大乱闘!? スマッシュ花見ブラザーズ




 花見――それは年に一度、桜の花が咲く季節に行われる宴のことである。満開の桜を眺めつつ料理をつまんだり、美酒に酔いしれながら春を祝うというそれは、一種の儀式といってもいい。だが賑やかな花見の影で、知られざる戦いが繰り広げられている事を知る者はあまり多くない。

「どうやら一番乗りみたいだな」

 早朝、緑の衣を纏った若者が花見会場となる広場を訪れていた。背中にマスターソードを背負った、金髪の勇者リンクその人である。一帯は透き通った水が流れる川に沿って桜の木が立ち並び、足元は緑の絨毯のように柔らかい草が生えている。他にはなにもない場所だが、川のせせらぎに耳を傾けながら桜の花を眺めると言うロケーションは最高である。

「さーて、どの場所を選ぼうかなっと」

 彼の右手には、筒状に丸めたブルーシートが握られており、気に入った場所にこれを広げて、場所を確保するのが彼の目的である。まだ太陽は昇りきっておらず、辺りは薄暗い。リンクは周囲を見渡すと、ひときわ立派な桜の木が目に飛び込んだ。

「よし、あそこにしよう。きっとゼルダも喜ぶぞ」

 リンクが桜の木に近付いたその瞬間、リンクの足元に青白い光線が撃ち込まれて土を焦がす。

「うわっ」
「ちょっと待ちな。ここは俺が先に目を付けたんだ」

 声のする方に目をやると、ブラウンのフライトスーツの上に、狐を模したマークの入ったジャケットを身に着けた、青いキジ頭の人物が熱線銃(ブラスター)を片手に構えていた。雇われ遊撃隊スターフォックスのメンバー、ファルコである。丸めたビニールシートを紐で背中に括り付けた彼は、熱線銃を指先で器用に回しながら言った。

「簡単にいい場所を取れるなんて、そんな甘ちゃんな考えでここへ来たんじゃねえだろうな、緑の兄ちゃんよ。それにだ、同じ事考えてる連中は他にもいるみたいだぜ」

 言われてみて、周囲に無数の気配があることにリンクは気付く。帽子を被った子猿(ディディーコング)や、木槌を担いだ大きなペンギン(デデデ大王)、トゲ付き甲羅を背負った巨大な亀(クッパ)、更には緑の恐竜(ヨッシー)が続々と暗がりから姿を現した。ちなみにこれはリンクの目から見たイメージである。

「この場所が欲しければ、力ずくで手に入れろと?」

 リンクが訊ねると、ファルコは回していた銃を再び構え、

「そういうこった!」

 と、ディディーとデデデ大王のいる方に向かって突っ込んでいく。残るは爬虫類二匹であるが、クッパはいきなり火の玉を吐き出してきたので、リンクは避けるヒマもなく、盾を構えるのが精一杯であった。直撃は免れたものの、重い衝撃と炎の熱がリンクを襲う。

(伊達に大魔王とか名乗ってるわけじゃないって事か……それにもう一匹もいるし)

 リンクの視線の先には、クッパの隣でぼんやりしているヨッシーの姿が映っている。いくら伝説の勇者といえど、クッパとヨッシーを同時に相手にしていては分が悪い。どうしたものかと考えていた矢先、背後から彼の肩を叩く者があった。

「もしもし、そこのお兄さん。どうやらお困りのようだし、ここはボクと協力しないかい?」

 振り返るとそこに、緑の服を着たヒゲが立っている。リンクは彼の姿に見覚えがあるのだが、どうしても名前が思い出せない。

「……誰だっけ?」
「またまた、こんな時に冗談はよそうよ。同じ緑色同士、ここは手を組んで場所を――」

 緑のヒゲが喋っている途中で、突然赤くて細長いものがリンクめがけて伸びてきた。リンクは間一髪でそれを避けるが、赤いそれの先端が緑のヒゲにくっつくと、緑のヒゲは猛烈な勢いで引っ張られて行ってしまう。赤くて細長いものの正体は、ヨッシーが伸ばした長い舌であった。舌先から垂れた唾液は、どろりとしてかなりの粘着力がある。これがくっついたら、逃れるのは容易では無いだろう。

「わああ、やめろヨッ……ぎゃああああああああ!」

 ヨッシーは舌を縮めて緑のヒゲを引き寄せ、頭から丸呑みしてしまう。一気には飲み込めなかったようで、下半身は外に出たままである。ヨッシーがもぐもぐと緑のヒゲの上半身を咀嚼しているうちに、じたばた動いていた手足が、やがてぐったりとして動かなくなった。

「や、安らかに眠ってくれ……えーと、緑のヒゲの人」

 心の中で合掌し苦笑いをするリンクに、頭上から巨大な影が迫る。空高く跳躍したクッパが、その重量でリンクを押し潰そうと落下してきたのである。

「どわっ!?」
「グハハ、すばしっこい小僧め。おとなしくワガハイにやられてしまうのだ」
「そ、そうはいくか。ゼルダと花見をするって約束してるんだ。お前こそ他所へ行ったらどうなんだ」
「なぜワガハイがお前に遠慮せねばならん? 今日は最高の場所を手に入れ、ついでにマリオをやっつけてピーチにお酌をしてもらうのだ、でへへ。それがワガハイの野望!」
「大魔王って割に俗っぽい奴だな……」
「やかましい、ワガハイの邪魔はさせんぞ!」

 クッパは巨体であることを感じさせないスピードで立ち上がり、鋭い爪を振り回してリンクを襲う。リンクもマスターソードで応戦するが、固い甲羅で剣が弾き返された一瞬に、クッパの強烈な体当たりを受けて吹き飛ばされ、リンクは地面に倒れ込んでしまう。

