ここがその。惨劇の根源。
そもそも何故こんな簡単なことに気付かなかったのだろうか。6年前の親族会議。ここが分岐点だったのだ。
1980年の親族会議が終わり島から戦人が離れると彼は約束を忘れてしまう。
母の死。父の裏切り。複雑に縺れた糸が彼を縛って約束から遠ざけてしまう。
なら、そう。
彼をずっと島から帰さなければいい。
「では戦人さん、また後ほど。」
「ああ、またな。仕事頑張れよ!」
ひらひらと手を振って幼い二人が別れる。色とりどりの薔薇が咲き乱れる庭園にはまだ小さな戦人の影だけが残された。
いつまでも噛み締めるように少女が去っていったほうを見つめ。そうして自分も屋敷へ帰ろうと踵を返し。返して。
…そうして自分に落ちる影に、気付いてしまった。
「…え、あ、」
自分を見下ろす見知らぬ女性。親族会議に別の客が来ているという話は聞いていない。
それとも自分の記憶にないだけで、この女性も親族なのだろうかと戦人は記憶を探る。けれど、忘れるはずがない。
こんな豪華なドレスに金髪で青い目の美人なんて、忘れられるはずがない。
呆然と見上げる戦人に、女はけれど優しく微笑んだ。
「あ、…あの、」
「戦人。」
微笑みかけられて、名を呼ばれて、けれど戦人の背には冷や汗が伝う。
幼い戦人は、まだ知らない。女が魔女であることを。この島の夜の主であるということを。…まだ、知らない。
そして魔女の笑みに込められた激情を、まだ彼が理解出来る筈もない。
彼はまだ魔女を、ベアトリーチェを、知らない。
「戦人。」
魔女が膝を折り視線を合わせる。間近で青の視線に射抜かれて、それが何故か酷く恐ろしくて逃げようと思うのにまるで縫い付けられたかのように
その場から一歩も動けない。
頬を両の手で包み込まれて身体が震える。かちりかたりと奥歯が鳴った。
魔女の顔がゆっくりと近づく。薄く開いた戦人の唇を愛おしむように慈しむように舌先で辿り唇を食み口付けを深くする。
鼻腔を擽る酷く甘い匂いに身体も思考も急速に麻痺していく。頭の後ろが痺れるような感覚だけが尾を引いて残った。
唇が離れていく。膝に力が入らず立っていられなくて女の胸に倒れこんだ。
まるで母親のように優しく優しく抱きとめて、ベアトリーチェはぽつりと呟いた。
「…迎えに来たぞ、戦人。」
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(2011.08.19)