公園で二人の少年が向かい合っている。背格好や年齢もお互い同じくらいで、小学校高学年あたりであろうか。野球のバットを構えている手前の少年は縞模様のシャツに半ズボン、対峙するもう一人の少年も同じように縞模様のシャツと半ズボンと、背格好だけでなく服装もそっくりである。だが二人の頭に目をやれば違いは一目瞭然で、バットを持った少年は帽子をかぶっており、もう一人はピンと跳ねた金髪の男の子である。バットを手にしている方がネス、金髪の男の子がリュカという。
「よーし、もう一回投げてー。もちろん超能力無しで」
「わかってるってば。それっ」
リュカの投げたボールはネスのバットに弾き返され、大きな弧を描いて飛んでいく。リュカがボールが落ちた先へ走ると、藍染めの服に革の胸当てと肩当てをした、十七、八歳くらいの若者が通りかかった。彼は足元に転がるボールを拾い上げ、不思議そうに眺めている。リュカは彼のことを知っていたので、近くまで駆け寄って気軽に話しかけた。
「ボール取ってくれてありがとう、アイク」
「ああ」
ボールを拾った若者――アイクは若くして傭兵団の団長を務める剣士である。精悍な顔つきで、大きな剣を軽々と振り回すだけあって体格もがっしりとしている。リュカやネスの目には、頼れるお兄さんのようにアイクが映っており、二人は彼に懐いていた。
「ところで、この丸い玉でなにをしていたんだ?」
「野球だよ。といっても僕とネスしかいないんだけどね」
「やきゅう?」
「うん、野球。アイクはやったこと無いの?」
「すまん。俺が暮らしてる土地ではそんな遊びはなかった」
「ふーん。じゃあさ、僕らと一緒に遊ぼうよ! ね、いいでしょ?」
「あ、ああ……」
アイクはリュカに引っ張られながら、野球に参加してみることとなった。
「で、俺は何をすればいい?」
アイクが訊ねると、ネスが持っていたバットを彼に手渡して言う。
「このバットで、飛んでくるボールを打ち返せばいいんだよ」
「ボールを打ち返すのか。わかった」
「じゃあ最初は僕が投げるからね」
と、ネスが少しは馴れた所から、アイクのいる方に向かってボールを投げた。
「ふんっ!」
アイクが勢いよく振ったバットは、見事にボールを捉えることに成功した。ところがネスもリュカも目を丸くして呆れ顔である。
「あの、えーっと……」
バットを振るまでは良かったが、その方向が間違っていた。アイクは剣を振るのと同じ要領で、頭上から足元へ縦に振り下ろしていたのである。ボールは深く地面にめり込んで、目玉焼きのような状態になっていた。
「どうだ、上手く当てたぞ」
近付いてきたリュカに、アイクは得意気に足元のボールを見せた。
「それじゃダメだよう。ボールは出来るだけ遠くに打ち返さなきゃいけないんだから」
「そ、そうなのか」
「バットは縦じゃなくて横に振るんだよ。ほら、こんな風に」
リュカはバットのスイングを、ジェスチャーでアイクに伝えるが、
「その振りじゃ敵が斬れない」
と身も蓋もない返事が返ってきた。
「斬っちゃダメなんだってば! これはスポーツで、戦争じゃないんだから」
「そうだったな。つい自分の感覚で考えてしまった」
「じゃあ今度は上手く打てるように頑張ろうよ」
リュカもネスと一緒になって、アイクにボールを投げてはバッティングの練習を続けた。だが普段から戦うための剣技を磨いてきたアイクには、バットのスイングがなかなか受け付けられないらしく、なかなかボールを遠くに飛ばすことが出来なかった。
「むうう、これは……」
「そ、そんなに落ち込まなくたって大丈夫だよ。毎日練習してればすぐ打てるようになるから」
ネスとリュカが彼を慰めていると、アイクは顔を上げて拳を握り締め、真面目な顔つきで言った。
「俺はまだまだ未熟だった。これから一週間、みっちり鍛錬をしてこようと思う。来週この場所でまた会おう二人とも」
「う、うん」
アイクはそう言い残して、公園の芝生の向こうへと去っていく。ネスとリュカは、キョトンとしたまま彼の後ろ姿を眺めていた。
約束の一週間が過ぎた。公園には自信に満ちた顔のアイクが、手ずから木を削って作ったと思われるバットを構えて投球を待っていた。
「鍛錬の成果を見せてやるぞ。さあ来い!」
「よーし、行くぞ−! それ!」
リュカが投げた白球を、アイクは並外れた動体視力で確実に見極める。両手両脚に力がみなぎった次の瞬間、彼のバットは完璧なタイミングでボールを芯に捉え、振り抜いた。
「どうだ!」
タイミング、スピード、パワー共に完璧なスイングであった。ネスもリュカもそれを分かっていたが、なぜかボールがバットに当たった時の、あの心地よい打撃音が聞こえないのである。目を凝らしてよく見てみると、アイクの足元に半円状の白い物体が二つ落ちていた。
「うわーっ、ボールが真っ二つになってる!?」
「見たかネス、リュカ。俺は極意を掴んだぞ。この振りで斬れるようになるまでは苦労した」
「だーかーらー、斬っちゃダメなんだってばもうっ!」
ネスは帽子のつばを下ろしてため息を付き、リュカは二つに分かれてしまったボールを拾い上げて目を潤ませている。アイクはなにが悪かったのか思い当たらず、ただ首を傾げるばかりであった。
その後アイクがスマブラ界の伝説的バッターとなった――かどうかは定かではない。