遙か空の彼方から、キラリと光る物体が降りてくる。黄色い楕円の空飛ぶ船――サムスのスターシップだ。穏やかな風が吹く草原に着陸した船から、一人の女性が姿を現す。金色の髪。ブルーの瞳。抜群のプロポーションを持つ彼女は、ブーツの踵を鳴らして歩き出す。一本道の先にある大きな城が、彼女を迎え入れていた。 「いらっしゃいサムスちゃん。待ってたのよ」 「だからその呼び方……まあいい。ところで、大事な話があると聞いて来たんだが」 「そうなのよ〜。とりあえず一緒に来てくれる?」 金髪の美女――サムス・アランは、ちゃん付けで呼ばれる事に苦笑しながら城の主、ピーチ姫の後を付いていく。草原を一望できるテラスに着くと、白塗りの美しい丸テーブルに先客が座っていた。 「ゼルダ姫も呼んだのか」 「ええ、せっかくだから来てもらったの」 ゼルダは立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をする。 「お久しぶりですサムス様」 「様、はやめて欲しいな。貴女の方が身分は高いはずだが?」 「うふふ、それもそうですね。サムス……でいいかしら。私のこともゼルダと呼んでください」 「ありがとう、ゼルダ」 挨拶を済ませた二人を座らせ、ピーチも自分の席に着く。するとタイミング良くキノピオ達が現れ、せっせと紅茶やケーキを運んでくる。 「それでピーチ、大事な話とは?」 サムスが真面目に訊ねる。 「まあまあ慌てないで。まずはゆっくりお茶でも飲みましょう」 ピーチはニコニコしながら紅茶を口に運ぶ。ゼルダも完璧な作法で紅茶を楽しんでいるようなので、サムスもそれに倣って紅茶に口を付ける。広がる香りがとても上品で、美味しい。つい気に入ってしまってもう一口飲んだところで、ピーチが言った。 「ところでサムスちゃん、スネークさんとは何処まで進んだの?」 「ごほっ、ごほっ! な、何を言い出すんだ急に」 「だって、気になるんですもの〜。だから直接本人に聞こうと思って」 「まさか大事な話というのは……」 「他に何がありまして?」 サムスは頭が痛くなってきた。が、ここで怒って席を立つのも大人気ない。こめかみを押さえてため息を吐き、サムスは白磁のティーカップを置く。 「どこでそんな話が持ち上がったのか知らないが、彼とは何もないよ」 「本当に〜? 結構お似合いだと思うんだけどなあ」 「彼が優秀な戦士だというのは認めるが、だからといって特別には――」 「スネークさんはサムスちゃんのこと気に入ってるみたいよ?」 「なっ……」 思わず言葉が詰まるサムスに、今度はゼルダが続けた。 「先日、偶然お会いした時に聞いたのです。素顔があんなに美人なら、口説いておくべきだったとおっしゃっていました。とても真剣に」 「いや、その……気持ちは嬉しいが」 恥ずかしさで頬が熱くなるのを誤魔化すように、サムスは咳払いをして、 「わ、私のことはともかく。貴女たちはどうなんだ。ゼルダはいつも傍にいたリンクというボディガードをどう思ってる?」 「リンク……」 ゼルダは突然遠くを見つめ、地の底まで沈んでしまいそうな暗い声で呟く。 「昔は……そう、昔は私もリンクもお互いのことを」 ピーチは「まあ」と興味津々に身を乗り出し、サムスもじっと次の言葉を待つ。 「でも今はミドナが……リンクもミドナを、それはもう見てる方が恥ずかしいくらいにッ」 ゼルダのティーカップが小刻みに震え、紅茶が波立っている。サムスは地雷を踏んでしまったと悟り、自分の迂闊な発言に後悔した。戦いにおいては戦闘力、経験、知識共に並ぶ物がないと言われもするが、どうもこの手の話題だけは苦手である。 「ピーチ、た、助けてくれないか」 「えっ、何を助けるのかしら?」 「と、とにかく代わってくれ。頼むよ」 ピーチに後を任せ、サムスは素早く危険地帯から脱出する。無論、場の空気的な話だ。 「えーと、それじゃあ前の戦いで見かけたマルスやアイクはどうかしら?」 「どうかしら? と言われましても……お二人とも素敵な方ですけど」 「あら、もうお喋りしたことあるのね」 「ええ、彼らの国と私の国は案外近いものですから。平和記念のパーティの時にいくらかお話を」 「まあ、それでどうなったの?」 「それが……お二人はそれぞれ魅力的なのですけれど、女性の仲間や知り合いも大勢いるようで、その……喋っている間、彼女達の視線が痛くて」 ゼルダは「はぁ〜」とため息をつき、ますます表情が沈んでしまう。 重苦しくなった空気をどうにかしようと、サムスがフォローに入るが、 「じゃ、じゃあネスやリュカはどうだ? あの少年達はきっといい男になる」 「その頃には私、きっと行き遅れと……」 まるでフォローになっておらず撃沈。ピーチが何かを思いついたようで、のほほんとしながら、 「ピカチュウやカービィは、いざというとき結構頼りになるらしいわよ〜?」 「せめて……せめて相手は人間でお願いッ!」 涙目なゼルダの向こう、何処までも透き通る青空に羽ばたく白鳥の群れ。