特に変わったこともない普段どおりの休日。
 予定もないのでのんびりする事に決めた矢先にかかってきたのが父親からの電話。
 ここまでならば何の変哲もない日常の一部。
 しかし、問題はその内容であった。
  「父さん、ついにボケたのか?」
  声に憐れみと呆れを含めて返すジュン。
 普段なら近況報告や要件だけと、意味のないことで電話をしてこない父親から先の台詞が出たのだ。
 ジュンの認識もある意味、仕方がなかった。
  「ま、まて、ジュン。父さんはぼけてないぞ」
  「大丈夫。例え父さんがぼけてても、見捨てたりしないから安心していいよ。
  母さんもきっとそういうよ」
  だから安心して養生してくれ、と電話を切ろうとするジュン。
  「そんな哀れむような妙に優しい声でいわんでもいい!
  俺が悪かった。だから、とりあえず話を聞け」
  面倒くさいのでそのまま切ることも考えたが、流石にこの会話できるのもなんだかなと思い、渋々ながら再び電話に出るジュン。
  「それで用件は何、父さん? こっちに帰ってくるメドでもついたのか?」
  こっちに帰ってくる―――その表現から判るとおり、現在ジュンの父親は出張中。
 さらに、場所が海外ということもあったので、母親も父親についていっている。
  その為、現在ジュンは日本にて1人暮らしであった。
 ―――広さも十分あり、仕送りもそれなりにあるため、全く困ってはいなかったが。
  「いや、当分帰れそうにはないな……すまんな」
  「別に、それはいいけど……なら、いったいどうしたんだ?」
  帰るメドが立たない―――それならば、特に父親から言うような話があるとは思えない。
 近況報告は週一で母親から電話がかかってくる上、昨日行ったばかりなのでありえない。
 なら、従妹でも来ることになったのかと思ったが、状況は彼にとってさらに最悪であった。
  「実はな……お前の姉さん達に1人暮らししていることがばれた」
  「…………なんでだよ!?」
  父の言葉に一瞬、思考が停止したが、すぐさま食って掛かるジュン。
  桜田家の家族構成は父、母に8姉弟の10人。
 しかし現在、ジュンが1人暮らしをしていることを知っている人物は父、母、友人の3人のみ。
 父が出張になったのは今年の4月だが、ジュンの姉が家を出たのは昨年の8月――夏休み明けであった。
 1人、同い年の姉がいたが、彼女は次女に引っ張られていったため、姉にばれることなく、1人暮らしを続けられた。
  だが、1人暮らしが姉にばれた。
 別に、姉が嫌いなわけではない―――いや、むしろ好きと言えるほどの存在だ。
 それがなぜ、困っているのか……答えは簡単。
  「ジュン♪」
  という声と共に彼の背中に何かが飛びついてきた。
  「う、うわぁっ」
  急であったが何とか倒れるのを耐え、振り返ると、のしかかっていたのはやはり予想通りの人物。
 銀色の髪に赤い眼。美人でありながら恋人も作らず、平然と弟にセクハラを行う姉。
  「ぎ、銀姉!?」
  桜田家七姉妹―本当は八姉弟―の長女、水銀燈その人である。
 のしかかったままジュンの頭を抱いて受話器を奪う水銀燈。
 ジュンの方は顔に胸を当てられているため、恥ずかしさも手伝って全く喋れない状況下にされていた。
  「お父様ぁ、ジュンのことは私に任せてぇ、仕事に専念して大丈夫よぉ♪」
  「お、おい、水銀と……」
  言いたいことだけ言って、反論が来る前に電話を切った。
 水銀燈は父親が嫌いなわけではない。むしろ、世間一般からすれば十二分に仲の良い親子である。
 ―――が、彼女の中では『ジュン>>>>>(越えられない壁)>>>>>お父様』という関係なのだ。
  
  
  
