丁寧に、丁寧に。
カケラも残さず、叩き折る。
アンティークな意匠の鍵を捻る。ごとり、と重い音がした。
窓の無い地下牢はいつ来てもじっとりと薄暗く陰鬱な気分にさせられる。
ではそんな場所にずっといる彼はどんな気分だろうか。慣れてしまったろうか。それとも恐怖に身を竦ませながら耐えているのだろうか。
表情がよく見たくなり、壁のスイッチに手を伸ばす。ぱちん、と軽い音のあと、牢内はぼんやりとした明かりに包まれた。
「おはようございます、戦人。」
壁に繋がれた人影の反応は鈍かった。のろりと虚ろな視線が十八を捉え、それ以上の時間をかけてようやっと言葉を発する。
「………おはよう、…ございます。」
枯れ果てて聞き取りにくい声ではあったがきちんと反応を返したことに、満足そうに十八が笑う。
「喉の調子はどうですか?戦人が今みたいにいい子にしていたら、今度薬を持ってきてあげます。」
「あ、りがとう、ござい…ます。」
たどたどしい言葉。それは言葉を覚えたばかりの幼子にも似ていた。
牢に繋がれたばかりの頃はあらゆる言葉を使って十八を詰っていたものだが、その面影はとうに無い。
助けを求めてあらん限りの声で叫び続け、そうして声と涙が枯れた頃に助けは来ないのだと理解し、そこから抵抗がなくなった。
慣れた手つきで十八が壁の鎖を外す。
「では、今日も始めましょうか。…服を脱ぎなさい。」
戦人は素直に命令に従った。衰弱した身体でもたつきながらも着衣を脱ぐ。そして天井から伸びた手枷に自ら手を通す。
服を脱げと命令されたらこうする。従ったほうが”回数”は少なくなるのだと彼は学習してしまっていた。
良くできました、と髪を撫でる。ぱさついていて、もったいないなと十八は思った。
十八が手に取ったのはバラ鞭だった。キャットオブナインテール。可愛らしい名前でしょうと笑った十八はいつのことだったか。
決まりごとを覚えるのが精一杯で、その他のことが酷く曖昧だ。
どんなことを話して、どんなふうに過ごして、どんなふうに笑っていたっけ。もうそれすらもおぼろげにしか思い出せない。
全部全部忘れてしまったら、彼は自分をここから出してくれるのだろうか。
そうこうしているうちに、背中に鞭が振り下ろされた。じんわりと広がる痛みと熱。
バラ鞭は音は大きいけれど一撃ごとの痛みは比較的少ない。十八の言いつけを守っていれば、彼はバラ鞭を選んでくれる。
最初の頃は抵抗して、一本鞭で打たれた。あの鋭い痛みはバラ鞭の比ではない。皮膚も裂けて血がたくさん出た。
…もう、あんなのは嫌だ。
背中に。尻に。脇腹に。十八は顔色一つ変えず鞭を振り下ろす。白い肌にいくつもの蚯蚓腫れが出来ても、それでも彼は行為をやめない。
双子の弟が痛みに顔を引き攣らせる様をじっくりと観察し、そうしてまた繰り返す。
そろそろ彼も自分に従うことを覚えただろうか。返事も出来たし、言いつけも守った。少し優しくしてあげてもいいかもしれない。
でも、あくまでも、少しだけ。とりあえずは喉の薬を持ってきてあげよう。彼の声がよく聞こえないのは、寂しい。
そうやって優しくしてあげたらまた何か難癖をつけて仕置きを酷くするのを忘れないようにしないと。
今までずっと鞭だったから少し慣れてきているかもしれない。何か別のものを用意するのも面白そうだ。王道で蝋燭辺りだろうか。
あとどれだけ、どんな痛みを与えれば、完全に自分に屈伏してくれるだろう。
自分だけを見て、自分の声だけを聞いていればいい。戦人の世界には自分一人がいればいい。
口の端を吊り上げながら、十八は尚も戦人の背に鞭を振り下ろす。
さぁ、早くここまで堕ちてきて。
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あとがき。
読者の声:「元気と鼻水出た」「元から元気だったけど元気出た」「メタモン狩りで傷ついた心が癒された」
はとの声:「解せぬ」
(2011.04.10)