「うぐっ……」
「さあ観念するのだ小僧、がっはっはっは!」

 リンクを見下ろしながら、クッパは大きな声で笑う。そこへすかさず、リンクは導火線に火を付けた爆弾を放り込んで耳を塞いだ。

「ぶほっ!?」

 どかんっ! という炸裂音と共に、クッパの頭部は真っ黒い煙を上げる。クッパの特徴でもある赤い眉毛やトサカはチリチリに焦げ、鼻の穴から灰を噴き出してクッパはひっくり返ってしまった。リンクは足元に落ちていた木の枝でクッパをつついてみたが、ピクリとも動かない。また起きて暴れると面倒なので、念のために魔法の毒キノコから作った痺れ粉を振りかけておいた。

「悪く思うなよ、これもゼルダと俺の花見のためなんだ。さて、他の連中は?」

 ヨッシーは相変わらず緑のヒゲを咀嚼したまま直立不動で、そこから動く気配は無い。時々緑のヒゲの手足がビクンビクンと動いていたが、それは見なかったことにしておく。桜の木の向こう側では、ファルコとディディー、そしてデデデ大王が三つ巴の争いを繰り広げていた。

「こらディディー! てめえ前に助けてやった恩を忘れやがったか!」

 ピーナッツ・ポップガンを乱射してくるディディーに、ファルコは怒り心頭な様子で叫ぶ。

「それとこれとは話が別だよー! それにちゃんと場所取りしないとドンキーが怒るんだ。お祭り騒ぎとか大好きだからさー、ウキキー!」
「俺だっていい場所取らなきゃ、フォックスやスリッピーになにを言われるやら……くそ、こんな事なら、場所取り係をくじ引きなんかで決めなきゃ良かったぜ、ちくしょう!」

 くじ引きで負けたというファルコは、半ば八つ当たりというか、ヤケクソ気味に熱線銃を乱射しているようにも見える。さらにデデデ大王が横からちょっかいを出すので、いつまで経っても勝負は付かず、場所取り合戦は泥沼の様相を呈していた。

「あーあ、不毛な争いが続いてるなあ」

 と、遙か上空でその様子を眺めている少年の姿があった。背中に純白の翼を生やし、同じく白い衣服に身を包んだ天使ピットである。

「天使としてはこの争いを収めなきゃいけないんだけど、どうしたらいいかなあ」

 と、宙に浮かびながら考えていると、さらに上空の彼方から、青く輝く乗り物が高速で接近していた。

「あっ、あれは確か」

 キャプテン・ファルコンが搭乗するF−ZEROマシン、ブルーファルコンに間違いない。ピットがそう呟いたのも束の間、ブルーファルコンは花見の場所争いをする連中に突っ込み、彼らをボウリングのピンのように全て弾き飛ばしてようやく止まった。

「はっはっはっは、キャプテン・ファルコン参上! 花見の会場はここか?」

 ムキムキの肉体を包むブルーのスーツに、ハヤブサの紋章が付いた赤いヘルメット。颯爽と登場したキャプテン・ファルコンだが、彼に返事をする者は誰もいなかった。




 賑やかな声に目を覚ましたリンクは、眩しい光に目がくらみながらも身体を起こす。彼の目に飛び込んできたのは、暖かな日差しの中で花見に興じる住人達の姿であった。近くを流れる川沿いでは、自称トレジャーハンターのワリオが、彼の暮らすダイヤモンドシティの知り合いと共に様々な屋台を開いていて、焼き鳥や酒、デザートからゲームにCDまで、扱っていない物はないといつもの大声で喋っている。

 花見会場から少し離れた荒野では、キャプテン・ファルコンの駆るブルーファルコンが疾走し、それに勝るとも劣らない速さで青い生き物が併走している。このとてつもないスピードを出して走る彼の名は、ソニック・ザ・ヘッジホッグ。名前の通り音速を超えるハリネズミである。F−ZEROの話を聞いていたソニックは、かねてから速さ比べをしたいと思っていたのだが、それがようやく実現したとあって、彼は上機嫌だった。

「ヘイヘイ、なかなか速いじゃないかキャプテン・ファルコン! 久し振りに燃えてきたぜ!」

 ソニックが親指を立ててサムズアップすると、キャノピー越しにキャプテン・ファルコンもサムズアップを返してニッと笑う。

「それは私も同じ事! お互い正々堂々、いいレースをしようじゃないか!」
「Off course.Now let's go!」

 遠くで舞い上がる砂埃を眺めながら、ソニックの仲間たちは平和に花見をしているが、一人だけ不満そうな顔をしている者がいた。ソニックのガールフレンド、エミーである。彼女は桜の根元に敷いたシートの上に足を伸ばし、バタバタと動かしながら頬を膨らませていた。

「もう、ソニックったらいつもああなんだから。せっかくの花見なのに、私のこと放って置いて行っちゃうんだもの」
「仕方がないよ、ソニックはキャプテン・ファルコンと走るのを楽しみにしてたんだもの。気が済んだらまた戻ってくるよ」

 子ギツネのテイルズがエミーを慰めながら、彼女にお弁当のサンドイッチを手渡す。エミーは「早く戻ってこないかな」と愛しいソニックのことを思いながら、受け取ったサンドイッチをひと口かじった。
 ソニックとキャプテン・ファルコンは青い光の矢のようになって、荒野のど真ん中をどこまでも爆走し続けていくのであった。

 リンクがソニックたちの様子を眺めていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「目が覚めたのねリンク。気分はどう?」

 優しげな声のした方に顔を向けると、正座したゼルダが微笑みながらリンクを見ていた。切れ長の目と白い肌、栗色の髪を持ち、白いドレスに背中開きの紫ブラウスを重ねて纏った姿の、思わず見とれてしまうような美貌の姫である。リンクは彼女に見つめられて赤面してしまったのを誤魔化すように訊ねた。

