彼が置いて行ったもの。持っていかなくてはならなかったもの。
ふと目を開けると、懐かしい光景が広がっていた。
どこまでも深く深く広がるその暗闇には見覚えがあった。否、見間違えることなどありえない。
こんなに暗い闇を持つ人物を、己は一人しか知らない。
「…まさかまた貴様とここで会うとはな。」
「よう、覇王。……久しぶり。」
漆黒の鎧の奥で剣呑に輝く金の瞳。これが自分の一部であるということが、十代は未だ信じられない。
受け入れた。受け入れた筈だった。
けれどこうして改めて相対すると、彼の持つ闇の深さに慄かずにはいられない。その力は最早己のものであるにもかかわらず、だ。
「何をしに来た。」
「…さぁ。自分でもなんでここにいるのか分かんねーからなぁ。」
そもそもこちらが聞きたい。何故お前が此処にいるのかと。お前という人格が、何故まだ存在しているのかと。
己の持つ力の擬人化とでも考えれば辻褄を合わせることもできるのだろうが。
消えたと思っていた。あの赤い光の中で、砕けた鏡と一緒に消えたのだとばかり思っていた。
「誤魔化すのはよせ。貴様はまた迷っているだけだ。」
「………。」
「罰せられぬのが怖いか。償えぬのが恐ろしいか。笑わせる。奴らがあの時のことを思い出さぬことを惨めに祈っている癖に。」
「手厳しいな。」
そう言って笑うことしか出来ない。しかもおそらくはこの上なくぎこちない顔で。
だって本当に全くその通りなのだから。
(ユベルには悪いけど。俺を一番理解してるのは多分、こいつだ。)
(そうだろう。だってこいつは俺なんだから。)
「そんな風に迷っているならまた俺が喰ってやったっていいんだぞ。」
微かに細められた金の瞳が獰猛な輝きを宿す。直感する。冗談などでは決してない。
つまり弱みを見せれば覇王はまた俺に取って代わって表に出てくるつもりなのだ。
そうして再び顕現した彼は何をするか。分かりきったことだ。(何故かって彼が俺であるように俺は彼なのだから。)
「…させねぇよ。」
「なら進め。振り返らず、立ち止まらず。息が切れようがみっともなく走り続けてみせろ。」
獲物は精々逃げ回っていればいいと、捕食者は嘲笑う。
「倒れでもしてみろ。俺はその瞬間貴様の喉笛を食い破るぞ。」
残酷な宣言に、十代はけれど柔らかく微笑んだ。
それはかつての彼に比べ大人びて、どこか影のさした笑みではあったが、それでも優しく、綺麗な笑みだった。
「………ありがとうな、覇王。…これで俺は、走り続けていられる。」
「分かったならさっさと行け。…間違っても他の奴に喰われてくれるなよ。」
「当たり前だ。お前にだって喰わせてやるもんか。」
踵を返した十代に、覇王が声をかけることはなかった。
彼らはもう二度と会うことはないだろう。あるとすれば十代の身体が朽ちる時。
それまで十代は走り続け、覇王は深い深い闇の中で眠り続けるのだ。
死が二人を巡り合わせるまで、ずっと。
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あとがき。
というわけで覇十の日でした。覇十の日書くのも3回目ですね。そうかもう3年経つのか…しみじみ
今年は特に2010年ということで二十代様と覇王様にしてみた。それ覇十違うとかそんなツッコミは断固として拒否する
これでも覇王様は慰めているつもりです。
(2010.08.10)