グンモーニン、ハニー。と、二度囁くと、抱え込んだ枕に顔を埋めていた男は、ようやく目覚めの予兆に睫毛を小さく震わせた。

「ベルナルドさーん……オ、目が覚めたか?」
「……ジャン?」
 瞼を開けないまま、おはよう、と応じるベルナルドの声はゆるやかで、まだ少し寝ぼけているようだった。
 眼鏡をかけていない男の顔立ちを鑑賞しながら、ジャンは、顔を覗き込むため折り曲げていた腰を真っ直ぐに戻す。
 ベッドサイドに立ったジャンはバスローブに身を包んでいる。乾いたばかりで普段よりもふわふわとした髪が、ジャンの動きに合わせて揺れていた。
「おはよう、ジャン。いい匂いがするな」
 ベルナルドはジャンから石鹸の香りが香って来るのを確かめるように深く呼吸し、薄く微笑んだ唇で囁く。
「そりゃー、毎日風呂に入ってるからな。」
 刑務所から脱獄時のことを思い出しながらそう言うと、ベルナルドは肩を小さく震わせて笑った。そして、「いい匂いがする、いい朝だ」と笑んだ唇のまま呟く。
「こんなに起きるのが楽しみな朝はそうそうない」
「そのわりに、ゆっくりお休みだったわね?」
「まどろみながら、ジャンが料理をする音を聴いているのがあまりにも幸せでね。あれは、なかなかサプライズな幸せだった」
 ベルナルドは、饒舌ながらもゆったりとした語り口調で────傍目から見ても、浮かれているのがわかる様子だった。
 今日は週末ではないが、仕事は休みだ。先週末の休みに二人揃ってデトロイトからの客を接待し、カナダからの輸入ルートのパイプを太くすることに勤しんだぶん、今日、臨時の休暇を入れたのだ。
 朝から丸一日の休暇を入れて良かった。隠れ家に連れ込んでいて良かった。こんなベルナルドは見せられたものではない────とジャンが思うほど、あまりにも浮かれている。
 ニコニコ笑いっぱなしで、目はウットリとジャンを見つめ、視線の甘ったるさを隠そうともしない。この場は二人きりだから構わないとして、これを他者に見られては居たたまれない。ジャンが。
「あんたがなかなか起きねーから腹が減ったんだよ。なんか、いい夢でも見てたのけ?」
 ジャンがぱしりと相手の肩を叩きつつ、そう言うと、ベルナルドは寝ている間に少しもつれた長い髪を両手で後ろへと梳きながら、すでに満ち足りているような微笑みを浮かべて目を伏せる。
「いや、現実のほうが、夢よりもなお夢に満ちていて楽しいさ。お前が、今日は何をしてもいい……なんて言うものだから、フ、ハハ、色々と準備を────」
「冷蔵庫の生クリームはパンナコッタに、キッチンの台にあった未開封の蜂蜜はパンフォルテになってただいまオーブンの中〜。いーい匂いするだろ?」
「…………ああ、本当だ、粉の焼けるステキな香りがするよ……」
「うなだれんな。絶望的なツラすんな。おい、おっさん」
 ベルナルドが髪を梳く手を止めて、そのままうなだれるものだから、頭を抱えている格好に見える。
 随分な嘆きように、呆れながらジャンが肩を揺すると、拗ねたようなアップルグリーンの目がジャンを見た。その目のふちに、ジャンはキスをくれてやる。
「ちゃんとあんたのご希望通り、なんでもしてやるって」
 きょとんと瞬いたベルナルドの睫が、ジャンの唇をくすぐった。
「四月一日。ハッピーエイプリルフール」
 そう囁いてベルナルドの前髪を息で揺らし、ジャンは笑う。
「あべこべの世界へようこそ、ハニー? なあんでも、ご希望のほどを?」
「……希望の反対のことを言わないといけない。そういうことかな、ダーリン」
「ワオワオワオ。さっすが俺のハニー、理解が早い」
 イイコイイコ、とわざとらしく頭を撫でてやると、ベルナルドはジャンの胸元に鼻先を寄せ、くく、と喉を震わせて、いかにも楽しげに笑い出す。
「なーんだよ。ずいぶん楽しそうだな、ハニー」
