ゼルダの伝説
トワイライトプリンセス
〜The After Story〜



 ゼルダには予感があった。彼は再び自分の元へと現れ、ある事を訊ねるだろうと。そして自分は、彼の望みを叶えなければならない事も。影の住人達とザント、そしてガノンドロフ。ハイラルを覆った災いによって破壊されたハイラル城修復の指揮を執る傍ら、ゼルダは近いうちに訪れるであろうその日を待ち続けていた。ハイラル城に残された破壊の爪痕は、決して浅い物ではなかったが、穏やかさを取り戻したハイラルの人々にとって、平和と繁栄の象徴たるハイラル城を修復する事は、なによりも優先すべき事であり、城が在りし日の姿を取り戻しつつあることは最大の喜びでもあった。

 ハイラルに平和が戻ってから一ヶ月あまりの時が経ち、いよいよハイラル城の修復完了が目前に迫った頃、ハイラルは収穫祭の時期を迎えていた。新しく生まれ変わった城と共に国を挙げて祭りを開き、盛大に祝おうという話が持ち上がっていた。その話に異論を唱える者などいるはずもなく、ゼルダも皆と同じ気持ちで、その日を心待ちにしていた。

 収穫祭まであと十日あまりとなったある日、彼は前触れもなく彼女の前に現れた。深緑の衣を身に纏い、栗毛の馬を連れたその若者は、門番に一言だけ「ゼルダ姫に会いたい」と言った。門番は最初それを断ったが、若者は頑として動かず帰ろうとしなかったため、門番は渋々その事を城兵へと連絡した。しばらくすると城兵がひどく慌てた様子で戻り「その若者に無礼を働いてはならぬ、丁重にお通ししろ」と告げたので、門番はあっけにとられながら若者を見送った。すれ違い様に見た若者は精悍な顔つきで、誇り高い獣のように鋭く、青い瞳をしていた。若者の姿が城内に消えた後、門番は近くにいた城兵に「あいつは誰だ?」と訊ねた。城兵は槍を抱えたまま肩をすくめ「リンクって言うらしいぜ。ラトアーヌ地方の村からやって来たんだと」と、物珍しそうに答えた。




 謁見の間で椅子に腰掛けながら待っていたゼルダは、兵士に案内されてやって来たリンクを見ると立ち上がり、彼に歩み寄って丁寧にお辞儀をする。その姿を見て、回りの衛兵たちはぎょっとして目を丸くした。ハイラル王家の象徴たるゼルダ姫が、田舎出身の若者に頭を下げる事など、普通ではとても考えられない事であったからだ。

「ひ、姫様、なぜそのような……顔をお上げください」

 顔に深い皺を刻んだ大臣が、うろたえた様子でゼルダに訊ねると、ゼルダは大臣の目を見てゆっくりと首を振る。

「構いません。それともあなたは、客人に礼儀を払う事が間違っているとでも?」
「い、いえ、決してそのような……しかし、この若者は一体?」

 大臣がリンクの身なりを値踏みするようにジロジロと眺めるのを、ゼルダは内心苦々しく思いながらも、彼女は凛とした声で言った。

「彼は……ハイラルをお救いくださった勇者様なのです」
「は、はあ? しかしみだりに田舎者を城内に入れるのは……」
「大臣」
「は、はいっ」
「このお方は私の……いえ、ハイラル全てにとっての恩人。彼への無礼は私が許しません」
「は、ははっ」

 ゼルダに一喝され、大臣はそそくさと下がったが、最後まで怪訝そうな目をリンクに向け続けていた。当のリンクはそうした周囲の態度を気にする様子もなく、ただ真っ直ぐにゼルダ姫を見つめていた。

「お久しぶりですね、リンク」
「ああ。ゼルダ姫も元気そうで」

 それだけで会話は途切れてしまったが、ゼルダはリンクの瞳に確かな意志が宿っているのを見た。その輝きは彼女が予感していた、来るべき時の訪れを示しているようにも思えた。

「少し驚きました。連絡も無しにいらっしゃるとは思わなかったものですから」
「事前に何度か手紙を出したけれど、全部送り返されてしまったので仕方がなかった」

 きっと大臣の仕業だろうと嘆息しつつ、ゼルダはリンクに謝罪した。リンクは気にしていないと微笑を浮かべ、再び真面目な顔つきに戻り言った。

「教えて欲しい事があるんだ」
「はい。私で力になれるのならば」
「神と話をする方法を知りたい。色々考えて、ゼルダ姫が一番詳しいだろうと思った。だから会いに来た」
「……!」

 ゼルダは今の言葉が誰かに聞かれてはいなかったかと、肝を冷やしながら周りを見た。幸いに大臣や衛兵は離れた場所に立っており、リンクの発言は聞こえていなかったようである。神と話をしたいなどと他人に聞かれでもしたら、神をも恐れぬ不届き者だと誹られ、城内からつまみ出されていたことだろう。周囲に動揺を悟られないよう、ゼルダは平静を装わねばならなかった。

「……場所を変えましょう。書物庫に行けば、あなたの求める答えが見つかると思います」

 ゼルダはリンクを連れ、ハイラル城の書物庫へと向かう。その途中、ゼルダは何度も城兵たちとすれ違ったが、自分に敬礼すると同時に、隣にいるリンクへ好奇の視線を向ける彼らに胸を痛めていた。書物庫の前に辿り着くとゼルダは人払いをし、リンクと二人だけで書物庫に足を踏み入れた。万が一にも会話の内容を聞かれないようにとの配慮だった。書物庫には膨大な量の本が棚に並べられており、歴史を綴った本や、各地の伝承、建築技術から料理のレシピまで、ハイラル中のありとあらゆる書物が収められていた。ゼルダは書物庫の一番奥にある棚に保管されていた、金の文字と黄金の三角形が描かれた背表紙の本を手に取った。

「これは神代の伝承を伝える文献……幼い頃、乳母に読み聞かせてもらった話の中に、長い旅の末、神の声を聞いた人物の話がありました」

 ゼルダは丁寧にページをめくり、古びた文字に目を通し始めた。数ページほどめくったところで彼女は手を止め、抽象的な山の絵と、隣に書かれた一節を指した。

「――雪に覆われた山脈を越えた遙か先に、この世界で最も天に近い聖なる山がある。だが同時にそこは、人を寄せ付けぬ険しい試練の地でもある。神に選ばれ、苦難を乗り越えた者だけが、世界を作りたもうた神の声と力に触れる事ができるという……」

 ゼルダの言葉に耳を傾けていたリンクは、彼女が語り終えると静かに頷き「いい話が聞けた」と感謝の意を告げた。

「リンク、あなたはこの伝承に挑むおつもりですか?」

 問いかけるゼルダに、リンクは迷いのない目で頷く。

「なぜです? 神に選ばれし勇者としての使命は、もう十分に果たしたではありませんか。あなたは勇敢に戦い、ハイラルに忍び寄る影から私たちを救ってくださいました。もうこれ以上、つらい試練に挑む必要などないのに」
「ハイラルのために戦う者が勇者だと言うなら、そう呼ばれるべき者はもう一人いる」
「……!」

