「あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい」
里香が上機嫌に歌っている。
「あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい」
舌足らずな幼い声が唱和する。
僕はそれに混ざるべきか、真剣に悩んでいた。

里香と僕は真ん中に娘を挟んで手をつないで、おかげ横丁を歩いていた。


「ねぇ、赤福ぜんざいを食べに行こう!!」
里香が突然言い出した。
「赤福ぜんざいを食べに行こう!!」
娘が声を合わせる。
どうすべきか悩んでいた戎崎家の休日の行き先は、こうやって決まったんだ。

今から思うとあの頃の僕たちは、生きることに焦りすぎていたんだと思う。
僕は高校を卒業すると市役所に就職し、里香の高校卒業を待って結婚した。
婚姻届はもちろんあれを使ったさ。
言い出したのが山西というのは気に入らないが、なにせ司とみゆきの心づくしだ。
いつの間にか全てが記入されていた婚姻届を、二人で仲良く役所へ提出したんだ。
結婚式はごくささやかなものだった。
わざわざ高校の演劇部にお願いして、文化祭の劇で使ったドレスを借りて写真を撮った。
それならば文化祭の記念撮影でいいだろうって?
さすがに一生の記念だからね。新婦に殴られて頬が赤いままでは僕の立場がなさ過ぎる。
その後はお互いの母親と山西や司、みゆきたちと食事をして、披露宴の代わりにした。
観客からは無責任な「誓いのキス」がコールされたけど、今度こそ里香は幸せ一杯な顔をして
とろけるようなキスをしてくれたんだ。

ほどなくして娘が生まれた。
医者からは「産むつもりなら早いほうがいい」と言われていたし、若葉病院で出産したので
亜希子さんも喜んでくれた。
娘を抱える里香とそれを見守る僕。さらには僕を後ろからはたく亜希子さんという
微妙な写真は今でも大事にとってある。
幸いなことに娘の心臓は僕に似てくれたらしく、異状もなく健康に脈打っている。
その代わりに見た目と性格は里香に良く似て、時々は年の離れた姉妹に間違われるくらいだった。

今でも夏目の言葉を夢に見る。
「十年はもたねえ。五年から十年ってのがオレの見立てだ。それ以上はない」
「だから、わからないってことを、わかっておけ。それくらいしかできることはねえ」
この台詞を言う夏目は何故か、いつも泣き出しそうな顔をしている。
この夢を見ると僕は飛び起きて、隣で寝ている里香の安らかな寝息を聞いてもう一度眠るのだった。


里香と二人で初めての花見をしてから、何年が過ぎただろうか。
今はこうやって娘と三人で、思い出の伊勢参りをしている。
一足先に赤福ぜんざいを食べ終わった娘が五十鈴川のほとりへ駆け出していくと、花畑で花を摘み始めた。
気がつくと見知らぬ女性が一緒に花を摘んでいる。
いつの間にか娘は、一緒になった女性と花冠を編み始めた。
少し遅れて赤福ぜんざいを食べ終わった里香は、娘の方に駆け寄ろうとする。
「お〜い、走るなよ〜」
里香の心臓は完治したわけではない。無理をしないに越したことはないので、声をかける。
里香は一瞬不機嫌に顔をしかめたものの、走るのをやめて娘に歩み寄る。
里香と娘、見知らぬ女性が膝を突き合わせて花冠を編んでいる。

「はい、お父さんも花冠を作って」
里香が言う。相変わらず里香には弱い僕は、おとなしく花冠を編むことにする。
「あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい」
里香が上機嫌に歌っている。
「あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい」
舌足らずな幼い声が唱和する。

里香と一緒に花冠を編んでいた女性は、一緒に来ていた男性に花冠をかぶせていた。
少しだけ同情していたけれど、二人で仲良く弁当を食べているところを見たらそんな気も失せてしまった。

なんとか編みあがった花冠を里香の頭の上に乗せる。
幾つになっても里香は綺麗だった。
里香は嬉しそうに笑っている。


「それじゃもうそろそろ帰ろうか」
「うん、帰ろう」
「帰ろう」
里香と娘が答える。
娘の右手を僕が握り、娘の左手を里香が握る。

三人で仲良く歩いていくと、娘が突然振り返った。
「お姉さん、さよなら〜!」
一緒に花冠を作った人に手を振っている。
川沿いの土手に腰掛けた二人が夕焼け色に染まる。
彼氏らしき男性の頭に乗っていた花冠は、いつの間にか女性の頭に移動していた。

さあ、我が家へ帰ろう。
僕と里香と娘と、三人の家へ。
また1日が終わり、新しい1日が始まる。


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