大集合スマブラX
〜蛇の野望〜


 一年も残りわずかとなったある日、休暇を過ごすサムスの元に、憶えのない荷物が届けられた。差出人はソリッド・スネークとなっている。宛名は自分で間違いなく、中身をスキャンしてみたが危険物でもないらしい。とりあえず箱を開けて確かめてみると、空色の青い着物が入っており、手紙が一枚添えられていた。

 ――やあ、ごきげんよう。僕はハル・エメリッヒ。オタコンといえば分かるかな。今回君たちと一緒に戦った、スネークの相棒さ。僕もスネークも、君たちと共に戦えたことを誇りに思っているよ。
 ところで僕とスネークが送った「着物」は気に入ってくれたかい? 僕が贔屓にしてるニッポンという国では、一年の始め「正月」に伝統的な衣装を身に着け、平和や安全を神に祈るという風習があるんだ。そこで提案なんだが、そのニッポンの風習に倣い、みんなで集まって新年を迎えたいと思うんだがどうだろう? 場所や行事、着物の詳しい解説は別に用意してあるから、そっちを参考にして欲しい。
 君たちと楽しい正月を過ごせたらいいな。それじゃ。

 文面通り、着物の着付けや正月の作法に関するメモリーが箱の中にある。

「これは……どうしたものかな」

 思いがけない提案に、サムスは困り顔で呟いていた。賑やかな行事に進んで参加する方ではないのだが、好意で送られている物を無視するのも些か気が引ける。

(そうだな、他の連中がどうしているか確かめてから決めよう)

 サムスはスターシップの操縦桿を握り、前の戦いで知り合ったピーチ姫の城へと向かうのだった。




「あらあら、いらっしゃいサムスちゃん」
「その呼び方はやめてくれないか」
「いいじゃない、可愛いんだから」

 サムスを出迎えたピーチは、うふふと笑ってそう答える。どうも彼女が相手だと調子が狂うな、とサムスはいつも思う。しかし彼女の纏う雰囲気は、不思議と心が落ち着き、気付けば肩の力が抜けている自分がいる事に気付かされる。そんな瞬間がサムスも嫌いではなかったし、気を取り直してピーチに訊ねた。

「実は、こんな荷物が送られてきたんだが」

 箱に収められた着物を見せると、ピーチは両手を胸の前で合わせ、

「まあ、サムスちゃんの所にも届いてたのね」
「どうしたものか困ってしまって。とりあえずあなた達の意見を聞いてみようと思ったんだが」
「珍しいからって、み〜んな張り切って「お正月」の準備してるわ。キノじいやキノピオ達も、自分たちの衣装を急いで作ってるのよ。私のはピンク色でエキゾチックで、とっても可愛いの。ゼルダちゃんも喜んで着るって言ってたわよ〜」
「そ、そうなのか?」
「せっかく来たんだし、サムスちゃんの着付けも手伝ってあげるわ」
「いや、ちょっと待っ――」

 ピーチに強引に背中を押され、サムスは奥の部屋へと連れられていく。
 そんな二人の姿を、城の窓からこっそりと覗く透明の何かがいた。

「――首尾はどうだいスネーク」
「作戦は順調に進んでいるようだぞオタコン」

 透明の何か――ステルス迷彩でこっそりとピーチの城に忍び込んだスネークは、こそこそと連絡を取り合っていた。

「みんな僕のプレゼントを気に入ってくれたようだね。あとは元旦になってからのお楽しみだ」
「サムスもちゃんと参加するようだな」
「もしかしたら無視されるかとヒヤヒヤしたからね。けど大丈夫そうじゃないか」
「ああ、サムスがいないのでは話にならんからな」
「好きだねえスネーク。まあ僕も人のことは言えないんだけど」
「さて、長居は無用だ。後は手落ちがないかもう一度確認だ」
「了解。じゃあ一旦通信を切るよ」

 そしてスネークは、物音を立てず窓辺から姿を消す。




 元旦がやってきた。初詣の場所に選ばれたのはハイラルの大神殿。それぞれ送られた着物を身に着け、正月らしい雰囲気での大集合である。男性には裃が送られ、神殿の外ではマルスが着こなしが間違っていないか他の連中に尋ねたり、マリオとルイージ、ドンキーとディディーが作る餅をアイクとピットがひたすら食べ続けたりしている。その横で大きな鍋に雑煮を作るのは、カービィとデデデ大王。互いにつまみ食いをしないよう、睨み合いながらも仲良くお料理。出来上がった雑煮は、手下のワドルドゥに運ばせてみんなの元へ配っている。商魂たくましいワリオは神殿の入り口でおみくじの売店を開き、訪れる客を大声で呼び込んでお金を稼いでいた。
 少し遅れて、スターフォックスチームが神殿にやってくる。無論、彼らも着物姿できちんと正装しており、正月の雰囲気に溶け込んでいた。