「ぅ……ぷ、はぁ」
  ぜぇぜぇ、となんとか水銀燈の胸から逃れるジュン。
 その顔は羞恥ではなく息苦しさのために真っ赤にっている。
  「はっ、あぅ、ん、ジュン……」
  くすぐったさ故に色っぽい声を出す水銀燈。
 健全な男子高校生たるジュンならばその声に反応してもおかしくない。
 むしろ、水銀燈は聞いて反応することを期待していた。
  「で、なんでここにいるんだよ、銀姉?」
  だが、酸素を求めることに必死だったジュンがその声を聞いているはずなど、当然なかった。
 ジュンのその反応にむぅー、と頬を膨らませる水銀燈。
 しかし、即座に思考を切り替える。せっかく一番乗りしたのだ。
 ここで無駄にするわけにはいかなかった。
  「じゃあぁ、寝室に行きましょうねぇ、ジュン♪」
  そう言って、背丈が同等のジュンを抱き上げる水銀燈。
 見事なほどにジュンのセリフを無視している。
  この姉はなぜか、見かけによらず凄く力がある。
 その力は、20kgぐらいなら片手で持ち運べるほど。
  「いや、聞けよ、銀姉! って、なんで寝室に行くんだよ!?」
  ばたばたと体を動かすジュン。
 だが、一般的な高校生と水銀燈では圧倒的に水銀燈の方が力が強い。
 結果、解放されることなく、妙に笑顔な水銀燈に連れて行かれるしかすべはなかった。
  「ふふふ…やぁねぇ、寝室ですることなんて、ひとつしかないでしょぉ♪」
  ぽん、とベッドに投げられたジュン。
 その体は肉食獣を前にした小動物並に震えている。
 しかし、それさえも今の水銀燈にとってはおいしくいただく為のスパイスにしかなりえない。
  「ぎ、銀姉…」
  怯えるジュンを前に、自身の服のボタンを外し、ジュンの服に手をかける水銀燈。
 上着をはだけさせ、押し倒した後、ジュンの顔を持ち唇を近づけていく。
 ジュンと水銀燈、2人の唇の距離が零になる―――
  「その辺にしときなよ、水銀燈」
  ことはなかった。
 軽い音と共に水銀燈は手を離し、頭を押さえてうずくまっていた。
  水銀燈が沈んだ為に視界が広がり、その相手を確認すると、予想通り、姉の1人であった。
 短い髪に赤と緑のオッドアイ。ズボン系のものを好んで履くボーイッシュな女の子。
 手には水銀燈をたたいたであろう竹刀をもっている。
  「蒼姉…」
  桜田家七姉妹の四女、蒼星石の登場である。
  「やあ、久しぶりだね、ジュン君。最後に会ったのが春休みだから4ヶ月ぶりだね」
  柔らかな笑みを浮かべて語る蒼星石。
 しかし、うん、と返事こそするものの、ジュンは水銀燈の時とは別の意味で怯えていた。
  その元凶は蒼星石の手に握られた竹刀である。
 普段なら、【かっこいい】だの【強い】だのという感想が浮かぶが、今日ばかりは違う。
  ぱこん、と音自体は軽かったが、その威力は水銀燈の状態を見ればわかる。
 痛いのだ―――それも、恐ろしいほどに。
  力同様、耐久力も人並み以上の水銀燈が未だうずくまっているのがその威力を顕著に語っている。
 その様を見てジュンが恐怖にとらわれていたとしても、彼には非がないはずである。
  「な、なんで蒼姉までいるんだよ!?」
  「……ひどいなぁ、ジュン君は。かわいい弟が1人で暮らしてるって聞いて、急いで来たんじゃないか」
  えっ、と思ったが、ジュンの頭に先ほどの父親との会話が浮かんだ。
  ―実はな……お前の姉さん達に1人暮らししていることがばれた―
  姉さん『達』……そう、『達』である。
 この言葉から判るように、水銀燈1人で終わるはずなどなかったのだ。
  「そ、そうなんだ。でも、ちゃんとやってるから大丈夫だよ、蒼姉。
  だから心ぱ……」
  いしなくていいよ、と言うより先に蒼星石は行動に移っていた。
 まず、タンスを開け、次々に服を取り出している。
 取り出した服を丁寧にたたみなおしながら、何グループかに分けてゆく。
  「だめだよ、夏物と春物はきちんと入れ替えないと。
  それに、これはきちんとアイロンを当てなきゃだめだし、このたたみ方じゃあ、しわができるよ」
  グループわけを終え、衣服をタンスになおしながら、
 それで、今なんていおうとしたんだい、と笑顔で聞いてくる蒼星石に、ジュンが答えられるはずがなかった。
  (……絶対確信犯だろ、蒼姉)
  などと思いつつも、竹刀が怖くて言い返せないジュンであった。
  
