もっともっと、溺れればいい。
魔女の高らかな笑い声が、白い部屋に響き渡る。
その笑い声に質量をもたせたら、この部屋が埋まってしまうんじゃないかと思えるくらいに。それはそれはけたたましく。
傍で紅茶を淹れていた執事が呆れたように諌めるが、何処吹く風。
事情を知らぬ者からしたら、何がそんなに面白いのかと思うのだろう。しかし、そうではない。
彼女は…嬉しくて嬉しくて、たまらないのだ。
「常々思ってたけど!妾やっぱり子育ての才能あると思うんだよ!あぁんな親思いの子供、何処探したって戦人以外にいやしない!!」
両の腕で己の身体を掻き抱く。きつく…きつく。
戦人の言葉一つ一つを胸に刻むように。あるいは、溢れる喜びを、無理矢理己の中に閉じ込めようとするように。
「こういうのが相思相愛って言うんだろうなぁ…。」
口の端が上がるのを止められない。凶悪な顔をしているのだろうと自覚はしているがそれでも止められない。
だってあんな。あんな熱烈な告白をされて。…平然としてられるほうがおかしいだろう。
しかしまったくもってとんでもない拾い物をしてしまったものだ。
最初はほんの、気紛れだった。復活までの長い時の、一時の慰みにでもなればいいと。
どうせ直ぐに飽きてしまうだろうと―――そう、思っていた。
けれど。幼子の愛情に対する飢えは尋常ではなかった。己が無限の称号を冠しているのを、思わず恥じてしまうくらいには。
愛することも、愛されることにもどうしようもなく強欲で。外見に反してケダモノのようだとよく思ったものだ。
文字通り底なしの闇に、あっという間に魅せられた。
この子を満たせることが出来たなら。そしてこの子の愛情を、全て己が独占できたなら。…それは何て甘美な世界だろう。
ベアトリーチェはこの12年、それこそ無限の愛情を彼に注いできた。
彼が欲しがるものは何だって与えたし、望みは何でも叶えてやった。
淋しがるようなことがあれば鎖で繋いで傍に置いてやったし、戦人が成長してからは当然のように身体だって重ねた。
だから彼は至極当然のように、ベアトリーチェだけのものになった。彼女だけの、愛しい子供。
「…そうよ、戦人。妾だけがそなたを愛せる。そなただけが、妾を愛せる。そなたの無限の飢えを満たせるのは、妾だけなのだから。」
ニンゲンからみれば、さも歪んだ関係に映るのだろう。けれど母子にとってはこれが真実。
「さぁ。そなたを愛さなかった世界を。…今こそそなたの手で壊すのだ。…そうしてそなたは、真に妾だけのものになる…!」
再びの哄笑が、響く。
六軒島に惨劇を告げる、雷鳴のように。
「…第一の晩は金蔵、蔵臼、夏妃、源次、譲治、紗音…ですか。一体どのような人選なのやら。」
ぽつりと落とされた執事の呟きにゲーム盤を見やれば、第一の晩が完成したところであった。
…また随分と手の込んだ装飾をしたものだ。いらぬ遊びに走るところまで似てしまったか。
「おそらくあやつは留弗夫を最後まで残すつもりなのだろうよ。だから今奴と共におる絵羽・秀吉・楼座・霧江は除外して…といったところか。」
「成程。散々恐怖を与えて甚振った挙句殺そうと。…全く、戦人様は本当にお嬢様に似てこられましたな。ぷっくっく!」
効果的な差し手も、駒の玩び方も。戦人にゲームマスターの心得を全て叩き込んだのは、彼女。
故にベアトリーチェには、戦人の差し手が容易に伺い知れる。
「多分戦人は、第二の晩に朱志香と嘉音を狙うぞ。あやつらは互いに想い合っておるし…朱志香は両親を、嘉音は源次と紗音を殺されておるから
…面白い見世物に、なるだろうよ。」
おそらく、そこまで計算に入れての、人選。…まったく!本当にとんでもない拾い物をしてしまったものだ!
盤上の時間では、そろそろ夜が明ける頃。
駒が上げる悲鳴を想像して、ベアトリーチェはその綺麗な顔を愉悦に歪ませた。
「本当にそなたは、妾を退屈させぬ…!」
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