「ちょっと変わったお祭りだけど、こういうのも悪くないわね」

 と、クリスタルが売られているおみくじを引いて言う。瑠璃色の着物が、年齢のわりに大人びた彼女の雰囲気によく似合っている。ちなみに運勢は大吉。恋愛運は絶好調らしい。

「そうだな。みんな楽しそうだし、料理も旨い」

 ワドルドゥから渡された雑煮を食べながら、フォックスも目を細める。戦いの中に身を置く稼業の彼らにとって、こういった時間は得がたいものだ。

「ねえフォックス」
「ん?」
「私の着物姿、変じゃないかしら?」
「変なもんか。よく似合ってるよ」
「本当? 良かった」
「ああ、綺麗だよクリスタル」
「フォックス……」

 すっかり世界に入り込んでいる二人を眺めながら、

「なにやってんだあの二人は。やれやれ、見てらんねぇぜ」

 うんざりした様子で、ファルコがため息をつく。その隣でペッピーが、

「いいじゃないか、若者の特権だ。わしも若い頃はなあ」

 イケメンでモテモテだったんだぞ、と独り言を言いながらウンウン頷いていた。

「ねーねーファルコ、ペッピー。オイラ雑煮もらってきたよ〜」
「おう、悪いなスリッピー。って、あん?」

 渡された雑煮には、餅の代わりに白くて細長いものが大量に入っていた。ファルコはペッピーやスリッピーの雑煮に目をやるが、二人の雑煮にそんな物は入っていない。首を傾げつつ、ファルコは餅をくわえて伸ばしているスリッピーに訊ねた。

「おい、なんだこりゃ」
「あ、ファルコそうめん好きって言ってただろ〜。だからオイラ、頼んで特別に作ってもらったんだよ。ねえねえファルコ、嬉しい?」

 スリッピーはニヤリと笑いながら、ファルコの返事を待つ。まるで悪戯を仕掛けて反応を待つ子供のような顔に、ファルコは自分の中でぶちっとなにかが切れる音を聞いた気がした。

「てめぇ、いつまでそのネタ引っ張ってやがる!」
「なんだよー、せっかくオイラが気を効かせたのに」
「大きなお世話だ!」

 おかんむりなファルコから逃げ出し、スリッピーはあたりを見渡す。この会場に来ているはずの人物を捜してみたのだが、どこを見ても彼の姿が見あたらないのである。

「おかしいなあ、どこ行ったんだろスネーク。新しいブラスター作ってきたんだけどな」




 神殿の中では、ピーチやゼルダが艶やかな着物姿を披露しながら、パーティに興じていた。ピーチは桃の花があしらわれたピンク色の、ゼルダは豪華な金の刺繍が目を引く薄紫の着物姿で、会場に華を添えている。そんなVIPの間に、サムスは違和感なく混じっている。ピーチやゼルダより大人なだけに、彼女の着物姿はより注目を集めていた。ところが当の本人はといえば、

「慣れない服だから仕方がないが、動きにくいな」

 と、やや不満そうである。

「いいじゃない、よく似合ってるわよサムスちゃん」
「ええ、ちょっぴり羨ましくなりました」

 ピーチとゼルダは着物姿のサムスを絶賛しており、やいのやいのと褒めちぎる。お世辞や下心の見える言葉には眉ひとつ動かさないサムスであるが、

「そ、そんなに褒めてもらうと……悪い気はしないな」

 共に比べがたいほどの美女二人からそう言われれば、さすがに嬉しさを感じずにはいられない。若干照れた表情をしながら、サムスは正月の雰囲気というものを楽しんでみようと思っていた。

「ところでゼルダ、ボディガードの剣士はどうしたのだ? 姿が見えないが」

 サムスが訊ねた瞬間、ゼルダの表情が凍りつく。

「彼は……リンクはミドナの所へ行っています」

 ぐぐっ、と拳を握り、ゼルダはわなわなと震えながら呟く。

「ミドナ?」
「いいえ気にしていませんよ。ゼルダの伝説というタイトルなのに、出番はおろかヒロインの座まで持って行かれた事なんて……ッ! よく見てください。この世界で私は分身も含めたメインキャラ! 向こうはおまけのフィギュア止まり! 圧倒的ではありませんか我が軍は!」
「あ、いや……なんというか、私が悪かった」