  
  
「お茶でもいれてくるけど、緑茶でいいのか、蒼姉?」
  反論もできず、水銀燈はうずくまり、蒼星石が服を片付けているため、手持ち無沙汰なジュンはお茶でも入れようかと声をかける。
 蒼星石にしか聞かないのにはわけがある。
  「うん、おねがいするね」
  「や、やくるとぉ〜」
  返ってきた声は二つ。
 片方は尋ねた蒼星石。もう片方はうずくまっている水銀燈。
 予想通り、乳酸菌信奉者の水銀燈が要求するのはヤクルトだった。
  はいはい、と応えながら姉2人を残して部屋を出るジュン。
 しかし、彼はあの有名な言葉を忘れていた。
 二度あることは三度ある、ということわざを…。
  「遅いわよ、ジュン。もうお茶の時間を3分も過ぎてるじゃない。
  早く紅茶を淹れなさい」
  がしゃー、と居間に入ると同時に滑ったジュン。
 それも、喜劇さながらの滑り方で。
  「なに、滑ってるの、ジュン?
  何もないところで滑るなんて、それでもこの真紅の弟なのかしら」
  滑る様を見て、読んでいた本から目を離し、呆れたように告げる女性。
 金色の髪に青い眼。赤い服を好み、よく本を読んでいる姉。
 桜田家七姉妹の五女、真紅がいつの間にか居間にいた。
  無茶を言う、と思ったが口には出せない。
 ジュンの方は姉から逃れたと思えば、3人目がいたのだ。
 驚いて滑っても仕方がない―――だが、この姉はそんな理屈が通じるような相手ではないのだ。
 プライドが高く、弟を下僕のように扱いながらも、時々怖いくらい優しくなる、そんな姉なのだ。
  「で、紅姉はなんで……」
  いるんだ、という問いかけは、ぴしっ、という音と痛みによって中断された。
 ぶたれたのだ―――それも髪で。
 この姉、真紅はなぜか昔からジュンをそのツインテールを振ってぶつ。
 痛くはないのだが、その行動は非常に腹の立つものだった。
  「な、なにするんだよ!」
  「し・ん・く! ……私の事はそう呼べと言った筈よね? …ジュン、貴方何度言えば解るのかしら?」
  うっ、とその勢いに飲まれるジュン。
 確かに彼女はジュンに紅姉と呼ばせずに名前で呼ばせようとする。
 お姉ちゃんだから姉と呼ぶと説明もしたが、双子の姉を姉と呼んでいないことを盾に却下されていた。
  「あらあらぁ、真紅ったらぁ……またジュンに無理強いしてぇ。まったくぅ、しょうがないお姉ちゃんねぇ♪」
  「ほんとだよ。それでいて、お姉ちゃんって呼ばれて喜ぶんだから、手に負えないよ」
  ジュンの後ろのドアが開き、かけられる声。
 思っていたより時間が経っていたらしく、回復した水銀燈と片付け終えた蒼星石が降りてきたのだ。
  「す、水銀燈に蒼星石!? なぜここに!?」
  「あらぁ、ここにいるのが自分だけだと思ったのぉ? ほーんと、真紅ったらお・ば・か・さんねぇ♪」
  「考えることはみんな同じってことだよ、真紅」
  2人の登場にうろたえる真紅と、それをネタにいじろうとする水銀燈。
 呆れながらも告げる蒼星石。実に見事な三者三様である。
  この状況をどうしようかとジュンが考えているとがちゃ、と扉の開く音が聞こえた。
 その後に聞こえるのはとてとて、と廊下を歩く音。
  先の展開が読めたジュンはこう思わざるを得なかった。
 神様、そんなに僕のこと嫌いですか?―――と…。
  そんなジュンの心情とは逆に勢いよく開かれる扉。
  「ジューーン、一人じゃ不安だろうからお姉ちゃんが一緒に住んで世話してやるです!」
  完璧に間の悪いタイミングで現れたのは長い髪に赤と緑のオッドアイ。
 蒼星石そっくりの顔立ちをした姉。
 桜田家七姉妹の三女にして、蒼星石の双子の姉、翠星石が空気も読まずに現れたのだ。
  「な、何故いるですか蒼星石! それに水銀燈……真紅まで!?」
  しーん、とするなか、ようやく状況に気付いたのか、あせる翠星石。
 先の発言をジュン以外の姉妹にも聞かれたとあって、顔が真っ赤に染まっている。
  「あーら翠星石。先に乗り込んで二人きりを狙ってたんでしょうけど、予想が外れたみたいねぇ?」 
  その様子を見て矛先を真紅から翠星石へと移す水銀燈。
 真紅いじりが好きな彼女だが、性質が悪いことに、他の姉妹をいじることも十分好きなのだ。
  「な、何の話です水銀燈! 翠星石はただジュンの生活がたいへんだろうと思ってですね…」
  完全にばれているが、必死にごまかそうとする翠星石。
 彼女の中ではジュンは甘やかせてはいけない存在であり、他の姉妹に甘やかせているようにみせてはならないのだ。
 ―――もっとも、一番甘やかせているのは翠星石である、というのが親子姉妹共通の認識であるが…。
  「じゃあ、どうして同じ寮に住んでいるボクにも説明せずにここに来たのさ」
  「う…っ!」
  と詰まる翠星石。
 蒼星石の言うとおり、双子は同じ寮に住んでいる。
 しかも、お隣さんだ。それなのに、相談もしなかった。
 そのことに罪悪感を感じる―――が、そこで翠星石の方もあることに気付いた。
  「そ、蒼星石の方こそ翠星石に何の相談もしなかったじゃねーですか!」
  そう、翠星石の方も蒼星石に何の相談もされてないのだ。
 加えて、蒼星石の方が先に居る。それで反撃しようとする翠星石。
 しかし―――
  「ジュン君の方が大切だからに決まってるじゃないか」
  なにを当たり前な、と切って捨てる蒼星石。
 水銀燈同様に、彼女の頭の中では『ジュン>>翠星石>他の姉妹>>>>>(越えられない壁)>>>>>父親』と定義付けられていた。
  蒼星石の発言により、居間は再び妙な沈黙に包まれた。
  
