いつか殻を打ち破るその日まで、優しく暖めてあげる。





笑い声と、泣き声と、耳を塞ぎたくなるような卑猥な水音。ほの暗い部屋に転がる音は、そのみっつ。
いえ、耳をよくよくすませば、もうひとつ。微かな、ほんとうに微かな吐息。
ひきつった声をところどころに縫いこんだ吐息が、みっつの音の切れ間に紛れ込む。
「あぁ、さっきもイったばかりなのに、もうこんなにして。くすくす、ほんとうに可愛い。くすくす!」
「めて、やめてぇえぇええええもうやめてぇえぇええ!いや、もう、こんなの、いやぁああぁあぁあああああ!!」
聞いたものの気が触れそうなほどの、凄まじい絶叫だった。しかしそれを聞いて尚、笑い声の主は笑みを崩さない。
何故って。だってこの部屋に正気の人物なぞ、存在しないのだから!これ以上、おかしくなる筈がない!
「まるで貴女が犯されてるみたい。くす。ねェベアトリーチェさん。どんな気持ちです?愛する人がこうやって蟲の餌食になってるのを、
 ただ見てるだけしかできないッて、どんな気持ちですか?ねぇ、教えてくださいよ。ほらァ、大きな声で言えば彼にも届くかもしれませんよ?」
にたり。少女の口が、弧月を描く。楽しそうに見上げる視線の先には、大きな鳥籠。
天井から吊るされたそれは、鳥籠と呼ぶにはあまりにも大きい。当たり前だ。中に”い”るのは、鳥ではないのだから。
籠の扉が閉じられた頃は綺麗に結い上げられていた金の髪は、今は見る影もない。
彼女が何度も、何度も掻き毟り、振り乱したおかげで、さながら鬼か幽霊のよう。赤い薔薇の髪飾りだけが、名残のように毛先に引っかかっていた。
「……とら、さ、っ、…う、っく、ばとら、さん、ばとらさん…!」
「そう泣くことないじゃないですか。だって、ほら。結構、キモチイイみたいですし。」
ふかふかなベッドの上を四つん這いで2、3歩進み、うつ伏せに寝転んで陵辱される伴侶を覗き込む。
全てを封じられ人形と化した花婿は、今日もされるがままに辱めを受けていた。
最もこれを辱めと感じているのは、鳥籠の中で見ているベアトリーチェだけだろう。人形が貶められることなぞ、ありはしない。

隷属の指輪を嵌められたその日から、彼は何度犯されたのだろう。ヱリカに、玩具に、時には山羊に。
しかし今日彼の上に覆いかぶさる影は、今までのどれとも違っていた。
それは一文字で表してしまえば、蟲。八本の足が蜘蛛を連想させるが、蜘蛛とも違う。言葉にはできないが、もっと、もっとおぞましいもの。
毒々しい蛍光色の身体。鋭く尖った肢はシーツを食い破るようにして突き刺さり、獲物を閉じ込めていた。
いくつもの紅い目がぎょろぎょろとせわしなく動き回り、口の辺りでは2対の鋏角が、半透明の緑色の液体を垂らしながら開閉を繰り返している。
ねっとりと糸を引きながら、蟲の体液が彼の身体を汚してゆく。胸に、腹に、皺くちゃになった紅いカッターシャツに。
蜘蛛に似て大きく膨らんだ腹部の中程からは節くれだった交接器が伸び、彼の身体の奥深くへと潜り込んでいる。
びっしりと細かな体毛に覆われた腹部には、何が詰まっているのだろう。夢と希望でないことだけは、確かだけれど。
ぐちゃり、くちゃり。赤黒い性器が、彼の腹を掻き回す。中の襞のひとつひとつを、そのごつごつした節で伸ばそうとでもするかのように。
小刻みに動きながら奥へ奥へと進んでこようとする蟲に、けれど抗う力も、意志も、彼には無い。
「くす、戦人さん。もっと、足を広げてあげないと。一番奥まで入らないですよ?うふふ、分かってます。動かせないんですよね。大丈夫です。
 手伝ってあげますから。ね?ほら…こうして。」
ヱリカが戦人の足へ手を伸ばし、太腿を掴んで方膝を立てさせる。途端に長い交接器が更に奥を抉ることとなり、衝撃に彼の顎が仰け反った。
「………っく、…ぅ、あ、………、……は、ぁッ、」
途切れ途切れの喘ぎ声。それだけが彼に許された、精一杯の悲鳴だった。そしてその微かな声に、ベアトリーチェが更なる絶叫を上げる。
二人分の悲鳴に、ヱリカは大層満たされたらしかった。何よりの勝利の美酒に、酔いしれる。
「上からも下からもこんなに涎を垂らして、何てはしたない。うふふ、ほら、もっと締め付けてあげないと、いつまでたってもイけませんよ?
 …そう、その調子。ほぉら、ヨクなってきたでしょお?…あら、前でイきたいんですか?うふ、それはまた後で、私がたぁっぷりと、
 搾り取ってさしあげますから。今はこっちだけで…イってみてください。いつもみたいに、戦人さんの一番可愛い顔を、見せてください?」
赤みのさした戦人の頬を包み込み、うっすらと開いた唇を舐め取る。こんな異形の蟲に犯されて、なのに溺れるだけしかできない彼が、
たまらなく愛おしい。

