亜空間より愛を込めて

 そこは彼らが暮らす世界とは何もかもが異なる場所だった。暗黒だけがどこまでも広がり、大地と呼べる物はなく、木の根、あるいは生き物の神経のような、無数の筋が透けて見える足場が所々に浮いているだけで、どこが上でどこが下なのかさえもよく分からない。遙か彼方では緑色に輝くオーロラのような光や、尾を引いて飛ぶ赤い光が、暗闇の一点へとゆっくりと吸い寄せられて、大きな渦を巻いている。風も吹かず、温かくも寒くもない、無限の闇に浮かぶ異界――それが亜空間という世界だった。世界の侵略を目論む存在と対決すべく、亜空間へと進入した戦士達を待ち受けていたのは、侵略者に従う亜空軍の群れであった。皆それぞれが必死になって戦ったが、戦い慣れぬ場所と亜空軍の猛攻によって、戦士達は散り散りに分散されてしまった。

(これではキリがない……!)

 パワードスーツに身を包むサムス・アランは、ピカチュウを連れて戦いながら、次々と現れる亜空軍の兵士に辟易としていた。丸っこい緑の身体に黒い竹のような手足、黒くてまん丸な頭に身体と同じ色の緑の帽子を被せた姿をしたものが、亜空軍の中でもっとも数が多い「プリム」と呼ばれる下級の兵士達で、一見可愛らしくも見えるその身体の中には、影虫という紫色の不気味な物質がぎっしりと詰まっている。一体一体は大して強くないのだが、とにかく次から次へと湧き出ては襲いかかってくる。おまけに亜空間では影虫の活動が活発になるのか、倒してもすぐに別の個体となって復活してしまうのである。目の前のプリム数体をチャージビームで吹き飛ばし、サムスはバイザー越しにピカチュウを見た。小さな身体に強さと勇気を秘めたピカチュウも、さすがに疲れが出始めてきたらしく、表情は冴えず電気の威力も衰えてきている様子だった。

「ピカチュウ、大丈夫か?」
「ピカー!」

 ピカチュウは気丈に答えるが、やはり声色に混じる疲労の気配は隠せない。サムスが視線を戻すと、周囲の足場が途切れた端から大量の影虫が溢れかえり、いくつかの巨大な塊となって膨らんでいく。やがてそれは、無数の巨大なプリムの姿へと変貌し、サムスとピカチュウを圧倒する。さらに次々と現れる亜空軍の怪物達を目の当たりにして、サムスは忌々しげに舌打ちした。

(くっ、このままでは押し切られてしまうな……できれば使いたくはなかったが)

 サムスはアームキャノンの安全装置を解除し、全身のエネルギーを右腕に集中させ始める。ピカチュウに「後ろに下がってくれ」と目で合図をすると、ピカチュウは首を傾げながらも頷き、サムスの後ろへと隠れた。

「……!!」

 アームキャノンの先端が分離し、リングとなってサムスの前面に展開する。さらにアームキャノンのパーツが全て開放され、収束された全エネルギーをリングに向けて放つ。リングはレンズの役割を果たし、莫大なエネルギーは倍増、拡散されて青白い極太の光線となり、触れた物全てを破壊、消滅させてしまう。これこそがサムス最大の必殺技であり、最後の切り札であるゼロレーザーであった。巨大化したプリムといえど、まともに直撃を受けた者は瞬時に蒸発し、また近くにいた多数の亜空軍も、強力なエネルギーの流れに引き込まれ、かすっただけで遙か彼方へと弾き飛ばされていった。アームキャノンをぐるりと薙ぎ払うと、レーザーが通った後には何も残らず、彼女らを包囲していた亜空軍の大半が、一瞬にして跡形もなく消え去っていた。状況は一気に形勢逆転。ゼロレーザーは最後の切り札にふさわしい威力であったが、サムスの背後で両耳を押さえていたピカチュウは、ポケモンに備わる鋭い勘が働いたのか、パワードスーツに起こる異変にいち早く気が付いて顔を上げた。

「ピ、ピカッ?」

 サムスは力なくその場に膝を付き、がっくりとうなだれる。次の瞬間、パワードスーツの節々から火花や放電が生じ、サムスの身体から装甲がボロボロと剥がれ落ちてしまう。中から現れるのは、青いボディスーツに身を包み、長い金髪を後ろで結んだ、抜群の美貌とプロポーションを兼ね備えた女性の姿。これが本当のサムス・アランであるが、この姿は彼女の戦闘能力が大幅に失われた事も意味していた。