  
  
―――そのころ。
  「……トラップが作動してジュンは水浸し。お風呂で裸のお姉ちゃんと遭遇。
  か、完璧なのかしら。うふふ、これでジュンもめろめろかしらー」
  と、力説する女性がいた。
 しかし、彼女は気付いていなかった。
 彼女が考えた策が今まで一度も成功したことがない、と言う事実に。
 ―――加えて、今の力説が6度目だったことも彼女は気付いていない。
  
  
  
「とりあえず、お茶にするぞ。翠姉もそれでいいだろ?」
  妙な沈黙が支配した居間だが、ジュンが元々ここに来た目的はお茶を淹れるため。
 同時に、真紅の要求も紅茶を淹れることであったので特に問題はない。
 よって、確認を取っていない翠星石に確認をとり、お茶をいれるため台所へと向かうジュン。
  残された四人も席に着くが、その目は互いを牽制しあっている。
 言いたいことはみんな同じ。
 弟の面倒は自分一人で見る。だから、とっとと帰れ―――そう互いの目が語っていたのだ。
  「紅姉が紅茶で、翠姉と蒼姉が緑茶っと」
  カップ、湯のみ、ポット、急須をそれぞれ出し、鍋で湯を沸かす。
 これで3人の準備は完了。残る水銀燈の分は…。
  「銀姉はヤクルト…」
  冷蔵庫に常備してあるヤクルトを取り出そうとし、手をかけた所で、ゴロゴロ、と空が鳴り出した。
 本日の天気は晴れのち雨、降水確率は70%。
  「やば、洗濯物!」
  火を止め、急いで庭へと向かうジュン。
 明日から当分雨が続くと予報ででていたので、降る前に取り込めばいいと思い、朝の間に洗濯物を干していた。
 しかも、一人暮らしでさぼっていた為、一週間分まとめて行ったので、かなりの量になっていた。
  不本意ながら、姉にも手伝ってもらおうと、テーブルを見ると誰も居ない。
 取りに行ってくれてると安堵し、庭へと出た途端、一気に力が抜けた。
  「ジュンの下着は私が取り込むからぁ、アンタ達はタオルでもとりこみなさいよぉ」
  「何を言ってるんだ、水銀燈。君にそんなことを任せられるはずないだろ!
  ジュン君の下着はボクが取り込むから、残りのものは任せるよ」
  「あら、信用できないのはあなたもよ、蒼星石。
  ここはこの真紅に任せて他のものを取り込みなさい」
  「寝言は寝て言えですー、真紅ぅ。3人とも信用できねーです。
  しゃーねーから、いやですけど翠星石が取り込むです」
  誰が取り込むかで口論していたのだ。
 しかも、ジュンの下着を囲んで、だ。
  その様子を見て流石にジュンの顔も引きつっている。
 天気が悪いため、誰も居ないが、桜田家の庭は外からでも十分見える。
 そんななかで、このような話をしているのだ。
 さすがにジュンの方も我慢はできなかった。
  「……姉ちゃんたち」
  その声は普段の彼からは想像できないほど低く、四人は一斉にジュンの方を見て、引いた。
 凄い笑顔なのだが、目が笑っておらず、青筋も浮かんでいる。
  「じゃまだから、家に入ってろーー!!」
  告げられた四人は壊れた人形のように首を縦に振り、慌てて家へと入っていった。
 結局、洗濯物の2割がだめになり、ジュンも水浸しになってしまった。
  
  
  
「くしゅん」
  濡れ鼠となったジュンは当然のことながら、お風呂に入ることになった。
 しかも、濡れたジュンの姿を見て、水銀燈がそそるとかいいだし、蒼星石も同意したから更に一悶着が起こった。