 その言葉で、ゼルダの予感は確信へと変わった。ガノンドロフを倒した後、リンクはゼルダが申し出た全ての褒賞を辞退し、勇者として祭り上げられることを望まなかった。ザント襲撃とガノンドロフの暗躍は、普通の人々には気付かれにくい出来事であり、リンクが神に選ばれた力を持ち、邪悪と戦っていた事を知っている者は、数える程度しかいない。それ故に、彼と共に戦った影のような存在など、ゼルダを除いては誰も知らない事であった。

「ミドナの……事ですね」

 リンクは答えなかったが、図星である事はゼルダにも分かっていた。彼女の事については、ゼルダもずっと心残りがあったからである。砂漠の処刑場で別れたあの時、最後にミドナが残した切ない笑顔は、今も鮮明に思い出すことができる。

「陰りの鏡が無くなった今、俺はそうするしかないんだ」
「決意は変わらないのですね?」
「ああ」

 確かな口調で頷くリンクに頼もしさを感じつつ、ゼルダもまた頷いた。

「分かりました。あなたはハイラルの恩人。私にはそれを止める権利はありません」
「ありがとう、ゼルダ姫」
「ただし、ひとつだけお願いが。その旅に、私も一緒に連れて行って欲しいのです」

 リンクはとんでもないと首を振ったが、彼女の決意もまた固いらしく、一歩も譲らなかった。

「気まぐれでこのような事を申しているわけではありません。ハイラル王家の者は、神の声を聞く力を色濃く受け継ぐ一族。きっとお役に立てるでしょう。それに……私も叶うものなら、もう一度彼女に会いたいと思っていました」

 気持ちは同じ――そう告げるゼルダの願いを、リンクは断る事ができなかった。テルマの酒場で夜を待ち、城を抜け出してきたゼルダと合流したリンクは、遙かな北の山脈を目指し、ハイラル城を後にした。




 山脈へと続く草原で夜を明かしたリンクとゼルダは、ハイリア湖へと流れ込むゾーラ川を遡り、岩肌に掘られたトンネルの中に足を踏み入れた。そこを通り抜けると、切り立った岩山の隙間に作られた細い道が北へ向かって続いている。ここから先は道が狭いうえに足場が悪く、エポナは連れて行けない。人に見つからない場所へエポナを隠し、二人は先を急ぐ。ごつごつした岩肌が剥き出しになった山間の道を一日ほど歩き続けると、岩屋根に閉ざされていた空が開け、透き通った大量の水が流れ落ちる、巨大な滝へと辿り着く。そこはゾーラの里と呼ばれ、水を司るゾーラ族が暮らす世界の大水源でもあった。彼らもまた、ザントやガノンドロフの暗躍によって深い傷を負ったが、絶え間なく流れ続ける清浄な水の中で、少しずつ活気と明るさを取り戻しつつあるようだった。

 旅に不慣れなゼルダを連れていることもあり、リンクはここで一晩休息を取ることにした。ゼルダは水辺に座ってブーツを脱ぎ、澄んだ水に両足を浸して疲れを癒していたが、水面に映る彼女の美しさに惹かれたのか、数人のゾーラ族が彼女の近くに集まって、話しかけたり自由自在な泳ぎを披露して見せたりしていた。礼儀正しいが好奇心も強いゾーラは、ハイラル城の様子などにも興味深く耳を傾け、城の修復が間近だと言う事を聞いて喜んでいた。そうしているうちに滝の上から、一人の若いゾーラ族の少年が姿を現し、リンクに近づいて喜びの表情を浮かべた。

「ああ、やっぱりリンクさんだ。私です、ラルスです。部下からあなたに似た人が来ているという話を聞いて来てみたら……また会えて感激です」

 高貴な顔立ちをしたゾーラの少年ラルスは、ゾーラ一族の若き王である。かつて行き倒れて生命の危機に瀕していた彼を、リンクと幼馴染みの少女イリアが救ったという経緯があり、ラルスはリンクを感謝と尊敬の念を込めて見つめていた。

「ラルスも元気そうでよかった。ゾーラの里の様子はどうなんだ?」
「おかげさまで、国も民も以前の姿を取り戻しつつあります。リンクさん、あなたにはいくら感謝してもしきれないくらいです。ところで、今日はどんな用事でいらっしゃったのです? それにあの女性……見間違いでなければ、もしやゼルダ姫では?」

 ゾーラの娘たちと戯れるゼルダに目をやり、リンクはこくりと頷く。

「すまないけど、俺たちがここへ来た事はしばらく内緒にしておいてくれないか。迷惑を掛けたくないし、明朝にはここを出る」
「もしやスノーピークへ向かうおつもりですか」
「ああ。正確にはそのもっと先……らしい」
「魔が去ったとはいえ、スノーピークは危険な場所。その先へゼルダ姫と二人だけで向かうとは、一体なぜ?」
「どうしても会わなきゃいけない相手がいるんだ」
「そうですか……きっと深い事情があるのですね。私はただ、リンクさんの目的が果たされる事を願っています」
「すまない、恩に着るよ」
「と、とんでもない。それよりも、今夜はこの里で夜を明かされるという事ですし、ぜひあなた方を歓迎させてください」
「いや、単に自分の都合で寄っただけだし、気を使わなくても」
「ハイラルを救った勇者と姫君を放っておいては、ゾーラの名折れ。そんな事になれば亡き父や母にも顔向けできません。今日は私が捕まえたニオイマスの料理を御馳走しますよリンクさん」

 屈託なく笑うラルスに、リンクも幾分か救われた気持ちになっていた。その夜はゾーラの宴が開かれ、夜遅くまで明かりと笑い声が絶える事はなかった。ニオイマスの料理を口に運びながら、リンクとゼルダは水中で戯れるゾーラの姿に微笑む。その時一人のゾーラが、水面を高く飛び跳ねた。一緒に巻き上がった水飛沫が宙に舞い、それは松明の光を受けてキラキラと輝き、幻想的な光景だった。リンクはその水の粒ひとつひとつに、彼らの喜びが溶け込んでいるように思え、同時にそれが彼の心にわずかな陰りをもたらしていた。

「どうしましたリンク。顔色があまり良くないようですが……」
「えっ。そうかな」
「見てください。皆、とても幸せそうにしています。それは全て、あなたが身を挺して邪悪と戦い、魔を払ってくれたからこそ。なのになぜ、そんな寂しそうな顔をなさるのです?」
「なんでもない。少し考え事をしていたんだ」

 リンクはそれ以上語ろうとはせず、明かりの揺れる水面をじっと見つめたまま黙り込んでしまった。そんな彼の態度に、ゼルダの胸にもまた、わずかな痛みが差し込んだ。

 宴の夜が明けた翌朝、リンクとゼルダは滝の横にある穴を抜けてスノーピークへと出発した。ラルスは二人が食料に困らないようにと、ニオイマスの燻製などを土産に渡してくれた。ゾーラに別れを告げ、長い横穴を抜けた先には、雪と氷に覆われた山脈が静かにそびえ立ち、彼らのすぐ前には凍り付いた湖が広がっていた。