「ああ、大丈夫だよ。えっと確か、急に青い乗り物に吹っ飛ばされて……どうなったんだっけ?」
「私たちがここへ来た時、みんなが倒れていたわ。手分けしてあなたたちを介抱して、そのまま花見が始まったのよ」
「そうだったのか。けっこう長い間寝ちまってたみたいだなあ」

 目の前にそびえる桜の木は、必死に場所取り合戦をした場所である。ゼルダの隣では猫のような目をした別世界の子供リンクや、横縞のシャツを着た少年が二人座っており、ビン入りのジュースを飲んでいる。赤い帽子をかぶっているのがネス、金色の髪がくるっと上に巻いているのがリュカである。三人はそれぞれ向き合って座り、これからなにをして遊ぼうかと子供らしい話題に花を咲かせている。

「ねえねえ、虫取りはどうかなあ?」

 リュカが言うと、猫目の子供リンクがポンと手を叩き、

「虫って言えばさ、前に小さいオジサンいなかった? 赤とか青とか黄色の、ヘンテコな生き物連れてて」
「ああ、いたいた。確かピクミンって言う。なんでも地面に生えてるのを引っこ抜いたって話だよ」
「ここら辺でも探せば生えてるかな、ピクミン」
「どうかな……ざっと見た感じいないけど」

 リュカと猫目の子供リンクが近くの草むらを覗き込んでみたが、ピクミンはいない。子供たちは知らない事だが、彼らの頭上に伸びている枝の上では、話を聞いていたキャプテン・オリマーと仲間のピクミンたちが、オモチャにされてはたまらないと、こっそり別の木に向かって避難していたのである。結局見つからずにピクミンを諦めたところで、ネスが自分のバッグから野球のボールを取り出して二人に見せた。

「じゃあさ、あっちの広いところでバッティングして遊ぼうよ」

 リュカは頷いてすぐに立ち上がったが、猫目の子供リンクはネスの持っているボールを珍しそうに眺め、指でつつく。

「変わった玉だなあ。なんに使うの?」

 猫目のリンクは、大きな瞳をくりくりと動かしてネスに訊ねた。

「この玉を投げて、それをバットで打って遊ぶんだよ。リンクの所じゃ野球とかやってないのかな」
「やきゅう、ってのは知らないなあ」
「じゃあサッカーは?」
「知らない」
「ふーん。じゃあいつもはどんな事して遊んでるんだい?」
「遊びだったらサルバトーレの大砲屋とか、飛行やぐらで空を飛んだりとか、船でレースしたりとか。上手く出来ると賞金ももらえたりするよ」
「す、すっげー! もっと詳しく教えてよ、それってどんな事やるんだい!?」

 ネスとリュカは、猫目のリンクが口にした話に目を輝かせて食いついていた。彼らは子供同士、色々とウマが合う様子である。

 隣のシートでは、桜の花と同じピンク色のドレスを着たピーチ姫と、相変わらずの赤い帽子と服のマリオが仲良くお弁当を食べていた。ピーチはゲッソー型のウィンナーをフォークで刺すと、マリオの前に差し出してにっこり笑う。

「はいマリオ、あーん」
「あーん」

 とまあ、見てる方が恥ずかしくなる程の熱々ぶりである。そこへ全身ドロドロでベタベタの液体にまみれた、緑の服を着た何かが近付いて行く。人間で言う顔の部分に、丸い鼻とヒゲがあることだけは見て取れた。

「きゃっ、な、なあに?」

 ピーチは思わずマリオの後ろに隠れ、近付いてくる緑のヒゲをそっと見る。

「ああ……ううう」

 両手を突き出して、鈍い動きで近付く緑のヒゲは、ホラー映画にでも出てくる怪物のようである。マリオが身構えていると、緑のヒゲは声を発した。

「に、にいさ……ん……ボクだよ、ル……」
「誰だお前」
「兄さん!?」

 緑のヒゲは慌てて弁解しようとしていたが、マリオがサッと手を上げると、そこら辺で草を食べていたヨッシーが顔を上げ、口を開いて舌を伸ばした。

「兄さん、やめ……ぎゃああああああ!」

 舌に絡め取られた緑のヒゲは、ヨッシーに頭からがぶりと丸呑みにされてしまう。ヨッシーはマリオにくるりと背を向け、近くを流れる川の方へと歩いていく。

「川にでも捨ててきてくれヨッシー。それにしても弟のやつ、どこへ行ったのかな。花見のいい場所を取っておくって言ったのに」

 マリオは首を傾げていたが、そのうち戻ってくるだろうと楽天的に結論を出すと、再びピーチと一緒になって桜を眺めていた。
 緑のヒゲの不幸を目の当たりにして、リンクは思わず目を逸らす。逆の方向では、雇われ遊撃隊スターフォックスの一行が集まり、花見酒に興じている所だった。

「大丈夫かファルコ?」

 心配そうにそう訊ねるキツネ顔の人物こそ、リーダーのフォックスである。ダークグリーンのフライトスーツの上から白いジャケットを羽織り、リーダーに相応しい正義感のある顔立ちである。彼と同じキツネの女性、クリスタルも並んで座ったままファルコを見ていた。クリスタルはフォックスやファルコとは異なり、見事なプロポーションが一目で分かるブルーのスーツを身に纏っている。

「ケッ、かすり傷だ。なんともねえよ」

 頭と腕に包帯を巻かれたファルコは、ふてくされながらビールを煽った。減らず口を言う元気があれば大丈夫だとフォックスが言うと、ビールを飲んでいたペッピーやスリッピーがニヤニヤと笑いながら近付いた。