 加えて、翠星石が漁夫の利を狙い、一緒に入ろうとしたため、更に長引き、気付けば20分近く経過していた。
 結局、いまだ騒いでいる姉達を居間に残し、その間に風呂に入りに来たジュンであった。
  「まったく、銀姉たちも何を考えてるんだよ」
  がらがら、と風呂の戸を開けながら言う。
 彼とて健全な男子高校生。美女美少女の裸に興味がないわけではない。
 ―――だが、姉とは違い、彼には近親相姦を犯そうという気は全くなかった。
  「あれがなかったら、いい姉ちゃんなんだけ……ってうわぁ!!?」
  呆れたように呟きながら扉を開くジュン。
 そこでありえないものを見て驚愕する。
 風呂に入って初めて気付いたが、湯船に人が浮いていたのだ。
 それも、知らない人ではない。
  「の、のぼせたのかしら〜〜」
  水銀燈に比べると黒いがそれでも、常人よりは色素の薄い髪。
 緑の眼に、晴れの日でもトレードマークの傘を持ち歩く女性。
 姉妹一背が小さく、空気が読めなくてよくいじられる天才発明家。
 桜田家七姉妹の次女、金糸雀その人であった。
  「か、カナ姉!!?」
  どたどた、とジュンの叫びを聞き駆けつける四人の姉。
 ―――しかし。
  「あらあらぁ、立派になったわねぇジュン」
  「たいしたもんだね、ジュン君」
  「ジュ、ジュン……」
  「と、とっととしまいやがれですー」
  堂々と見る水銀燈と蒼星石。
 赤くなって顔を押さえながらも、しっかりと見る真紅と翠星石。
 彼女らの視線はのぼせて浮いている金糸雀ではなく、ジュンの一部分へと注がれていた。
  「へ、あ……わぁーーー」
  一瞬、姉達の視線がどこに向いているかわからないジュンであったが、慌てて気付くと即座にタオルを巻く。
 何か大切なものを失った気がしたジュンであった。
  「ぎ、銀姉、それよりも早くカナ姉を!!」
  タオルで隠したからか、あからさまに落胆する二人の姉のうちの一人、水銀燈に頼むジュン。
 自分がやればいいと思うが、この状態で手が塞がると二人の姉からの危険度が一気に高くなる。
 加えて、先に述べたように水銀燈の方がジュンよりも圧倒的に力が強いのだ。
  戦闘力なら水銀燈に迫る蒼星石だが、彼女の場合は力を技術で補っている。
 よって、この場では残り二人の姉と同様、あまり役に立たない。
 結果、この場面で適任なのは水銀燈であるのだ。
  「そうねぇ、ジュンが一緒に寝るならぁ、やってあげるわよぉ♪」
  瞬間、二本の竹刀が閃き、洗剤の箱が命中し、顔を殴られ、水銀燈が沈んだ。
 反論の間すら与えぬ見事なほどのコンビネーション。
 さすがは姉妹といったところ。
  「……って、倒しちゃだめだろー! 銀姉、しっかり!
  倒れるなら、せめてカナ姉を引き上げてから倒れてよ!!」
  微妙に、心配してるか安心してるのか判らないセリフだった。
 ―――姉に一緒に寝ろと要求された彼の気持ちを考えればわからなくもなかったが…。
  「ジ、ジュン。お姉ちゃんはもうだめぇ……だからぁ、最後にぃ、キ――――」
  スしてぇ、という言葉は、ごんっ、という音と共に遮られた。
 得物を構えていた姉妹の手ではなく、支えていた手を即座に離した、他ならぬ弟自身の手によって。
  「そんなこと言う余裕があるなら大丈夫だろ。早くカナ姉を運んでよ、銀姉」
  音が音だけに、相当痛かったらしく、転げまわる姉にかけた弟の言葉は冷たかった。
 この瞬間、残る三人の姉も冷たい汗と共に自覚した。
 調子に乗りすぎるのはやめよう―――と。
  