「ここから先に進めばもう、無事に帰れる保証はない。今ならまだ間に合うけれど」

 リンクの問いに、ゼルダはゆっくりと首を振る。

「ここで引き返すようなら、最初から付いてきてはおりません。ご迷惑かも知れませんが、どうか最後までご一緒させてください」

 ゼルダの決意が変わらない事を確かめたリンクは、彼女の手を取って凍り付いた湖を渡り始めた。初めてここを訪れた時、スノーピークは魔の力に包まれており、人を寄せ付けぬひどい吹雪の中を進んだものだが、今日は天候も穏やかで空は晴れ渡っている。氷の亀裂を飛び越えながら、二人は慎重に雪山を目指した。

 湖を越えて雪原を渡り、山の斜面を登り始めると、リンクはいくつか計算違いをしていた事を思い知らされた。まず第一に、スノーピーク登山は予想を遙かに超えて時間を消費してしまった。自分一人ならば、半日ほどで山頂付近まで辿り着けるつもりであったが、旅に不慣れで体力のないゼルダは、急な斜面と雪に足を取られてひどく疲労してしまい、少し進んでは休憩を取らなければならなかった。そしてさらに、登り始めた頃は晴れていた天気が急に変わり、吹雪き始めてきた事も原因のひとつだった。吹雪の勢いは次第に強まり、ついには一歩先が見えない程に視界が悪くなってしまった。リンクは手近な横穴を見つけて避難し、暖を取るために用意してきた薪を組むと、瑪瑙(めのう)を剣に打ち付けて火花を起こし、トアル山羊の羊毛を火種にして、手際よく火を付けた。燃え上がる炎で冷え切った指先を温めていると、ゼルダがリンクの顔をじっと見て言った。

「こんなに早く火を起こしてしまうなんて驚きました。私も作法は知っているのですけれど、もっと時間がかかってしまうものですから」
「ハイラル城では、自分で明かりに火を付けたりはしないのか?」
「はい。大抵は兵士や使用人が用意してくれますので」
「そうか。俺は家事を自分でやってるから、慣れてるだけだよ」
「リンクは凄いのですね。私も一通り身の回りのことは習いましたが、どれも難しくて。お野菜を切って煮込むくらいの簡単なお料理なら、少しは作れるのですけど」
「誰だって最初は難しいって思う。特別なものには特別なやり方があるんだろうって考える。けれど本当は、大抵のことは当たり前のことを当たり前にやってるだけなんだ。料理なら味付けのこととか、肉や魚を捌いて干し肉にする方法なんかもそうだし、そこにある荷袋やそれを縛る縄だって、全部自分で縫ったり編んだりして作ってるんだ」
「そ、そんな事まで出来るのですか?」
「俺は一人で暮らしてるから、出来なきゃ生活していけない。出来て当たり前なんだ、こういうのは」
「……立派ですね。でも、ひとりぼっちは寂しくありませんか?」
「そうでもないよ。困ったときは村の人が助けてくれるし、逆に頼まれて誰かの仕事を手伝う事もある。みんな助け合って暮らしてるのさ」
「あなたの故郷は、きっと素敵な所なのでしょうね」
「雑貨屋のベスはいつも、田舎は嫌だ都会に行きたい、って言ってるけどね」
「まあ、ふふふっ。あの、よろしければもっとお話を聞かせてください。村の事や、毎日の暮らしの事とか――」

 炎に手をかざしたまま微笑むゼルダに、リンクは少し安心した気持ちになった。ハイラル城を出てからずっと、彼女は思い詰めたような表情をしていた。この旅に同行したいと言い出したあの時、神の声を聞くという使命とは別の、どこか危うい感情に突き動かされていると感じたのである。しかし今は、その気配は感じられない。この状況がそうさせたのかは分からないが、興味深く田舎の話に耳を傾けるゼルダこそ、本当の彼女の姿なのだろうとリンクは思った。リンクは荷物袋から小さな鍋を出して火に掛け、トアル山羊のミルクとニオイマスの切り身でスープを作り、それをゼルダにも振る舞いながら話し始めた。

 トアル村や日常の話も終わり、いくらかの時間が過ぎたものの、穴の外は轟々と音を立てて吹雪き続け、薪もいよいよ心細くなってきた。二人とも寒さで口数が減り、じっとして体力の消耗を防ぐ事で精一杯であった。リンクはマントを被って縮こまっているゼルダに目をやったが、彼女の体は寒さに震え、唇まで青ざめてしまっている。リンクは限界を感じてはいたが、この吹雪が止まない事には手の打ちようがない。凍えて死ぬのが自分一人ならともかく、ゼルダはハイラル王国を象徴する姫であり、国民へ与える影響は比べものにならないのである。もし彼女が命を落としたとあれば、国中が深い悲しみへと突き落とされてしまうだろう。やはり彼女を連れて来るべきではなかったと、リンクは心底後悔していた。

「あ……リ、リンク……」

 ゼルダは震える唇を動かし、リンクを呼ぶ。彼が近づいて頷くと、ゼルダは悲しげに目を閉じ、リンクの手を取って握りしめた。

「申し訳ありません。一人であれば、きっと今頃は山頂に辿り着けていたでしょうに」
「どのみち吹雪で身動きが取れなかったさ。気にしなくていい」
「私はあなたの力になりたくて付いてきたのに、結局足手まといにしか……ミドナのようにはいかないものですね。本当に……ごめんなさい」
「いいんだ、謝らなくて。それより気をしっかり持つんだ。きっとあと少しで吹雪も止む」
「そうですね……でも私、さっきからひどく眠くて……」
「ダメだ! 寝るんじゃない!」

 リンクはゼルダの体を揺り動かすが、彼女は申し訳なさそうに微笑んだ後、ゆっくりと瞼を閉じていく。その美しい顔から命の火が消えようとしているのを見たとき、リンクは突き動かされるようにゼルダを抱き上げ、彼女を背負って穴の外に出た。座して死を待つよりも、一歩でも前に進んで生きる可能性に賭けるしかない。ゼルダだけは死なせない――その強い気持ちがリンクの両足を前へと進ませていたが、スノーピークの厳しい環境は、彼の必死な願いをも雪の中へ呑み込もうとしていた。

(ダ、ダメだ……手足の感覚がなくなってきた……体力もこれ以上……)

 限界だった。吹雪の中で両膝を付き、リンクは祈るようにしてその場に座り込む。背負っているゼルダも辛うじて息をしている程度で、いつ呼吸が止まってもおかしくない。己の不甲斐なさを呪うと同時に、リンクは人生で一番強く神に願った。

(ゼルダ姫だけは……彼女だけはどうか……)

 世界を作った後、神々は去ったと精霊から聞いた。幾多の困難に立ち向かったとき、彼を助けたのは神の奇跡ではなく、自らの知恵と勇気だった。それでも、今のリンクには、もう祈る事しかできなかった。叩き付けるような雪と寒さに意識も朦朧とし始め、これで終わりかと諦めかけたその時、吹雪の向こうから巨大な岩のような影が近づいてくるのをリンクは見た。

(あ、あれは……)

