後の部分は小声であったがジュンにはしっかりと聞こえていた。





油断した、と声には出さないが胸中で考えるジュン。
普段、ジュンの買い物に行く時間帯は現状より一時間ほど早いため、それほど混んではいなかった。

しかし、現在の時刻は夕刻――――――ちょうど、タイムセールが始まる時間であった。
更に、今は一時的に雨が上がった状態―――つまり、一気に増えているのだ、客が。

「あうあうあうあうあうあうあうあうあう………」

言葉になっていない言葉を発しながら、懸命にジュンにしがみつく翠星石。

彼女にとって、ここは既に勝手知ったる自分のホームグラウンドではなく、未開の人外魔境の土地。
言うなれば、初期ステータスで魔王に挑むようなもの。
ジュンと言う名の精神安定剤がなければとっくに逃げ出していたところだ。

「翠姉、おちつけってば」

必死に翠星石を落ち着かそうとするジュンだが、人の波が移動するどころか、少し大きめの音が聞こえるだけで、
『ひぃ』だの、『あう』だの、『うぅ』だのいいながら半泣き状態の翠星石がその程度で落ち着くわけが無かった。

はぁ、と溜息を吐き、翠星石の手を引き移動するジュン。

「な、なにするですか?」

半泣きながらも何とか声を出す翠星石。
しかし、ジュンはそれに応えず、翠星石がこけないように注意しながら引っ張っていく。

ついた先は乾物コーナー。
普段から人気の少ないこのコーナーはタイムサービスとかけ離れているため、誰もいない。
加えて、現場とも離れているため、他の人の姿が見えないという現状にはうってつけの場所。

「翠姉」

ぽん、と翠星石の手を乗せるジュン。
そのまま子供をあやすかのように頭を撫でる。

姉妹達はジュンに頭を撫でられるのが好きだった。
元は薔薇水晶双子の姉にしか行わなかったが、その行為を雛苺がせがんでからは変化した。
結局、何故か全員の頭を撫でることになっていたのだ。
翠星石、真紅の二人は最後まで渋っていたが、一番喜んでいたのも彼女達二人であった。

姉妹が言うにはジュンに撫でられると落ち着くらしい。
不幸なのはこのときのジュンは5歳児であったこと。
撫でることを疑問と思わず刷り込まれたため、それから10年経った今も落ち着かせるために撫でるという癖はなくなっていなかった。

「腹減らしている蒼姉たちの為にも速く帰るんだろ?
 手、握ってていいから買い物しような」

いつの間にか、涙の引っ込んだ翠星石の頭から手を離し、差し出すジュン。
撫でられるのをやめられたため、少し『むっ』となった翠星石だが、そこは姉としてのプライドか押さえる。
そして―――

「しゃーねーですぅ。ジュンはいつまでも甘えん坊だから翠星石が手を繋いでいてやるです。
 ……離さないようにしっかり握っとくですよ?」

はいはい、と苦笑しつつ、握った手に力を込めるジュン。
そのことが嬉しいのか、抱きつく翠星石―――抱きつかれると歩きづらいとは言えなかった。





「まず何から買う、翠姉?」

「野菜から順に見ていくですよ」

乾物コーナーを離れた二人は当初の予定通り、買い物をしようと入り口まで戻り、順に回ることにしたのだ。
先ほど同様、まだまだ人は多いが、撫でてもらって落ち着き、ジュンの方から手を握ってくれている。
それだけで翠星石の顔には泣き顔ではなく笑顔が浮かんでいた。

「ジュン、何が残ってたですか?」

「ニンジン、ブロッコリー、レタス、カボチャ……」

と指を折りながら上げていくジュン。
ジュンが確認している間に出かける準備をしていた翠星石は冷蔵庫の中身を把握していないのだ。

「ジャガイモ、タマネギ、セロリ、キャベツがたりないですよ。
 水銀燈と蒼星石、薔薇水晶はなににするですか?」

自分の分と基本形の野菜は思いついたか、決まらないのが3名分。
乳製品系であればいい水銀燈と特定の好みが無い蒼星石と薔薇水晶の3名分だ。

「蒼姉は冷たいもので水晶はたこ焼きだって言ってたぞ」

「むぅ〜、冷たいものですか」

冷たいものといわれても具体的ではなく、二人が悩むのももっともであった。
加えて、この時季で冷たいものといわれて浮かぶ素麺や冷やし中華は真紅のスパゲティが麺類であるためかぶってしまう。
デザート系にしても、雛苺の好みの苺系のものはどうしてもデザート系になるのでこれもかぶってしまう。
結果的に、蒼星石の望んだ冷たいものというのはとても困難なものだった。