  
  
「まったく……カナ姉はかわらないな――――あれ?」
30分以上経過してるにも関わらず、未だぶつぶつ言いながら風呂から上がったジュン。
 が、体を拭こうと手を伸ばして気付いたが、タオルがなかった。
  「タオルなかったっけ?」
  一週間分洗濯がたまっていたとはいえ、何枚か残っていたタオル。
 金糸雀を連れて行くときに何枚か使ったが、それでも、彼が入るとわかっていた姉が一、二枚は残していたはずであった。
  ジュンの裸を見るために、全部持って行きそうな姉は二人ほど居たが、先の騒動の直後で行動を起こすとは思えない。
 ならば、いったいだれが―――と、おもったところで、横から手渡されるタオル。
  「はいジュン、タオルなのー」
  「ん、ありがと雛ね…ぇ……!?」
  先の金糸雀のときの反省を生かし、大声を上げなかったが、慌てるジュン。
  真紅同様、金色の髪を持ち、金糸雀同様の緑の眼。
 子供っぽい仕草だが、凡人には理解できない絵を描き、天才、と評価される美大生。
 桜田家七姉妹の六女、雛苺が何故か裸で横に居た。
  「わー、ジュンおっきいのー」
  彼女の視線が向かうのは先に四人の姉も見たジュンの一部分。
 水銀燈や蒼星石みたいに堂々としていないが、真紅や翠星石みたいに顔を隠してもいない。
 少し赤くなりながらも、興味津々と言う表情で見ていた。
  わー、と先ほど同様、慌てて隠すジュン。
 が、隠して安心したのもつかの間、胸にやわらかいものを押し付けられた。
  「ただいまなのー」
  いつもどおり、ジュンに抱きつく雛苺。
 彼女の場合、水銀燈や蒼星石と違い邪念がない為、避けることに抵抗を覚えるのだ。
  「ひ、雛姉、なんで裸!? そ、それより、離れて、早く!」
  慌てるジュンとは違いジュンに頬を擦り付けて喜ぶ雛苺。
 無邪気な彼女にとって、この行動は弟限定で抵抗がない。
  「んー、お風呂上り、あたたかいの〜」
  彼女のセリフとは異なり、彼女自身の体は冷え切っていた。
 どうやら、この雨によってずぶ濡れになってしまったようだ。
  これだけ冷え切ってるなら仕方ないか、と思いもう一枚のタオルを雛苺にかけるジュン。
 しかし、次の雛苺のセリフで固まった。
  「あ、おっきくなったのー」
  ぴしり、と凍りついた。
 近親相姦を起こす気は無いと言っていたが、体は健康な男子高校生。
 裸の美少女に抱きつかれて、反応しないはずがなかった。
  「ひ、雛姉、はなれて、風呂で……も………」
  「きゃ、ジュン、くすぐったいのー」
  引き剥がそうとするジュンの行動がくすぐったいのか身悶える雛苺。
 だが、その行動がふと止まり、ジュンが完全に固まった。
 何事かと思い振り返る雛苺。
 ――――――そこには、五人の鬼が居た。
  「雛苺ぉ、なんてうらやましいぃ」
  「まさか、雛苺に先を越されるなんてね。完全に侮っていたよ」
  「ジュン、雛苺、あなたたち、何をしているかわかってるの」
  「さっさと、離れやがれですー」
  「雛苺、早く離れるのかしらー」
  弱冠二名ほど、自信の欲望に忠実に怒っているが、残りの三人は一応、行為についてとがめている。
 しかし、そこは無邪気な雛苺。
  「みんななんでおこってるのー?」
  雛わかんなーい、と完全に火に油を注ぐ発言であった。
  