 リンクはその影に見覚えがあった。祈りが通じたのか偶然かは分からないが、これでゼルダの命は救われるだろう。心の中で安堵した瞬間、リンクの意識も途切れた。




 目を覚ましたゼルダは、自分が見知らぬ館の中にいる事に気が付いて体を起こした。建物はずいぶん古びており、家具や壁に掛けられた絵画は相当な年季が入ったものばかりである。床には赤い絨毯が敷かれ、目の前には火が付いた暖炉があって、彼女の体を温めてくれていた。ハイラル城とは違う場所のようだが、どうやって自分がここへ来たのか、ゼルダはまったく思い出せなかった。

「リンク……リンクはどこに?」

 ふと思い出して顔を動かすと、隣で体を縮めたまま眠るリンクの姿があった。ゼルダは傍に身を寄せ、リンクの疲れきった顔に手を伸ばす。

「触れてはダメ」

 背後から声がして振り返ると、白い毛皮に包まれた獣人の女性が立っていた。人間より一回り大きいが、体つきは丸っこく、褐色の肌をした顔は優しい表情をしている。彼女に敵意のないことを見て取ったゼルダは、言われた通りに手を引いた。

「彼はさっきまで起きていたのよ。あなたの容態が落ち着くまでは目を離すわけにはいかないって……自分だって体力の限界だったでしょうに。だからゆっくり寝かせてあげましょう」
(リンク……)
「私はマトーニャ。主人のドサンコフが外から帰ってきたとき、凍える寸前だったあなたたちを担いで戻ってきたのよ」
「すみません、名乗るのが遅れました。私はゼルダと申します。危ないところを本当にありがとうございました。ところであの……つかぬ事をお聞きしますが、ここは一体?」
「ここはスノーピークにある私たちの館。元々は誰かが住んでいたらしいけれど、誰もいないから使わせてもらってるのよ。リンクさんは以前にもここへ来た事があるわ」

 言われてみれば、ゼルダにもこの建物は見覚えがあった。と言ってもゼルダ本人がここを訪れるのは初めてで、かつて自分の力を分け与えて精神が同調した、ミドナが見聞きした記憶があるだけに過ぎないのだが。この場所の事は、以前から奇妙に思っていた。実際には館と言うよりも城に近い規模であり、建物の中には大きな武器庫も存在し、大砲などの兵器が無数に配備されている。貴族の別荘地と考えるより、砦や要塞と呼んだ方が似合っていた。それがこんな環境の厳しい山奥に建てられていたというのは、この雪山の先に警備を必要とするなにかがあるのかも知れないと、ゼルダは考えを巡らせていた。

「それにしても、こんな危ない目に遭いながら、どうして山を登ってきたの?」

 マトーニャはゼルダの隣に座り、温かいスープを差し出しながら訊ねた。ゼルダは感謝しながらそれに口を付け、スノーピークを登ってきた理由を話した。

「まあ、この雪山のさらに向こうへ……ここから先は私たちでもつらい道のりなのに」
「私たちはどうしても会わなければならないのです。マトーニャ様は、神の元へ近づく頂の話をご存じではありませんか?」

 マトーニャはしばらく視線を泳がせて記憶を辿る仕草をしてみせたが、やがて首を横に振った。

「ごめんなさい、ちょっと思い当たらないわ」
「そうですか……」
「ここまでして会いに行こうとしているのは、どんな人なの?」
「私にとっては心をひとつにした友。彼に……リンクにとっては、苦しい冒険を共にしたかけがえのない仲間……いえ、あるいは」

 そこでゼルダは口をつぐむ。マトーニャは押し黙るゼルダとリンクを交互に眺め、合点がいったように声を上げた。

「ゼルダさんはリンクさんが好きなのね」
「ごほっ、ごほっ!? きゅ、急になにを……!」
「いいのよ隠さなくて。好きな人の前では素直でいなくちゃ」
「ですから、私はそのような」
「あら、でも顔が真っ赤よ」

 図星を指され、ゼルダは思わず顔を背けてしまう。決して悟られまいとしていたつもりなのに、なぜ出会ったばかりのマトーニャに見抜かれてしまったのか。ゼルダはそれが不思議でならなかった。

「誰かを好きになるのは、とっても素敵なことよ。ちっとも恥ずかしくなんかないわ」

 優しい口調で語りかけるマトーニャに、ゼルダはうつむきながら首を振った。

「もしも仮に……仮に私がそう思っていたとしても。彼の気持ちが私に向いているとは限りません」

 そう呟いたゼルダの声はとても寂しげで、マトーニャも口にする言葉が見つからなかった。そうしているうちに、巨大な白い塊が大きな足音を立てて部屋に入ってきた。ちょっとした雪山にも思えたそれは、まん丸な目を見開いてゼルダを見た。

「おー、ようやく気が付いただか! おめえさんの顔色がなかなか良くならねえもんだで、オラ心配してただよ。ヨメさんと、そこの兄ちゃんもな」
「ゼルダと申します。危ないところを助けてくださったそうで、本当にありがとうございました」
「山歩いてたらニオイマスのええ匂いがしたんでウロウロしてたら、おめえさんを背負った緑色の兄ちゃんを見つけてな。兄ちゃんはもう二度目だけんど、この山でオラに会えるなんて本当に運がええど」

 そう言って、この館の主でもある獣人ドサンコフは豪快に笑う。人間が馬に使う鞍を帽子代わりに被り、手足の先や顔に見える地肌は青銅色の鱗のようにひび割れ、口には大きな牙を生やしてはいるが、妻のマトーニャと同じように人懐こく笑う、親切な人物だった。

「なあーんもねえけんど、元気になるまでゆっくりしていったらええ。兄ちゃんにはヨメさんのことで世話になってるしな」
「お心遣い痛み入ります。いつかこのお礼は必ず」

 命すら凍り付いてしまうような雪山で、人の温かみに触れられた事に、ゼルダは深く感謝していた。さらに驚いた事に、ドサンコフは『天に最も近い山』について知っているのだという。これこそが神のお導きに違いないと、彼女は希望を感じずにはいられなかった。




 それから二日が過ぎ、リンクもすっかり元気を取り戻していた。元々体力のある彼は回復も早く、ゼルダが本調子になるまでのほうが時間がかかってしまうくらいであった。リンクがスノーピークのさらに先を目指しているという事情を説明すると、ドサンコフは館の崩れた部分から材料を集めてソリを作り。そして最後まで付き合う事は出来ないが、かつて彼が噂に聞いたという『天に最も近い山』の麓まで二人を運んでくれると言ってくれた。

「――それじゃあ留守番頼んだべ」
「行ってらっしゃいあなた。気をつけてね」
「お前一人残していくのは心配だべ。なるべく早く帰ってくっから、ちゃあ〜んと待ってるんだぞ」
「あなた……」

 目の前でイチャイチャし始める獣人の夫婦に当てられて、リンクもゼルダもお互いの顔を見て顔を赤くしていた。

「リンクさん、ゼルダさんもお気を付けて。二人の目的が果たされるよう祈っていますわ」

 そう言って見送ってくれたマトーニャに手を振り、ソリに乗ったリンクとゼルダは、天に最も近い山を目指して出発した。一昼夜をソリに乗って滑り続けると、頭上の雲さえも突き抜けるほどの山が、静かにそびえ立っていた。斜面は岩肌がむき出しになっており、登ることを考えただけで目眩がしそうな程の険しさである。