むぅー、とそろって悩むこと数分。

「冷たいもの、冷たいもの……飲み物の方がいいか」

ジュンのこの言葉で翠星石が思いつき、蒼星石のリクエストは決定した。
同時に、真紅所望のスパゲティのソースと、水銀燈のメイン材料もその場で見つけたものに決定したのであった。





「ジュン、もっと近くにくるですよ」

「翠姉、自分が濡れないように気をつけろよ」

言いつつ、翠星石により近づくジュン。
現在の二人の距離は殆どゼロ。
―――その原因は再び降り出した雨にあった。

スーパー出ると既に降っており、時間が経つとどんどん勢いも増していった雨。
二人とも傘は持ってきていたが、さすがに買い込んだ量が多かったため、ジュンの両手は荷物で塞がっていた。
翠星石の方は荷物を持っていないが、重いものの方が多いため、彼女が持つことは出来ない。
その為、彼一人で全ての荷物を持つことになっていた。

しかし、両手が塞がった状態で傘を差すことなど出来るはずはなく、それがこの状況―――相合傘を招いた理由であった。

「ジュン、どうして料理を覚えたなのです?」

雨のため、人影はなく、加えてあこがれの相合傘までしているのでご機嫌の翠星石。
あこがれの理由は単純。ジュンと翠星石の年齢差―――6年。
中学生以降、姉妹の中でジュンと同じ学校だったのは薔薇水晶のみ。その為、学生生活で起こるイベントを普通に体験できるのは彼女しかいなかった。

「……自炊の方が安く済むだろ? 友達に一人料理の上手い奴もいたからちょうどよかったし」

と、本来の目的と違うことを答えるジュン。
この答えはあらかじめ用意していたものなので普通に出せたが、本来の目的は違った。
自炊しなければ一人暮らしがばれる――――――何の根拠も無かったが、何故かその事だけは断言できた。
その為、友達に頼み料理を教えてもらったのだ。

―――ジュンも成長したですねー、と喜ぶ姉を見て罪悪感が沸かないわけでもなかったが…。

「な!?」

少し呆けていると急にジュンを引き寄せる翠星石。
驚いて少しバランスを崩すも倒れずに耐え、姉の方を見ると同時に『ばしゃ』と、水が弾ける音が聞こえる。
彼の横を車が通過する仮定で水溜りを踏み、水はねが起こったのだ。

咄嗟にジュンを引き寄せ、傘を車道に向けたため、水をかぶるということはなかったが、当然向けている間は雨を防げない。
加えて、一層激しさを増してきたこの豪雨。
僅かな時間とはいえ、二人の服はだいぶ濡れていた。
その結果―――

「こ、こっちをみるなですぅ!!」

顔を真っ赤にして引っ張ったときのまま腕を絡めて、ぴったりくっつく翠星石。
今の季節は夏。つまり、服の生地は当然薄く、また重ね着もしないため、肌にくっついてしまう。
そんな姿を見られるのは当然恥ずかしいのでくっついた翠星石だが、彼女の行動は間違ってもいた。

(翠姉……む、胸が………)

健全な青少年たるジュンにとっては嬉しくもあり、辛くもある時間が帰宅まで続くのであった。





「……ただいま」

「ただいまですぅ」

元気に帰宅した翠星石と疲れ果てた様子で帰宅したジュン。
しかし、ここで出向かいに来そうな姉妹達だが、誰一人としてやってこない。

「へんですね?」

「部屋の片づけでもしてるんだろ」

言いつつ、荷物を持ってキッチンへと向かうジュン。
買ってきたものをなおしたい事もあるが、彼の服は夕方取り込んでそのままなため、居間に残っている可能性が高い。

「翠姉、準備しとくから先に拭いて着替えてこいよな」

タオルやその他は蒼星石がたたみ、片付けていたので脱衣所の方に置いてある。
更に、翠星石の荷物は出る前に部屋に置いてきたため、居間に入る必要はなかった。

さきにちゃんと着替えるですよ、といって脱衣所に向かう姉になげやりに返してドアを開けるジュン。
――――――自分がとことん神様に嫌われていると自覚した瞬間であった。

「………」

ごくごく、と腰に手を当ててタオル一枚でヤクルトを飲む長女。
ドアを閉めて振り向いた瞬間、最初に目に入った光景はまさにそれであり、
どさっと荷物を落とし呆けるが、その視線がタオル一枚の女性――水銀燈から逸れることはない。

風呂上りなのか、髪は湿っており、普段以上の色気を感じさせる水銀燈。
完全に拭ききれていなかったのか、纏わりついた水滴によってタオルは肌にぴったりとくっつき、
その見事なプロポーションを強調している。

