そうして殻を打ち破って出てきたものは、人か魔女かそれとも―――
「ドラノールに無理を言って押収物を横流しさせた甲斐があったというものです。この蟲。魔界の趣味の悪い貴族が、
家具を調教するために使ってたンですって。くすくす、確かに、悪趣味極まりない。」
ヱリカの手が、戦人の頬を優しく包み込む。眠る子にするように、前髪をかき上げて、宥めるように髪を梳く。
彼に調教という行為は最早意味を為さない。既に心も体も魂すらも捕らえられ全てはヱリカのものとなったのだから。
ならばこれは誰に向けての辱めなのか。決まっている。
ちらりと天井の鳥籠を見遣ると、あの雛は飽きもせずに髪を振り乱しよく分からない言葉を叫び続けている。
よくもまぁそんなに泣いてばかりいられるものかと思うが、嗚呼、しかし、飽きない。
勝利の美酒がヱリカの身体の隅々までを気だるく浸す。甘美な悦楽に抗わず、ヱリカは高らかに哄笑した。
投げ出された四肢が哀れに痙攣している。苦痛を感じられなくとも、肉体的には限界なのだろう。
雌のように陵辱されるだけに留まらずこんな風に苗床扱いされればそれもまた当然か。
「……、……ッ、ッ、………、はっ、……、」
虚ろな瞳は何も映さず、あれだけころころ変わっていた表情は仮面でも被せられたかのよう。
途切れ途切れな吐息を漏らすだけで、抵抗も制止の言葉も発しない。否、発せない。
まぁ仮にまともな状態であったとしても、言葉なんて出せやしないだろうが。
戦人の身体に覆い被さる蟲は頭部を彼の首筋に埋めたままぴくりとも動かない。よく見れば鋏角を皮膚に突き刺しているのだった。
突き立てられた箇所からぷつり、ぷつりと血が溢れる。蟲の分泌するものと混ざっているせいかその色は、人間の血ではありえない色をしていた。
「人間界の蜘蛛は糸で卵のうを作ってそこに卵を産むことが多いようですけど、この蟲は他の生物の体内に産み付けるんですよ。
くすくす。しかもご丁寧に、"母体"が暴れないように毒まで注入して、ね。ああ、ほんとに悪趣味です。くすくす。」
ヱリカの視線の先では蟲の卵管が不気味に脈打っている。かれこれ三十分はこうしているはずだが、一体どれだけ産み付ける気なのか。
受け入れ続けた戦人の下腹は、思わず視線を逸らしたくなるほど不自然に膨らんでいる。
本来ならば子を宿す臓器を持たない筈なのに、彼は今こうして小さな命を育んでいる。
「安心してください?その毒で死んだりはしませんから。ただ強い依存性があるらしいんですよねぇ。ふふ、うっふふふ、あっははははははぁ!!
もしかしたらこいつなしじゃいられなくなっちゃうかもしれないですねぇえ?」
にやにやと質の悪い笑みを浮かべながらヱリカが揶揄するがやはり戦人は応えない。
もし彼が"壊れて"いなければどんな反応をしただろう。あの雛みたいにめちゃくちゃに泣きわめいてやめてくれと懇願しただろうか。
それとも蟲に縋りついて自ら浅ましく腰を振っただろうか。もっともっとと涎を垂らしながら強請ってでもみせただろうか。
あぁ、でも、きっと。
『ベアトの指輪を汚したお前を、俺は、絶対、許さねぇ。』
(きっとあなたは泣きながら、けれど歯を食いしばって、それでも耐えてみせるのでしょうね。)
そこまで考えて、ヱリカは勢いよく首を振った。仮定の話など意味がない。今目の前で陵辱の限りを受ける彼の姿こそが真実なのだから。
視界の端で戦人の足が跳ねた。顔を覗き込むと変わらず濁った目をしているので、意識が戻ったというわけではなさそうだ。
あくまで身体が悲鳴を上げているだけだろう。
意思の伴わないその動きを、しかし蟲は抵抗だと受け取ったらしい。ぐぐ、と更に鋏角を食い込ませる。
「…………、ァ、………、」
黒い瞳が微かに見開かれ、半開きのままの口から鼻にかかった声が漏れる。確かに、それは、嬌声であった。
その声を聞くなりヱリカの口はみるみる弧月を描く。にやぁ、と。可愛らしい顔を醜悪に歪め、花嫁は嗤う。
「ちょっとちょっとばっとらさァああん?なんですか今の声は?もしかしなくても感じちゃってるンですかぁああぁあ?こんな蟲に卵産みつけられて!?
前も触ってないのにこんなにだらだら溢しちゃって!なんって淫乱な旦那様なんでしょうねぇえぇ!」
ヱリカの罵倒に、戦人がはく、と息を吐く。それが何故だか反論に見えて、ますますに彼女を饒舌にする。
「触ってほしい?イかせてほしい?でもだっめぇえ!言ったでしょう?後で私がたぁっぷり搾り取ってあげますからァって!それまでおあずけです。
でもそうですねぇ、戦人さんも頑張ってるみたいだし乳首くらいだったら触ってあげてもいいですよォお?……はっ、ここもこんな硬くしちゃって。
ほぉら分かります戦人さん?あなたは気色悪い蟲に孕ませられると感じちゃうとんでもないド変態なんですよ!!」
ぞくぞくと背筋を走る感覚に身を委ねるがままに戦人を罵ることに夢中になっていく。
……だから彼女は、室内の"ある変化"に気付けなかった。
「今もってこんなになってるのに、卵が孵ったらどうなっちゃうんでしょうね!下のお口から小さい蟲がぞろぞろぞろぞろ出てくるんですよ?
うっふふふふあはっはははははぁ!!楽しみですねぇぇえええぇ!戦人さ―――」
ヱリカの言葉尻を掻き消すように、突如として部屋に爆音が轟いた。
がしゃん、とか、どぉん、とか、言葉には出来ないけれどとにかく酷い音。何。何が起きたの。
ばらばらと上から降ってくるこの、黒い破片は何。
戦人ではない。あんな大きな音がしたっていうのに蟲も彼も何事も無かったかのように行為を続けている。
なら、誰が、何を………?
ヱリカの疑問に答えるかのように、彼女の視界の端で眩い金色が瞬いた。
プラウザバックで戻ってください。
あとがき。
蜘蛛wikiで自爆した(2回目)
(10.09.03)