レースカーテンを透かして流れ込む朝日が、寝室を白い光で満たしている。
僕の傍らでシーツにくるまるように眠る里香の頬を、陽光が白く浮かび上がらせている。
ふと堪えきれずつついてみる。ビーズクッションなんか目じゃないってくらい柔らかくへこむ。
もうすぐ起きて朝食を作ってもらわないと僕が仕事に間に合わなくなる。
隣室の小児用ベッドに寝かせてある娘も起きる頃だろう。
(普段は勿論川の字だ。なんで今日だけそうじゃないかなんてヤボは聞かないで欲しい)
でも、今朝は何だかこの感触が惜しくて。感傷的、みたいな変な気分もないまぜになって、
僕はそのまま里香の頬から横顔全体を撫で続けていた。

くそ。
夕べ里香が寝しなにあんなこと言うからいけないんだ。惜しくて惜しくて仕方がない。
柔らかい頬。実はそこに存在してくれているのが奇跡であるそれが、無性に愛おしくて、ずっとこのままこうしていたかった。

昨晩の、その、一戦は、自分で言うのも何だけど上手くいった。
試合展開も、最後のゴールまで、理想的に運ぶことができた。
里香も嬉しかったらしく、何回やっても気まずい後始末をしている時から眠気に襲われるまでの間、お互いに高揚した雰囲気で過ごしていた。
それで、僕がもういい加減眠気で意識が途切れそうになった瞬間、やはり眠りに落ちる間際の里香が言ったのだ。
恐らく半分寝言の領域で、言った本人もどこまで覚えているかどうか。
里香はこう言ったのだ。
「あと何回…こうしていられるんだろう…」って。

運命の時がまた一歩近寄ってきているのを、自分なりに感じているとでもいうのだろうか。
こいつが僕の前で失言をしたのはこれで2回目だ。
1回目は結婚初夜、晴れて正式に家族として同じ布団で眠った時、やはり半分眠りながらのこと。
恐らく結婚という重大イベントを無事終えて心の警戒が緩んでいたのだろう。
「ある朝いきなり…二度と起きなくなってても…驚かないでね」と。
寝ぼけながらそういう事を言うというのは、普段は隠していても、どこかでそういう不安と向き合っているということなのだろう。
起こさないように、苦労してベッドから抜け出してトイレに逃げ込み、僕はワンワン泣いたのだ。覚悟はしていたはずなのに。

ぷにぷに。なでなで。
ああくそ、かわいいなぁ。出会った時から何年経っても、娘がいる身だってのに、かわいいままだ。
お願いだから、明日もまた。明日になったら、そのまた明日。
お前の運命と心臓が許してくれる限り、僕と、勿論娘のために、ここにいてくれて欲しい。

なんてやってたら、里香がむずがりだして、やがてゆっくりと目を覚ました。
ところが。しばらくぼおっとした顔で、やがて瞼をパチパチさせて、自分を撫で回している僕と目を合わせると、こう口を開いたのだ。
どうやらこっちの気持ちなんか知ったこっちゃないらしい。
「…何朝っぱらから、人のことペタペタと。気色悪い」

ちなみに僕の基準では、今のこれは失言にも、勿論暴言にもカウントしない。
していたら、今頃カウントが万を超えてしまっていることだろう。


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