垣間見


――ある日の夕暮れ、いや、それよりもやや暗くなってきた時間帯のことだ。
よくしているように、僕と里香は一緒に連れ立って下校して、その足で里香の家に向かった。
そして、僕が楽しく里香の部屋で過ごしたその後の、帰り道の途中であることに気付いた時から、物語が始
まる――。


(あれ、もしかしてケータイ忘れた?)
僕がそのことに気付いたのは、自転車に跨って、
僕の家と里香の家との中間点にあたる小さい交差点で、信号待ちをしている時のことだった。
普段なら、僕のやや古い携帯電話が入っているハズのズボンのポケットにふと手をやったところ、
入っているべきモノが入っている感覚がしなかったのだ。
二度三度とポケットまさぐると、疑問が確信に変わって、僕にある事実を突きつけてくる。
(参ったな……)
微妙な苦味が、僕の口の中にじんわりと広がった。
どうやら僕は、つい先ほどまでいた里香の部屋に、自分の携帯を忘れてきてしまったらしい。
(……きっと、楽しく話し過ぎてたせいで、忘れちゃったんだなぁ。
 座ってたベッドの上にでも置きっぱなしかな?)
携帯が無ければ生きてゆけないということはないけれど、僕だって一応現代っ子だ。
依存をせず、かといって忘れない程度には、僕も文明の利器を使っていた。
幸い、携帯を忘れたのは里香の部屋という、僕にとっては身近な場所だし、
携帯の『中身』も里香に見られても問題の無いものばかりだ。
おかげで、問題なく回収に向かえる。
(まぁ、里香が携帯を買ってメアドや番号を交換した時に、そういう風にしたんだけどさ……)

僕はとりあえず、自転車を回頭させ、ペダルをこぎ、来た道をスイスイと戻ることにした。
……理由や経緯はどうあれ、今日はもう会えないと思っていた里香に、また会えるのは嬉しいし、
おまけに今晩は里香のお母さんが帰ってくるのが遅いそうなので、必要以上に気を使うことはない。
そう思えば自然にペダルを漕ぐ足が軽くなり、あっという間に再び里香の家へとやってきたのだった……。