「ジュン、おかえりぃ♪」

呆然とするジュンに気付き、飲んでいたヤクルトを置いて近づいてゆく水銀燈。
目の前には最愛の弟、この現場には二人しかおらず、彼の目は自身の体に向けられている。
この状況で何かを思いついたのか、笑みを浮かべている。

ジュンの方は逃げるか目を瞑るかしないと駄目だというのは理性ではわかっているが、本能がそうさせてくれない。
自然と体が熱くなっていき、理性からの警告も強くなるが、自分の体でないかのように全く言うことを聞かない。

「…ぎん…ね……ぇ…」

ようやく発せられたその言葉に水銀燈は微笑むだけで返し、ジュンの頬に手を持ってゆく
真っ赤になっているジュンとは違い、その顔はわずかに赤くなっている程度。
とん、と軽く跳んでそのままジュンを押し倒す。
その反動でタオルが完全に取れ、ジュンの視線はその豊かな胸に注がれる。

――――――が、そこで完全に手詰まりだった。

(な、なんで誰も来ないのよぉ!!?)

いつものパターンでこの状況では誰かが乱入すると読み、行動していた水銀燈。
普段と違う弟の様子が面白くてやってみたが、実際のところ彼女にこの手の経験はない。
必死に恥ずかしさを押さえているが、内心ではおろおろしており、どうしようもない。

ジュンの方も普段とは違う姉の様子に戸惑い、演技ということを見抜けない。
更に言うならば押し付けられているものに反応しようとするのを抑えることにも必死だった。
そのまま一分、二分……と沈黙が続いてゆく。
だが――――――

「水銀燈、なにしてるなのー?」

ぱたん、とドアが開く音と共に聞こえてきた声。
そして感じるずしっとした重み。
二人に気付いた雛苺が上から飛びついたのだ。

しかし、現在のジュンと水銀燈の距離はほとんど零。
その状態で雛苺という重りが加わって水銀燈が沈むと起こる現象―――

「あー、水銀燈だけずるいのー」

くっついたのだ―――ジュンと水銀燈の唇が。

「――――――っ!?」

ぼん、と急激に真っ赤になって雛苺を振りほどき、慌てて落ちているタオルを掴んでジュンの上から離れる。
さっきまでの落ち着きっぷりはどこに行ったのか、真っ赤になって慌てている水銀燈。

「ひっ、雛苺が来ちゃったんだから、きょ、今日はここまでにしてあげるわぁ」

―――明らかに強がっていた。
真っ赤になってあたふたしているため、欠片も説得力がない。
そんな状態でタオルで体を隠して逃げようとするが、うまく隠せるはずもなく―――

「あ、なっ、何見てるのよぉ!?」

しっかりとジュンの目には水銀燈の肌が映っていた。
うぅー、と涙目で逃げ去ってゆくが、勝手にジュンに手を出そうとした水銀燈が逃げ切れるはずもなく、
どん、と何かにぶつかって止められる。

「いったぁーい……いったいな…によ……ぉ……」

先ほどとは違った意味で涙目になる水銀燈。
ぶつかった物体は、妹という名の鬼であった。





「なによぉ、ジュンが連れてってくれないからちょっとからかっただけじゃないのよぉ」

ぶつぶつ言いながら、再び隅で『の』の字を書いている水銀燈。
彼女からすれば、連れてってくれなかったジュンが悪いのであり、いつもどおり誰かが止めると思っていたのだ。
加えて言うならば、ドアの近くでやっていたのもすぐに気付くだろうと思ってのこと。

「水銀燈と薔薇水晶だけずるいのです。
 二人だけジュンとキスするなんてゆるせねーですぅ」

と、こちらはジュンと共に夕飯の準備をしている翠星石。
本人としては聞こえないように言っているみたいだが、横で料理しているジュンには普通に聞こえていた。
―――内容が内容だけに何もいえなかったが。

だが、彼女たちのキスも事故と言えば事故であった。
薔薇水晶の件は金糸雀がトラップのために冷蔵庫に隠れさせたことが原因であったし、
水銀燈の件も雛苺が乗らなければキスすることはなかった。
―――理屈ではわかっていても、許せないものが乙女心というものであったが…。

「―――翠姉」

と、考え事をしながらもジュンが呼ぶと、振り向きもせずに求めているボールと材料を渡す翠星石。
逆に、翠星石が何かを欲しいと思うと言葉を発するまでもなく渡すジュン。
見事なほどの連係プレー。

他の姉妹が見れば確実に悔しがったであろう一幕。
台所というのは翠星石の独壇場であった。
なにせ、他の姉妹は一切手伝えないのだ。加えて、成長したジュンは言わなくても理解する、正に以心伝心な関係。
このことで多少は機嫌の直る翠星石であった。

