今日は満月――半分の月まで、あと一週間とちょっと。


「里香ー、ちょっと待てって」
 珍しく里香が僕の病室にやって来た。そのこと自体はめちゃくちゃ嬉しかったんだ。だけど。
「さっさと来なさいよ。裕一は本当にグズなんだから」
「今日は寒いって。体に悪いし、風邪引いたらどうすんだよ」
 いきなりやって来た里香は、いつものように有無を言わさずに僕に着いてくるよう命令してきた。どうやら屋上へ行く気満々のようだ。
でも今日は例年稀に見る寒さらしく、じゃじゃ馬の亜希子さんだって大人しくしているほどだ。
だから当然このまま外に出るなんてことは考えたくないわけで、僕は何としても屋上になど行きたくなかった。
「大丈夫。ちょっと見たいものがあるだけだから」
「大丈夫じゃない。それより一体、そこまでして屋上に行きたい訳って何だよ?」
 僕にはそれも気になっていた。今日屋上に行ったって、見えるのはまん丸お月様くらいなものだ。
アレが夜空にのぼる日ならともかく、今日外に出る意味なんて全く見つけられなかった。
「いいから早く来い!」
 そう言うと、里香は一人で病院の階段を登っていった。後ろなどピクリとも振り返らない。
まるで僕がついていくは、さも当たり前のような態度に内心イラつく。本気で放っておこうなどとも考える。
 けれど、そんな思考を無視して足は勝手に動き出す。いつでも体は正直で、こんな時でも気づけば里香についていってしまう。
「待てよ、里香ー」
 自分でも情けないと思いつつ結局はこうなる。
 でもこれは、出会った時から決まっていたことなんだ。僕が里香を一目見たその瞬間から、このことは宿命付けられていた。
その宿命は、あの日二人で同じ月を見たときには、もう変えられないものになっていた。もう変えたくないものにもなっていた。
 半分に割れて光る、不完全な月。もう半分を亡くしてしまった、悲しい月。
 僕たちの運命を変えてくれたその輝きは、とても眩しくて綺麗だった。
 僕は、月光を背に里香が初めて口にした覚悟を忘れない。その美しさを忘れない。
「今日はとても空気が澄んでるんだって」
 渋々屋上の扉の前までやって来た僕に、いつの間にか並んでいた里香はそう告げた。
「見て、裕一」
 言いつつ、里香はそのか細い腕で、なんなく鉄扉を押し開ける。
 きらきらと輝く満天の星空。そんな周りの輝きを歯牙にも掛けず、強い自己主張をし続けるお月様一つ。
これより綺麗な夜景を、僕は一つしか知らない。それくらいに綺麗な夜空。――でも、
「ほら、綺麗」
 そう言って満面の笑みを浮かべる里香のほうが綺麗だなんて、恥ずかしくって言えっこなかった。


 今日は満月――半分の月まで、あと一週間とちょっと。



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