それは、幕間の物語。
また幕が上がるまでの、ほんのつかの間の。
diabolus in musica ――― entr'acte(アントラクト)
『かあさま、ゆきはこわいの。』
『あらあら。リバティは雪の日に生まれた子なのにね。』
『わたし、ゆきのひにうまれたの?』
『そうよ。雪があなたを父様と母様のところへ連れてきてくれたのよ。』
そう言って、微笑みながら抱き締めてくれたけど。
でももうこの手は、紅にしか染まらない。
「―――っつ!?」
突然の目覚め。窓際に腰掛けて、未だやまない雪を眺めながら…いつのまにか、眠ってしまったらしい。
何の夢を見ていたかは思い出せないけれど、きっと嫌な夢。
長く窓際にいたせいですっかり体は冷えているのに、背中に汗が伝うのを感じた。心臓の鼓動もうるさい。
きっと雪が降っていて静かなせいだ。どくどくと鳴り続けるそれがあまりにも不快で、
落ち着けようと深呼吸をした時だった。…こんな思いを連れてくる元凶の声が、聞こえたのは。
「ずいぶんよく眠ってたね、ユト。」
「っ、ヴァルツェ、いつから…っ!!」
「さあ。俺が部屋に来た時は、もうユト寝てたしね。」
あまりにも聞き慣れた声に驚いて振り向くと、声の主は(大変嫌なことなのだけれど)いつものように、
我が物顔でテーブルを占拠し、本を読んでいた。しかも。
「それっ、私の本!勝手に、読まないで!!」
「…どうして。ユトは俺のものなんだから、ユトのものは俺のものだろ?」
そう至極当然に言ってのけ、笑う。
「違う。」
「違わないさ。どこもね。だってこれだけは、揺るがない事実だ。お前が、俺のものだってことは。」
「っ違う!!私は…っ!」
けれど続きは言えなかった。
否定したいのに、声帯はそれを拒否し、かすれた声すら出させてはもらえなかった。
―――こういう時に、感じる。自分の魂の奥底に潜む、異形の存在。自分をこの男に縛り付ける、
忌まわしきもの。
相反する思考に、どこまでが自分なのか朧げになる。
いっそ、歌だけをひたすらに求めるこの怪物に身を委ねてしまえば楽なのだろうけれど、
満月の向こうに見えるあの紅がそれを許さない。
消えることも消すことも出来ずに、苦しみ続ける。
…これがきっと、自分に与えられた罰なのだ。
「ねぇユト。去年の今日はあんなにいい月夜だったっていうのに、ごらんよ。まだ、やみそうにないね。」
押し黙る自分にヴァルツェは世間話でもするかのような軽い調子で語りかける。
窓の外は、まだ変わらず雪だった。静かに…とても、静かに。
「雪とユトは、どこか似てるな。奪うために、この世にやってくるところが。」
彼のそんな突拍子も無い比喩に、ゆるく首を振って否定の意を表したが、
大して気にはとめていないようだった。
「雪は音と色を奪う。お前はいろんな人の命を奪う。どちらも残酷で、でも綺麗だ。」
言いながらこちらへ歩み寄ってくるヴァルツェ。彼のことを綺麗だと思えた日々が、とても信じられない。
過去の自分を思い切り罵倒してやりたい。
どうしてもっと、ちゃんと見なかったの!!
前髪をそっと掻き揚げられて、額にキスを落とされる。
小さい頃は大好きだったそれも、今はもう恐怖を煽るだけの行為でしかない。
「…ねぇ、いつになったら気付いてくれるのかな。お前は俺のもので…けど、俺もお前のものなんだ、
ってこと。」
音も色も、失われつつある世界。ただ冷たさだけがその存在を示す中、
私が両親を殺してから初めての誕生日の夜が、更けようとしていた。
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あとがき(要反転)
というわけで、1周年記念です。どこがとか言わないで!分かってるから!!おめでたさの欠片も無いよ…これはこれでもう見事という他ないんじゃなかろうか。(開き直るな)まぁでもこのシリーズでギャグ書いてもそれはそれでおかしいしね…。
最後の文、始めは「両親を殺してちょうど1年」だったんですが、それだと第2部7話で出てきたスイートピーに矛盾が生じることに気付いて変更。
でも良かった、気付いて…。冬なのに初夏の花があったらおかしいもんね…。