あれ以上の密室なぞ、この世のどこを探してもきっとありはしない。
彼ら双子の家から少し歩いたところに、それはあった。空き地に立つ、随分と古い廃倉庫。
大人たちからすれば不気味で近寄り難いそこはしかし好奇心旺盛な子供達にとっては格好の遊び場だった。
ぽつんと立つ倉庫の扉が何をしても決して開かないというのも、子供達の興味を一層掻き立てた。
彼らは日々どうにかして開けようと扉にちょっかいを出し、やがては飽きて空き地で違う遊びを始める。その繰り返し。
しかしその双子にとってその”開かずの扉”は他の子供達とは違う意味合いを持っていた。
「ほんとに開かないのな。」
扉から手を離し戦人が手をぷらぷらさせながら言う。
「まぁ、だから開かずのとびらなんて言われてるんだし。ぼくらが今ちょっとがんばったところで開くはずないよ。」
ちぇ、と心底不服そうな顔で戦人が扉を見上げる。それは隣の十八も同じことであった。
開けてみたい。開けてみたい。開けてみたい。
齢僅か8つにして揃ってミステリに嵌るこの双子にとって、倉庫の中に何があるかなど興味はない。
どうやったらこの密室を打ち破れるのか。彼らの関心はその一点のみなのだ。
「この中で事件が起きたらおもしろいのにな。開かずの倉庫で起きた密室殺人!なんかワクワクしてこねぇ?」
「じっさいにもう起きてたりしてね。だから開かないとか。」
「あ〜、そう言われるとますます開けたくなってきたぜ!」
あぁでもない、こうでもないと可能性を議論し、実戦しては肩を落とす。
論戦の合間に聞こえるいくつかの不穏な単語さえ聞こえなければ、それはそれは微笑ましい兄弟の光景だった。
やがて日が傾き、帰宅を促すように放送が流れる。
「もうこんな時間かぁ。十八は今日塾だろ?」
「そうだった。さ、帰ろう、戦人。」
十八が手を差し出すと、いつもなら当然のように手が重ねられるはずだったが、その日に限って戦人は首を振った。
もうちょっとだけ、ここで考えたいからと。最初は渋っていた十八だったが、時間もないし、近所だから大丈夫だろうと…そう判断してしまったのだ。
「見てろよ、戦人さまが明日ちゃちゃっと開けてみせるからな!!」
それが双子が交わした最後の言葉となった。
翌朝、倉庫の中で、死体となって戦人は発見された。
―――開かない筈の、倉庫の中で。
雷の音に、意識が引き戻される。時計を見るともうじき日付が変わる頃だった。
視線を動かすと自分と同じ顔が見えて、知らず肩が跳ねた。
『豪華な屋敷。外は嵐。迎えは当分来れない。探偵まで揃ってるときてる。絶好のミステリ日和だなァ、十八?』
分かっている。彼は戦人ではない。あの事件が起こらず一緒に成長していたらこうなったのではないかという自分の浅ましい幻想。
それに彼は、戦人は人を殺せるような人間ではない。誰よりも優しい、自慢の弟だった。
「また事件を起こす気ですか。」
『またまたイイコぶっちゃって。あのネタ試してみてぇんだろォ?あぁ分かってる分かってる。それは俺の仕事だもんな。』
それに、と。幻想がありったけの皮肉をその笑みに乗せて自分の顔を覗き込む。
『今度こそ解けるかもしれないぜ?”戦人”が死んでた密室の謎がさ?』
「―――ッ!!」
あれから、ずっとずっと考えた。何故弟は開かずの倉庫の中で死んでいたのか。どうやって開けたのか。どうやって閉めたのか。
沢山の作品に触れ、沢山の密室に出会った。かかった時間の差異はあれど、全て解いてきた。
けれど。けれど戦人の死の謎だけが、今も解けない。
自分にとって密室とは、弟が死んでいたあの暗い倉庫だけなのだ。
ひょんなことから解けるのではないかと、自分でも沢山の密室トリックを生み出してきた。
そうして作り上げ閉じるうちにこれは現実世界でも使えるものなのかという考えが生まれたのはいつのことだっただろう。
それを実行する弟の顔をした幻想が生まれたのはいつのことだっただろう。
自分はたった一つの密室を解き明かしたいだけなのに、何故、どうして、―――こんなことに。
遠くで大時計の鐘の音が聞こえる。一日が死ぬ音。一日が生まれる音。
『イイコは寝る時間だぜ十八。俺は悪い子だから遊びに行くけどな。』
鐘と幻想の声が、脳内にガンガンと響き渡る。響き渡り、染み渡り、崩れ落ちて………落ちて、落ちて。
そうして再び彼の顔を雷光が照らした時、”彼”はどこにも”い”なかった。
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あとがき。
二重人格ネタ補完。前の話で過去話をすっぱり切り捨てたものの寝て起きたらやっぱり書きたくなってしまったので書いてみた。
さらっと死ネタでごめんなさい。
(サイトアップ:2011.02.18)