半分の月はいつもそこにある

 若葉病院の消灯時間である九時を何十か回った頃、
東病棟にある少女の病室を、半月が柔らかい光でガラス窓越しに照らしていた。
その病室の主は秋庭里香。
彼女は、一般的な同年代の少女の顔に比べて、希な白さを持つ愛らしい顔を眠気に少しだけ歪ませて、
スタンドの明かりを消し裕一に借りて来てもらった本をしまうと、明日に備えて早めにベッドに入っていった。
(もうちょっと本読んでからでも良かったかな‥)
いかにも病院に備え付けのものといった感じのベッドと布団に
彼女の細い身体と、着ている質素なパジャマが包まれる。
腰まで伸びる程の長さで、蒼みがかったような長い黒色の男好きしそうな髪もベッドと掛け布団の間に収まっていく。
こういう形容の仕方なら、何ら違和感が無いかも知れないが、
彼女の身体は病魔との闘いを一生続けなければならないものだ。
その痕は身体の様々な所、例えば服の上からは見えない手術痕や、病院暮らしらしい白い肌、
髪を切る余裕が無いからこそ保たれている、彼女の長い髪がそうである。
(今日も裕一、おっかしかったな〜‥)
寝る体勢を整えつつある里香はベッドの中で、その日あった事を一つ一つ思い返していた。
寝付けないせいか、それとも楽しいのか、自然と彼女は身体をもぞもぞっと布団の中で動かす。
(ちょっとからかったらムキになっちゃってさ…)
―普通の、健常な人なら眠くなったら愉しい事を考えながらベッドに入り、
朝起きれば当然の様に太陽を見て、学校なり会社なりに行くという生活を、何も考えずに繰り返す。
何も考えずにだ。
しかし、里香の場合はそうでは無かった。
(確か明日は、また検査があって…)
里香にとっては明日見る町の景色が、太陽が、月が、愛する人の顔が、
この世で最後に見た景色になるかも知れないのだ。
だから彼女はベッドの中で思い返す。裕一の事を。
平等かどうかはわからないけれど、少しでも長くいたい世界で、最も愛おしいその人を――
彼の姿形や言葉を思い出す度に、里香の鼓動が発作を起こさない程度に高まった。
(ゆういち…‥)
 里香はもう今までの人生の長く辛い闘病生活で悟っていた。
―自分の心臓は、激しい運動を控えなければならないのは勿論、
 好きな人と繋がる事や、まして妊娠・出産等は容易では無いのだと―
世間一般で言う、『人並みの幸せ』は、里香の物にはならないだろう。
だからせめて自分の心の中だけでも、現実では出来ない事で裕一を想う。
(裕一だって、どうせ私でヘンな事考えてるんだからお相子だよね)
里香がそう考えてしまうのを安っぽく言って、悲しい運命と言うべきなのか。
それとも?
その切なさを分け合うパートナーがいて、共に生きて行けるから少なくとも不幸では無いのだろうか。
 里香は先ほどまで身体を転がしてくねらせていたが、
彼女は、布団から上半身を出して絹の様に白い腕を、サイズの小さい胸の辺りに回していく。
(私、胸ちっちゃいな‥もっと大きい方が好きなのかな?
 結構スケベだもんね…裕一)
 彼女の腕が彼女自身の胸をパジャマ越しにさする事に、可愛い声が漏れた。
いじましく、初々しさを感じさせる手つきで何度もさすったり揉んだりしている。
「んっ…‥」
健全なもので乳首とかダイレクトな所は責め倦ねて、
里香ははっきりとしないむず痒い感覚を感じる。
「………」
これが裕一の手だったら、どんなに幸せだろう?
里香の脳裏にこんな想いが滲んできたが、それはしょうがない事である。
次に、里香はぎこちないなりに自らパジャマのボタンを外すと、
小振りだが形の良い胸がひんやりとした外気に晒される。
そして両手でその胸をふにふにと揉みしだく。少し乳首が硬くなって来た。
「ふぅ…」
赤くしこりたってきた乳首の内、右乳首を里香はぎゅっと掴んで弾いてみた。
「ひゃっ!」
ピンという感覚が里香の精神に電撃を走らせ、思わず目を瞑ってしまう。
そんな愛撫を繰り返している内に里香は、更に自分の顔や身体が火照り、
それどころか口に出しては言えないような部分まで熱を帯びているのを感じ取っていた。