「うっ……」

 顔を上げたサムスは、わずかながら亜空軍の兵士達が残っている事に気が付き、ぎゅっと唇を噛んで顔をしかめた。

「いくらか倒し損ねた奴らがいたようだ。私のことはいいから、自分だけでも逃げるんだ」

 サムスの言葉に、ピカチュウはぶんぶんと首を振って離れようとしない。

「行ってくれ。いずれ奴らは仲間を呼ぶ。このままでは二人ともやられてしまう。お前は味方を探して合流するんだ」
「ピッ、ピカッ! ピカピカッ!」

 ピカチュウは頑なにサムスの提案を拒否し、彼女の前に躍り出てパリパリと放電し、亜空軍を威嚇する。

「よせピカチュ……ううっ」

 ピカチュウを止めようにも、ゼロレーザーの反動でサムスの身体には痺れが残り、思うように動けない。しばらく休めば回復するだろうが、その時間を敵が与えてくれるはずもなく、無数のプリムや亜空軍の怪物が二人に再び近づき始める。

「ピカーーーーッ!」

 ピカチュウが全身の毛を逆立てて身構えた瞬間、亜空軍の先頭を歩くプリムの足元に、どこからか小さくて丸い物体が投げ込まれた。金属音を立てて転がるそれは、あっと思った瞬間に、周囲のプリムや亜空軍を巻き込んで爆発した。

(手榴弾……!)

 意表を突かれて足並みが乱れたプリム達を、さらに飛来した小型のミサイルが襲う。足場に着弾して爆発し、爆風に飛ばされて数体のプリムが奈落へと消えていく。残りが片手で数えられる程度になると、上空の足場から灰色のスーツを身に纏った屈強な男が舞い降り、プリムたちを背後から捕まえては足場の外へと放り投げてしまった。年齢は三十代か四十代、熟練された兵士の風格があり、バンダナを巻き、顎ヒゲを生やしたその男は、サムスやピカチュウらと同じく、亜空間からの侵略者と共に戦う仲間、ソリッド・スネークであった。

「敵は排除したが、この場所からは離れた方が良さそうだ。立てるか?」
「すまない助かった。応援感謝する」

 ようやく手足の感覚が戻ってきたサムスは立ち上がり、ピカチュウを連れてその場を後にした。




 どこへ行っても亜空間の景色は代わり映えしなかったが、しばらく移動しているうちに小さな島のような場所に辿り着く。ここには敵の気配がなく、周囲も開けていて見通しが良く、見張りもしやすい。今までずっと戦いの連続だった事もあり、サムスとピカチュウ、そしてスネークは地面から突き出した出っ張りの陰で休憩を取ることにした。スネークは周囲をぐるりと歩き回っては、時々地面にしゃがみ込んでなにかを調べているような仕草を繰り返していたが、しばらく経ってサムスとピカチュウの元に戻ってきた。彼は手のひらに乗るほど小さな携帯コンロを出し、湯を沸かしてコーヒーを淹れ、カップに注いでサムスに手渡す。自分のコーヒーを用意した後、スネークは携帯食料(レーション)の封を開けて「食べるか?」とサムスに差し出すが、彼女は首を振ったので、スネークは一人でレーションに口を付け始めた。野菜や鶏肉などをトマトソースで煮込んだ物で、味も悪くない。スネークはピカチュウがじっと自分を見ているのに気が付き、レーションに入っていたジャガイモを差し出すと、ピカチュウは嬉しそうに鳴いてそれを食べた。その様子を見て、サムスはほんのわずかに微笑みを浮かべた。

「しかし驚いた。あのパワードスーツの中に入っていたのが君だったとは」

 スネークが言うと、サムスは笑みを消して問い返す。

「期待はずれだったか?」
「いや、嬉しい誤算だ。女だと知ってはいたが、こんな美人とはな」
「そんな事より、私はまだお前の名を聞いていない」
「おっと失礼。俺はスネーク。ソリッド・スネークだ」
「……サムスだ」
「サムスか、いい名だ」
「ところでスネーク、他の仲間はどうなった?」
「わからん。みんな散り散りになってからずっと、俺は一人だったからな」
「そうか」
「すまんな。だがタフな奴らばかりだ。そう簡単にやられはしないだろう」
「ああ……」