  
  
何とか事情を説明して居間へと戻ってきた姉弟たち。
 なお、暴走していた水銀燈と蒼星石は真紅、翠星石、ジュンの三人の手により沈められ、風呂場に放置されている。
 もっとも、沈めたのがジュン(服なし)だからか、その表情は恍惚としていた。
  「それで、なんで姉ちゃんたちは帰ってきたんだ?」
  姉弟の父親曰く、ばれた、としか言っていない。
 姉達が自分に好意を持っているとはある程度思っているジュンだが、『ある程度』なため、なぜ帰ってきたか理解していない。
  「さっきもいったじゃねーですか。ジュンに一人暮らしは無理だからお姉ちゃんが世話してやるです」
  微妙にさっきとセリフが変わっている翠星石。
 判ってはいるが、言うとまた会話がずれるのでジュンはあえて何も言わない。
  「雛はねー、ジュンと一緒に住むのー」
  無邪気というか、なんというか、水銀燈と蒼星石とは違う意味で欲求に素直な雛苺。
  「弟の一人暮らしは危ないのかしらー。ここは天才発明家金糸雀に任せるかしらー」
  危ないのと発明家がどう繋がるのかわからないが、二人同様一緒に住むという金糸雀。
  「ジュン、あなたに一人暮らしなんてできるわけないでしょ」
  一応、心配はしているようだが、やはり態度の大きい真紅。
  「ジュンの面倒はぁ、私が見るわぁ」
  「ジュン君は、ボクが面倒みるよ」
  ふらふらしながらも居間へと戻ってきた姉二人も同意見だ。
  はー、と溜息をつきながらもとりあえず、心配して見に来てくれたんだな、と喜ぶジュン。
 一斉にくるとは思わなかったが、それでも、数日ぐらいなら問題はなかった。
 そう、数日ぐらいなら……。
  「で、姉ちゃんたちはいつまでこっちにいるんだ?」
  ジュンの言葉に全員が、はぁ?、とでも言いたそうな表情になる。
 その表情を見て、ジュンの脳裏に過ぎったのは最悪のパターン。
 それだけは勘弁してくださいと祈っていたが、どうやら神様は余程ジュンのことが嫌いみたいだった。
  「お父様にもいったでしょぉ、私が面倒をみるってぇ。もう部屋も解約したからぁ、ずっといっしょよぉ♪」
  とは水銀燈。
  「ジュン君を一人になんてさせられないよ。ボクが一緒にいてあげるからね」
  「しゃーねーからずっと世話してやるです」
  こちらは双子の姉達。
  「やはりあなたは私がいないと気を抜きすぎるようね。
  この真紅が一緒に暮らしてあげるから、ありがたくおもいなさい」
  「雛はねー、やっぱり一人だと寂しいからジュンとずっと一緒にいるのー」
  「弟の面倒はこの金糸雀が見るのかしらー」
  ようするに、この姉妹全員、ジュンが一人暮らしと聞くや否や荷物をまとめ、部屋を解約して帰ってきたのだ。
 ――――――他の姉妹に誰一人確認も相談もせずに、だ。
 さすがに頭痛を覚えるジュンだが、解約した以上、他に打てる手は残されていなかった。
  自分以外は帰れと、牽制し始めた姉達を放っておき、夕飯を作ろうと席を離れるジュン。
 しかし、彼は忘れていた。金糸雀に連れて行かれたはずの双子の姉の存在を。
  かちゃ、かちゃ、と先ほど用意しかけたお茶を片付け、夕飯の準備を始めたジュン。
 背後でうねっている姉達は放置で今晩のメニューを考えるため、冷蔵庫を開けると、何かが落ちてきた。
  「え、あ、う、うわー!?」
  どさっ、とジュンに覆いかぶさる何か。
 その音に反応して牽制をやめてやってくる姉達。
 そして、唇に感じるやわらかい感触。
  水銀燈同様の銀色の髪に、他の姉妹にはない金色の眼。
 気持ちを表すのが苦手なため金糸雀の発明である眼帯をつけ紫のものを好む少女。
 怪しげな諜報術を覚え戦闘力では水銀燈、蒼星石には一歩譲るものの、気配を断つことには群を抜いている姉。
 桜田家七姉妹の七女にして、ジュンの双子の姉、薔薇水晶が何故か冷蔵庫から現れジュンとキスしていた。
  ぴきっ、と空間が割れる音が聞こえた気がしたジュンであった。
  「な、なんで薔薇水晶が今更出てくるのかしらー!!?
  ジュンが水浸しになったのはカナのトラップじゃなかったのかしらー!?」
  あせって全てをばらしてしまう金糸雀。
 ギンッ、と十個の眼が一斉に金糸雀を見、取り囲む。
 後は言わずもがな。
 ――――――集団リンチの始まりであった。
  