 いつもとは逆の呼び方をしながら撫でた手をそのまま動かして、ふわふわと緩く波打つ髪を指で梳く。胸元に寄り添ったままベルナルドは顔を上げ、ジャンを見上げた。
「楽しいさ。ああ、もちろんこれは嘘じゃない」
「そうかそうか」
「俺もお前も、こんな商売だ。ゆっくりと何もかも忘れて、ジャンと遊んで過ごせる日なんて、そうはないと思わないかい?」
 そう言い、ベルナルドは顎の裏に唇を触れさせ、チュ、と音を立てる。キスされた回数の少ない場所に触れられると、なんだかむず痒いようなくすぐったさがジャンの中でざわめく。
「いい休日だ。グラッツェ、ジャン」
「……それは嘘か?」
「フフ、賢いお前には真贋がわかると思うがね」
 照れくささにジャンがついぶっきらぼうに言うと、ベルナルドは目を細めて見つめて来る。精悍な顔を見て、くそ、とジャンは内心呟く。カッコイイな、こいつ────
「ところで────コンデンスミルクは見つからなかったようだね、マイダーリン?」
「うわー駄目だこのおっさん!」
「まあまあ、そう言わないでおくれ、ジャン」
 思わず叫んだジャンの腰に、長い腕が絡んで来る。拘束めいた強さでしっかりと抱き寄せられ、ベッドの上へ────と言うより、ベルナルドの膝の上へ、座らされた。
 鼻先が触れる距離で、ジャンの目前にはベルナルドの満面の笑みが広がっている。おかしなスイッチが入ったな、とジャンが若干腰を引かせていると、ベルナルドは更にしっかりと抱き直してきた。
 尻を引き上げられ、腰の上を跨がされる。あからさまな体勢に、ジャンの喉が思わず、ごく、と鳴った。────嫌ではないのだ。
 ちょん、とベルナルドの鼻先がジャンの鼻先に触れた。犬猫の挨拶めいた仕草は可愛いが、跨いだ腰はすでになにやら硬い感触をジャンに押し付け始めている。
「お前とふたりで世界のまだ知らぬ深淵を探る楽しみは、何ものにも代え難いステキなワンダーなんだ」
「あんたが探ってんのは俺のカラダだろーが……クソ、どこまでが嘘だよ」
「これも本当。────さて、ここからがエイプリル・フール・デイ。お前が誘ってくれたショウタイムと行こうか」
 すっかり気を取り直したベルナルドは、ぺろりと舌先を唇から覗かせ、舌なめずりをしてみせる。
 食う気満々じゃねえか、と思いながらわずかに身を引き、ジャンの背と膝裏を支えて抱き上げようとするベルナルドの腕からするりと逃れる。
 逃げたジャンを見てきょとんとした顔の額を、指先で軽く弾いてやった。
「あんたのことだから、ついてくと台所のオプションがつくだろ? ハニィ?」
「マイ・ロード……いや、ダーリンのご期待とあらば────と言いたいところだが、お前はベッドの方が好きだからね」
 一人で立ち上がったベルナルドは、ぱちんと片目を瞑りウインクまで飛ばす上機嫌っぷりで寝室の外へ消える。残ったジャンはベッドの上の枕に向かって寝転がった。

 主寝室にある大の男二人が寝ても充分な広さを持つこのベッドは、二人で過ごすために選んだものだ。他のゲストルームにもベッドはあるが、このベッドばかり使う。
 淡いグリーンの壁紙が貼られた天井を見上げながら、ジャンはこの家に泊まった日のことを思い出した。
 ────セックスが出来ない日はあってもしない日はない男になりたいと、ひどい台詞を吐いたベルナルドのことをとやかく言えねえ、と思わず溜息が零れる。
 ジャンは、ベルナルドと同じベッドで眠れない日はあっても、眠ろうとしない日はなかった。ベルナルドの気持ちは、こんなことなのだろう。ただ内容については今でも、何言ってんだあのおっさん、と言う気持ちが拭えることはない。

「甘いものはいかが、マイ・ロード」
 ジャンがそんなことを考えている短い時間のうちに、ベルナルドは小さなコンデンスミルクの缶を手に戻って来た。どこに隠してあったのだろうか。台所の棚も、食料庫も、一通り覗いたはずなのだが。