「かすり傷だからこれくらい平気だよねーファルコ?」
「痛ででで!? なにしやがんだ!」

 スリッピーはそう言いながら、ファルコの頭や腕を丸い指先でつんつんと弄り、

「ワシの若い頃はもっと派手に怪我をしても、翌日には出撃してたもんじゃぞ。ああ、ほれ、そこの屋台で買ったんだが食うか?」

 と、ペッピーは焼き鳥の串をファルコの鼻先に突き出して、酒臭い息を吹きかける。

「だああっ、いい加減にしやがれ酔っぱらいども!」
「オチツイテクダサイ、ファルコ。血中アドレナリン濃度ガ上昇シテイマス」

 今にもケンカを始めそうなファルコを、サポートメカのナウスが羽交い締めにして押さえていた。

「それにしても桜の花って綺麗なのね。年に一度、この時期にだけ花を咲かせてすぐに散っちゃうなんて……それとも、儚いから綺麗なのかしら? ねえ、フォックスはどう思う?」

 頭上の桜を見上げながら、クリスタルが感慨深い声で訊ねた。フォックスはクリスタルの方をじっと見たまま、

「ああ、綺麗だ……」

 とうわごとのように呟く。

「フォックス?」
「……はっ!? ああ、桜のことだよな。今まで俺も知らなかったよ、こんなに綺麗だなんてさ」
「もう、桜なんて見てないじゃない。ずっとこっちばかり見て」
「えっ、そ、そうか? わ、わははははは」

 こっちはこっちで砂糖漬けの空間が広がっていて、リンクは内心「イチャイチャしやがって」と小さく舌打ちをしつつ視線を外す。回りの様子を眺めてみて、無事に花見が行われていることに安心し、リンクも花見を楽しもうと決めた。

「あの、お腹空いていませんかリンク」
「えっ?」

 リンクがゼルダに視線を戻すと、彼女は膝の上に、薄紫色の綺麗な布で包んだ四角い箱のようなものを乗せていた。

「お弁当を作ってみたのですけど……よろしければ食べて頂けますか?」
「もっも、ももっ、もちろん!」

 リンクは眼をキラキラと輝かせながら、盛大に首を縦に振る。人生の春が来たとばかりに、声を押し殺してガッツポーズであった。ゼルダが広げたお弁当は、それほど量は多くないものの、手作りの卵焼きだとかソーセージ、サンドイッチなどが詰められていて、一口食べただけでどれもが丁寧に作られていることがすぐに分かった。

「うまい!」
「よかった、頑張って作った甲斐がありました」
「いやあ、ホントにうまいよ。ゼルダはいいお嫁さんになれそうだな」
「も、もう、リンクったら」

 何気なく口を出た言葉に、まずゼルダが顔を赤らめてうつむき、リンクもそれを見て自分のセリフに恥ずかしくなってしまった。

「と、とりあえず、こうして無事に花見が出来て良かったよ。悪い奴らも今回は大人しくしてるようだし」

 言いながらリンクは気付いてしまう。よく見れば、会場にクッパの姿が見あたらないのである。あれだけ場所取りで争ったクッパが、大人しく引き下がるとはとても思えない。悪い事が起きなければと願った矢先、案の定それは起きてしまった。

「きゃーっ!」

 絹を裂くような声に振り返ると、半分に割ったボールにピエロのような顔が付いた乗り物「クッパクラウン」に乗ったクッパが、ピーチ姫を脇に抱えて連れ去ろうとしているところであった。

「ガハハハ! ワガハイとピーチはこれから二人きりで花見を楽しんじゃうもんね!」

 マリオはピーチを取り返そうとジャンプするが、クッパはより高くへと浮上してしまい届かなかった。マリオがクッパを追って走り出すのを見ていたその時、リンクの隣にいたゼルダが悲鳴を上げた。突然頭上の枝から巨大な猿が飛び降りてきて、片手でゼルダをわし掴みにしてしまったのである。

「ウホウホウホ!」

 DKと文字の入ったネクタイをした大猿――ドンキーコングは、ゼルダを肩に担ぎ、大きなジャンプを繰り返して逃げ始めた。

「助けてリンク!」

 ゼルダの悲鳴に、反射的に飛び出していたリンクだったが、ドンキーは食い終わったバナナの皮を投げ捨て、リンクはそれを踏んで転び、顔面から地面に突っ込んでしまった。ドンキーはリンクに向けてお尻ペンペンした後、いやらしい顔でゼルダの匂いをかぎ始めた。

「ウホウホウッホホ!」
「きゃっ……嫌……リンク!」

 必死に顔を背けるゼルダの姿を目の当たりにして、自分の中で何かが切れる音をリンクは聞いた気がした。

「ゴ〜リ〜ラ〜〜〜〜!」

 全身が怒りの炎で燃え上がるのを感じながら、リンクは全力でドンキーを追いかけた。ドンキーは花見会場を縦横に飛び回り、所々で酒や食料を奪っては底なしの勢いで食い散らかしていく。よく見れば、ドンキーの眼はすっかり据わっており、酔っぱらいオヤジのそれとまったく同じである。しかもゼルダをさらったところを見ると、助平具合も暴走しているんだろうとリンクは思った。

「なおさら許さぁぁぁぁん! ゼルダを返せエロ猿がぁぁぁ!」

 リンクが怒り心頭の叫びを上げると、彼の左右から二人の剣士が姿を現した。一人はやや細身の体型で、ひと目で貴族と分かる整った顔立ちと身なりをした王子マルス、もう一人はバンダナを巻いた、精悍な顔つきの若者アイクである。