  
  
「なんで冷蔵庫にいたんだ、水晶?」
  背後からどかっ、めきょ、ぴちゃ、などと聞こえてはいけない音が聞こえる気がするが、あっさりと流し、
 先ほどのキスの影響で真っ赤になっている薔薇水晶に事情を尋ねるジュン。
  「……カナ姉様に頼まれたから」
  眼帯に書かれている文字は『照れ』だが、そこは最愛の弟の言葉。
 例え恥ずかしくても、弟の言葉にだけはこたえる薔薇水晶。
  結局、薔薇水晶が冷蔵庫の中にいた理由は金糸雀の策でジュンを水浸しにするためであった。
 薔薇水晶が寒がっていないため、電源を抜いたと思ったが、どうやら、金糸雀の発明で寒さを遮断していたらしい。
  後ろを見ると、集団リンチが終わったのか、今度は互いに手を出し始めた姉達。
 はぁ、と今日何度目になるかわからない溜息をつき、もうどうにもならないとあきらめて、薔薇水晶と共に夕飯を作るジュン。
  「平凡な休日の予定だったんだけどなぁ…」
  彼が本日で身につけたのは、あきらめるしかないこともある、という理不尽さであった。
 しかし、それでも姉達を受け入れてしまうのが彼―――桜田ジュンという少年。
  結局のところ、七人の姉がブラコンであるのと同様に、ジュンもシスコンでしかないのだ。
  
  
  
姉乙女の1・完     とぅーびこんてぃにゅーど?
  
  
  
  
  
  
  蒼星石
 桜田家の四女で翠星石の双子の妹
 容姿と一人称から同姓にしか人気がない。
 だが、唯一弟が女の子扱いしてくれたため、極度のブラコンとなる。
 弟が二刀流のアニメを見てると知った途端、一刀流から二刀流へと変えたほどのブラコンである。
 どこかしらの剣術を習っており、その戦闘力は水銀燈と並んで姉妹最強。
 しばらく離れていたのが原因なのか、水銀燈同様、よく暴走するようになっていた。
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