 すでに小さな穴が二つ開いた準備の良い缶を、ベッドに乗って来たベルナルドは、早速斜めに傾ける。白い甘さがシーツに落ちる予感に、ジャンは慌てて缶の端を押さえて真っ直ぐに戻した。
「おい、零したらシーツべたべたになるだろ」
「ミルクでも違うものでも存分に汚していいよ? 俺がバスルームで洗ってやるさ」
 ベルナルドの視線がジャンの体を、つま先から顔まで撫で上げるように移動する。小さな穴から零れ落ちかけて缶のふちに滲んだ、とろみのある乳白色のミルクを、ベルナルドはジャンの顔を見つめながら指先ですくい、それを差し伸べて来た。ジャンはそれに顔を寄せて嘗める。
 甘ったるい濃いミルク味────たぶん今、ベルナルドの期待通りのことをした、と思いながらちらりと上目に見上げると、嬉しそうに細められたベルナルドの青林檎色の目があった。
「舌出して、ジャン」
 期待をこめて囁かれたベルナルドの言葉通りに舌を伸ばしかけたジャンは、ふと湧き上がった悪戯心にニヤリと笑い、
「ほうほう、そりゃ出すなってことね」
「ン────? ……ああ、成程」
 遊びのルールを忘れていたらしいベルナルドは目を瞬かせたが、すぐに笑ってジャンの唇を撫でた。閉じた唇の間をなぞられ、反射的に開かれたジャンの口の中へ、ベルナルドの指先が忍び込む。さっき嘗め取り切れなかったミルクの味がうっすら舌の上を掠める。
 舌先を、少し荒れた指先でそっと摘まれた。そのまま引き出された舌先には、傾けられた缶から、細く垂れたミルクが落とされる。
「……ン、む」
 粘り気のある液体が舌を柔らかく打つ感触と、強い甘さに唾液が湧く。ジャンは、ベルナルドが缶を水平に戻すのを見て甘く濡れた舌を引き戻し、ことさらゆっくりと口の中で味わう。
 わざとらしく、白く汚れた舌先を見せびらかしたりなどしてやっていると、つ、と粘度の高い甘さが、今度はバスローブの襟元から覗く鎖骨の上に垂れた。
「ああ、しまった。零れた」
 あまりにも棒読みなベルナルドの台詞に、ジャンは思わず噴き出す。
「アラマァ大変、拭って下さる? ……っつーか、わざとらしーったら、このおじちゃんは」
「それに付き合ってくれるお前も素敵だよ、ハニー……いや、ダーリン」
 拭ってあげよう、といやらしく笑ったベルナルドは、白い胸元に落ちた甘い雫を舌先で掬い取り、さりげなくバスローブの襟を引いて崩させた。
 あらわになったジャンの胸の左側、粒立った乳首に、早速口をつける。ちゅ、と濡れた音で吸われ、ジャンの背がしなった。
 ベルナルドの腕は、はふ、と息を洩らすジャンの体を抱き、乳首を舌先で潰したり擽ったりしながら、バスローブを手際よく剥いで行く。
 なけなしの布地ではあったが、覆われていたものが取り払われ、裸同士の体が触れ合う心地よさにジャンが溜息を零す時も、ベルナルドはジャンの胸に顔を伏せていた。唾液で濡れ、赤く色づいた乳首を甘く噛まれると、そこからちりちりとくすぐったいような快感が広がって、すぐ傍の心臓を速く脈打たせる。
「そ、んなにしゃぶって楽しいのけ? ベルナルド……っ」
「すごく甘いよ、キャンディみたいだね」
 こっちも嘗めてやろうか、と囁きながら、緩く頭をもたげていた前を弄られて、思わず尻に力が入った動きを、ベルナルドは見逃さなかった。しまった、と視線を遠くへやるジャンの顔をわざわざ覗き込んで来る。
 最初からその気だった体は、昂ぶりやすくなっている。朝、シャワーを浴びて、中もついでに────セックスのために洗っておいた。目一杯密着出来ることをしたい欲求が、ジャンの中でくすぶっている。
「かわいいな、ジャン。前を触るよりも、奥に、欲しい……?」
「……欲し、い……」
「欲しくないってこと、かな。了解────」
「は、はあ!?」
 恥ずかしさに耐えて言った言葉への思いがけない反応に、ジャンの声が裏返った。怒りの湧きかけた腹を、ベルナルドの指先がつうっとへそまで撫でて宥める。