その中に混じって、大空を飛ぶ少年の姿がピーチの目に止まる。天空に住むという女神の親衛隊、ピットである。どうやらこの世界の見回りでもしているのだろう。 「そうそう、ピット君はどうかしら?」 「か、彼は神の使いではありませんか。そんな恐れ多い」 「ゼルダちゃんだって神様の声を聞くんだから、いいじゃない」 「そういう問題では……」 「本当は悪くないとか思ってたりしない?」 「し、してませんっ」 やいのやいのと盛り上がる女性三人組。なんだかんだで恋の話が好きなのはどの世界に暮らす者でも変わらないようだ。 「――それはそうと、ピーチはどうなんだ。私たちのことばかりじゃなくて、少しは自分のことも喋ってもらおうか」 「そうですよ。マリオさんとのこととか」 サムスとゼルダの質問に、ピーチは小首を傾げてニコニコと笑う。 「えーっと、そうねえ……」 ピーチが次の言葉へ繋げようとしたその時。 ――ブワッ! 突然突風が吹き荒れ、大きな影が三人の頭上に覆い被さった。 「ガハハハ、ピーチ姫みーっけ! おまけに美女二人も一緒とはラッキー!」 粗野なガラガラ声と共に彼女達を捕らえたのは、巨大な亀の王ことクッパ大王。三人を脇に抱えて専用の乗り物「クッパクラウン」を呼び寄せて飛び乗ると、ふわふわと宙に浮かび始めた。 「まだ懲りていないのですか、貴方は。私をさらってどうしようというのです。それにどうせ、私を助けにくる人なんて……」 どんよりと落ち込むゼルダの背中には、哀愁が漂っている。 「しまった……なんてタイミングの悪い」 パワードスーツはスターシップの中でメンテナンス中のため、サムスは戦闘態勢に入れない。クッパに抱えられたまま、サムスはジタバタすることしかできなかった。 「あらまあ、大変」 そんな状況で、相変わらずの様子なピーチにサムスが訊ねる。 「ずいぶん余裕じゃないかピーチ。こいつの手から脱出する良い方法でも?」 「無いわよ〜そんなの」 「じゃあどうする? このままだといつ帰れるか分からないぞ」 「大丈夫、きっと来てくれるわ」 「来てくれる……?」 サムスが聞き返した次の瞬間、 「イヤッホー!」 聞き覚えのあるかけ声と共に、天高く飛び上がる赤と緑のスーパーブラザーズ。 「ほら、来てくれたでしょ?」 ピーチは欠片も疑うことなく、彼らの登場を信じていた。そして彼女の言う通り、世界で最も有名であろう兄弟はやってきた。 (なるほど、聞くだけ野暮だったかな) ピーチのマリオに対する信頼を見て、サムスはフッと微笑む。クッパの頭を踏みつけて飛ぶマリオに、ピーチは手を振って応援している。 ――ドンッ! その時、突然火薬のような物が爆発した音がして、クッパクラウンは大きく揺れた。クッパが気を取られている隙にサムスは腕からいち早く抜け出し、クッパクラウンの操縦桿を蹴飛ばす。コントロールとバランスを失ったクッパクラウンはフラフラと蛇行し、城から少し離れた草原へと墜落した。クッパは落ちたところに運悪く大きな岩があり、頭をぶつけて目を回している。自業自得、というものであろう。サムスは見事に回転ジャンプからの着地を決め、ピーチはパラソルでふわふわと降り立つ。落ち込んでいじけたままのゼルダは、そのまま地面にぶつかりそうになったのだが、直前に小さな竜巻が彼女の身体を持ち上げ、怪我ひとつ無く降りることが出来た。やや離れた丘の上で、戻ってきた疾風のブーメランをキャッチする、緑の勇者リンクの姿があったが、ゼルダはそれに気付かないままだったようだ。 「さて、みんな無事なようだし城に戻ろ――」 言いかけたところで、サムスは道の脇に妙な物体が置かれているのに気が付く。どこからどう見ても、段ボール。それをどかすと、ロケットランチャーを持ったソリッド・スネークが中に隠れていた。 「スネーク、もしやさっきの爆発は」 「偶然通りかかっただけだ、気にすることはない」 サッと立ち上がり、スネークは何事もなかったように言う。 「私たちを護衛してくれたのか」 「そうだと言ったら、デートでもしてくれるのか?」 「そうだな。少しは考えないことも――」 言いかけたところで、サムスはスネークが後ろ手に隠していたものを見つけ、取り上げる。望遠ズーム機能付きの高性能カメラだ。撮影したデータを見ると、撮影したばかりのサムスやピーチ、ゼルダの写真がこれでもかと収められている。 「……これは何だ」 「記念にと思ってだな。いや、決していかがわしい気持ちは」 「ではなぜ、どれもローアングルから撮影されているんだ」 「う、いや、それは」 「見直したと思ったらこれかっ!」 電光石火の足払いでスネークは地面に転がされ、グリグリと踏まれてしまう。 「あらあら、仲がいいわねー。サムスちゃんも嬉しそう」 「何処をどうしたらそう見えるんだっ!」 女性が集まれば、恋の話はついて回るもの。 果たしてこの先どうなる事やら。 蕾はこれから綺麗に花開きそうである。 そんな、ある一日のお話―― |