同時に、自分の心の中で淫らな、現実には難しいであろう光景が浮かんでは消えて行く。
「はぁ…はあ…」
裕一に胸を遊ばれている自分。裕一に耳を責められている自分。裕一に前から貫かれている自分。
どの自分も裕一も、悦びに酔いしれていた。
そして今の自分は身体中に汗をかき、息が荒くて、
(…胸だけじゃ、おさまらないよ…)
里香は自分の昂ぶりを解消する為に、自らの右腕をパジャマのズボンの更に奥、
誰にも触れられた事の無い、口に出しては言えない様な部分に接触させていった。
右手の指が何本かある部分に触れた時、くちゅっと、水音がした。
「っ……」
自分の昂ぶりによって漏れ出た淫らな音に里香は少し躊躇するが、
それでも彼女の右腕は動きを止めず、左腕は胸を弄り続けている。
彼女の秘部は昂ぶりに応じてかなりの量の蜜を垂らして、右腕での自慰を容易にしている。
ショーツが濡れて気持ち悪かったが、やや薄い恥毛が
自分の愛液に濡れて指に触れる感覚は、背徳的な快感だった。
 くちゅ‥くちゅくちゅ…くちゃっ…
何度目かの水音が鳴った時、ふと彼女の視界に半月が入る。
彼女は自分の視界に半月が入った時、涙で視界が歪むのを感じた。
 ――自分が、裕一の人生のお荷物になってしまう事を里香はとっくに悟っていた。
身体的に、経済的に、そして精神的に…第三者から見たら自分は裕一にとって間違いなくお荷物だろう。
とても重い重いお荷物だ。しかも誰かに代わりに運んでもらったり、途中で下ろす事は出来ないし、
かといっていつ下ろす事になるかのかもわからない。
それにだ。
          ―The end―
よく本でも見かける言葉だけれど、自分と裕一との関係の終わりが、
それ以外の何物でも無い、自分の死でしか訪れない事も彼女はとっくに悟っていた。
自分は、最愛の人と自分の死で別れるしか無いのだ。
それでも…
(裕一…ゆういち‥ユウイチ…!)
裕一は、他にどんな犠牲を払ってでも里香と一緒に生きると誓ってくれた。
そして里香も、『いのちをかけて君のものになる』と誓った。
この人生を、自分にとってかけがえのない生きる力、無償の愛を注いでくれる裕一と共に生きようと決意した。
―だから今は、裕一に夜這いなんてかけてもらえなくとも、こうやって我慢しよう。
里香の左手はさっきから右胸と左胸を行ったり来たりして、摘んだり揉んだりを繰り返している。
右手は、今まで自分でも触った事の無いクリトリスの包皮を剥こうとしていた。
少し剥こうとするだけで、全身に電流が流れて、
自分の理性を丸ごと刈り取ってしまいそうな感覚に里香は耐えた。
「ふぁっ‥くぅっ…!」
なんとか包皮を剥き終わった里香は、肉真珠を右手の人差し指と親指で摘みあげると同時に、
残りの指と左手で一気に愛撫を始めた。
今までより一層大きく声と水音が病室に漏れ出し、昂ぶりも絶頂に近づいていく。
 ぐちゃ‥くちゅくちゅっ…くちゃっ…ぐちゅっ!
(も、もう…!)
最後に一回、里香は強く肉真珠を右手の人差し指と親指で摘みあげると同時に
残りの指を秘裂に突っ込んだ。
(裕一っ…!)
その時、里香は身体が弓なりになり、目を思いっきり瞑って絶頂に達する。
「あぅ、ひやぁっ……!」
左手は強く右胸のしこりたった乳首を掴んだままだ。
本当は、この高みを裕一と共に迎えたいのに…
彼女の中の熱が冷めて行くと同時に、
漏れだして来た愛液にショーツもズボンもかなり濡れてしまっている。
…里香は、絶頂の感覚に身体の奥から震えていた。
「はあ…はあ…はぁ…はぁ‥」
息を荒くした里香が目を閉じると、窓の外の半分の月は見えなくなった。
主が服を整えて眠りについてしまった暗い病室を、
さっきとは少し角度を変えた半月が…半分の月が照らしていた。
数ヶ月前、砲台山で二人を祝福してくれた半分の月。
里香と裕一にこれからどんなに辛い事があっても、もしくは楽しいことがあっても、
きっと、半分の月はいつもそこにある。

終わり


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