 地雷を踏んでしまった事に苦笑するサムスに代わり、ピーチが一言付け加える。

「ゼルダちゃんは二号さん扱いされるのが嫌なのよね〜」
「うわーーーん、二号って言うなーーーーッ!」

 ゼルダは絶叫し、近くに置いてあったお酒を一気飲みながらしくしくと泣き出してしまった。

「ところで、スネークさんはどうしたのかしら〜? 着物やお正月のお礼をしたかったのだけれど」
「提案した本人達がボイコットするとも思えないが……」

 姿の見えないスネークを、ピーチもそろそろ心配し始めている。どうも奇妙だな、とサムスが思ったその時。

(――!)

 どこからか見られている気配を感じ、サムスは素早く振り返る。しかし、神殿の中には大勢の人々がごった返しており、視線の元は分からない。

(なんだ……? よこしま極まりない気配を感じたのだが)

 彼女の超人的な感覚を持ってしても、さすがにこの中で特定するのは難しい。不審に思ったサムスは一旦席を外し、神殿の外へと出て行った。




「お前はつくづく天才だなオタコン」
「フフフ、ハッキングと覗きが趣味の僕には容易いことさ。撮影ポイントも全て計算し尽くした上での配置だからね」
「普通は女を脱がせるために最大限の努力を払うものだが、まったく逆の発想でそれを実現するとは」
「彼女達に配った着物の生地は特別製で、僕の開発した赤外線カメラで撮影し画像を処理すれば、まったく写真に映らないという優れものだ。さらに着物には下着を着けないというルールがある以上、有効に利用させて貰わないと。みんな幸せ、僕らも幸せ。素晴らしい作戦じゃないか」
「……なあオタコン。一瞬、俺たちがものすごく最低に思えてしまったんだが」

 まったくその通りなので、よい子は真似してはいけない――オタコンは目に見えない誰かに向かって、そう呟く。

「いまさら後戻りはできないよスネーク。そもそも、サムスを下から覗きたいと興奮してたのは君じゃないか」
「それを言われると弱い」
「ほら、サムスが戻ってきた。ポイントに近付いているよ」
「了解、任務を続行する」

 会場に設置されたテーブルの下に、スネークはいた。ステルス迷彩で姿を隠し、きわどい角度から色々とアレでナニな写真を激写するためである。

 盗撮は犯罪なので、決して真似をしないように――今度はスネークが誰かに向かって呟いていた。どうしようもなくバカな事に情熱と労力を割いている彼らだが、性欲を持て余す男のサガであるから仕方がない。銃の代わりに高性能カメラを持ち、スネークはシャッターチャンスを待つ。

(――来た!)

 床に寝そべり、テーブルクロスの隙間からシャッターを切りまくるスネーク。この瞬間、今まで感じたことのない充実感を憶えたらしいが、それは秘密である。さらにピーチやゼルダも近付いて来たので、まさにヘブン状態。

「激写! 激写ボーイ!」

 ほふく全身でテーブルからテーブルへと移動し、ありとあらゆる角度から撮りまくったスネークは、ひと仕事終えた漢の顔になって奥に隠れ、オタコンにコールする。

「これは大変なことだぞオタコン。データフォルダ一杯に撮影してしまった。想像するだけでもたまらん」
「上手く行ったようだね。さあスネーク、データを持って早く帰還するんだ」
「ああ、俺たちの前にはパラダイスが待っているからな」

 と、テーブルの反対側からこっそりと抜け出そうとしたその時。

「ピカチューーーーー!」

 かけ声と共に放たれた電撃が、スネークの隠れるテーブルに直撃した。

「うおっ、何が起きたッ!?」

 慌てて転がり出たスネークの前に、腕を組んだサムスが仁王立ちしている。パリパリと頬から放電しているピカチュウを従え、ブリザードのように冷たい眼で彼を見下ろしていた。

「楽しそうな遊びをしているなスネーク」
「!?」

 声をかけられ、スネークは慌てて自分の姿を見る。

「しまった、さっきの電撃で――!?」

 ステルス迷彩が故障し、姿が晒されてしまっているではないか。これはまずいと冷や汗をかくスネークの耳に、オタコンの通信が届く。

「どうしたんだいスネーク、ものすごいノイズで通信が切れてしまって」
「……大変なことになったオタコン。サムスに見つかった。作戦は失敗だ」
「な、なんだって!? 急いでその場から離脱するんだスネーク!」
「無理だな。彼女の脚の速さはお前もよく知ってるだろう」
「なんてことだ。一体なぜバレたんだ」
「その質問にはオイラが答えるよ〜」