 サムスはすり寄ってきたピカチュウを膝の上に乗せ、身体を撫でてやりながらコーヒーを口に運ぶ。

「その黄色いのは、ポケモンか? 確かピカチュウと呼ぶんだったな」
「亜空軍に捕まって発電機に閉じ込められていたのを、私が助けた。身体は小さいが、勇敢で頼もしい仲間だ。この子の電撃は強烈だぞ」
「非常時のバッテリー代わりに使えそうだな。俺も一匹欲しくなった」

 スネークの発言に、サムスは膝の上のピカチュウを両手で庇い、鋭い目つきで彼を睨む。

「冗談だ。そう怖い顔をするな」
「もしもそんな真似をしたら、お前を電気椅子に縛り付けてやる」
「勘弁してくれ。電撃はオセロットの拷問だけでたくさんだ」

 サムスの刺すような視線に苦笑しながらも、あの厳つい装甲を身に纏う彼女にこんな一面もあったのかと、微笑ましさも感じていた。しかしなによりも感心したのは、この空間と危機の中にあって、彼女がまるで取り乱した様子も見せないことだった。

「俺は今まで色々な戦場を見て来たが、今回のような連中を相手にするのは初めてだし、こんな奇妙な場所も想定外だ。サムスは平気なのか?」
「こういうのには慣れている」

 サムスはそうとだけ答え、膝の上で目を閉じるピカチュウを安心させるように頭を撫でる。スネークは食べ終えたレーションの容器を潰し、コンロの火を消すと、ロケットランチャーや迫撃砲、地雷といった手持ち武器の手入れを始めた。サムスはその様子を、無言のまま見つめていた。

「どうしたサムス。俺の武器が珍しいのか」
「いや……その重量では機動力が犠牲になると思うんだが」
「だろうな。しかし武器が無くては戦えない。俺は完全無欠のスーパーマンではないからな」
「そうか、余計な発言だったようだ」
「武器といえば、パワードスーツはどうした。強烈なビームを発射した後、外れてしまったのを見たが」
「最後の切り札を使った反動で、スーツはエネルギーが回復するまで使えない。敵に囲まれやむを得なかった」
「他の武器は持っているのか?」

 サムスは銀色に輝く光線銃(パラライザー)をスネークに見せる。

「護身用だがそれなりに役立つ」
「見たことのない銃だな……良ければ触らせてもらってもいいか?」

 サムスは少し考えてから、パラライザーの銃身をくるりと反転させてスネークに手渡した。スネークはパラライザーを興味深そうに見つめ、細かな装置や仕組みについて念入りに調べた後、感嘆の声を上げた。

「パワードスーツもそうだが、見たこともないテクノロジーだ。こんな武器が護身用にしかならない相手とは、一体どんな連中なんだ?」
「……期待ほど面白い話ではないかも知れないぞ」
「話したくないなら構わない。少し気になっただけだ」

 サムスは亜空間の遙か彼方を見つめたまま沈黙した。それが返事と受け取ったスネークは、手入れを終えた武器を身に着けると、ポケットから煙草を取り出して火を付け、サムスと同じように漆黒の空間を見上げながら、ゆっくりと息を吐いて紫煙をくゆらせた。長い静寂が続いた後、ふいにサムスが口を開いた。

「私の宿敵はスペースパイレーツ。略奪と殺戮を喜びとし、宇宙を荒らし回る悪辣な集団だ。私が戦士となったのも、元を辿れば奴らが原因でもある」

 サムスは静かに、自分の過去について語り始めた。幾度となく繰り返された、スペースパイレーツとの戦い。そして要塞惑星ゼーベスの奥深くで遭遇した、未知の生命体メトロイドとの深い因縁――彼女が口にしたのは記憶の断片ではあったが、それだけでもスネークが言葉を失うには十分すぎた。

「――私は戦い続ける。奴らと決着を付けるその時まで」

 遠くを見つめながら淡々と語るサムスの横顔を、スネークはただじっと見つめていた。サムスはふと我に返り、膝の上ですっかり寝息を立てているピカチュウに目を落とし、その頭をそっと撫でてやる。

「すまない。やはり面白い話ではなかったな。この子も退屈で寝てしまった」
「いや、恐れ入って言葉が出なかっただけだ。サムスのような生き方は、きっと俺には真似できない」
「ソリッド・スネークは優秀な傭兵だと聞いているが」
「他人の話など当てにはならんさ」
「そうかな」
「ところで話を聞いてひとつだけ気になった事がある。君がそんな巨大な敵と戦う理由は何だ?」
「それが私の使命だからだ」
「戦い続けることがか?」
「違う。平和の守り手としてのそれを、私は鳥人族に託された」
「だからといって、サムス一人が戦い続けることはない。他の仲間や、パイレーツに対抗する勢力はいないのか」
「銀河連邦もパイレーツと戦い続けている。信頼できる人間もいたが……死んでしまった」
「そうか。最後にもうひとつだけ聞かせてくれ。個人的な、純粋な疑問だが」
「なんだ?」
「サムスは自分の運命を呪ったことはあるか? 押しつけられた使命など捨てて、普通の女としての一生を選ぶことを考えはしなかったか?」

