宝石つったって、原石のままじゃ、ただの石ころだろ?
だから俺が磨いてあげるんだ。
だって、お前は。自分で気がついていないだけで、最高の原石なんだから。そうだろう?
「……、…っ…?」
重く鈍い瞼を無理矢理上げる。意識がはっきりしない。…俺、何してたんだっけ。
そうだ、ヨハンの部屋でデュエルしようってことになって…デュエルの前に夕飯食って、それから…それから?
記憶の糸を手繰る十代に、場違いな程能天気な声。
「あれ?もう起きたのか、十代?」
「ヨ、ハン…?……俺、っつ!?」
そこで十代は漸く、自分が椅子に拘束されているということに気がついた。
手は肘掛に、足も椅子の脚に。傷つかないように…だろうか。タオルが巻かれ、けれどその上から容赦なく縄で縛られていた。
「タオルで巻いといたし…痛くないよな?」
「ヨハン…まさかこれ、お前がやったのかよ…?」
ヨハンの問いに問いで返すと、にこりと邪気のない笑みを浮かべ、「そうだけど?」と肯定の返事。
なんで。どうしてこんなことになってるんだ。頭の中を、疑問符ばかりが駆け巡る。状況が、理解できない。
「あんまり量が多いと危険だしさ〜、ちょこっとにしといたんだけど…こんな早く起きるとは思わなかったなぁ。」
「…何の、話…?」
「ん?睡眠薬。さっき十代が飲んでたジュースに入れた。」
さらりと言ったヨハンに、眩暈がする。どうしてだろう。いつもは頼もしく感じる親友が、今、とてつもなく怖い。
「ま、いっか。起きたら起きたで。…今、右手が終わったとこだから…もーちょっと、おとなしくしてろよ〜。」
「……!?」
そう言ってヨハンが取り出したのは、爪切り。十代が疑問をぶつける暇も無く、彼は十代の爪を切りはじめた。
ぱちん、ぱちんと耳慣れた音が部屋に響く。
爪を切るという、あまりにも日常の行為。けれどどこまでも異常な今の状況。
…怖い。ヨハンが、怖い。
何とも言えない圧迫感に耐え切れず身じろぎすると、「危ないから動くなよ、」と釘を刺された。
親指、人差し指、中指、薬指、小指。順に爪を程よい長さに整える。
それで終わるのかと思いきや、耳かきのような器具で甘皮を払い、やすりで磨いてゆく。
「ヨハン、いいって、そこまでしなくても…!」
明日香やレイみたいな女の子ならまだしも。男の自分にここまでする必要があるのか?否無い。
「どうして?せっかく綺麗な爪の形してるんだ。整えてやらなきゃ、勿体無いだろ?」
「意味、分かんねぇ…!だからって何でこんな、縛ってまで…!」
尤もな十代の問いに、少し不満気にヨハンは答える。
「だってこうでもしねぇとお前、絶対逃げるだろ?それか、『そんなことよりデュエルしようぜ』って話逸らすに決まってる。」
左手の小指まで整え終わる。磨かれた爪はつるりと光り…なんだか、己のものではないような気さえした。
「…これで、仕上げっと。乾いたら縄、ほどいてやっから。」
そう言ってヨハンが取り出したのは、透明な液体が入ったビン。ビンの形状から、所謂マニキュアというやつだと思い至る。
「ホントに十代って綺麗な手、してるよな…。爪の形もそうだけど、指もすらっとしてて。それにあんまり節ばってなくて…。
それでいて、女の手とも違うんだよなあ。肌もきめ細かくて…色も綺麗。」
恍惚とした表情で語るヨハンに、背筋を寒いものが駆け上がる。これは本当に、あのヨハンなのか。俺は、悪い夢を見ているのではないか。
けれど夢だという逃避を、触れるヨハンの手の温かさが許してくれない。
そうこうしているうちに、10本全ての指に、マニキュアが塗られた。違和感の拭えない指先の光沢に、顔を顰める。
「・・・ほどいてくれよ。」
「マニキュアが乾いたら、な。」
前髪を掻き揚げて、額に触れるだけのキスを落とされる。
そして何故かヨハンは一瞬考え込むようなそぶりを見せて…前髪を掴んだまま、十代の瞳を覗き込んだ。
「なあ…十代。…お前、髪洗うとき何使ってる?」
「何って、な、何だっていいじゃねえかよっ!」
嫌な予感に、声が上ずる。
至近距離で光る翠玉。問い自体は極めて普通のものだというのに、抑揚の感じられない台詞が恐怖を煽る。
「よかねえよ。…答えろ。」
「……石鹸だよ…学校で支給されてる、普通のやつ…!」
ヨハンの瞳の圧力に耐え切れず、彼から顔を逸らして答える。
そしてヨハンはその答えも、顔を逸らされたことも気に食わなかったらしい。顎を掴んで十代の視線を引き寄せると、脅すような口調で言った。
「十代、今日から俺が髪洗うから。…勝手に石鹸なんかで洗ってみろ。…ただじゃすまねえからな。」
「…っ!いい加減にしろよッ!!俺は!お前の人形じゃない!!」
あんまりなヨハンの言いように、十代の中の何かが爆発する。もう。もうこれ以上は、我慢ならない。
けれど気力を振り絞っての抗議も、軽く一蹴される。
「いい加減にするのはお前だよ十代。お前は自分の価値に、全然気が付いてない。だから俺が磨いてやろうってんじゃねぇか。」
見つめてくる目が、頬を滑る手が、ヨハンの全てが、怖い。
「…なのにどうして、そんなこと言うかなぁ?」
「ヨハン…!」
「俺がお前を、宝石にしてアゲル。」
親友が腹の中で飼っていた狂気に、食い殺される。
…漠然と十代は、そう、思った。
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あとがき。
世話焼きヨハンは萌えだよねという話を書こうと思ったんだ、って言ったらどのぐらいの人が信じてくれますか?
(きっと誰も信じない)
BGMが「尽きる」なのがいけなかったのか…はとさんの脳内が沸いてるのか・・・(確実に後者)
(2008.03.07)