 サムスの後ろからひょっこり顔を出したのはスリッピーだった。
 彼は小型の無線機を持ち、小さなスピーカーからオタコンやスネークの声が聞こえてくる。

「サムスに頼まれて、無線を傍受したんだ。一度やったことのある周波数だから、ちょちょいのちょいだったね」
「もしやと思って頼んでみれば、ビンゴとは。呆れてものも言えない」

 得意気に胸を張るスリッピーの横で、サムスはパラライザーの安全装置を解除し、

「……お仕置きだな」

 女性扱いされることをあまり好まないサムスだが、女の敵には容赦なし。

「ぬおおおおーーーーーッ!?」

 イヤホン越しに聞こえる爆音と、スネークの絶叫。やがて通信が途絶えてしまい、オタコンは慌てて逃亡の準備を始めたが、いきなりパワードスーツを装着したサムスが部屋の壁をぶち破って登場し、引きずってきたスネークを粗大ゴミのようにぽいっと投げ捨てた。

「うわっ!? い、いくらなんでも早すぎないか!?」
「悪い子はここにもいたようだな」
「あっああああ……!?」

 オタコンもまた、スネークと同じにたっぷり折檻されてしまうのだった。

「まったくしょうがない連中だな。女への感心を否定するつもりはないが、やりすぎだ。友人の名誉のために、ピーチとゼルダのデータは消しておいた。これに懲りたら、今度はまともな方法で相手を口説くことだ」

 サムスはパワードスーツを解除し、元の美女へと戻って二人に背を向ける。そして玄関のドアに手を掛けると一旦立ち止まり、

「勇敢に戦うソリッド・スネークは、嫌いではなかったんだがな」

 ツンとそっぽを向き、サムスは壁に開けた大穴をくぐって出て行ってしまった。

「……い、生きてるかオタコン」
「な、なんとかね。全身がギシギシ言ってるけど」
「今カメラのデータを確認したんだが、彼女の写真だけ何故か残っているんだ」
「消し忘れたのかな。それとも僕らへのサービスか?」
「そんなことはどうでもいい。せっかくデータがあるんだ。やることはひとつしかないだろう」
「よ、よし。僕らはまだ負けていないぞ」

 オタコンはひっくり返ったパソコンを立て直し、カメラに収めた画像を表示、処理を実行する。これで無数にあるサムスの写真全てから、着物が消えて生まれたての姿を拝見できる――はずだったのだが。

「あれ?」
「こういうことか……してやられたな」

 確かに着物は消えたが、サムスはその下にゼロスーツをしっかりと着込んでいる。
 あれも。これも。どの写真も全て。
 なるほどデータを残していくわけだ、と二人はため息をつき、その場に座り込んだ。

「そもそも、スネークがドジだからこんな事に」
「何だと? 作戦は完璧だと言ってたのはお前だろう」
「その通りじゃないか。落ち度は全部君にある。大体、最初に撮影は程々でやめておけと言ったのに欲を出すから」
「全部俺のせいだと言いたいのか?」
「脱いだサムスが見たいなんて、君の歪んだ欲望に手を貸すべきじゃあなかった」
「言わせておけば好き勝手な事ばかりを。大体な、女関係が薄汚れているお前にそんなことを言われる筋合いはないぞ」
「あっ、言ってはならないことを言ったなスネーク!」
「やかましい! 一人だけいい子ぶろうとするその根性が気に入らん。これだからオタクは……」
「また禁句を。僕は怒ったぞ!」
「やるか!」

 オタコンのパンチに、スネークがクロスカウンターを合わせ、両者ノックダウン。
 折檻されてすでにボロボロな二人には、これ以上喧嘩を続ける気力は無かった。

「はあ、はあ……こんな事をしてる場合じゃあないな」
「そ、そうだね。みんなに挨拶に行かないと」
「サムスには俺が詫びを入れておこう。今度は口説かれてくれるかもしれん」
「難しいミッションになると予想されるけど?」
「なあに、その方が伝説の傭兵には相応しいさ」

 それからしばらくして、正装したスネークとオタコンも神殿に訪れて、この世界の仲間に挨拶をして回るのだった。サムスからの突き刺すような視線が、いつまでも肌に痛かったのは、二人だけの秘密である。その後サムスがスネークとのデートに応じた――かどうかは定かではない。



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