僕と里香はもうずいぶん長い間何も喋らず、ただ立ち尽くしていた。握り合った手から伝わってくる、里香の体温。
二人で立ち尽くしている内に日は沈んでしまって、辺りはもう暗く、星も出ている。足元には砂浜。目の前に広がっているのは、鳥羽の海だ。……一緒に来ようって約束したの、いつだったっけ。
覚えてないや。ずいぶん昔のことみたいだよな。ほんとにさ。
「裕一」
里香は、一つ一つの音を噛みしめるようにして、ゆっくりと僕の名前を発音した。
だから僕も同じようにして、その名前を呼ぶ。
「なんだ、里香?」
「ここに来ようって約束したのって、裕一がパパの本を拾ってきてくれた直後だったよね?」
「……ああ、そうだったな」
僕達は顔を見合わせ、僅かに微笑み合う。
あの頃はまだ、里香の体のことも、どんなに里香が僕にとって大切かも、何一つわかっちゃいなかった。
楽しかった。隣に里香がいてくれるだけで何もかもが最高だったし、全てがうまくいくと思えた。
でも、もう僕達は、あんな風に明るく――あの頃のようには、笑えない。
それでもよかった。
今もここに、僕の隣に里香がいてくれてるんだぜ。それだけで十分さ。他には、何も要らない。
何も。
「里香」
真顔を作って、彼女の瞳を見つめる。
「そばにいていいか? ずっとずっと、そばにいていいか?」
里香は微笑んだまま、
「……ずっとずっと、ずーっとそばにいてね。裕一」
そして僕は里香を力の限り抱き締めて、初めてのキスをした。
唇と唇が合わさる。
腕の中にある里香の体はあまりに細く、熱く、そして愛しかった。
……ああ。やっぱり僕は、この女の子のことが世界で一番大切なんだ。
里香のためなら、司も山西もみゆきも母さんも夏目も亜希子さんも、全員皆殺しにしてやるさ。世界なんて滅ぼしてやるよ。
それで、彼女が救われるなら。
僕達が、一緒にいられるのなら。
唇を離し、里香を胸に抱きながら言う。
「そろそろ行こう。里香」
そうだ。
もう行かないと、里香の体が持たない。
手術が失敗してしまった、里香の心臓が。
里香が僕の胸の中で頷き、体を離した。
僕達は強く、強く手を握り合い、海に向かって歩き始める。
波が足にかかって、くるぶしが、ひざが、腰が、水に漬かっていく。
空を見上げる。そこに輝く、半分の月。
なぁ。僕は月に向かって呼びかける。
僕達はどこまでも、どこまでも行ける切符を持ってるんだ。
これから僕達は銀河鉄道に乗って、ずっとずっと、ずーっと一緒に旅をする。
カムパネルラやジョバンニみたいに途中下車なんてしない。本当にどこまでも、永遠に一緒にいるんだ。
そうだろ?
そうなんだよな?
――――――――里香。
僕達は。ずっと。永遠に。二人で。一緒に。
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