夢は儚いものだなんて、誰が言ったんだろうな。
だってほら、逃げるお前は、こんなにもリアルだ。
「…夢を、見るんだ。」
元気が無いな、どうしたんだ?とヨハンが問うと、彼…十代は、そう答えた。
ここの所毎夜毎夜、繰り返し同じ夢を、見るのだと。
「夢?悪い夢か?」
その問いに十代は分からない、と緩く首を横に振る。
例えば好きな物を腹いっぱい食べる夢のように分かりやすく良い夢でもなければ、逆に血みどろの幽霊に襲われるような分かりやすく悪い夢でもない。
酷く漠然としている、そういう夢なのだと。
「けど、その夢は確かに俺を追い詰めようとしてる、そんな、気がするんだ。」
「…どんな夢なんだ?話してみろよ。もしかしたら何か、分かるかもしれない。」
少し躊躇するように瞳を伏せて…逡巡した後、十代は顔を上げて、答えた。
「追われてるんだ。」
それがどこなのかは分からない。
森の中だった時もあるし、都会の路地裏だった時もあった。
古い日本家屋のような時だってあったし、洋館だったり、西洋風の古城だったりととにかくシュチュエーションは様々だった。
夢の中で、気付けば十代は見知らぬ場所に立っている。
そして辺りを見回して、ああまたこの夢かと認識すると、背後から足音が聞こえてくるのだ。
己を害しようとする…所謂殺気の類の気配は感じない。
けれど、何故だかその足音が空恐ろしく感じられて、いつも逃げてしまうのだ。
捕まってはいけない。捕まってはいけない。捕まってはいけない。
十代自身、何故そう思うのか分からない。けれど自分の中の何かが、そう言うのだ。
―――捕まってはいけない、と。
そうして長い間逃げ続けて、けれど足音は段々と大きくなる。
夢の中なのに足は重く、縺れて、思うように前へ進んでくれなくて。
言う事を聞かない身体と訳の分からない恐怖に心が押し潰されそうになって。
そして遂に、その足音の主の手が、十代の肩にかけられる。
限界まで追い詰められた心と身体に、十代は絶叫して…そこで漸く彼は、夢から解放されるのだ。
「いつも、そこで起きるんだ。肩に手がかけられて…その瞬間に。」
夢の事を話す十代の表情は、それまで見たことのないものだった。
はっきりと、翳った琥珀。
うぅん、とヨハンは唸る。腕を組んで、考え込んで…じゃあ、と切り出す。
「今度その夢を見たらさ、怖いかもしれないけど、逃げないでみたらどうだ?」
「…相手が誰か、突き止めろって事か?」
「そう。相手が誰だか分かれば、その夢がどんな意味を持つのか少しは分かるかもしれない。」
真摯な蒼い瞳に、十代は勇気付けられた。ああ、分かった。試してみる。と答えると、頑張れよ、と。
ヨハンはいい奴だ。出会って間もない自分のおかしな夢の話にも、こんなにも真剣に付き合ってくれる。
満たされた想いで、十代はその夜眠りについた。
そして、その夢はやってきた。
今日は、辺りは真っ暗だった。屋外か室内かも分からない、漆黒の空間。…こんなのは、初めてだ。
本当に何も無い空間を見やり…そろそろ、来ると思った瞬間、それは聞こえてきた。
こつん。こつん。
少しゆっくりとしたペースで、いつものようにそれは近づいてくる。
途端、頭の中でけたたましく警報が鳴る。
勝手に逃げ出そうとする足を叱咤する。駄目だ。見なければ。この足音の主が誰なのか。
どれぐらい、そうしていただろう。数分だろうか、数十分だろうか。
暗がりから現れた人影に、十代は目を見開いた。
琥珀の瞳に映ったのは、蒼い―――蒼い。
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あとがき。
4810祭投稿作品ダイロクダァ!にしてフィナーレ。
一番ぶっとんでるけど、一番俺っぽい作品じゃないかなぁとか思う。このぶつ切り具合が。
そしてどう考えても眠りの家です本当にありがとうございました。某囲/炉/裏さん応援してます。
(サイトアップ:08.06.01)