別れの前日…帰国する前に、一度だけ。彼女とキスをした。
夕日が染め上げる世界で、それでも真っ赤になっていたのをよく覚えている。
「待ってて。…必ず、迎えにくるから。」
「ヨハン、」
随分と久しぶりに見たような気がする彼女の笑顔に…安堵してしまって。

けれど、離れてはいけなかったのだ。
何があったって、二度とあの手を離してはいけなかったのだ。



オブライエンから連絡を受けて久しぶりにアカデミアに来てみれば、もぬけの殻。
吹雪と合流できたはいいものの、彼によれば、他の生徒は皆消えてしまったという。
途方に暮れる2人の前に現れた、ダークネス…藤原優介。かつて、吹雪の友人だった人物。
そしてその傍に佇む人影に…ヨハンは綺麗な蒼の瞳を見開いた。

「……じゅう、だい・・・?」
十代は、何も答えない。ただただ無表情に、無感動に。
どこを見ているのか分からない、その濁った瞳に背筋が寒くなる。
「十代!!」
「今のこいつに何を言ったって無駄さ。・・・俺たちに都合のいいように作られてる、人形なんだからな!」
蔑むような言葉にも、十代は動かない。・・・本当に、本当の人形のようだった。
藤原が十代の髪を掴み上げて、顔を上げさせる。本来なら何らかの反応があっていい筈のその行為にも、やはり十代は表情1つ変えない。
「…っ、やめろ!」
「人形には心がない。痛みも感じない。何されたって平気なんだよ。…そうだろう、十代?」
「はい、優介様。」
凍りついた表情のまま、十代は肯定の返事を口にした。まるでコンピュータの音声のような、かけらも感情の篭っていない声。
十代の返事に、藤原が狂ったように笑い出す。
「くっ、ははははは!全く!良く出来た人形だぜ!!」
「てめぇ…!」
乱暴に扱われる大切な人に、ヨハンの視界が怒りで染まる。ぎり、と奥歯が鳴った。

髪を掴んでいた手を離し、頬へ、肩へ、胸へ、腹へ。
藤原の指が臍の穴をがりりと引っかくと、十代は微かに跳ねた。
「なんだよ、感じてんのかぁ?随分と淫乱になったもんだな、十代。」
「!…っ、藤原……まさか、お前…っ!!」
駆け抜ける嫌な予感。嘘だ、嘘だ、嘘だ。まさか、そんな。
ヨハンの問いに、藤原は微笑んだ。小さい子が面白がって小さい虫を殺す時のような、どこまでも無邪気な笑みだった。
「…なかなか、キモチヨカッタぜ?」
「き、さまあああああああああああっっ!!」
怒りを爆発させるヨハンに藤原は、見せ付けるように十代の唇を奪う。
口を離して、彼女のぷくりとした下唇をざらりと舐めて、ヨハンに揶揄するような視線を向けた。
「何度も、何度もお前の名前を呼んでたよ。『助けて、ヨハン!』ってさ!…あ〜あ、残念だったなあ十代、折角王子様が迎えにきてくれたっていうのに。
 今のお前はお人形さんだからな〜んにも分からないもんなぁ?」
「……十代…!」
ディスクを作動させる。呼びかけたい。けれどきっと、今の十代に自分の言葉は届かない。悔しいけれど。
なら、十代に己の言葉を伝える術は、これしかない。
「やる気か?…いいぜ。2人まとめてかかってこいよ。お前らの闇も喰らってやるさ!」
その言葉に、吹雪もディスクを作動させた。いつになく真剣な彼の瞳。…彼も大切な親友を取り戻そうとしているのだ。
「十代。お前のダイスキな王子様もダークネスの世界に堕としてやれ。仲間を死なせたことだってある覇王のお前には、そのぐらい簡単だろ?」
「はい、優介様。」
変わらず凍ったままの彼女の瞳。抑揚のない声。
(間に合わなくて、ごめんな。助けてやれなくて。ごめん。ごめんな、十代。)
(お前は俺を、呼んでくれてたのに。)
(…ごめん。)
このデュエルで、絶対に取り戻す。彼女の全てを。届けてみせる、自分のの声を。

・・・大丈夫。伝えてみせる。…迎えにいくと、約束した。
「デュエル!」





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あとがき。

いえーいヨハ十編だぜ〜。
ほんとはもっとヨハンが叫ぶ予定だったんだけど意外に冷静になった。なんでだ。まあいいか。

様付けで藤原を呼ぶ十代が書きたかっただけ。

(08.03.13)





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