秋庭里香のさそいかた


祝日で出来た三連休の、一日目の昼下がり。
そこそこ活気のある雑踏の中を、僕と里香は手を繋ぎながら歩いていた。
俗にいう、デートの真っ最中である。
「今日はなんか、ホントに楽しいっていうか、上手くいってるよな?」
僕がそう言うと、隣にいる里香が応じる。彼女は今日の為に念入りに服を選んできたらしく、その可愛さはいつも以上だ。
「うん。なんだか、あっという間に感じちゃうね」
「あぁ、楽しい時間ほど早く感じるっていうけど」
「そしたら、裕一はあたしと一緒にいると、凄く時間が経つのが早いんじゃない?」
里香は、『そうでしょ?』と言わんばかりの表情で、僕にそんなことを言う。
「ひ、否定はしない……」
不意打ちで少し赤面した僕であったが、平静を装って切り返す。
「ふふ、裕一も、流石にあたしの扱いに慣れてきたんだね」
そう僕をからかって微笑む里香を見て、今日は思い切って外出してきて良かったと、僕はつくづく感じた。

……僕と里香は、珍しく少しだけ遠出をして、普段自分達が暮らしている町よりも、だいぶ都会くさい街に来ていた。
周辺に住んでいる若者達の欲求を多少なりとも満たしてくれる娯楽のある街で、僕と里香は遊んでいたのだった。
里香の心臓の調子も、そのくらいの遠出はなんともないくらいに絶好調だったし、里香のお母さんの了解も取れたので、憂いは無かった。
前日までに立てておいた予定通り、朝早めに家を出て、駅で里香と待ち合わせて、
本数の少ない電車に揺られ、午前十時前後には目的地に着いた。
そして、流行りの映画を見たり、食事をしたり、大きな本屋に寄ったり(これは里香の要望だった)して、
休日をなかなか良い感じに楽しんでいたのだった。
……そんな風に今日一日を軽く振り返ると、里香に振られた先ほどの恥ずかしい話題を流す為にも、腕時計を見たくなる。
「あ、今何時だろ?」
僕は里香と繋いでいた手をそっと解き、その手首にはめられた腕時計を読む。
少し傾いた角度から入り込む陽光を照り返す、腕時計の文字盤を読んでみると、どうも今は中途半端な時間に感じた。
(なんか、ちょっと時間が余っちゃったな……一人だったら、いっそ漫喫にでも行くんだけどな)
余裕を持って帰るにはちょうど良いかも知れないけれど、遊びたい盛りの年頃としては早すぎる、そんな時間だった。
そこで僕は、里香に聞いてみることにした。
「里香、どうする? 時間がちょっと余ってるんだけど、他に何処か行きたいところあるか?
それとも、疲れてるならもう帰っちゃおうか?」
僕がそう問いかけると、里香は右手の色白の人差し指を口に当てるようにして、少し考えているようだ。
すると、何か思いついたらしく、僕の方に向き合ってこう言った。
「じゃあ、あたしは、間を取って休憩したいな。そんなには疲れてないけど、結構歩いたしね」
なるほど、公園のようなところで二人でベンチに腰掛けて休憩……というのは、デートのシメにおける定番(?)だろう。
「オッケー。見つかるまで、歩きながら探そうか」
「なるべく、座ったりして落ち着けるところがいいな」
「うん」
そうして、僕と里香は、どこか休憩出来るところを歩きながらしばらく探した。
しかし、大きな街で少し駅前を離れてしまうと、公園なんてなかなかあるものではない。
かといって、喫茶店やファーストフード店で休憩しようと思っても、
人が多いところでは里香と二人で落ち着けないし、なんだか妥協点のようで気が向かなかった。
対して、里香は僕の前に立って、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていく。その様子は、里香がいつもより少し幼く見えて可愛かった。

そんな風に二人で歩きつつ、何個目かの街角を曲がると……。
(う、この看板に、この雰囲気は……)
そこには、僕と里香が入るには、ちょっと早いんじゃないですか?という風な建物があった。
その建物は、黒地に丸っこいピンク色の文字で、『HOTEL ××××』と書かれた看板を高く立たせ、
ホテルと名乗るにしては、観光と全く関係無い立地で建っていた。
外観は、僕の住んでいる町ではまずお目にかかれないような、中途半端に垢抜けた感じがして、
看板とは対照的に、ネズミ色の落ち着いた壁の色をしていた。
更に目を凝らして見ると、建物の駐車場の入り口付近には、部屋の空き状況を示すであろう、「満」と「空」とを表示出来る電光掲示板があった。
ちなみに、今は、「空」の方が点灯している。
また、建物の入り口には、客が入るところを他人に見られるのを防ぐためか、壁や植木を組み合わせて作った、いわば「目隠し」のようなものがある

しかも、辺りを見回してみると、そんな風な特殊な建物が、何件も軒を連ねているではないか!