 スネークの問いかけに、一瞬サムスの表情に陰りが差し込む。しかしすぐにそれを消し去り、サムスは力強い口調で答えた。

「私は自分の意志で戦うことを選んだ。私が男であろうと女であろうと、関係のないことだ」
「そうか……そうだな。サムスが強い理由がよく分かった。つまらない質問をしてすまなかった」
「スネークはどうなんだ」
「俺か?」
「私にだけ喋らせて終わるつもりか?」
「そうだな、いいだろう」

 スネークはくわえていた煙草の火を揉み消し、新しい煙草に火を付けてから、遠い過去を思い出すように語り始めた。武装要塞国家アウターヘブンへ単身潜入し、テロリストの目をかいくぐって核搭載二足歩行戦車メタルギアを破壊したこと。ザンジバーランドでかつての戦友や尊敬していた元上官を自らの手で葬り去ったこと――語りながら、スネークは苦笑していた。自分の周囲には、常に火薬と陰謀の匂いが付きまとい続けているのだと。

「――思えば、俺の人生も戦いの連続だ。その意味では、俺とサムスは色々と似ている部分が多いようだ」
「そうかもしれない」
「嘆いても仕方のないことだが、お互い難儀な星の下に生まれたものだな」
「ふふ、まったくだ」

 嘆息しながら指先で煙草を弾くスネークに、サムスは微笑を浮かべて頷いた。虚無の空間に浮かぶ死者の国――そう呼んでも不思議ではない場所に訪れた、穏やかなひととき。だがそれも長くは続かなかった。サムスは常人のそれより遙かに敏感な感覚で、忍び寄る不穏な気配を察知して顔を上げる。彼女の膝で寝息を立てていたピカチュウも、素早く目を覚まして飛び出し、尻尾をぴんと立てて四肢を踏ん張る。異常を感じたスネークも素早く立ち上がり、ミサイルランチャーを構えて感覚を研ぎ澄ます。

「連中に気付かれたようだな」

 それは四方から、文字通り湧くように現れた。紫色のガスがテニスボール大に集まったようなそれは、亜空軍の瓶子や怪物を形作る、影虫と呼ばれる物質である。影虫は足元を埋め尽くすほどに溢れかえり、寄り集まってプリムや多数の怪物に姿を変えていく。さっきの戦いほど数は多くはないものの、長引けば再び追い詰められてしまうだろう。

「数を頼みに押しの一手か。相変わらず芸のない奴らだ」

 煙草を投げ捨て、スネークは忌々しげに呟く。数の上で不利であり、サムスが生身であることも不安材料のひとつだった。

「まだパワードスーツは使えないのか、サムス」
「ダメだ。スーツの再起動まであと数分はかかる」
「やれやれ、ついてないな」
「伝説の傭兵と呼ばれる男が、これしきで弱音を吐くのか?」
「一度に大勢と戦うのは、俺のスタイルじゃあないんだがな」
「言い訳なら後で聞く。今はここを突破することが先決だ」
「違いない。サムスはその黄色いのと一緒に、前方の相手に集中してくれ。後ろは俺が引き受ける」

 スネークはミサイルランチャーの引き金を引き、増殖するプリムの集団を吹き飛ばす。爆風の中から、青く光る剣を振りかざしたプリムが飛びかかって来たが、スネークは素早く身を躱し、勢いが付いたプリムを真上に蹴り上げる。吹き飛ばされて宙に浮いた所に、手榴弾を放り投げると、爆発と同時に朱と紫が混じった光が弾けて消えた。

「さあ、次に打ち上げ花火になりたい奴はどいつだ」

 スネークは自分に注意を集めるよう、わざと大袈裟に敵を挑発する。狙い通りに敵の目を自分に向けたまでは良かったが、いささか注目を集めすぎてしまったらしく、自分たちの数倍の体躯を持つ相撲取りのようなものや、戦車のようなもの、巨大なひとつ目のオバケみたいな連中が、ぞろぞろとスネークに近づいてきていた。