「オラが案内できるのはここまでだべ。この山は神様が住んでるから、むやみやたらに近づいちゃなんねえって言い伝えがあるんだべ。オラなんかはここに来ただけでもう、尻がピリピリと痒くなってしまうだよ」

 ドサンコフが言うように、確かに山全体を不思議な霊気が包んでいるようで、魔が支配していたスノーピークとはまた別の近寄り難い雰囲気がある。しかしそれは、足を踏み入れる者全てを拒絶するのではなく、山の頂へ挑まんとする者の覚悟を試しているように思えた。

「この山を登れば、神様って奴に会えるのか」
「わかりません。精霊の言葉によれば、世界をお作りになった神は、すでにこの地を去ったと言います。ですが、この山から感じる波動は神聖なもの。きっと神に近づく道に違いないと、私はそう思います」
「そうか……そうだな。そのためにここまで来たんだ」

 確かめるように呟き、リンクはゼルダと向き合って力強く頷いた。ドサンコフは二人の様子を微笑ましそうに眺めつつ、その場に腰を下ろして言った。

「じゃあオラはここで待ってるだで、ここから先は二人で力会わせて頑張るんだぞ」
「色々とありがとう、助かったよ」
「なるべく早く戻ってくるんだぞ〜。ヨメさんも心配しとるでなあ」

 リンクとゼルダはドサンコフに別れを告げ、うっすらと雪が残る地面を踏みしめながら、一歩ずつ山を登り始めた。ドサンコフが言ったように長い間、人間が立ち入ったような痕跡はなく、むき出しの岩場の間を辛うじて進んでいくような有様であった。あたりには背の低い植物しか生えておらず、空気が薄く、そして寒い。リンクとゼルダは互いに手を取り合って岩山を登り続けていたが、途中で何度も落石や崖崩れに見舞われ、命を落としかけそうにもなった。登って、登って、登り続けて、ふと下に目をやると、いつの間にか自分たちの下に雲が来ているほどの高さまで登ってきていたが、それでも尚、頂上は遙か彼方に小さく見えるくらいであった。すでに二人は体力と気力の限界に達しており、休まなければこれ以上一歩も前に進めなかった。リンクとゼルダは身体を休められそうな岩の出っ張りによじ登り、身体を横たえて海のように広がる雲と青い空を眺めていた。

「静かですね」
「ああ」
「空はこんなにも広かったのですね。毎日見ていたのに気が付きませんでした」
「……村のみんなは元気かな」
「ハイラル城も、今頃きっと大騒ぎになっているでしょうね……」
「ゼルダ姫には悪い事をしたと思ってる。本当なら今頃は、城の修復祝いと収穫祭の準備をしていたはずなのに」
「いいのです。これは私が望んだこと……それよりもリンク。私はあなたにお願いがあるのです」
「えっ?」
「私のことを姫と呼ばないでください。せめてこの旅が終わるまでの間だけでも」
「じゃ、じゃあなんと呼べば?」
「そのままゼルダと。ハイラルの姫ではなく、リンクの……あなたの仲間として」
「わかった。じゃあ……ゼルダ、でいいかな」
「はいっ」

 身体の疲れはまだ抜けきらないゼルダだったが、返事をした彼女の表情は晴れやかで明るいものだった。しばらく二人は肩を並べて景色を眺めていたが、太陽が頭上から西へ向かって傾き始めているのを見ると、鉛のような重さを感じる身体で立ち上がった。

「行こうゼルダ。急がないと日が暮れる」
「……待ってください」

 これ以上立ち止まっている時間はない、と言おうとしたリンクだったが、ゼルダが岩壁をじっと見つめ、耳を当てたりしているのを見て、どうしたのかと訊ねた。

「聞こえませんか? ほら、この岩壁の向こうから。ヒューヒューと風が流れる音がするのです」

 耳を壁に当てると、確かにゼルダの言う通りである。リンクは足元に落ちていた自分の頭ほどの岩を持ち上げると、壁に向かって力いっぱい投げつけた。岩壁は乾いた音を立てて崩れ落ち、その向こうには奇妙な空洞が広がっていた。それは自然に出来た穴ではなく、形の揃った石が敷き詰められた、人工的に作られたと思われる部屋だった。

「これは一体……なぜこんなものが」
「中に入ってみよう」

 リンクはゼルダを連れ、部屋の中に足を踏み入れた。中は思っていた以上に広く、床や壁は顔が映り込むほどに磨き上げられている。部屋には家具や装飾といったものは一切見あたらず、ただ四角い部屋がそこにあるだけであった。二人は首を傾げながら部屋を調べていたが、床を見ていたゼルダがあっと声を上げた。

「リンク、足元を見てください」

 薄暗いうえに自分たちの姿が写り込んで気付かなかったが、部屋の床には巨大な三角形の模様が三つ並び、円の模様が回りを取り囲んでいた。

「トライフォースの紋様がこんな所に……」
「ここへ来たのは間違いじゃなかった。そうなんだろ?」
「はい。きっとこれは頂上へ近づくための手がかりになると思います」
「けど、どうすればいい? 紋様があるだけじゃどうにも」
「きっとなにか仕掛けが……きゃっ」

 ゼルダが床の紋様に手を触れた瞬間、彼女の手の甲に三角形の光が浮かび上がる。同時に足元から目もくらむような光が溢れ、ゼルダの姿は輝きの中に呑み込まれてしまった。

「リ、リンク!」
「ゼルダ!」

 思わずゼルダの手を掴んだリンクもまた、目を開けていられないほどの光に包まれてしまう。身体が急に軽くなるような感覚の中、リンクはゼルダの手だけは離すまいと強く握りしめた。

「う……あ、あの、リンク、痛い……」
「えっ」

 気が付くと光は消え、目の前にはなにも変わった様子のないゼルダが座り込んでいた。リンクが力いっぱい腕を掴んでしまったため、彼女は痛みで辛そうな表情をしている。

「あっ、す、すまない」

 手を離したリンクの目に飛び込んできたのは、さっきまでの閉ざされた部屋とはまるで正反対の、見渡す限りの青空だった。自分の足元には巨大な三角形の紋様が描かれた床があるのだが、それ以外にはわずかな岩の地面があるだけで、これ以上の先は見あたらなかった。

「どうなってるんだ?」
「私たちはこの紋様の力で、一瞬にここまで運ばれたということでしょうか。見た所、今いる場所が山の頂上のようですね」
「そうか……よし」

 リンクは立ち上がり、さらに頭上へと続く空を見上げ、大きな声で言った。

「俺はトアル村のリンク。ここに来れば神とも話が出来ると聞いて来た。俺の声が聞こえていたら返事をして欲しい」

 しかし、いつまで経っても返事はなかった。リンクは何度も呼びかけたが、彼の声は虚しく青空へと吸い込まれていくばかりで、リンクは叫び疲れて黙ってしまった。

「ただ叫んでも来てくれないのか……もしかして方法が違うんだろうか」
「身の証を立てなくてはいけないのかも知れませんね。少し私に任せてもらえませんか」
「ああ。頼むよ」