おまけに、一番初めに目に付いた建物よりも、もっと派手でカラフルな建物だってある。
……そう、どうやら、僕と里香は、いわゆる「ラブホテル」が林立している地帯に足を踏み入れてしまったらしい。
僕は急に汗ばんで来た手で、里香の手を握り直しながら、彼女に向かってこの場を去るように促す。
「あー〜〜……、この辺りじゃ、どうも休憩出来そうにないな。やっぱり、駅前で公園とか探した方が……」
ラブホテルなんて言ったら、思春期男子にはとっては興味の尽きない対象だが、今はそれどころではない。
何せ、今は里香が一緒にいるのだ。
もう何度も里香とは身体を重ねてはいるけれど、流石に、いきなり何の準備も無しに、どうこうする気は無い。
この、ラブホテル密集地帯を二人で見てしまったら、何か気まずく、気恥ずかしい雰囲気になるのは確実だ。
それこそ、『おっ、ちょうどいいや! ここで休憩していこうぜ』なんてことは、冗談でもとても言えないのが、僕の里香に対する在り方だし、
それを上手く冗談で切り返せるかどうかが微妙なのが、里香の僕に対する在り方なのである。
もっと前なら『もう! 裕一のスケベ、バカ!』で済んだのだけれど、それで済む一線はとうに超えてしまっているのだ。
だから、僕としては今回はとりあえず、このラブホテル密集地帯を見なかったことにしたかったのだが……。
「……いい」
僕の提案を否定する声音を持った里香の言葉に、僕は思わず聞き返す。
「え?」
「だ、だから、あたしは……そこのホテルで、休憩したいの」
その言葉を里香の口から聞いた時、僕の心臓が興奮と驚きで、ドクンと大きく高鳴ったような気がした。
「えっと……りか。それはどういうことで……?」
「裕一だって……本当は行きたいんでしょ?」
質問を質問で返された僕だったが、里香が恥ずかしそうに顔を伏せたので、それ以上言い返すのはやめた。
漆黒を湛えた瞳だけでなく、里香の今の様子を見ていれば、男として僕が取るべき行動は理解できた。
予想外の展開で、日常から非日常に徐々に入り込んでいく感覚に、身体がジーンと熱く痺れてくるのを感じた。
幸い、今日はまだ時間的にも金銭的にも余裕がある。もう、躊躇うことは何もないように思えた。
そして僕は、軒を連ねるラブホテルへと視線を移し、少し思案した挙げ句、結局、一番最初に見つけたモノを指さして、里香に問いかけた。
「じゃ、あそこでいいかな?」
ホテルの良し悪しなんて、入ったことが無いし、下調べもしていないのだからわからないし、どうせどのホテルもそう大差はないだろう。
正直、里香と一緒なら、どこに入ったっていいのだ。
それは里香も同じ気持ちらしく、小さい声で、しかし、しっかりと返事をしてくれた。
「……うん」
僕と里香はお互いの手を取り合って、ラブホテルの入り口へと歩いていくのであった……。
……恥ずかしいやら嬉しいやらで入ったラブホテルのロビーでまず目についたのは、部屋の番号と写真がずらりと並んだパネルだった。
そのパネルは、明るくなっているものもあれば、暗くなっているものもある。
写真パネルがずらりと並んだ壁の隣には、部屋の案内をする為のマップが設置されていた。
各部屋の部分には、小さな電球がついていて、点灯出来るようになっていた。

さて、僕と里香は、パネルの前に立って、これはどういうことなのかと少し考えていた。
「これ、空いてる部屋が明るくなってるんだよね」
僕が里香に聞くと、彼女も興味津々といった感じで応じる。
「うん、そうだと思う……」
里香は、初めて見るものに対しては、純粋に好奇心が強いのだ。
さてどうやら、空いている部屋の写真パネルは点灯して明るくなっていて、選択可能ということらしい。
よく見ると、部屋の写真の下、部屋番号の隣には、『休憩 3時間 4,500円』か『宿泊 8時間 7,500円』かを選べるボタンがあり、
そのどちらかを押してチェックインするという仕組みらしい。料金の方は、流石にアダルト向けという感じがした。
(小遣い貯めておいて良かったなぁ……)
なお、今は時間が早かったせいか、『宿泊』の部分が暗くなっている部屋もあったりした。
「このパネルで部屋を選んで、中に入れってことなんだろうな」
