その日が訪れることは、もう二度と、無い。





大型連休とか、クリスマスとか。普通の子供なら指折り数えて待ち望むであろうそういったイベントが、
俺には苦痛以外の何物でもなかった。地獄と言ってしまってよかった。
そして一年に何度かあるその地獄の中でも一番飛びきり最上級の地獄が、7月15日。
―――俺の、誕生日だ。

その日になると、母さんは何かに憑かれたように豹変した。
いつも笑顔を絶やさず優しい母さんが、髪を振り乱し金切り声を上げて襲い掛かってくる。
これを地獄と呼ばずして何と呼べばいいのか。


ねぇ分かってるどうして私があんたを子供にしたのか分かってるの分かってないでしょう留弗夫さんを繋ぎとめておくために決まってるでしょうあの女に取られないようにするためにあんなことまでしたっていうのになのになんで留弗夫さんは帰ってこないのよ今日はあんたの誕生日なんでしょうなんで帰ってこないのよあんたのせいよあんたがちゃんとしないから留弗夫さんは帰ってこないであの女のところに行っちゃうのよねぇ聞いてるのこの役立たず全部全部全部全部あんたのせいなのよぉおおぉおおぉおおぉお!!


蹴られながら、殴られながら。延々と浴びせられ続ける絶叫の内容を、幼い時分の俺が理解することはできなかった。
ただただひたすらに、母さんが早くいつもの母さんに戻ってくれることを祈ることで精一杯だったからだ。
神も仏も魔女すらも、そう、誰も、俺を助けてはくれなかった。
(だから俺が魔女を信じないのは、ゲームが始まるずっと前から決まっていたことなのだ。)

自分が生まれた日に、自分を産んでくれた人が、自分を否定する日。俺にとって誕生日とは、長らくそういう日であった。
俺は世間一般の誕生日の祝われ方を知らなくて、だからそれが正しい誕生日のあり方だと信じきっていたのだ。
今はもう、どんなにそれが異常な誕生日であったのか、はっきり分かる。…そして、かけられていた言葉の意味も。
『あんたを産んだのか』、ではなく、『あんたを子供にしたのか』。つまりは、そういうことだ。
けれど俺にとっての母は、彼女一人きりで、だからこそ思うのだ。

(一言だけでいい。あの、俺が大好きだったあの笑顔で、おめでとうと。)

しかしこのカケラの定義はあくまで「1986年10月4日と5日の六軒島」で。
だから六年前にこの世を去った母に干渉できる力はカケラの魔女たる己には存在しない。
…だから俺の願いは、もう叶うことはない。
(けどもし、母さんが此処に来れたなら、今度こそ祝ってくれるだろうか。)
(親父もいる、この黄金郷でなら。)

(あぁ、駄目だぜ、…全然駄目だ。)


「ずっと二日間を繰り返すだけのこの島に7月15日が来ることなんて、ありゃしねぇもんな。」
遠くに聞こえる雷鳴だけが、夏の嵐の名残のようだった。





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あとがき。

というわけで祝う気毛頭ない誕生日ネタでした。どうしてこうなった。
突貫工事で頑張ってみたんですが降ってきたネタが悪かったですね。ちょっと唐揚になってくるね!

(2010.07.15)





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