 ゼルダはゆっくりと立ち上がり、乱れた服の裾を綺麗に整えると、かしこまって天を仰ぎ、お辞儀をした。そして持ってきていた道具袋の中から小さな箱を取り出すと、蓋を開けてその中身を丁寧に取り上げた。それは青い色の陶磁で作られた、一本のオカリナだった。ゼルダは吹き口にそっと唇を当て、オカリナを吹き始めた。心安らぐ音色とメロディが響き渡り、リンクは黙って耳を傾けていた。するといつの間にか周囲が薄暗くなり、青空は一瞬にして満天の星空へと姿を変えていく。リンクが戸惑いながら辺りを見回していると、一筋の流れ星が天からこぼれ落ち、二人の方へと近づいてきた。

「うわっ、星が!」

 光の塊が目の前に迫り,リンクは思わず目を瞑る。しかしなにも起こらないのでそっと目を開けてみると、光は二人の前で止まり、こちらの様子を見るように漂っていた。

「大丈夫です。危害を加えたりはしないでしょう」
「君は一体なにをしたんだ?」
「ハイラル王家に伝わるメロディを吹いたのです。これは王家にのみ伝えられるもので、私はこのメロディを子守歌代わりに聞かされながら育ちました。ハイラル王家とは、元々神の声を聞く神官の血筋……その一族にのみ伝わるメロディなら、証となるだろうと」
「それじゃこれが、神……様?」

 リンクが光を指差すと、突然心の中に不思議な声が響いた。耳からではなく、その声は心の中にだけ聞こえてくるのである。

「私は……神の言葉を伝えるため、この地に残された者……汝らはなにを望んでここまでやって来たのか……」

 遠くかすれそうな声だった。神々しい気配を纏ってはいるが、抑揚もなく淡々と話すだけで、どこか作り物のような印象をリンクは感じていた。リンクは一歩前へ踏み出し、光に向かってこう答えた。

「影の一族のことで話したい事があるんだ。神様ってのはどこにいるんだ? 話が出来るなら会わせてくれ」

 光はしばらく返事をしなかったが、やがて抑揚のない声で言った。

「神は……もうこの世界にはいない……大地と生命、そして秩序を作り……去った」
「それじゃ困るんだ。少しだけでもここに呼ぶ事はできないのか? 俺はどうしても会わなくちゃ――!」

 リンクは興奮気味にまくし立てて光に詰め寄ろうとするが、ゼルダが身を挺してそれを止め、焦りの見えるリンクを見つめて首を振った。

「落ち着いてください。やはり神がこの地を去ったというのは事実なのでしょう。いないものを呼ぶことなど出来ない事です」
「じゃあ諦めて帰れとでも? それじゃ俺たちはなんのために!」
「違います、そうではないのです。お願いですから落ち着いてください。お願い……」

 必死にしがみつくゼルダの声が涙に詰まっていることに気づき、リンクもようやく我に返る。頭がいっぱいになって彼女の事まで気が回らなかったことを、リンクは後悔していた。

「すまない。でも俺は、このままなにもせず引き返すなんて出来ない」
「この光は神の声を伝えるために残されたと言いました。きっと、その方法もご存じのはず」

 なにか方法は無いのか、とゼルダが訊ねると、光はやはり淡々と答えた。

「時の歌を……神の元に赴いたなら、望みは叶……」

 そこまで喋ったところで、光は急に小さくしぼんでゆき、やがて螢の光のように小さくなり、空へ登って消えてしまった。

「神の元へ赴けって……だからそのためにここまで来たっていうのに」
「きっと場所の事ではないのでしょう。あの光が言った時の歌……神がいた時代へ遡れと……?」
「そんな無茶な。一体どうやって」

 ゼルダは手に持ったオカリナをじっと見つめ、言った。

「このオカリナは時のオカリナと呼ばれ、ハイラル王家の祖先が神に託された宝として、代々伝えられてきました。そして、時を越えるメロディも同様に、ハイラル王家のごく一部の者だけに伝えられてきたのです」
「時を……そんな事が本当に?」
「かつてハイラルに魔がはびころうとした時、当時のゼルダ姫と、神に選ばれし勇敢な少年が、時のオカリナの力によって危機を未然に防いだと聞きます。私たちにも奇跡があると信じましょう」

 ゼルダは再び唇にオカリナを当て、目を閉じてメロディを吹き始めた。世界の理さえも逆転してしまう、神の音色。時空を越える時の歌が、二人を包み込む。すると突然地面が消え、リンクとゼルダは空中に放り出された。上下左右には真っ暗な空間が広がり、そこに数え切れない光の粒が漂い、金や銀に美しく輝いている。夜空が足元まで全部広がったようなその中に、二人は浮かんでいた。

「これは……うわああっ!?」

 突然、身体を強い力に引っ張られた。横なのか上なのか、どっちに進んでいるのかは分からないが、見えないなにかに身体を掴まれているように感じた。終わりが見えない空間の中を、凄まじい速度で飛んでいくリンクの目には、見たこともない土地や人、森や海、鳥や獣といった映像が次々と現れては消えていく。めまぐるしく移り変わっていく光景の中、リンクの意識は次第に遠のいていった。




「――ク、リンク」

 花の香りと心地よい温もりが、自分を包んでいる。そして誰かが自分の肩に手を置き、身体を揺すっていた。

「起きください、リンク」

 まどろみから目覚めた彼の目に飛び込んできたのは、心配そうに自分を覗き込むゼルダの顔だった

「ここは……どこだ?」
「わかりません。私も目が覚めたばかりで」

 リンクが身体を起こすと、そこは一面を色とりどりの花に埋め尽くされた、とても美しい場所だった。辺りには花の匂いが漂い、遠くの方は乳白色の霧がかかっていてよく見えない。ただ、少し先の方に小高い丘が見え、そこへ向かって細い道が延びている。

「誰もいないな。ここにはなにがあるんだろう」
「わかりません……」

 じっとしていても仕方がないと思い、リンクはゼルダを連れて丘の方へと歩き出した。綺麗な景色は相変わらずであったが、丘の上に登ってみても、特にこれといって変わった様子は見あたらなかった。

「俺たちは時を越えたんじゃないのか? 神様ってのはどこにいるんだ」
「リンク、見てください」

 ゼルダが指した方に目をやると、少し離れた場所に、人影が立っているのが見えた。こちらに背を向けていて顔は分からないが、黒いマントのような服を身に着けている。体つきはやや細く、遠目にも女だという事は見て取れる。

「ま、まさか」

 言葉が口から漏れると同時に、リンクは駆け出していた。その後ろ姿に見覚えがあったからだ。リンクの足音に気付いて振り返ったその女は、フード付きの黒い服を纏い、夕日のような橙色の髪と灰色の肌を持つ美女――黄昏の姫ミドナだった。