――里香の家に戻ってきた僕は、所定の位置に自転車をちゃんと止める。
そして、玄関前に立つと、壁に設置されているインターホンのボタンを右手の人指し指で押す。
無論、僕が帰った後、里香のことだから、玄関の扉をきっちり施錠しているハズという推察に基づいた行動
だ。
里香のお母さんが帰ってくるのは遅いという話だから、余計に施錠している可能性は高かった。
さてと、僕がボタンを押した次の瞬間、ピンポーーンという、何処か間の抜けた無機質な電子音が……。
(あれ、鳴らない?)
人指し指に力を込め、もう何度か押してみるが、やはりウンともスンとも言わない。反応がないのだ。
(そういや、里香が少し前に、インターホンの調子が悪いとかぼやいてたなぁ……)
どうやら、今までは調子が悪い程度で済んでいたものが、本格的に故障してしまったらしい。
何も、よりによってこのタイミングでなくとも……と軽く愚痴をこぼしたくなったが、機械相手では仕方な
い。
なら、携帯で家の中にいる里香に連絡してみようかとほんの一瞬考えたが、
(おいおい、その携帯を忘れてきてるんじゃなかったのかよ……なんか、今日はこんなことばっかりだ)
僕は肩をすくめて自分の妙な不運さを呪いながらも、しかしなんとか里香の家に進入するしかない。
とはいっても、泥棒さんがやるような方法ではもちろん中に入る気がしないし、
たかだか携帯の為にそんなことをしたら、僕は秋庭家に出入り禁止にされてしまう。
さてどうしたものかと、無い知恵を絞って考えたが、
(……まぁ、望み薄だけどな)
とりあえずは、僕の目の前にある玄関の扉に手をかけて、普通に開けるのを試みることにした。
何故なら、里香が不用心なことをするとは思えなかったが、
僕にとって運が良ければ、その方法が今一番問題をてっとり早く解決出来るからだ。
僕は右手を、すりガラスと金属を組み合わせてやや重めに作られた、
退院直後の里香が開けるのに少し苦労した引き扉の取っ手にかけ、そして引くべき方向へ力を込めてグッと
引いた。
すると……。
ガラガラガラ……。
重い音を玄関に響かせながら、引き扉はなんともあっさりと開いてしまったのだ。
(えっ、里香の奴、鍵かけてなかったのか?)
僕は里香の不用心さを意外に感じながらも、秋庭家の玄関に足を踏み入れる。
古い町屋型の家は、なんともいえない静寂に包まれていた。
次に僕は、家のどこかにいるであろう里香を探して恐る恐る呼びかけるという、常識的な行動を取った。
「お〜い、里香〜。いるか〜?」
しかし、僕の声に何も反応は返ってこなかった。
そこそこ大きい声が家の中で響くものの、依然として家の中を静寂が支配している。
普段なら、鈴を転がしたような声の持ち主か、あるいはその声に少し似た低い声の持ち主が出迎えてくれる
はずなのだが。
(誰もいないのか……? でも、里香のお母さんが帰ってくるのは遅いはずだし、里香だって外出するはず
がない)
そこで普通なら不気味に感じるところだが、僕の心の中には違う感情が浮かんできていた。
(なんだかコソコソしてて泥棒みたいだけど、たまには……)
少し頭を働かせて分かったことがある。
それは、今の僕は珍しく、里香をびっくりさせる機会を手に入れたということだ。
普段は里香の尻に敷かれっぱなしの僕としては、こういうことがあっても良いと素直に思った。
どうやら、下駄箱の周りを見るに付け、おそらく里香は外出しておらず2階にいるようだし、ましてや本物
の物盗りが入った形跡なんてない。
つまり今の里香は、僕が帰った後に玄関の鍵を閉めずに、インターホンの調子が悪いことも忘れていて、
自室に籠もって読書にでも夢中になっていて、僕が忘れ物を取りに帰ってくることなど想定の範囲外のはず
だ。
だからこそ、僕がそこそこ大きい声を出しても下へ降りてこないのだ。
……となれば、ここは一つ、不用心な里香への警告も兼ねて、僕が里香のいるであろう2階にこっそり上が
って、彼女をおどかしてやろうじゃないか。
部屋の戸や壁を叩いてみたりして、薄気味の悪い心霊現象を演出してみるのも良いかもしれない。
僕はそんなアホなことを考えながら、余計な音を立てないように靴を脱ぎ、
階段を鳴らさないように慎重に抜き足差し足で里香の部屋の前へと向かったのだった。

……僕は2階に上がり、慎重に里香の部屋の前までやってきた。
僕の家のものと大して変わらない古さの、この木製の引き戸の向こうに、里香の部屋があるのかと思うとと
てもドキドキする。
しかし、部屋の前でドキドキしていたところで、忘れ物の携帯は回収出来ないし、里香を驚かすことは出来
ない。
(よし、まずはわざと音を立てて……)
意を決した僕が立て膝の体勢をとって、右手で軽く壁を叩こうとした時。
その時のことだった。
僕の耳が、何か違和感を覚えた。
(ん、いったい何なんだ?)
僕は右手に動きを中断し、心静かに耳を澄ます。
すると、何やら里香の部屋の中から、微かながら声というか、何者かの息遣いが聞こえてくるのだ。
『ぁん……ぅ……』
これはもしかして、と思った僕は、落ち着いて引き戸に身体を近付けて、部屋の中の音に耳を澄ませる。
すると、甘い喘ぎ声が少し荒い息遣いと共に、紛れもなく里香の声で流れてきているではないか。
『ふ……んっ……あん……!』
やっぱりか!
まさかとは思ったが、今部屋の中から微かに聞こえてくるこの悩ましい声は、
(里香がっ……! 里香がオナニーしてるのか!?)
どうやら、そういうことらしい。
『ふぅ……ひゃっ、やん……! んぅ……っ』
流れてきた里香の喘ぎ声を再度聞いてみたが、やはりそのようにしか聞こえない。
(おい……!そんな、マジかよ)
一度その事に気付いてしまった僕は、一気に顔が真っ赤になってしまって、
けれども耳はダンボの耳になって、里香の喘ぎ声をより鮮明に捉えていた。
『っく……ぅっ! はぁ……はぁっ……』
規則的な様で不規則に、自分で自分を慰めている里香の喘ぎ声が聞こえてくる。
(うぅん、エッチの時に出す声に似てるけど、なんか違うなぁ……)
そんなことを考えていると、青春真っ盛りの僕の愚息が元気になってきてしまう。
だから僕は、もう少し股間が楽な体勢であるあぐらをかいて、戸と真正面から向かい合う体勢になる。
そこで身体を少し傾けて、耳を戸に近付けて里香の声を聞くのだ。
『あんっ……ぁああ!』
(うわ……! 里香がっ、この戸の向こうでオナニーしてる……!!!)
里香の家の廊下という場でなければ、僕だって今すぐにでも愚息を外に出して、思い切りオナニーをしたか
った。
あるいは今すぐこの戸を開けて里香に襲いかかりたかったが、
流石にそれは御法度だと思い、頭の中からその選択肢を消した。