追記しておくならば、残る姉妹の内四人は再び片付けにいっている。
最初に終わった水銀燈は汚れて風呂に入ったため、あの事件がおきたのだ。
その水銀燈はやることが終わって今は隅で拗ねている。
最後の一人、雛苺は片づけが終わったため、風呂に入っている。
先刻、居間に来たのも片づけが終わったからであった。

「翠姉、こっちは出来たぞ」

「こっちも終わったですよ」

同時に終了した調理。
都合のいいことに、がちゃ、っとドアが開き入ってくる姉五人。
ちょうどいいタイミングだった。

ちなみに、本日の晩御飯は以下の通り。
ジャガイモの冷製スープに温野菜サラダ、玉子焼き、なす入りミートスパゲティ。
カボチャのステーキ・ベーコンヨーグルトソース、たこ焼きに苺のデザートスープ。
――――――見事にばらばらであった。

「ほら、夕飯できたぞ銀姉」

姉妹たちが席に着く中、相変わらず『の』の字を書いて拗ねている―――というより、あれから時間が経過していることに気付いていない水銀燈。
加えて、先の出来事で姉妹たちの水銀燈に対する空気は若干厳しいものがある。

そのことがわかったのか、自ら呼びにいくジュン。
いや、この後のことを考えればむしろその行動は間違いであった。

「……ふぇ、ジュン?」

「そんなに気にしなくていいから飯にしようよ、銀姉」

ぽん、と買い物時の翠星石同様に頭を撫でるジュン。
ようやく気付いて、呆けた声を返す水銀燈。
……食卓の空気が凍った気がするのはきっと気のせいである。

十秒足らず撫でてもう十分と判断したのか、席に戻るジュン。
同じように席に着いた水銀燈には凍った空気を気にしない優越感があった。





「姉ちゃんたちも突然帰ってこないで電話でもしてくれればよかったのに……」

はぁ、と溜息をついてどことなく疲れた表情のジュン。
あの後、一応穏やかに食事は終わり、現在時刻は11時。

姉が順に風呂に入ってゆき、片づけをしていたジュンと翠星石の二人が最後であった。
翠星石を先に入れ、それから入ったのでこんな時間になったのだ。

ちなみに、桜田家の就寝時間は早い―――というよりも、姉の就寝時間が早いのだ。
雛苺と金糸雀は絵を描いたり研究していたりすれば平然と数日徹夜をするが、通常時は9時過ぎ。
マイペースな真紅も10時には寝てしまい、真面目な蒼星石と行動を共にする翠星石もそれぐらいの時間に寝てしまう。
もっとも遅くまで起きている残り二人の姉も血筋なのか、11時には完全にダウンしてしまう。

「……今更言っても仕方ないか」

確かに、全ては済んだこと―――今更であった。
そう自己完結して寝ようとすれば不意に聞こえるノックの音。

前述の通り、姉は全員寝ているはずなので警戒しながら扉を開けるジュン。
そこにいたのは翠のパジャマに包まれ、枕を持ち顔を真っ赤にさせた姉の姿。

「翠姉、寝なくていいのか?」

尋ねるジュンだが、翠星石は真っ赤になってうつむいたまま答えない。
そのまましばらく待つとようやく答える翠星石。

「きょ、きょーは一緒に寝てやるです! 感謝しやがれです!」

寝ている姉妹を気遣ったのか、はたまた恥ずかしさからなのか、その声は小さかった。
だが、近くにいるジュンにはしっかり聞こえていた。

(一緒に寝る……翠姉が!? なんでだ!?)

急なことで混乱するジュンだが、ふと思い出したことがあった。
本日一緒に買い物に言ったのは翠星石のみ。更に夕飯の準備を手伝ったのも翠星石。
他の姉達はその時間部屋の片づけを行っていた。
つまり――――――

「部屋片付いてないんだな、翠姉」

より赤くなって枕を持つ手に力を込める翠星石。
その反応が全てを物語っていた。

「いいよ、原因は僕にもあるわけだし。
 布団とってくるよ」

と、部屋を出ようとするジュン。
しかし、翠星石が袖を掴んでその行動を遮った。

「も、もーおそいですから、蒼星石たちが起きたらかわいそうですぅ。
 だから一緒の布団でいいですよ」

この後、ある程度抵抗したが、結局断れなかったジュンは朝まで非常に辛い時間を過ごすこととなったのだった。





姉乙女の2・完     とぅーびこんてぃにゅーど?











姉紹介の2

翠星石
桜田家の三女で蒼星石の双子の姉
弟を甘やかしてはいけないといいつつも一番甘やかしている。
対人恐怖症―――通称人見知りスキル持ち。
その為、なれないところにはジュンか蒼星石が一緒でないといけない。
また、現在ケーキ屋でバイトをしている。
姉妹の中で唯一料理スキルを所持している。

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