哀れな魔女の気持ちが、今なら分かる。





一旦休憩となったゲーム盤。白い魔女の喫茶室に、赤い影が落ちる。
探偵と奇跡の魔女の気配が完全に消えたのを察してから漸く。長い、長い溜息を吐いて、彼は頭を椅子の背凭れへと預けた。
「…お見事でした。…どうぞ、戦人様。」
ロノウェが優雅に、主のカップに紅茶を注ぐ。微かに薫る甘い香りにも、戦人の表情は優れない。
「そうは思ってない奴も、いるみたいだけどなぁ?」
彼の呟きに応えるかのように、戦人の正面に光の欠片が集い、それが人の形を成す。
可愛らしい容姿に棘を隠した、絶対の魔女…ラムダデルタ。
「…よう。…えらくご不満そうだな。」
「当たり前よ。アンタやる気あんの?いくらゲーム盤を完璧に作れても、それを使うプレイヤーが甘ちゃんのまんまじゃ意味ないのよ。」
「………手厳しいな。」
無理矢理に口の端を吊り上げて、戦人が笑ってみせる。…が、その表情はすぐに歪む。
微かなうめき声とともに胸元を押さえる。荘厳な黒のローブに、ぐしゃりと無残な皺が寄る。
駆け寄ろうとするロノウェとワルギリアを手で制して、黄金の魔女は、それでも気丈に絶対の魔女を見上げる。
「アンタも大変よね。ゲームマスターやら魔女の力やらアタシの枷やら色々抱えこんで。…まぁそれを望んだのはアンタだけど。」
「そうだな。…全部。…俺が望んだことばかりだ。」
ベアトリーチェを救えなかったこと。縁寿を今も苦しめていること。それらを絶対に忘れない為に、彼はラムダデルタの枷を望んだ。
全部全部、彼が望んでしまったこと。
それによって彼の歩む道は険しさを増すばかり。けれど彼は止まらない。…止まれない。
「そぉんな殊勝なアンタに。このアタシがもう少し、力を貸してあげてもいいわ。」
ローブを掴んだままの手に、ラムダデルタが労わるように手を重ねる。優しく…優しく。
「断る。…俺はあんたに感謝はしてるが信用はしてない。枷はもう、十分すぎるくらいに貰ってる。」
媚びるようなラムダデルタの甘い視線を真正面から受け止めて、そして拒絶する。
「ふうん?でもいいのぉ?確かにアンタのゲーム盤は完璧。でもね、今のアンタのままじゃ、今まで通りの引き分けにしかならない。
 …それはアンタ自身が一番、分かってるんじゃないの?」
「……ッ、」
目の下が僅かに動く。小さい、けれど明らかな不快感。…図星、だった。
両の肩にそぉっと手を置いて、絶対の魔女は耳元に口を寄せる。
「分かるわ。儀式を行うことに、戸惑いがあることくらい。怖いんでしょう?殺したくないんでしょう?だからこそ其処に隙が生じる。
 それをアタシの力で、なんとかしてあげようって言ってんの。”絶対に”ゲームに勝利できるように。そして”絶対に”ベアトと再戦できるように。
 …アタシの力を、貸してあげる。」
ラムダデルタのその言葉に、今まで控えていたロノウェとワルギリアが止めに入る。
あまりにも、危険な取り引き。確かに、彼の望みは叶うだろう。絶対の魔女の、”絶対”の宣言があれば。
…けれど、彼自身はどうなる?ベアトリーチェと同じ、生き人形にもなりかねない。
「いけません戦人様。状況は未だ、此方に有利です。…そのような危険な取り引きをするような状況ではありません。」
「戦人君。よく考えて。貴方自身がどうなるか、そこには何の保障もありません。」
ぐ、と。ローブを掴む手に、一層の力が篭る。戦人自身、そんなことは分かっているのだ。けれど、ラムダデルタの言う事もまた、真実であった。
「分かってる。…あんたの言う通りだ、ラムダデルタ。…今のままじゃ、俺は勝てない。でもきっと、俺の力じゃどうにもならない。」
残酷に儀式を遂行するということはつまり、親族や使用人への情を捨てるということ。そんなことが、出来よう筈もなかった。
そんなことができたなら、きっともうゲームは終わっている。

短くない沈黙の後、戦人はローブを掴んでいた手をゆっくりと、解く。
何かを焼きつけようとするかのように、目を閉じて。…そうして彼は、受け入れた。
「………やってくれ、ラムダデルタ。」


意気揚々と喫茶室に入ってきたヱリカ一行を迎えたのは、意外な光景だった。
無言で、此方を睨みつけてくる戦人。その眼差しに、先程までの光は無い。ただただ冷たく、冷たく。冷え切った石のような、その瞳。
今までの彼を知る者が見たら、誰もが思うだろう。
「我が主…あれは、あれは誰ですか…あんな…!?」
「…あんたの仕業ね、ラムダ。」
戦人にじゃれるようにしてしなだれかかる、絶対の魔女。彼女の嬉しそうな様子からも、彼女が一枚噛んでいることが容易に窺い知れた。
「アタシは戦人の後見人として、相応しいサポートをしてあげただけよ?それともなぁに?勝つ自信なくしちゃったァ?」
くすくすくすと嘲笑うラムダデルタに、ヱリカがそんなことある訳ないと反論する。
彼女自身、背中に冷や汗が伝うのを感じていたが、噛み付かずにはいられなかった。主に認めてもらうためにも、屈するわけにはいかない。
席に着いたヱリカを、戦人の刃のような視線が射抜く。
「…ゲームの再開だ。…お前の手番だぜ、ヱリカ。」
温度の無い言葉。これからの展開を想像して、ラムダデルタは知らず舌なめずりをした。





なんて遊び甲斐のある玩具だろうか。





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あとがき。

長くなってしまった。けど切れなかったんだ…不甲斐ない俺をどうか罵ってくれ…(ご褒美にしかならない)
ラムダ様による大型犬調教物語でした。ついに懐柔成功!
この後戦人様によるカステラフルボッコが始まるんだよきっと ドラちゃんは少し悲しそうな顔をしながら剣を交えているといい

(2009.09.20)





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