それは割れぬ水面にも似た、





髪を切った。
理由は至極単純なことだ。鏡で自分の顔を見ようとするたびに、知らない男の顔が映るからだ。
いや、知らない、ということはないだろう。だって『彼』は自分だったのだから。
その男の顔から少しでも遠ざけたくて、特徴的な髪をばっさりと切った。

右代宮戦人。18年馴染んだであろう筈の『自分』の名前。けれどそれをどうしても、自分の名前と思えない。
(私は十八。八城十八。)
(…私は『彼』ではない。確かに『彼』の記憶を持ってはいるけれど、けれど、私は『彼』ではない。)
(だってそうだ、私と『彼』とではこんなにも違う。)
記憶の中から些細な相違点を探しては、だから違うと自分を納得させる日々。
例えばそれは一人称。食べ物の嗜好。毎日の習慣。
けれどそれは同時に自分と『彼』との共通点をも目の当たりにする行為でもあった。
いつまで自分は『彼』に縛られねばならないのか。この責め苦が永久に続くのだとしたら、それは、なんという地獄だろうか。


曇る思考を少しでもはっきりさせようと、顔を洗う。冷たい水が心地よい。
そうして洗面台から顔を上げた、その瞬間。

―――そこに、『彼』は、”い”た。


思わず引き攣った悲鳴を上げ後ずさった自分に、『彼』はくつくつとくぐもった笑いを溢した。まぎれもない嘲笑。
鏡の中で笑う『彼』は自分よりも若い。それはそうだ、自分が幾子に拾われてから、『彼』のことを知ってからもうしばらく経つ。
けれどどんなに時を経ようとも『彼』はそのまま。1986年のあの日から、ずっと、そのまま。

”髪なんか切ったくらいで逃げたつもりかよ。”

にやにやと嫌味たっぷりの笑顔を湛えたまま、鏡の中の『彼』が呟く。
違う。返答しては駄目だ。これは幻覚で、幻想で、これに答えてしまったら『彼』を認めることになってしまう。
押し黙る自分に、けれど彼は満足そうに笑んだ。

”あぁ、やっぱりお前は俺だよ。右代宮戦人だよ。誰よりも幻想を殺す術を心得えてる。”

”「お前なんかいない」、それだけで存在を殺せることを、お前は知ってるもんなぁ?”

どくどくと脈打つ心臓の音がうるさい。肉を食い破って飛び出てきそうな程の鼓動だった。
まるで目の前の”主”に還ろうとでもするかのようだった。


”なァ十八。早いとこ俺に身体返してくれよ。”



”アイツに会いにいかなきゃいけねぇんだ。ずっとずっと待たせてるんだ。”





「返せよ、俺の身体。」








がしゃぁん、と盛大な音に驚いた幾子が洗面所で見たのは酷い光景だった。
飛び散るガラス片、壁に背を預け呆然と座り込む十八。
視線は砕けた鏡に釘付けになっていた。そこになにか恐ろしいものが映っていたかのように。
「…十八、」
恐る恐る声を掛けると、考え込むような間があってからのろり、と顔を動かした。
「………、幾子、さん。」
「十八、…十八大丈夫ですか、怪我は、」
敢えて、何があったのかとは聞かない。余計に混乱させるだけだ。
未だ放心したような表情のまま、十八が手を伸ばす。両手で包み込む。酷く冷え切った指先だった。
「…なまえ、を、」
「え?」
「………………名前を………呼んで、くれませんか。」
その一言で全てを察する。またきっと『彼』に、連れていかれそうになったのだと。
抱き締めて十八、と名前を呼ぶと、静かな嗚咽が聞こえてくる。微かに震える肩に、思わずにはいられない。



嗚呼、どうか、連れていかないで。





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あとがき。
というわけでネタバレ部屋一発目。
うみねこは最後の最後でとんでもない爆弾を落としていきました。十八さんの存在が衝撃的すぎてなんかもうチュドーン

(2011.01.07)





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