「あのゴリラに担がれているのは、あんたの知り合いだったな」

 逃げ回るドンキーを見ながら、アイクが言う。大声ではないが、彼の言葉には確かな怒りが含まれているのをリンクは感じた。

「君たちも何か取られたのか?」

 リンクが二人にそう訊ねると、

「肉を取られた……俺の……俺の肉ッ! 絶対に許さん!」
「僕も料理を台無しにされたからね。あいつを捕まえて謝罪させなきゃ」

 アイクは拳を握り締めて、わなわなと震えていた。マルスは落ち着いた様子だったが、手は剣の柄に掛かっている。

「とりあえず三人とも、目的は同じって事か」
「肉の落とし前は付けさせてもらう」
「せっかくの花見に水を差されちゃ困るし、僕も手伝うよ」

 三人はそれぞれ向き合って頷き、花見会場を暴れ回るドンキーめがけて走り出した。

「ゼルダを返せコラァァァァ!」

 リンクも身のこなしに自信はあるが、さすがに野生丸出しのドンキーには敵わない。ドンキーは巨体に似合わない素早い動きで、桜の枝に飛び移ったりしながら器用に逃げ回っていた。

「ええい、これならどうだ!」

 足がダメなら飛び道具とばかりに、リンクは疾風のブーメランをドンキーめがけて投げつけた。小さな竜巻を起こすこのブーメランなら、ゼルダを傷つけることもない。疾風のブーメランは狙い通りにドンキーに命中して転ばせたが、それが思わぬ副作用を招いてしまう。

「はうっ!?」

 ゼルダはドンキーに担がれたままであったが、竜巻が彼女のスカートを巻き上げてしまっていたのである。幸いゼルダはドレスの下にズボンを身に付けてはいるが、恥ずかしい状況に変わりはない。

「わああ、見るんじゃないっ! 眼を閉じるんだ二人とも!」
「そ、そう言われてもねえ」

 無茶なことを言い出すリンクに、マルスは引きつった笑みを浮かべる。

「見るなと言うのがわからんかっ!」
「自分でやっておいて、なにを言っているんだお前は」

 取り乱すリンクを押しのけ、アイクはドンキーを捕まえてネクタイを締め上げる。

「俺の肉と、台無しにした料理と、そこの女性も返してもらうぞ」

 追いついたリンクとマルスもドンキーを取り囲み、リンクはドンキーの手からゼルダを取り戻してその場から離れると、ゼルダの無事を確かめて胸を撫で下ろす。

「良かったゼルダ、怪我は?」
「大丈夫です。あの……助けてくれてありがとうリンク」

 文字通りのお姫様抱っこの状態で、ゼルダは恥ずかしそうに頬を赤くする。リンクは自分たちの体勢にようやく気が付き、慌てて彼女を地面に下ろして照れくさそうにしていた。

「君がさらわれた時はどうなるかと思ったよ」
「それにしても、一体どうしたのでしょうか?」
「えっ?」
「ドンキーさんは、このような乱暴をする方ではないはずです」
「でもゴリラだし……」
「ましてや人をさらうような真似は、とても正気だったとは思えません」
「でもゴリラだし。しかも常に全裸でネクタイだし」
「リ・ン・ク!」

 刺すような視線で睨まれて、リンクは思わず小さくなる。その時、ドンキーを捕らえていたアイクとマルスが、あっと声を上げた。

「どうしたんだ?」

 リンクが訊ねると、アイクがドンキーのへその辺りを指す。そこには、黒く尖った破片のような物が刺さっていた。

「なんだろう、これは」

 マルスがそれに触れようとした瞬間、ゼルダが大きな声を出した。

「触れてはいけません。その黒い破片から魔力を感じます」
「魔力だって?」

 三人の視線がゼルダに集まり、彼女はこくんと頷く。

「誰かがこの破片で、ドンキーさんを操っていたのでしょう。リンク、マスターソードを」
「ああ」

 リンクがマスターソードの切っ先を黒い破片に触れると、破片は音もなく崩れ去った。マルスとアイクはわけが分からず顔を見合わせていたが、リンクとゼルダの二人には心当たりがあった。

「これはガノンの仕業でしょう。魔力の波動に憶えがあります」

 ガノンと聞いて、マルスもアイクもすぐにその顔を思い浮かべた。

「ガノンというと、以前亜空軍を指揮していた男だな」

 アイクの言葉に、リンクが頷く。

「また懲りずに悪さを始めたのか。ったく、魔王って連中はみんなヒマなのかな」

 リンクがやれやれと肩をすくめると、

「ヒマではない」

 と、近くの木陰から当のガノン本人が姿を現したので、その場にいた全員がコケた。リンクと比べて一回り以上も大きな体格と、黒ずくめの鎧姿は相変わらずである。

「近っ!? 犯人近っ!? なにやってんだこんな場所で!」
「花見以外になにがある」

 平然と答えるガノンに、リンクは開いた口が塞がらなかった。

「こんな隅っこでなにをしてんだアンタは……」
「花見だと言っておるだろうが。耳が悪いのか貴様は」
「いやそうじゃなくて、一人で花見って。いや一人で花見って」
「一人ではない。ちゃんと手下もいる」

 そう言ってガノンが指した先には、桜の木の下でロボットやMrゲーム&ウォッチがウロウロしていた。手下と言うよりは、そこら辺にいたのを適当に連れてきたという感じであるが。それを見たリンクは、なぜか無性に悲しくなってきた。

「ああ、さいですか。じゃあどうしてドンキーを操ってゼルダをさらったりしたんだ。返事によっちゃ許さないぞ」
「お前にはわからんか……俺の周りにいるのはロボットや平面どもばかりだ」
「それが?」
「俺の回りには女がいなくて寂しいのだッ!」