「今日がエイプリル・フール・デイだと気づかせたのは、ジャン、お前だよ……?」
 ベルナルドの至近距離の顔が脇へと逸れて、ジャンの耳朶を、声が、息がなぶる。殴ってやろうかと力のこもりかけた手は、ぐにゃりと力が抜けてシーツの上に落ちた。ベルナルドの舌が、首筋から、熱を帯びた耳へと這って行く。
「……ジャン。濡らすものは? 用意してあるんだろ?」
「ね、ねえよ!」
「フフ、エイプリル・フール・デイらしいお答えだ。さすがだね、ジャン。────どこ?」
 ベルナルドに、ジャンもセックスするための準備を整えているだろうと見透かした顔で促され、ジャンは苦虫を噛み潰したような顰め面をする。
「こ……の、アホオヤジ……!」
 ジャンは、唸りながらもベッドサイドの棚についた引き出しを指差した。指し示されてベルナルドが引き出しから取り出した瓶の中身は、マッサージ用のオイルだ。体に無害で、刺激物にならないよう香りも何もついていないもの。
 オイル瓶を手にしてニヤついた男前の顔を、ジャンの指先が、このアホ、と力なくはたく。はたかれた頬は嬉しげに歪んだまま近づいて来て、ジャンの頬にキスをした。
「実はな、ジャン。俺の荷物の中にワセリンもあったんだ」
「ばっ……だったらそれ使えよ!」
「ジャンが準備してくれてると思うと嬉しくてね。お前が俺と、セックスする支度とかしてくれて、嬉しくて、たまらなく興奮する……」
「────っ……」
 ぐっと潜められたベルナルドの声音と、目を覗き込んで来たアップルグリーンの瞳に、ジャンはごくりと喉を鳴らしてしまう。まるで催眠術でもかかったような気分だった。青味がかったグリーンの目に、視線が吸い寄せられ、触れられてもいないのに肌の上を細かな快感のさざなみがなぞって行く。
 四つん這いで、と促され、嬉しそうな声しやがってコノヤロと思いながらも、ベルナルドの言う通りに上半身をシーツの上にぺたりと伏せる。ジャンの腰を掴んで引き上げるベルナルドの指先が少し冷たくて、ジャンは短く息を詰めた。
 手のひらで一度温められたオイルがそっと垂れて来る。
 つ、と後孔に垂らされたオイルの後を追って、太い指がそっと奥へと掻き分けようとして来た。馴染ませるようにして丸く周囲をなぞって、垂れるオイルを掬うようにしながら袋との間の薄い皮膚をくすぐり、滑りの増した指をまた窄みをなぞる。
 何度か繰り返してむず痒いような快感を与えた後、たっぷりとオイルを塗り込まれたそこへ何の抵抗もなくベルナルドの指は入り込んで来た。
「っ、く……ぁ」
 ジャンは息を詰めかけた喉を開放して、淡い声を零す。ベルナルドの指を締め付けかけた粘膜は、呼吸と一緒に緩み、また締め付ける。それは、ものを嚥下するような動きと似て、ベルナルドの指を奥へと誘い込んだ。
「ふぁ、あ……ン、ん」
 たいした間も置かずにもう一本、ベルナルドの指が入り込んで来た。オイルをまとった指が内側を擦り、指の根元まで埋め込まれて、ジャンの下腹を細かく震わせる。高く上げさせられたジャンの尻からしなった背の方へも垂れて来るオイルを、ベルナルドの手のひらによってぬるりと肩甲骨の間まで引き伸ばされる刺激にも、細い声が喉から溢れた。
「っベルナルド……!」
「中がずいぶん柔らかいよ、ダーリン……欲しい?」
 呼ぶ声に、問いで返すベルナルドに、エイプリル・フール・デイのお遊びを思い出す。二度は騙されねえぞこのやろ、と思いながら振り返る首の姿勢のまま口端を上げて、カヴォロ、と唇の動きだけでジャンは囁く。
「欲しくない」
 肩越しにニヤっと笑ったジャンにベルナルドも笑う。猫のように目を細めた、どこか不穏なその笑みにジャンが怪訝に思っていると、「そういうことにしようか」と訳のわからないことを言って来る。