僕の言葉に、里香はコクコクと頷く。
となると、いつ料金を払うのか気になったが、フロントに人は常駐していないようなので、どうやら部屋の中で料金を払う仕組みがあるらしい。
……そんな感じで、ラブホテルの仕組みがだいたいわかった僕と里香は、いよいよ「休憩」する部屋を選ぶことにした。
「ええっと、里香はどの部屋がいい?」
聞いてみると、里香は意外にも即決した。
「じゃ、あたしはせっかくだからこの番号の部屋がいいな」
そう言って彼女は、少し背伸びをして、写真パネルの部屋のボタンを押した。
その部屋の番号を見て、僕は、『あぁ、なるほど』と思った。
里香が押したその部屋は、里香が入院していた病室の番号と同じ、『225号室』だったからだ。
……なんだか、思わず色々な感慨が湧いてきてしまったが、とりあえずは部屋に向かうことにした。
225号室の写真パネルを見ると、それは既に暗くなっていて、代わりに、部屋への行ってくださいというようなメッセージが表示されていた。
改めてマップを見ると、225号室の部分にある電球が点灯している。目的地はわかった。どうやら二階にあるらしい。
「よし、里香。行こっか」
僕は急激に起こってきた胸の高鳴りを押さえつつ、里香の手を引いて歩き出す。
「うん」
里香は顔を赤らめながら、僕の後に続いて部屋へと向かった……。
「休憩」することになった部屋、『225号室』に、僕と里香はすんなりと到着した。
部屋の番号を確かめて、僕が恐る恐るドアを開け、その後に里香が続く。
「へぇ……」
「こういう風になってるんだね」
その部屋は、ラブホテルという割にはそんなにいやらしい感じがするわけではなく、
結構落ち着けそうだな、という印象を与えてくれるものだった。
証明は優しい光で明るく、二人用のベッドも清潔そうだ。備え付けのテレビに冷蔵庫だってある。
ただ、窓が完全に閉め切られていたり、ベッドの枕元のモノを置くスペースには何やら小袋があったり、
シャワールームがガラス張りな上スケベイス完備だったり、
部屋の入り口には自動精算機、隅には自動販売機らしきものが置かれていたりするのが、
まぁ、ラブホテルらしいと言えるだろう。
ガチャッ。
何か音がしたので振り返ると、里香が後ろ手で部屋のドアを閉めたようだ。
「あれ、もしかして、もうロックかかってる?」
僕がそう聞くと、里香はドアノブを試しに回してみて、案の定開かないことを確かめた。
「部屋を出るには、料金を払うしかないのね」
「やっぱりそうなってたんだな。まぁ、別にいいや。
 とりあえずさ、荷物置いて少しゆっくりしよう」
「うん、そうだね」
僕と里香はキョロキョロしながら、室内では不要になる上着や、手荷物を置ける場所を探す。
すると、部屋の窓際には、二つのイスと対になった丸いテーブルが置いてあるのを見つけた。
ホテルの部屋には何故かよくある家具だということは、なんとなく僕も知っていた。
さしあたり、そのテーブルやイスに荷物を置くことにし、僕は里香から荷物を預かろうとする。
「里香、上着とか荷物はそこの机とかイスに俺が置いておくから、ちょっと貸して」
部屋の様子をあちこち見ていた里香は、僕に近づいてきて上着とバッグを渡す。
ちなみにそのバッグは、里香が退院した時のお祝いに買ってもらったものらしく、とても大事にしている。
里香はバッグを僕に渡すと、また部屋の中を歩き始めた。次はシャワールームの方に行きたいらしい。
もしかして、里香がシャワーを浴びたいのかと思った僕は、男として一応言っておくことがあった。
「あ、シャワー浴びるんなら先で構わないよ」
すると、里香はこっちを向いて首を横に振って、言葉を続けた。
「ううん、いいの。ちょっと珍しくて、見てるだけだから。
 ほらあたし、ホテルとか旅館みたいなところに泊まったことなんて、ほとんどないから、凄く新鮮に感じるの」
彼女はそう言うと、再び僕に背を向けて、今度は冷蔵庫の中を改めている。
その姿は、彼女はそもそも、これから僕と身体を重ねる為にこの部屋に来たのだ、という事実を忘れさせるくらいに、無邪気に見えた。
僕の口の中では、声にならない声が、思わず外に零れそうになっていた。
