犬がどうやったって猫にはなれないように。
駒はどうやったって、駒のままなのだ。
そこは、かつて戦人とベアトが幾度も論戦を交わした、あの魔女の茶室によく似ていた。
いや、まさにその空間そのものなのかもしれない。けれどあの時とは、部屋を満たす空気は一変していた。
薄暗い部屋に、どこからともなく黄金蝶が舞い込む。
ひらり、ひらりと飛び回り、それは一つの席の前で弾け、人の形をとった。
「よぉ。楽しかったかよ。初めてのゲームマスターは。」
不機嫌を隠そうともしない低い声。特徴的な赤い髪。黒い瞳は、もはや殺意と言ってしまってもよい程に、敵意に満ちていた。
そして、彼が問いかけた人物は、表情と瞳に宿す温度さえ違えど、彼と同じ容姿をしていた。
「…ご苦労だったな。」
問いかけには応じず、ただ簡潔に『彼』は彼を労う。そこにはただただ、覆しようのない主従関係が見てとれた。
当然だ。彼は『彼』が生み出した、駒に過ぎないのだから。
「苦労、だぁ…?」
労いの言葉に、彼はぐしゃりと、顔を苛烈に怒りに歪める。
「あれを苦労で済ませるか。ハッ!アンタもやっぱり魔女ってこったな、心ってもんがどっかしらイっちまってるらしい!」
彼の激昂にも、『彼』は動じない。静かに、ひたすら静かに、その黒い瞳で彼を見つめるだけだ。
それが余計に、彼の怒りを深くする。
「なんとか、言ったらどうなんだよッ、…っ無限の魔術師バトラああぁああぁああああああぁッ!!」
振り絞るような咆哮に、『彼』は、バトラはようやく口を開いた。
「…お前は何を怒ってるんだ、戦人。」
「人を玩ぶのもいい加減にしろよ腐れ魔女。てめぇの胸に手ぇ当てて、よっく考えてみやがれ。」
少しばかり目を伏せて逡巡する素振りを見せてから、バトラはそっけなく言い放つ。
「ロジックエラーならお前の甘さだろ。自業自得だ。」
突き放すような、或いは突き落とすような。とても冷たい言葉だった。
『彼』の言葉にも、表情にも、温度は無い。燃え盛るような髪の色とは対称的に、『彼』は冷め切っていた。
「…違ぇだろ。」
「………。」
「いや、そうさ。確かにヱリカに付け入る余地を与えたのは俺の甘さだ。それは認めるぜ。…けど、チップを払って降りることも、
奥の手を使うことも。アンタは俺に許しちゃくれなかった。」
『彼』は、答えない。ただ視線だけは、彼から逸らさずに。
かつてゲームの度に泣き叫んでいた彼の姿からは、想像もつかない。乾き、冷め切った黒の瞳が、戦人を射抜く。
「…どうして、俺を生み出した。」
それは、あの雛のベアトリーチェがずっと抱え、苦しんでいた疑問。彼女を作り出した彼が、同じ問いを『彼』に向ける。
「全部分かってるなら、俺なんて駒、いらねぇじゃねぇか。…お前が直接ゲームを動かして、ベアトが望んだようにゲームに幕を引けばいい!
そうすりゃあんな狂気じみた賭け、する必要もなかったんだッ!」
「…ごちゃごちゃ、うるせぇぞ。」
それまで無表情だったバトラの顔に初めて、色が宿る。
これまでの物語で、どんな悪魔や魔女たちが見せてきた恐ろしい表情よりも、『彼』の静かな怒りは恐ろしかった。
「不満があるなら、ベアトが助けに来ねぇカケラにブチ込んでやってもいいんだぜ。」
提案というよりは、脅迫。完全に呑まれて絶句する戦人を一瞥して、バトラはついと視線を彼から外す。
それはもう、彼と会話はしないという、これ以上ないくらい明確な意思表示。
一方的な拒絶に戦人は顔を引き攣らせながら、それでも精一杯口の端を吊り上げた。そうして、呪い殺すように吐き捨てる。
「地獄に落ちろ、腐れ魔女。」
『彼』一人きりになった室内で、バトラはくぐもった笑いを零す。
「…駄目だぜ、……全然駄目だ。」
肩を微かに揺らしながら。ほの暗い室内で『彼』は一人きりで笑い続ける。
「”此処”以上の地獄なんて、ありゃしねぇよ。」
プラウザバックで戻ってください。
あとがき。
バトバトおいしいれす(挨拶) 個人的に最上位バトラ様説を推したいので一本書いてみた。
しかしこれは酷い三人称祭りである 書いてる本人がロジックエラーに嵌りかけました。で でれねぇ…
(2010.01.09)