「ミドナ……本当にミドナか?」
「リ、リンク!? オマエどうして……!」

 ガノンドロフを倒した後、ミドナは自分の意志で永遠の別れを選んだ。本来ならば二度と会えることの無かったミドナが、目の前にいた。

「ほ、本物なのか?」
「寝ぼけて目がおかしくなったのか? こんな美人、アタシ以外の誰に見えるんだよ」

 その言葉だけで充分だった。自分たちがどうなってこの場所にいるのか、気になることは山ほどあったが、彼にとっては目の前にいる彼女の方がずっと重要な事だった。

「また……会えたな」

 リンクが口の端を持ち上げて笑うと、ミドナも同じようにして微笑む。

「それにしても驚いた。ミドナはどうやってここへ?」
「それがサッパリなんだ。寝てる時に妙な声が聞こえてさ、目が覚めたらもうここにいたんだよ。オマエこそなにか知ってるんじゃないのか?」

 リンクは自分たちがどうやってここまで来たのかを、ミドナに説明した。やっとの思いで彼女に会うことが出来たが、リンクとミドナは互いに胸が詰まってしまい、なかなか言葉が出て来なかった。

「なあリンク、どうしてアタシにまた会おうと思ったんだ? アタシだって会いたかったけど、もう心は決めてたからさ」
「どうしても……伝えておきたいことがあるんだ。あの時はそれを言う暇も無く、ミドナは行ってしまったから」

 別れの瞬間を思い出していたリンクと同様に、ミドナも少しばかり苦い表情をした。

「……ごめん」
「ハイラルは平和になったよ。いろんな事があったけど、みんな元通りの平和な暮らしに戻り始めている」
「そっか、よかったな」
「だけど、ハイラルじゃミドナの事なんて誰も知りやしない。ミドナの力がなければ、俺は最後まで戦い続けられなかった」
「なんだ、そんなの気にしてたのか。別にいいよ、アタシにはトワイライトを取り戻す目的もあったんだし」
「俺は……納得出来ない」
「アタシがいいって言ってるんだからそれで……」
「違う。俺が言いたいのは、どうして未だに影の一族が許されていないのかって事だ」

 その言葉には、ミドナも目を逸らし黙るしかなかった。少しでもそう思わなかったのかと聞かれたら、否定するしかなかったからだ。

「ずっと昔に、影の一族は魔力を使ってで罪を犯し、追放された。でも今度は、その魔力がハイラルを救ってくれた。だからミドナたちだって報われる権利があるんじゃないのか?」
「アンタって人は……」

 ミドナは目頭が熱くなるのを堪えきれず、顔を背けて目元を指で拭った。

「俺は素直に喜べなかった。だからこうして会いに来たんだ。ミドナと、それから」

 リンクは頭上を仰ぎ、乳白色の霧に遮られた空を見て言う。

「世界を作った神様って奴に文句を言うために」
「ぷっ……くくく……リンクらしいね、あははっ」
「笑い事じゃない。どうしてあの時、鏡を壊したりしたんだ」

 忘れもしないあの日、砂漠の処刑場で陰りの鏡はこの世から消えた。ハイラルとトワイライトを繋ぐ唯一鍵――それが消滅したことは、同時にミドナとの永遠の別れを意味していた。影の領域に侵されたハイラル城の地下牢で出会い、知恵と力を合わせて様々な難関に挑み、くぐり抜けてきた。最初はミドナに利用される形で行動を共にしたが、それは彼女なりにハイラルを襲った事件の決着を付けようと思っての事だった。

「アンタはいつも真っ直ぐだった。どんな困難だろうと、怖じ気づいたりせずに立ち向かっていた。アタシもいつの間にか、そんな姿に当てられて……ちゃんとケジメ付けなくちゃいけないと思ったんだよ」
「だからって、相談も無しに!」
「ごめん。だけどああしなきゃ踏ん切りが付かなかったんだ。リンクやゼルダのいる光の世界は、アタシには眩しすぎるから……躊躇ったらきっと、また来たくなってしまう」
「ミドナ……」
「リンクは神様に、アタシたち影の一族を許してくれって頼みに来たんだろ?」
「ああ、そうさ。影の世界はもう邪悪の住処じゃない。穏やかで綺麗な……いい所だった」
「嬉しいよ。そう思ってくれるだけで、アタシも頑張った甲斐があるって思える」
「だから! もう世界を隔てる必要なんか」

 ミドナは黄昏時のような瞳を潤ませ、嬉しさと悲しさが入り交じったように微笑んだ。

「ねえリンク。オマエは考えたことはなかったか? ただ罰を受けるためだけに、影の一族はトワイライトへ追放されたのかと。遠い過去の罪を永遠に赦されず、残酷な仕打ちを受け続けているだけなのかと」
「それは……」

 リンクは言葉に詰まり、それ以上言葉が出なかった。その時ふと、ゼルダがいつまでも追いついてこないことに気付き、リンクは後ろを振り返る。ゼルダはミドナの後ろ姿を見つけた場所で立ち止まり、うつむいたまま動こうとしなかった。何度か呼びかけてもゼルダが返事をせず、リンクは仕方なくミドナを連れて彼女の前まで歩いて行った。

「ゼルダ、一体どうしたんだ。そんな所で立ち止まったりして。どこか具合でも悪くなったのか?」

 リンクはゼルダの顔を覗き込み、心配そうに訊ねる。

「いえ……なんでもありません。ただ急に足が動かなくなってしまって」
「本当に大丈夫なのか?」
「もう平気です。ご心配をかけて申し訳ありません」

 ゼルダは顔を上げて答えたが、その表情はどこか影のある、辛そうなものだった。リンクにはどうして彼女がそんな顔をするのか分からなかったが、その答えを見つけ出すより先に、ミドナがゼルダの前に歩み寄った。

「久しぶりだね姫さん。アンタも来てたなんて驚いた。でも、また会えて嬉しいよ」
「ありがとうミドナ……」

 ミドナはゼルダの様子をひと目見た後、それを意に介さない様子で、さっきリンクにしたのと同じ質問を投げかけると、ゼルダは少しだけ考えてから、答えた。

「別の理由があった……影の一族はただ追放されたのではなく、なにか使命を与えられていたのでは?」
「……姫さんは察しがいいね。影の魔力は三つに分けられて、ハイラルの神殿に封じられていたけど、本当は光の世界にあっちゃいけないものなんだ」

 ザント、そしてガノンとの戦いの折、ミドナが求めた影の魔力と陰りの鏡――いずれも強い魔力の塊であるそれらは、強大な敵に対抗する力であると同時に、正邪に関わりなく触れた者を凶暴な魔物へと作り替えてしまうのを、ミドナは何度も目にした。そして自らも魔力を振るい、その危うさを知ったミドナは決意したのである。光の世界に魔力を残してはならない。陰りの鏡も例外ではなかった。

「アタシは魔力の怖さを知った。力に呑み込まれるとどうなるのか、この目で見てきた。だからこそ、この力をトワイライトでずっと守っていく。それがアタシら一族に与えられた使命なんだって、ようやく分かったんだ」
「だけどそれじゃ!」

 納得出来ないとリンクは声を上げたが、ミドナは困ったように笑って首を振る。

「なあリンク。アタシは別に、いじけてそう思い込もうとしてるわけじゃないよ。いつか姫さんが言っていたように、光と影は表裏一体。どっちも世界には必要なんだ。アタシたちが魔力を守ることで、光の世界も守られて……だからいつでも、アンタたちを隣に感じられる。アタシはそう思ってるんだ」