 ぐぐっ、と拳を握りしめて叫ぶガノンに、リンクは盛大にひっくり返る。話を聞いていたゼルダやアイク、マルスも「うわあ……」とドン引きしていた。

「アホかぁぁぁぁぁッ! そんな理由でゼルダさらったのかッ!?」
「そんな理由とはなんだ! リア充にこの気持ちが分かってたまるかボケ!」
「ボケはお前だ、このロールキャベツ頭! 女の仲間ぐらいいるだろ!」
「双子のババアと花見してもつまらんのだッ!」
「だからってゼルダに手を出すなロリコン親父! 女なら他にもいるだろーが、ピーチとかサムスとか!」
「ピーチは天然入ってて絡みづらいし赤いヒゲのガードが堅いし、おまけに亀野郎がストーキングしてて邪魔だし、サムスはすぐに鎧姿に変身して銃をぶっ放すからおっかないのだ」
「……本当に魔王なのかアンタは。なんか泣きそうだわ俺」
「ぬうう、生意気なガキめ、こうしてくれる!」
「あにふんらっ!」

 腹を立てたガノンは、リンクの口を引っ張って変な顔にしてしまう。リンクも負けじとガノンの鼻に指を突っ込み、見るに堪えない低次元の争いが始まった。マルスとアイクは呆れて帰ってしまい、様子を見守っていたゼルダも次第に怒りが込み上げて来た。

「二人ともいい加減にしないと……魔法で焼いて差し上げますわよ?」

 冷たい口調と裏腹に、ゼルダの手の平では塊状の炎が燃え上がっている。その迫力に気圧されて、低レベルなケンカを続けていたリンクとガノンもようやく動きを止めた。

「せっかくの花見だというのに、みっともないことでケンカしてどうするんですか、もう」
「ご、ごめん」

 頬を膨らませて怒るゼルダに、リンクは頭を下げて平謝りである。ゼルダはリンクからガノンに視線を移し、言った。

「悪さをしてみんなの楽しみを邪魔するなんて許せません。ガノン、貴方も花見の仲間に入りたいのならそう言えばいいでしょう」
「ふん、そんな恥ずかしい真似が出来るか」
(今更何を言ってるのかしらこの男は……)

 ゼルダは軽い頭痛を感じていたが、ひとまず騒ぎは収まるだろうと安堵していた。ところが、川の上流の方から数匹のポケモンが、血相を変えてこっちへ来るのが見えた。

「どうしたんだ?」

 リンクが不思議に思っていると、足元に黄色い電気ネズミのピカチュウが駆け寄り、慌てた様子でなにかを伝えようとしていた。

「ピカッ、ピカピカッ! ピカチュウ!」

 必死な事は伝わるが、さすがにポケモンと話は出来ない。落ち着かないピカチュウをなだめていると、パワードスーツ姿のサムスと、ピーチ姫を抱きかかえたマリオが走ってきた。

「な、なにがあったんだ、そんなに慌てて」

 サムスはスーツの駆動音をさせながら首を動かし、向こうからとんでもない奴が来ていると告げた。全身を装甲に覆われ、一見すると冷たく厳つい印象の姿だが、その正体は金髪の美しい女性であり、グリーンのバイザーに映る彼女の青い瞳には、強い意志と優しさが秘められている。

「私とピカチュウが一緒にいたところに、ピーチをさらったクッパが飛んで来たので、成り行きで彼女を助けたのだが……その後にアレが来てしまったんだ」
「アレ?」
「ピンク色の悪魔だ。クッパもアレにやられた。みんなも早くここを離れた方がいい」

 そう言って、サムスはピカチュウと一緒に去っていく。マリオもピーチを抱く手に力を入れ直し、焦った表情で走って行ってしまった。それから少し間を置いて、リンクの目の前を四角いダンボールがこそこそと通り過ぎて行く。その中に隠れているのが、伝説の傭兵と呼ばれる潜入のスペシャリスト、ソリッド・スネークであることをリンクは知っている。

「あのう、なにやってんですか」
「……任務中だ、話しかけないでくれ」

 ダンボールの中のスネークはぶっきらぼうに言うが、とてもそうは見えない。

「なんか、思いっきり怪しい人に見えますよそれ」
「なにを言う。ダンボールは隠密行動に最適なんだぞ。のぞき窓は付いているし、保温性は抜群、軽量で持ち運びに便利という優れものだ。さらにこの中にいると、不思議と心が落ち着いてくるんだ。リンクもダンボールの偉大さが分かったか?」

 スネークの声は渋くて男らしいのだが、語っていることは少し、というかかなりおかしい。こういう場合、男が考えている事と言えば大体察しが付く。

「もしかして、サムスさんの隠し撮りでもしてたんじゃあ」
「そそそ、そんな事はない!」
「……声が裏返ってますよ」
「いいか、美しいものを見たい、出来ればずっと手元に残したいと思うのは誰でも当然の感情だろう。俺は後世のために記録を残そうと」
「で、バレたんですね」

 ダンボールをつまみ上げてみると、中にいたスネークは薄汚れていて、あちこちに細かい傷や焦げ跡などが見て取れた。

「ええい、ルカリオさえ邪魔しなければ、サムスが脱いだところを激写できたものを。俺は諦めんぞ」

 スネークは再びダンボールの中に隠れ、こそこそとサムスの後を追っていく。リンクはその後に通りかかったルカリオとポケモントレーナーに声を掛け、先にあるダンボールにお灸を据えてもらうよう頼んでおいた。しばらくすると遠くの方で「行け! さんみいったい!」というかけ声が聞こえ、リザードンの吐き出す炎、ゼニガメの水流、フシギソウの放ったビームがダンボール(の中に入ったスネーク)を天高く舞い上げ、そこへ放たれたルカリオの波導弾によって、スネークは遙か彼方のお星様となった。

「はあ、なんか疲れてきたわ俺。大人ってみんなこうなのか……?」

 リンクがしょげている横で、ゼルダは少し難しい顔をして考え込んでいた。

「ねえリンク、ピンクの悪魔とは一体なんなのでしょう?」

 聞き覚えのない言葉ではあったが、その答えはすぐに理解できた。ポケモンやサムスたちが逃げてきた方から、渦を巻いた空気がどんどん近付いてくる。その中心に、ピンク色の球体は在った。

