「十代。…どうかお父さんの事を、嫌いにならないであげて。」
悪い。世界で一番大好きな母さんの頼みでも、それだけは、無理だ。
甲板に上がると潮のにおいと、遠くにうみねこの声。
そして船べりに佇む人影。後姿だけれど、見間違える筈がない。
「…親父。」
世界でたった一人だけ血の繋がった肉親の姿を。…そしてどこまでも憎い、仇の姿を。
「よう、十代。なんだ?船酔いか?」
「…そんなんじゃねーよ。」
その返事に奴はそうか、と短く言い、また視線を海に戻した。
潮風特有のどこかべたついた風が吹き抜ける。十月に入ってからの風は確実に冷たさを増していて、
ああこの分だと海の中も冷たいのだろうなと、ぼんやり思った。
「…なあ親父。」
「ん〜?」
「ここからアンタを突き落としたら、アンタは死ぬかな?」
たっぷり間を置いて、奴はおもむろに振り返った。
「そりゃまた物騒な質問だな。…死んでほしいのか、俺に?」
色違いの目と視線がかち合う。いつ見てもおぞましい色だ。
不幸な事に俺は奴と生き写しの姿で生まれてきてしまったが、この目だけは似なくて本当に良かったと思う。
いるはずのない、伝説の黄金の魔女とやらにでも感謝したいくらいだ。
「当たり前だろ。母さんを裏切ったアンタが、のうのうと生きてていい筈が無い。」
「…。」
「母さんはずっとずっとアンタを呼んでた。最期の最後までずっとだ。それなのに、アンタは…!」
俺では、駄目だったのだ。
確かに、俺の事は愛してくれていたのだと思う。けれどそれは母親としての愛であって、女性としての愛ではなかった。
そういう事なのだと、思う。
そうして最期まで想いを寄せた母を、奴は裏切った。
一度も見舞いに来ることなく。あまつさえ別の女と通じて。
挙句の果てに、喪の明けない内に籍を入れたと知った時、これは母さんへの侮辱だと思った。
―――母さんが最期に呼んだのは、アンタの名前だったっていうのに!
「…いいぜ。そこまで言うんなら、殺してみればいい。」
笑みさえ浮かべたまま、奴は言った。その言葉に、全身の血が沸騰するような感覚を覚える。
怒りのままに一歩を踏み出そうとした、その瞬間。
「十代〜?あと十分くらいで着くそうよ。荷物、纏めておきなさいよね。」
自分達を呼びにきたであろういとこの声に、心の中で小さく舌打ちしてから分かった、と返す。
冷静を装ったつもりだったが、声は震えていなかっただろうか。
「何だよ。…殺さねぇのか?」
「諦めたわけじゃない。…母さんの受けた孤独と絶望と悲しみをぎたぎたに刻み付けて、苦しめて苦しめて苦しめて殺してやる。
…溺死なんて生温いッて、そう思っただけだ。」
そうだ。この罪深い男に裁きを下すのは、俺自身の手でなければ。
「…待ってるぜ、十代。お前が俺を殺してくれる、その日を。」
色違いの瞳が、満足そうに細められる。
風に消えた言葉を、うみねこだけが知っていた。
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あとがき。
やっちまったぜなうみねこパロ第二弾。十代→戦人、二十代様→ルドルフ変換で子父です。誰が何と言おうと子父です。
当サイトではこれでも愛になってしまうのです。おかしいですね。分かってます。
何もうみねこパロでやらなくてもという皆様のお声が聞こえてきそうです。(前にも言った気がするな。)(ああそうだ白痴で3兄弟やったときだ)
明日夢さん役は特に誰と決まってるわけではないです。明日夢さん、情報が皆無に等しいので…。
因みに文中に出てきたいとこは=ジェシカ=明日香だぜ。
(2009.01.24)