 リンクには返す言葉がなかった。ミドナの言葉には説得力があったし、黄昏時のように朱い彼女の瞳はには、なんの迷いも無かった。

「ごめんなリンク。それに姫さん。つらい思いしてアタシに会おうとしてくれたんだろ?」

 苦笑するミドナの両手を取って、ゼルダが言った。

「いいのです。私がここへ来たのは……貴女への謝罪のため。その思いが、さっきも私の足を動かなくさせていました……」
「なにを? アタシはなにも気にしちゃいないよ」
「違うのですミドナ。私は、私は……」

 ゼルダはうつむき、そしてもう一度顔を上げた。切れ長の美しい瞳にいっぱいの涙を浮かべながら。

「彼の心に留まり続ける、貴女が羨ましかったのです」
「姫さん……」
「リンクとミドナの冒険の記憶は、私の中にも残っています。けれど私は、二人がどんなにつらい目に遭っていても、ただ傍観していただけ。私には、貴女たちのように苦難や喜びを分かち合った絆がない。それが……悲しかった」

 ゼルダは涙をこぼして泣いていた。ずっと隠し続けていた思いを吐き出して、子供のように嗚咽を漏らしていた。そんなゼルダを、ミドナはそっと優しく抱きしめた。

「姫さんだって立派だよ。アタシたちと一緒に戦った仲間さ。リンクだって分かってるよ」
「ごめんなさいミドナ……私はずっと、自分自身を許せなかった……本当にごめんなさい……」
「もういいんだよ、泣かないで。実はさ、姫さんに頼みたいことがあるんだよ」

 ミドナはゼルダの背中をさすりながら、耳元で囁いた。それを聞いたゼルダは顔を上げ、再び両目に涙を浮かべてミドナの胸にすがりついていた。やがてゼルダが落ち着きを取り戻すと、リンクはミドナをじっと見つめ、右手を彼女に差し出す。ミドナも微笑みながら、その手を握り返した。

「忘れないって約束する。一緒に冒険したこと、戦ったこと……絶対忘れない」
「アタシも忘れないよ、ずっと、ずっと」
「ありがとうミドナ。怒られるかも知れないけど、俺の人生の中で、あんなにドキドキワクワクした日々は他になかった。本当に……楽しかった」
「アタシだって……」

 叶うはずの無かった邂逅は果たされ、それぞれが心に抱えたわだかまりも、雪解けの氷のように消えていく。心が満足で満たされたその時、急に乳白色の霧が濃くなって全てを包み、リンクも激しい眠気に襲われて意識を失った。




 目が覚めた時、そこはドサンコフが引くソリの上だった。彼の話によると、急に山の頂上が光ったかと思うと、そこから流れ星が現れ、光の玉に包まれたリンクとゼルダが降ってきたのだという。毛布を被り、ソリに寝そべって青空を眺めながら、リンクはあの出来事が一体なんだったのかと考えた。本当に自分たちは時間を超え、神の元へ辿り着けたのか。それらしい存在と出会うことはなく、不思議な場所でミドナと再会した。しかしそれが現実であったという実感が湧かず、もしかしたらただの夢だったのかもしれないとリンクは思った。

「夢ではありませんよ」

 と、隣で横になっているゼルダが言った。心を読まれたのかと驚いたが、彼女の顔を見て「ああ、自分と同じ事を考えていたんだな」とリンクは納得した。

「言葉にせずとも、神に私たちの望みは伝わっていたのでしょう」
「じゃあトワイライトとこの世界は、また繋がったのかな」
「いえ……きっと時間を超えたのは私たちの心……時のオカリナといえど、肉体を神話の時代まで遡らせるような力は無いと思います」
「心だけ……か」
「リンク、こうは思いませんか? 私たちとミドナの世界とは隔てられてしまったけれど、心はいつでも傍にある。目を閉じればいつだって会える。だから、本当はなにも寂しくはないのだと」

 そう言ったゼルダは吹っ切れた表情をしていて、雲ひとつ無いこの青空のように晴れ晴れとしていた。リンクはしばらくその美しい横顔を眺めながら、ふっと口の端を持ち上げた。

「……ゼルダは強いな」
「え?」
「今の言葉で、やっと答えが見つかった気がする。俺はただ納得がいかなくて、モヤモヤしてるだけだったから」
「そうですか。お役に立てたなら嬉しく思います」
「ありがとうゼルダ。君と一緒に旅が出来てよかった」

 それがリンクの、飾らない本当の気持ちだった。ゼルダも嬉しそうに頷き、二人にとってこの旅は大きな収穫をもたらすものだったと確かめ合うのだった。

「ところで、ミドナがなにか頼みたいことがあるって言ってたけど、なんだったんだ?」

 そう訊ねた途端、ゼルダの顔は一気に赤くなり、恥ずかしそうに目を泳がせる。

「あれっ? なにか変なこと聞いたかな」
「いっ、いえ、大丈夫です気にしないで」
「なあ、ミドナはなんて?」
「あっ、あの、だからそれは……い、言えませんっ」
「ええっ、なんで」
「言えないものは言えないのですっ」

 アタシの分までリンクを愛してほしい――それがミドナの願いだった。ゼルダはリンクの顔を直視していられず、ごろんと背を向けた。その約束を思い出すと胸が高鳴り、手が届く場所に彼がいるだけで恥ずかしく、同時に幸せな気持ちを感じてしまう自分がいた。リンクはゼルダの様子を見て、その質問についてこれ以上深入りしたりはせず、別の話を振ることにした。

「ところでさ、この調子なら収穫祭までにはなんとか帰れそうだ。ハイラル城でも大きな祭りが開かれるんだろ?」
「ええ、城の修復祝いも兼ねて盛大に祝おうと。みんなで歌って踊って……きっと賑やかで楽しい祭りになるでしょうね」
「じゃあ俺も、村のみんなを連れてまたゼルダに会いに行くよ。いいかな」
「是非とも。私もトアル村の方々とお会いしたいと思っていました。あの、それとリンク……お願いしてもいいでしょうか?」
「ん、なんだい?」
「収穫祭の日……よろしければ、私と踊っていただけませんか」
「もちろん。断れるわけ無いじゃないか」
「それは私が姫だから?」

 少しだけ不安そうに訊くゼルダに、リンクは良く聞こえる声で言う。

「大切な仲間で、大切な人だから」
「……リンク!」
「おわっ!?」

 感極まって、ゼルダはリンクに抱きついていた。どう反応していいのか、顔を赤くして困り果てるリンクをチラリと見て、ドサンコフの「青春じゃのう〜」という笑い声が、晴れた雪山にいつまでも響き渡るのだった。

 後日、ハイラル城へ国中の民が集まり、盛大な収穫祭が開かれた。ハイリア人もゴロンもゾーラも、誰もが平和と実りに感謝し、酒を飲み、歌を歌い、そして踊り明かした。その中には、ハイラル城を訪れたトアル村の村人に混じって、優雅に踊るゼルダ姫と、彼女の相手をする金髪の若者の姿もあったという。




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