「あれはカービィじゃないのか?」

 目を凝らして確かめてみたが、間違いなくそれはカービィである。カービィはなんでも吸い込むという口を目一杯開き、見境無しに周囲の物を吸い込んでいた。その勢いは凄まじく、言うなれば小型のブラックホールである。うかつに近付けば、為す術もなく吸い込まれてしまうだろう。

「どうしてカービィがこんな……ガノン、もしかしてまたおまえの仕業か!」

 眉をつり上げたリンクが訊ねるが、ガノンはフンとそっぽを向き、

「俺は知らん」

 と、煤けた中年のように背中を丸めて酒を飲んでいる。そんなに女の子と酒が飲みたかったのかこの親父は、とリンクは嘆息しつつ、情けない魔王の姿を視界の外に追いやってゼルダを見た。

「カービィさん、一体どうしてしまったのかしら」

 ゼルダは不安そうにしているが、さすがに理由までは分からない。

「よく分からないけどヤバそうだ、とりあえず逃げよう!」

 カービィのおやつにされてはたまらないと、リンクはゼルダの手を取って逃げ出した。ゼルダの手前、格好良く立ち向かおうとも思ったが、カービィの吸引力を侮ってはいけない。以前一緒に戦ったとき、カービィを甘く見た相手はことごとくあの口に吸い込まれて消えた。吸い込まれた物がどこへ行くのかは、誰にも分からないのである。桜並木の間を走りながら、ゼルダは先を行くリンクに訊ねた。

「それで、これからどうするのです?」
「どうするったって、えーっと、どうしよう」
「このままだと他の皆様も吸い込まれてしまうわ。せっかくの桜の木も……」
「困ったな、大体なんでああなっちゃったんだろう」

 リンクが不思議に思っていると、翼を生やした黒い影が彼の頭上に舞い降りた。紺色でまん丸の身体に仮面を着け、剣を手にしたメタナイトである。仮面と剣を除けばカービィとそっくりの生物であるが、彼はカービィのように物を吸い込んだりはしないようである。少なくとも、リンクの記憶ではそうだった。

「カービィがああなった理由なら知っている」
「ほ、本当か!?」

 マントを変化させたコウモリのような翼を羽ばたかせながら、メタナイトは頷いた。

「カービィは今、酒に酔っているのだ」
「……は?」
「詳しい経緯までは知らないが、カービィは新造したばかりの戦艦ハルバードに紛れ込んで、倉庫に積んであった花見用の酒を全部飲んでしまったのだ。あいつは今、ぐでんぐでんのベロンベロンに酔っぱらったへべれけ状態というわけだ」
「酔っただけであんなに暴走してるのか!?」
「酔いが覚めれば元に戻る、が……いつになるかは私にも分からない」
「なんかいい方法は無いのか? このまま花見が滅茶苦茶になったら、みんなが可哀想だ」
「そうだな。例えばだが、酔い覚ましを食わせるというのはどうだ?」
「酔い覚ましかあ。そんなのあるかな」
「一気に酔いが覚めるような、刺激の強い物やまずい食い物でも放り込めばあるいは……ともかく、奴に吸い込まれないよう気をつけることだ。では私は行くぞ、他の連中にも伝えなければならない」

 メタナイトはそう言って、猛スピードでリンクたちの先を飛んでいき、あっという間に小さくなってしまった。

「酔いが覚めるような物なんて、この近くにあったかしら?」

 走りながら、ゼルダは不安げな声で呟く。

「分からないけど、とにかく探さなくちゃ。やってみればどうにかなるさ」

 躊躇うことなくそう言ったリンクの背中が、ゼルダには一回り大きく見えた。頼もしさと、胸の奥が温かくなるような気持ちを感じながら、ゼルダはリンクの手をぎゅっと握り返すのだった。




 元の花見会場まで戻ったリンクとゼルダは、花見に興じていた連中に、カービィが迫っている事を伝えた。会場は一時騒然としたが、彼らも頼れる戦士である。迫るカービィに備えて、色々と準備を手伝ってくれた。フォックスたちは戦闘車両ランドマスター二機を転送して防衛ラインとし、その後ろでワリオの屋台から借りてきたコショウやトウガラシを集めて待機した。上空では戦闘機アーウィンに乗ったスリッピーとクリスタルが、迫るカービィの様子を中継してくれていた。

「こちらスリッピー。標的はゆっくりと近付いてきてるよー」
「クリスタルよ。カービィはいろんな物を吸い込みすぎて、普段の倍以上に大きくなっているわ」

 二人の言う通り、カービィは相変わらずの勢いで周囲の物を吸い込みながら接近していた。カービィが通り過ぎた後ろの桜は、花が全て吸い尽くされてしまい、枝しか残っていない。

「よーし、威嚇射撃で驚かしてやるか。これで酔いが覚めればめっけもんだろ」

 と、地上のランドマスターに搭乗しているファルコがカービィのいる方向に照準を合わせ、主砲のトリガーを引く。発射されたレーザーは、カービィから少し外れた場所に着弾するはずであった。

「おいおい、嘘だろ!?」

 なんとカービイの吸引力は、レーザー砲の軌道さえねじ曲げて吸い込んでしまった。カービィが燃え尽きてしまわないかとその場の全員が肝を冷やしたが、当のカービィは特に変わった様子もなく、巨大掃除機のように周囲の物を吸い込みまくっていた。

「これは手加減してる場合じゃ無さそうだ。みんな、手持ちの道具を一斉に投げつけるんだ。俺たちも出来る限り援護する!」

 もう片方のランドマスターに乗っていたフォックスが合図を送ると、地上にいるマリオやピーチ、リンクにゼルダ、アイクにマルス、それに猫目のリンクやネスとリュカといった子供たちも、気付け薬として集めたコショウやトウガラシ、わさびを塗りたくったボールなどを投げ始めた。