(む……数が多いな。残りの弾薬でどう戦ったものか)

 スネークが頭脳を働かせていたまさにその時、背後から彼の頭上を青い影が飛び越え、流星の如き蹴りを怪物にお見舞いした。まともに蹴りを食らった相撲取りのような奴は、耐えきれずに大勢のプリムを巻き込んで倒れ込む。青い影は続けざま、目にも止まらぬ速さで周囲のプリムや亜空軍を蹴り倒し、反動を利用してくるりと宙返りし、スネークの隣へと着地した。

「一度に大勢と戦うのは嫌じゃなかったのか、スネーク」

 金色の髪をなびかせて、サムスは敵を見つめたまま尋ねる。スーツを脱いだ不利な状況とはいえ、サムスの表情には僅かほどの曇りもない。目を見張るほどの美しい女性であると同時に、これほど頼りになる仲間も珍しいものだとスネークは思った。

「生身でも強いじゃないか。君の身体能力は常人を遙かに超えている。それも鳥人族とやらのおかげか?」
「そんな事はどうでもいい。まさかと思うが、この状況を気楽に考えているんじゃないだろうな」
「状況は厳しいが、そう捨てたもんじゃあない」
「どうしてそう言いきれる?」
「俺たちが力を合わせれば、この程度わけはない。一人でメタルギアに挑んだ時に比べればな」

 思えば自分の戦いも、逆境の連続ばかりだった。今までの戦いを思い返し、サムスはフッと口の端を持ち上げた。

「なにかいい考えがあるのか?」
「なに、ちょっとした罠を仕掛けておいたのさ。だが問題はタイミングと火力不足だ。サムスのパワードスーツさえ使えれば、敵を引っかき回して上手く誘い込めるはずだ。どうにかしてスーツにエネルギーを補給する事が出来ればいいんだが」

 スネークが呟いた瞬間、突如として発生した稲妻が周囲の亜空軍に直撃した。

「ピカーーーーッ!」

 声が聞こえた背後に目をやると、黒こげになった亜空軍を睨みながら、ピカチュウが身体の表面に電気をパリパリと走らせていた。ポケモンがポケモンと呼ばれる能力を目の当たりにして、伝説の傭兵といえども目を丸くせずにはいられなかった。

「凄いな、さしずめ『10まんボルト』と言った所か」

 黒こげになった亜空軍の残骸を見ながら、スネークがヒゲをさすって考える。

「なあサムス。ピカチュウの電撃を再起動エネルギーに回せないのか」
「ああ、私も同じ事を考えていた」
「出来そうか?」
「成功するかは未知数だ。しかし……」
「やるしかないだろう」
「運が悪ければ私が炭になるかもしれない。その時は、あの子を頼む。安全な場所まで逃がしてやってくれ」

 サムスの顔には強い決意が表れていたが、スネークは彼女の申し出に首を振った。

「悪いがその頼みは聞けない」
「なぜ」
「俺もサムスも、ここで死ぬのが任務ではない。生き延びて亜空間の支配者を倒す。そうだろう?」
「……そうだな」
「それにだ」
「?」
「ここで死なれては、後で食事に誘うことも出来なくなる」

 サムスは返事をせず、亜空軍の群れの中心を目指して矢のように飛び出した。敵の頭を踏みつけながら、亜空軍の群れの中心まで辿り着くと、サムスはピカチュウに向かって叫ぶ。

「ピカチュウ、私に向かって稲妻を落とせ! ありったけの力で!」
「ピ、ピカ?」
「早く! いいから言うとおりにするんだ!」
「ピカーッ!?」

 サムスの指示に躊躇い、ピカチュウは困った顔をして鳴く。その間にも亜空軍はサムスに近づき、覆い被さって押し潰そうと迫る。

「ピカチュウ頼む! 私を信じてくれ!」

 恩人であるサムスに電撃を放つのは嫌だったが、彼女の声と表情から、彼女の言うとおりにするべきだろうとピカチュウは思った。蓄えていた全ての電気を放出し、サムスに浴びせた。

「……!」

 あまりに強烈な電撃に、サムスは苦痛に身体を強張らせた。普通の人間が浴びれば即死するほどの威力である。見ていたスネークも、本当にサムスが死んでしまうのではと肝を冷やしたが、やがてサムスの身体がまばゆい光に包まれ、空間を飛び越えて出現したパワードスーツの装甲が、彼女を包み込んでいく。同時に生じたエネルギーの嵐と衝撃波が周囲の亜空軍を巻き込んで吹き飛ばし、サムスの周囲は大きな穴が空いたように、ぽっかりと敵の姿が消え失せていた。