……思い返せば関係の進展とは早いもので、今の僕と里香は、既に何度も身体を重ねていて、今やほとんど
公私ともに認めるカップルだった。
しかし、今はまだ二人とも所詮学生の身であり、同棲や結婚や、もちろん子供を作るという意味での性行為
など出来るわけがない。
もちろん、避妊を前提にしたエッチだって、限られた時間と場所で、しかも里香の体調が許す限りの回数で
しか出来ない。
だから、僕と里香は健全な関係といえばそれは確かにそうだが、同時に欲求不満気味になりやすいとも言え
るのだ。

(まぁ、俺は適当に一人で処理してるけど、まさか里香もとはなぁ……)

……それに、なんだか最近忘れていたような気もするが、元々里香という女の子は、
同年代の女の子に比べて、性関連のことについては相当に潔癖症気味だった。
それは、同年代の同級生と普通の学校生活を送れなかったことに起因するのか、
あるいは、病院でいつも読んでいた本が原因なのか、
はたまた里香自身の性格や、里香のお母さんの教育によるものなのかは、僕にはわからない。
しかし一つだけ言えるのは、現在の里香は人並みか、あるいはそれ以上の性知識を持っているということだ

となれば、相思相愛の彼氏持ちという共通点があるみゆきと猥談くらいはするだろうし、
僕と実際に何度も結ばれたことによって、そういう行為の『良さ』も覚えてしまったはずだ。だが……。
(だけど、里香の方から誘ってきたことはないんだよなぁ。もしかして、だから欲求不満に……?)

忘れてはいけないのは、里香は本当に恥じらいや名誉を大切にする女の子だということだ。
里香がもし僕としたくなったとしても、
彼女自身から僕を誘うなんてことは、なかなかできなかったハズだ。
それに、身体のこともあるから、慎まなくてはという切ない思いもあったかもしれない。
だからこそ、僕が帰ったすぐ後から、母親が帰ってくるまでの間の時間を見計らうということをしてまで、
自分を自分で慰めなくてはならなかったのだろう。

……そのように考えを巡らせた僕は、自分が里香と関わることで、
里香という僕が大好きな女の子が、大きく変わったことに改めて気付かされた。
そして僕の心の中で、里香への言いようのない想いが更に大きくなっていく。
(やばい、なんか我慢できなくなってきた……)
僕はきつくなってきた股ぐらを誤魔化す為に、腰をモゾモゾと動かしたりしていたが、
やはりここまで来たら、拝めるものは拝んでおきたいというのが男心だった。
(……えーい、こうなったら、終わるまできっちり見届けてやる!)
というわけで、僕はこれから、里香の部屋の戸をそっと開けて、里香のオナニーを覗くことにした。

