囚われた小鳥と、囚われた花婿と。
天国にも地獄にも行けないから、きっといつまでも煉獄で二人きり。
乱暴に放り投げられて、次いで扉ががちゃりと閉められた。
慌てて駆け寄るが、山羊の使用人にしっかりと押さえつけられていて、開かない。
そこは、鳥籠だった。鈍く光る銀の檻が、ベアトリーチェを取り囲む。
「くすくす、いいザマですね、ベアトリーチェさん。」
籠の外から、ヱリカがさも楽しそうに話しかける。
「どういうつもりですか!ここから、ここから出してくださいっ!」
「駄目です。あなたには、ずっと見ていていただくんですから。」
そこで一旦言葉を区切ると、ヱリカは背後にいる人物にくるりと向き直った。当然のように彼の胸へと飛び込み顔を寄せる。
祝福された花婿は、相変わらずどこを見ているのか分からない。彼の心は、密室を飲み込むようにして構築された檻の中。
そういった意味で、真に囚われているのは、檻の中にいるベアトリーチェではなく彼であると言えた。
ヱリカが彼のネクタイを軽く引いて、顔を彼女へと向けさせる。
それは恋人がするような、ねぇ構ってこっちを向いて、なんて甘ったるいものではない。
幼子が戯れに着せ替え人形の首を180度反対に挿げ替えるような。絶対的な支配者と、被支配者の関係。
「愛し合う夫婦と素敵な新居。ときたら次は可愛いペットと相場が決まっているものです。」
くすくすと、笑いながらヱリカは更にネクタイを引いて彼の顔を引き寄せる。少しだけ背伸びをして、薄く開いたままの彼の口の端をぺろりと舐めた。
「ペットはペットらしくそこでおとなしく飼われててください。それでたまに可愛らしく鳴いて、主人を楽しませればいいんです。」
もっとも、とヱリカが視線だけをベアトリーチェに向ける。敗者を心の底から見下した、侮蔑の塊のような視線だった。
「あなたの声が彼に届くことなんて、奇跡が起こったって有り得ませんが。」
花婿から離れ檻に歩み寄ったヱリカが、籠の中の鳥にするように隙間から手を差し伸べ、あやすような仕草をする。
ベアトリーチェはそれを毅然と跳ね除け、数歩距離をとって再びヱリカと相対する。
「…戦人さんは、私が助けます。」
絶対の魔女に誓った、絶対。…それだけが、ともすれば折れそうになる彼女の心を支えていた。
「無駄ですよ。あの状況で通るロジックが、ある訳がない。」
嘲笑混じりのヱリカの言葉に、ベアトリーチェはきつく下唇を噛み締める。
けれどその諦めを知らない眼差しに、面白くないとヱリカは鼻を鳴らした。
少し考えこむような素振りを見せてから、唐突に。にやぁ、っと、おぞましい程に口の端を歪めた。
不気味な笑顔を湛えながら、ヱリカは使用人から何かを受け取る。
…鍵だ。ごてごてとアンティークな飾り彫りがなされた、少し大きめの鍵。おそらくはこの、鳥籠の。
それをそっと、戦人の手に握らせる。落とさないように、彼の手を己の両の手で包み込むようにして、しっかりと握らせる。
「…あなたが、この鳥籠の鍵を、閉めてください。」
一言一言噛み砕いて言い聞かせる。戦人とベアトリーチェを、更なる絶望に叩き落すために。
「あなたの手で、ベアトリーチェさんを閉じ込めるんです。」
さぁどうぞ、と。戦人の手を、鍵穴へと導く。こと、と小さな音がして鍵が鍵穴へと吸い込まれる。
それを捻れば、終わりだ。鳥籠は永遠に閉じられる。彼の呪いの指輪に、よく似ていた。二度と抜けない、隷属の指輪。
けれど、戦人の手は動かない。鍵を差し込んだまま、ぴくりとも動かない。…それだけが、きっと彼に出来る唯一の抵抗。
その表情は未だ虚ろなまま。けれど自分を閉じ込めまいともがいているように、ベアトリーチェには感じられた。
勘違いだと笑われても構わない。彼が自分なんかの為に心を砕いてくれている。それが、この上なく、嬉しい。
「…戦人さん。」
格子の隙間から手を伸ばし、彼の手に重ねる。
「大丈夫です。こんな所に閉じ込められたって、あなたを助けるための思考はできます。…必ず、助けますから。」
「っぁあああぁあああウゼええええぇええ!だから無理だっつってんでしょぉがぁあぁあぁああ!!」
何本か螺子のすっ飛んだような絶叫とともに、ヱリカは戦人の手首をひっ掴むと、容赦なく捻り鍵をかけさせる。
ごとり。重く、くぐもった音が、檻が閉ざされたことを告げた。
きぃ、きぃと鎖の軋む音を立てながら、ゆっくりゆっくりと鳥籠が吊り上げられていく。
それを見上げていた戦人が、不意に手を伸ばす。離れていく鳥籠へ。閉じ込めてしまった愛しの魔女へ。
表情すら思い通りにならない今の彼の状態を思えば、それは奇跡と言ってしまってもいいのかもしれなかった。
―――けれどその手は、唐突に絡め取られる。
手を取られてもひたすらに鳥籠を見つめ続ける戦人に、つまらなさそうにヱリカは左手薬指のダイヤの指輪を弾いた。
「……、ッ、………ぁ、…っぐ………!」
その途切れ途切れの擦れた悲鳴から、その朧気な表情から。どれだけの衝撃が彼の身体を、心を襲ったか計り知ることはできるだろうか。
衝撃の余韻に膝をつきかたかたと震える彼を満足そうに抱きとめて、ヱリカは睦言のように囁いた。
「…大丈夫です。すぐにあの鳥がなんだったかなんて、思い出せなくしてあげますから。」
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あとがき。
日記でゆってた「書きたいものリスト」の中からとりあえず無難なものをチョイス。自分の手で雛トを閉じ込めさせられる戦人さまのお話でした。
しかしヱリカ書くの楽しいけど難しいな。通常のテンションならまだしもぶっちぎったときのあのテンションは俺には書けそうもない
それはそうと戦人さまとヱリカの身長差ってどれくらいなんだろう。戦人さまは180越えだろ。ヱリカどんぐらいなんだ。
個人的にはヱリカはちっちゃいほうが萌え。150〜155くらいでもいいと思います。俺の身長差萌え的に。
(2010.01.13)