駆ける、駆ける。 薔薇庭園を抜けて海岸へ続く石段を駆け下りる。 背後から聞こえてくる声、自分の名を呼ぶ声、誰よりも耳に馴染んだ声。 咄嗟のことで驚いたが我に返った十八が追ってきたのだろうか。 あの不自由な足を引き摺って。 誰からも愛される彼が誰からも愛されない自分を。 うるさいうるさいうるさい!! 魔女は一体何をしている、十八のいない世界をくれるんじゃなかったのか。 それともあれは俺の醜い嫉妬が見せた幻想で、俺はただ十八を傷つけただけだったのか。 まさか、そんな。 十八はいつだって俺の味方で、誰よりも俺を愛してくれて、そんな十八を。 俺は何故十八のいない世界なんかを望んだ? だって俺は、誰より十八に愛されたくて、愛されて、それ以上何を望むと。 そこではじめて俺は足を止めた。 屋敷から一気に駆けてきたせいだけではない汗がぶわっと噴き出す。 魔女は何をしてる?早く出てこい、出てきてくれ、頼むから。 辺りはしんとしていて、鳥の鳴き声一つ聞こえない。 ああ、そういえばあんなに十八が俺を呼んでいてくれてたのに、何故こんなに静かなんだ。 声も届かないほどの距離を振り切ってきたのか。 まさか遂に俺は十八に愛想を尽かされてしまったのではないか。 不安ばかりが心臓を鷲掴みにするものだから一向に動機が治まらない。 だから俺は思いきって振り返ってみた。 そこに十八がいてくれたら、と淡い期待を抱いて。 果たして、駆け下りた石段の上に十八の姿はなかった。 ああ、やっぱり、俺は。 目尻からはボロボロ涙が溢れてくるのに何故か口元は歪な笑みを刻んだ。 これで遂に、俺を愛してくれる人は誰一人いなくなったんだ。 自らの分身に捨てられた俺はどうすればいい? やはり、俺は生まれてくるべきではなかったんだ、お前もそう思ってたんだろう?十八。 足が力を失って、俺はがくりと膝を付いた。 見上げていた首が項垂れるその瞬間、ちらりと視界に映る白。 え?あれは…? 薔薇庭園から続く石段の一番下、何かが転がってる。 無意識にふらりと立ち上がって、俺の足はそちらに向かおうとしている。 やめろ、行きたくない。 それがなんだか確かめたくない。 石段の途中に転がった杖など俺は目に入らない。 それでも足は止まらない。フラフラと、蹲ったままぴくりともしないそれの元へ。 あ いやだ ああああ あああ いや ああああああぁぁぁっ!! 足下には俺と同じ顔が口から赤いものを吐き出して、その首が、おかしな方向に。 ふと肩に触れるものがあって俺はヒッとみっともない悲鳴を上げた。 振り返るとそこにはあの魔女が目を細めてこちらを見ている。 お前を追ってあの足でこの石段を一人で下りようなんで馬鹿な奴ぅ!! まるで糸の切れた人形みてぇじゃねぇかよぅひゃっひゃっひゃ!! ……ほぉら、お前の願いは叶ったぜ?
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さとるさんマジ神。
(2011.01.22)