「成功だ。よかったなピカチュウ」
「ピカー!」

 喜び合う二人の方を見て、サムスも親指を立ててサインを送る。

(各機能チェック……システムオールグリーン。全武装の使用に問題なし)

 バイザーに表示されたステータスを確認すると、サムスは亜空軍の集団に向かって走り、激突する直前にモーフボール能力で自走球体へと変身すると、彼らの足元を縫うように走りながらボムをばら撒いた。サムスが走り去った後、ボムは次々に爆発してプリムや怪物達を吹き飛ばし、意表を突かれた亜空軍は取り乱して右往左往し、時には同士討ちまで始める有様で、行き場を失った亜空軍は、一カ所に集まって揉み合いを続けていた。

「敵は総崩れだ。今のうちに離脱するぞ」

 ピカチュウを連れてスネークは走り出し、サムスもそれに続く。取り乱していた亜空軍は獲物を逃がしたことに気が付くと、小島のような足場から逃げようとする彼らを再び追い始めた。サムスは走りながら背後を振り返り、追っ手がかかった事をスネークに目配せすると、スネークはポケットからアンテナの付いたリモコン装置を取り出し、赤いスイッチを親指で押し込む。次の瞬間、小島のあちこちから火柱と爆発が起こり、足元に口を開けた大きな亀裂の中へ、亜空軍が次々と呑み込まれて消えていった。

「ピカッ、ピカピカッ?」

 なぜ爆発が起きたのか不思議そうに見上げてくるピカチュウに、

「ここは敵の住処だからな。最初にちょいとC4を細工しておいたのさ。連中だけをやっつけるタイミングが難しかったが、サムスとピカチュウのおかげで上手く行ったよ」
「ピカピー!」

 亜空間に浮かぶ小島の崩れる音を背後に聞きながら、三人は亜空軍の群れを退けることに成功した。スネークは改めてサムスやピカチュウの実力を認め、色々と話したいことも多かったが、それをのんびりと喋っている暇はなかったし、パワードスーツに身を包んだサムスはほとんど言葉を発しなかった。




 亜空間の奥へと進み、はぐれた仲間と合流し、いよいよ世界の命運を賭けて最後の決戦に挑むばかりとなったその時、スネークの耳に埋め込まれた無線機から、通信コールが鳴り響く。相手の通信周波数を調べてみたが、メモリーに登録されていない、正体不明の発信者だった。スネークは小声で、他の仲間に悟られないように尋ねる。

「何者だ? どうして俺の無線周波数を知っている」

 スネークの問いかけに答えたのは、聞き覚えのある女の声だった。

「スネーク、私だ。スーツの機能で周波数を解析した」
「サムスか。なぜこんな時に通信を」
「さっきは色々と世話になった」
「大した事じゃない。俺たちは仲間だろう」
「……私は今まで、ずっと一人で戦ってきた。助けを期待できない戦いばかりだったし、それが当然だと今でも思っている」
「ああ。戦場では予測できない事態が次々に起こるものだ。最後は結局、自分の力に頼るしかない」
「私も同じ考えだ。しかし今日、ひとつ知ったことがある」
「なんだ?」
「背中を任せられる仲間がいるというのは、悪くないな」
「……ああ、確かに」
「それともうひとつ。お前の名を教えてくれ」
「ソリッド・スネーク。そう言ったはずだが」
「それはコードネームだろう。私は名前も明かさない相手と食事をする趣味は無いぞ」
「おおっ、付き合ってくれるのか」
「ただしピカチュウも一緒だ。嫌なら今の言葉は無かったことにする」
「待て待て、嫌とは言っていないだろう」
「もう一度聞く。お前の名前は?」

 スネークは少し慌てながら、他の仲間を隔てて立つサムスを見た。彼女の顔はバイザーに隠れて表情を読み取ることは出来なかったが、ほんの一瞬だけ彼女が自分の方を向いたような気がした。

「名前か。俺の本当の名は……」

 スネークがそれを伝えたのとほぼ同時に、最後の決戦が幕を開ける。皆が強大な敵に立ち向かう中で、スネークは最後の通信を受け取った。

「無事に生き延びたらまた会おう、デイビッド」

 大きく踏み込んだ跳躍の直前、サムスは背中を預けた仲間への信頼と、ささやかな親しみを込めてその名を呼んだ――



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