あっ……っという感じである。
……里香は長い間入院していて、その分、『普通の人』が積んでいるような経験が抜け落ちているのだ。
だから、たとえラブホテルの部屋に来たとしても、色々なものが物珍しく見えるのだ。
もちろん、この部屋がラブホテルの部屋にしてはマトモな部類らしいことも影響してはいるけれど、
やはり里香にとって、『病院や家以外の場所に泊まること』というのは珍しいのだ。
僕は、今まで里香と一緒にいて、そんなことも考えつかなかったのだろうか。
いや……むしろ逆で、最近の里香は随分と日常生活で接する物事に慣れてきていて、
物珍しい物事に接することがなくなってきていたのだろう。
……そのように一通り考えを巡らすと、なんだか僕はもう、いてもたってもいられなくなってきた。
それに呼応して、僕の心身の奥で疼いた熱が、この部屋に来た本来の目的を思い出させる。
冷蔵庫の中を調べ終わり、冷蔵庫を閉めたばかりの里香は、僕に無防備な背中を晒していた。
その滑らかな肩のライン、うなじが、僕を誘っているように感じた。
僕は、後ろから里香をギュッと抱きしめた。おめかししてきた里香の服の裾に、シワを付けないように。
「キャッ……きゅ、急に何するのよ!」
里香は実に女の子らしい反応で僕に言い返すが、大きな抵抗は見せなかった。
僕は、里香の肩と髪の毛の辺りに頭を置くようにしながら、里香に言った。
「いつかさ……こんなとこじゃなくて、もっとちゃんとしたところに連れて行ってやるからな」
僕の言動の真剣さと籠もった熱を感じたのか、里香は恥ずかしそうな声で応じてきた。
「うん……あんまり、遠いところじゃなくてもいいよ。前に話してくれた……裕一のおじさんの家だっけ? あたし、行ってみたい」
「絶対に行けるさ。でも、今はその前に……」
僕は思いきって里香の肩や足の方に腕を回して、腰に力を入れて、彼女を『お姫様だっこ』してグッと持ち上げる。
僕と里香との体格差や体重差では、上手く持ち上げることが出来た。
「ゆ、ゆういち……」
里香は持ち上げられたまま、流石にドギマギしながら顔を赤らめていた。
僕はというと、とても可愛い里香の反応を楽しみつつ、ベッドへ向かって歩いた。
次に、里香にベッドの上に移るよう促す。
「……」
里香は、どうやら察してくれたようで、ベッドの上で目を瞑って仰向けになった。
そして、僕もいよいよ里香に覆い被さろうとしたその時……
「あっ、ちょ、ちょっと待って!」
「えっ」
鈴を鳴らすような里香の声が、僕を制止させる。
僕が何事かと思っていると、彼女は慌てて上体を起こして、着ている服を脱ぎ出す。
一枚目を脱いだ里香は、上半身ブラジャーだけという扇情的な姿になってこう言う。
「ほらあの、服着たままでシワになっちゃったり、何か付いたりしたら嫌だから……ごめんね」
里香の言う「ごめんね」とは、場のムードを乱してしまったことへの謝罪だろう。
「あっ、別に俺は全然構わないって! むしろ、俺も脱いどいた方がいいな。気づかせてくれてありがと」
「うん……」
僕はベッドから降りて床に立つと、そそくさと上着から脱ぎにかかる。
どうせ、これからすることを考えると、服なんて着ているだけ邪魔なのだ。
いっそのこと、と思って、僕は全部服を脱いでしまうことにした。
もちろん、目の前では里香が服を脱いでいるのだが、その光景がまた色々とたまらなかった。
そして、里香から見たら、おそらく僕のペニスが勃起しているのが嫌というほど丸見えだっただろう。
「……」
「……」
二人で向き合いながら、黙々と服を脱いでいく様は、なんというかシュールであったが、
それは僕と里香にとっては、お互いの身体をチラチラと視姦しあって良い前戯になった。
結局、僕は文字通りの全裸に、里香はブラジャーとショーツだけ付けているという状態になる。
つまり、準備は整った。
緊張と興奮とで、少し乾きを感じてきた喉から、僕は声を出した。
「里香……」
そう言って、おもむろにベッドを軋ませながら上に上がり、里香の了解を求めた。



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