蟲の動きが早くなり、揺さぶられるがまま動きに合わせて戦人の身体が跳ねる。しとどに濡れた性器は放っておかれたまま。
愛なぞ持とう筈もない蟲の交接器の、律動だけで、達する。まさに、陵辱という言葉、そのもの。
弛緩した戦人の身体にも容赦なく、むしろ力が抜けて都合がいいとばかりに蟲がさらに性器を打ち付ける。
終わらない責め苦に戦人が小さくうめき、ベアトリーチェが泣き叫ぶ。そして満足そうに、ヱリカが嗤う。
「うっふふふふ、可愛い、本当に可愛いですよ戦人さん、私の旦那さまッ!くすくすくす!」
悪魔の哄笑と、魔女の断末魔にも似た絶叫と、虜囚の嬌声。




虜囚。―――本当、に?




薄暗いその部屋は、ロジックエラーの密室。狂宴が繰り広げられる『外』とは対照的に、室内は静寂で満ちていた。
この絶対の密室の唯一の囚われ人たる戦人の姿は、『外』と同じくベッドの上にあった。
仰向けに寝転がり、手足をだらしなく投げ出して虚ろな目で天井を見上げるその様は、とても脱出の思案をしているようには見受けられない。

『外』の身体の快楽が伝わってくるのだろうか。時折ひくりと身体を引き攣らせながらも、彼は何も無い天井を見上げたまま、動こうとしない。
…逃げようと、しない。
「………、っん、」
染み渡るような間接的な快感に、知らず声が漏れる。『ここ』でこれじゃあ、『外』の自分は一体どんな風に、一体何に犯されているというのか。
しかしそれを知る術は、彼には存在しない。いや、知ろうとも思わない。重要なのは、それを見ているであろう筈の”彼女”がどう思うか、で。
「……ひ、…いっひひひ、ひ。」
もうずっとまともに声を出していなかったせいで、酷く掠れてしまった声。痛々しいしゃがれ声のまま、彼は続けて独り言ちる。
「俺の為に泣いて、俺の為に…叫んで、…俺の為に、絶望すればいい。…そしたら”お前”は…、きっと、戻ってきて…ッ、くれるだろ?
 …なァ、”ベアトリーチェ”?」
うすらと歪んだ口の端から、八重歯が覗く。目は変わらず虚ろなまま、口だけが笑みを形作っている。…何とも不気味な、表情。
見る者を恐怖させる狂気が、そこにはあった。
「まだ、寒いか、ベアト?大丈夫だって、俺が…あっためて、やるから。…”お前”が、”あいつ”に孵化するまで。ずっと、あっためて、やるから。」
ゆっくりとゆっくりと、戦人が天井に向って手を差し出す。その先には何も無かったけれど、彼の目にはあの鳥籠が映っているのかもしれなかった。
「…俺が、ずっとあっためて、やるから。…へへ、…寒かった、ら。言えよな。……ッ!!ぁ、…っぐ、」
淡々と呟く戦人の声が、小さな喘ぎで途切れる。びくり、と一際大きく身体が跳ねて、白いシーツを同じく白い足が泳いだ。
上がる息。額には脂汗。微かに寄せられた眉だけが、彼の苦悶を物語っていた。
不意に、どさり、と天井に向けていた左手が落ちる。残る右手もぶるぶると震えていて。
けれど何かを抱き締めようとするかのように、或いは何かを託そうとするかのように、差し出されたまま。

「…千年の、絶望を。っお前に、やるよ。………愛してるぜ、俺の、黄金の魔女ッ、ベアトリーチェ!!」



微かに歪んだ口の端を、蟲の紅い複眼だけが、みていた。





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あとがき。

やっちまったな!!(悩み疲れて清清しい笑顔で)
この話、書きあがったのは実は5/2日でした。何故アップまで2日もかかったか。簡単です、上げるか消すかで迷ってたからです。
なんかもう悩み疲れてどうでもよくなってきたのでアップしてみました。
ところで。俺は「EP6の戦人さまの目的が最初からロジックエラーだったとしたら?」というのをテーマに文章書こうとしてたはずだったんだが。
それがどうしてこうなったんだろうか。

しかしこの戦人さま外道である。雛ファンと戦人さまファンに殺されても文句言えないレベル

(2010.05.04)





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