こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。
女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。
真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。
とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。
自分も確にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。
死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。
大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。
その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。
自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのかと思った。
それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。
すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
(夏目漱石、「夢十夜」)
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こんな夢を見た。
和尚の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると行灯がぼんやり点っている。
片膝を座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。 同時に部屋がぱっと明かるくなった。
(夏目漱石、「夢十夜」第二夜)
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