(いやー、まさかこんなことになるとは……)
引き戸の取っ手に手をかけながら、僕は思わず生唾を飲んだ。
残念なことに、僕は女の子の身体のことはよく知らないが、流石に1時間とか2時間はかかることはないだ
ろうと見当を付けた。
また、里香は僕が帰ったすぐ後から、母親が帰ってくるまでの間の時間を見計らっているなら、
彼女はある程度余裕を持ってオナニーを終わらせるハズだ。
だから、その後僕が里香の家を、里香に気付かれずにこっそり脱出するチャンスもあるハズだ。
(……もう携帯とか、どうでもいいや。そもそもよく考えたら、里香が気付いて明日持ってきてくれる可能
性も高いんだし)
とにかく今の僕の頭には、里香の行為を覗いて、直接目に焼き付けて、今晩の特上のオカズにしたいという
ことしかなかった。
――音を立てないように、しかし確実に隙間が開くように、僕は引き戸に力を込めて静かに引いた。

すると、里香の部屋の蛍光灯の光が、小さく開いた隙間から微かに漏れて、僕のいる薄暗くなっていた廊下
に差し込んできた。
その眩しさに目が少し眩んだが、もっと目が眩んでしまう光景が、里香の部屋の中には広がっていた。
僕が胸の高鳴りを押さえながら部屋の中を垣間見ると、里香はベッドの上でオナニーの真っ最中だった。
「ふっ……あっ、っ、んっ……!」
高校の制服を着たままの里香は切なげに目を閉じながら、ベッドの中心辺りで、
人の赤ちゃんがお腹に入ってる状態や、猫が昼寝をするような感じの体勢で丸くなっていた。
そして、彼女の右手はパンツを穿いたままのスカートに潜り込み、一心不乱に秘部をくちゅくちゅと弄くり
回している。
左手の方はというと、はだけたセーラー服とブラからはみ出ている、痛そうなくらいに勃起した乳首を、抓
ったりコリコリして愛撫している。
まるで、里香の右手と左手に意思があって、里香自身がそれに抵抗できずに犯されているかのようでもあっ
た。
この目で、艶めかしいというにはあまりに淫らな光景を見た僕は、余計に興奮せざるをえなかった。
「くうっ……うんっ……うぅっ……!」
また里香は時折、何かの温もりを求めるかのように、頬や鼻先をベッドに擦り付けていた。
里香の整った顔が、ある種の動物的な本能に歪むのをこっそり見るのは、何とも言えない背徳感を覚えた。
ズボンとパンツの中に押し込められている愚息が、先走りの涎れを垂らすのも無理は無かった。
僕は文字通り夢中になって、里香の一人遊びを覗き続けた。
「っぁああ! ……くっ、ふぅん……んんっ……!!」
さて、何度も同じような動きを繰り返していた里香だったが、それに変化が生まれてきた。
(なんか、大きな声上げる間隔が短くなってきたような……)
恐らく、里香に一回目の絶頂が近づいてきているのだろう。
「ふあっ、あん……っ! はあっ、っ、はぁんっ!! あんぅっ……!」
里香はいよいよ声を押さえられなくなり、もはや乱暴なくらい愛撫をしながら昇ってゆく。
そして、その時が来た。
彼女は身体を快感にブルブルと震わせながら、可愛らしい断末魔の声を上げた。
しかし、その時不意に里香の口から不意に出た言葉は、僕もあまり予想できなかった。

「はぁ……ゆういち、ゆういちぃ……!! ゆういち…‥!‥…ぃっ……!!」

(えっ……俺の、名前だ)
里香が僕のことを考えながら……いわば僕をオカズにしていること自体は予想が付いていたけれど、
まさか達するときに、独り言で呼ばれてしまうとは……正直かなりびっくりして、身体をビクンと揺らして
しまった。
しかも、急に驚いたせいで僕は体勢を崩し、あぐらをかいていた右膝を、思わず誤って戸にぶつけてしまっ
たのは問題だった。
ゴン、というやや乾いた音が、ハッキリと響いた。その音は里香の耳にも届いたに違いない。
(ああっ、やっちゃったよ俺!)
慌てて体勢を整えた僕だったが、もう遅かった―――。



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