「どうだ、少しは効き目があったかな?」

 リンクがランドマスターの影から身を乗り出して様子を見たが、カービィが大人しくなる気配は無い。リンクの後ろに近付いて、ゼルダも心配そうに覗き込んでいた。

「だ、ダメだ、まるで効果がない」
「ど、どうしたらいいのかしら……カービィさんは身体も大きくなっているから、小さな気付け薬では足りなくて効かないのかも」
「それだ! もっと大きな物を放り込めばいいんだよ」

 さすがは知恵のトライフォースを受け継ぐ姫、とリンクは喜んだが、どうやって大きな気付け薬を用意すればいいのかが分からない。

(なにかいい物はないかな……気付け薬を一気にまとめて放り込めるような……)

 腕を組んで考え込んでいるリンクの目の前を、口をパンパンに膨らませたヨッシーが通り過ぎて行く。口の端からは、ヨダレにまみれた緑の帽子がはみ出していた。

「これだ!」

 リンクはヨッシーを呼び止め、口の中にある物をその場に吐き出させた。ドロドロの唾液の中に、緑色の服とヒゲが見えたが、とりあえず無かったことにしておく。リンクは回りの仲間を集めると、唾液まみれの物体に、コショウにニンニク、わさびにからし、メン○レータムにキ○カン等々、とにかく刺激の強いものを目一杯ふりかけた。

「よし、こいつをカービィの口に放り込むんだ」

 疾風のブーメラン構え、リンクは狙いを定めた。小さな竜巻にドロドロの塊を運ばせ、カービィに吸い込ませるのである。リンクが大きく振りかぶって疾風のブーメランを投げ飛ばすと、竜巻に巻き込まれたドロドロの塊は、狙い通りにカービィの口にすっぽりと収まった。口に蓋をされたカービィは、そのままドロドロの塊を口の中に入れてしまったが、やがてぴたりと動きを止めた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 カービィはビクンと身体を震わせた後、口の中にあったドロドロの塊を力いっぱい吐き出した。ドロドロの塊は放物線を描いて、川の中へ落下した。さらにカービィは足をジタバタさせながら、今まで吸い込んだ全ての物をその場で噴射し始めた。無数のガラクタに混じって、クッパやガノンも勢いよく吐き出されては、遙か彼方へと飛んでいく。そして一回、大きなしゃっくりをすると、今度はキラキラと輝く大小のスターと、桜の花びらを空に向かって吐き出したのである。スターは光の雫のように辺りを包み、桜の花びらが風に乗って宙を舞う。それはとても綺麗で幻想的な光景で、その場にいた全員が見とれていた。

「きれい……」

 ゼルダは胸の前で両手を合わせ、降り注ぐスターをそっと手のひらに乗せる。金色に輝くスターの上に、桜の花びらが舞い落ちて、また飛んでいった。その直後、カービィの口から青白い光の筋が放たれ、上空でぱあっと花火のように散った。さっき吸い込んでしまったランドマスターのレーザーが、こんな形で外に飛び出したのだ。

「花見は年に一度、桜が満開の季節にしか出来ないもの。今日は思いも寄らない出来事がたくさんあったけど、こんな素敵な光景が見られて私……来て良かった」
「ああ、俺もだよ。今日は本当に楽しかった。忘れられない思い出になるだろうなこりゃあ」

 明るく笑いながら空を見上げるリンクの横顔を、ゼルダはそっと目で追う。気付かれないように身を寄せると、少し震える指先を伸ばしてリンクの手を握った。リンクは照れ臭そうにしながらも、ゼルダの手をしっかりと握り返すのだった。
















 〜おまけ〜




 川のほとりでは、アイスクライマーのポポとナナが身を寄せ合い、誰も近づけないほど二人の空間に入り込んでイチャイチャしていた。そんな二人の前で、緑色の服を着たヒゲの男が水面に浮かんで流れて行ったのだが、カップルの目には映っていなかったらしい。やがて岸に流れ着いた緑の服を着た男は、ヨロヨロと立ち上がって川の土手を登り始めた。

「うう……」

 土手を上りきってみると、辺りにはキラキラしたスターや桜の花びらが降り注ぎ、みんなが嬉しそうに空を見上げている。だが、彼はそこに混じれない自分がとっても悲しくて、思わず体操座りをしていじけてしまう。

「ひどいよ兄さん。どうしてボクだけがこんな目に……」

 思わず潤んでしまう目をごしごしと拭い、すんすんと鼻水をすすっていると、突然現れた人影が彼の視界を覆い隠してしまった。

「わっわっ、なんだよ、前が見えないじゃないか。ボクは景色も見てちゃダメなのかい」
「んもう! やっと見つけた!」

 よく響く声でそう行ったのは、山吹色のドレスを着た姫君である。彼女は両手を腰に当て、緑のヒゲに顔を近づけて言った。

「せっかくの花見だって言うのに、どこ探してもいないんだもの。それで探してみたら、こんな所で水遊び? 水泳やるにはまだ早い季節だと思うんだけど」

 強気にそう迫る彼女は、サラサランドのお姫様デイジーである。ピーチ姫とは対照的におてんばで、やや強引だけど快活な女性である。

「あわわわ、違うんだこれは。話せば長くなるけど色々あって……」
「わかってるわよもう。ほら、せっかく綺麗なんだし、もっと近くまで見に行きましょ。ね、ルイージ」

 そう言ってデイジーは、彼の手を引っ張って駆け出していくのであった。




 ちなみに、全てを吐き出したカービィはケロッとした様子で、元通りの大人しい性格に戻ったそうである。



 ――おしまい――






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