「うん、それはいい。そういうことにしよう、ダーリン」
「は? あんた、何言って……」
「欲しくないって言ってるのに、無理やりねじ込まれる……ほら、これを」
 後ろ手に片手を導かれ、その先で触れたものにビクリと指先が震えてしまった。明らかに勃起している。何でこの状態でこんな余裕ありそうなツラしてるんだ、とジャンがベルナルドの顔を見ると、ベルナルドは少し困ったように笑う。笑った目を見て気づいた、余裕が薄い。
「ベルナル、ド」
 睦言の中でしか出さない湿った声で呼ぶと、ベルナルドの顔から笑みが一瞬消える。そして、ぐっと息を詰めた男は、ジャンの耳の端に軽く噛み付く。
 噛まれた刺激の上に熱い吐息がかかって、ジャンの顔を思わず俯かせた。俯き、両手で掴んだ枕に額を擦り付けて、自身の先走ってしまいそうな昂ぶりを宥める。
 その間もベルナルドの勃起はジャンの尻を撫でるように押し付けられ、足の間に滑り込んで、あの小屋の時のように内腿の薄い皮膚を擦り、玉を押し上げ、刺激して来る。あの小屋の時と違うのは、ジャンの体がそれと内側で触れ合う行為を知ったことと、ジャンが、それを望んでいることだ。
 ベルナルドの性器は、ジャンの足の隙間で擦るうちにますます硬くなって行く。腰を動かすリズムや、きし、と断続的に軋むベッドの小さな音は挿入されている時と同じなのに、すっかり覚えこまされた内側の粘膜を擦られないことがもどかしくて、ジャンは身をよじる。
「な、んで、そんなとこでばっか擦っ……」
「ジャンのここは、気持ちいいな。でも、やっぱりお前の中に入りたいから、こうやって、入れる場所を探して……ああ、ジャンのここも、俺のを探してるみたいだね。ひくひくして、ほら、押し付けると……」
 足の間を犯していたものが、尻の谷間を滑り、先端が、性感を覚えこまされた箇所をぬるりと擦ると、体が反射的にびくんと震えてしまう。
 派手に震えた体はベルナルドの腕に強く抱きしめられ、ただ押し付けられるだけの待ちわびているものに、ジャンの窄まりは息づくように浅く収縮した。
「……吸い付いた」
「ば、っかやろ……!」
 自覚したことを口にされ、言うなと裏返りかけた声で叫ぶと、汗で金髪の貼りついたうなじを嘗められた。骨の形を辿るベルナルドの舌が、汗を嘗めて、吸い付く。
「ジャン────欲しくないって言って」
「ベルナルド、ぉっ……」
「この中、ぐちゃぐちゃに俺にレイプされたくないって……言って。今日は四月一日、だろ……?」
 ダーリン、と囁く声がジャンの首筋に触れ、がぶりと噛み付かれた。痛みを感じてジャンが短く悲鳴を上げ、それより長い被虐的な快感を覚える。
 ベルナルドの噛み付くような真似は珍しい。内実、ひどく興奮しているのだと考えると、痛みに竦むよりも快感の方が明らかに強かった。
 そんな状態でねだられて、抗えるはずがない。
「ベルナルド、あんたのペニス突っ込、む、な……それで、俺の中ぐちゃぐちゃにレイプ、なんか、されたくねえよ……!」
 頼むから、と懇願まで付け足してやって、これで満足かと肩越しに振り返ると、涙で滲みかけた視界にはひどく嬉しそうに笑むベルナルドの顔があって面食らった。
「ああ、ボスの、望むとおりに────」
 興奮を押さえ込みきれずにかすれた声でベルナルドが言うと同時に、腰を強く掴まれ、濡れた丸い先端がジャンの中に押し込まれた。
 圧迫感に、ジャンは細く息を吸う。体重をかけて少しずつ張り出した部分が押し込まれて行く感触に、ジャンは頭のてっぺんまで淡い快感の線が繋がるような心地を覚えた。
「っぁあ、入って、来、る……!」
「あ、あ……お前の中、すごい、よ。夢でも見てるように、いい。愛するジャンと愛し合い、世界のまだ知らぬ深淵を探る楽しみに溺れてしまう気持ち、お前にもわかるだろ────」
「ア……アホ……っその口閉じろ!」
 とろけかけてた気分を忘れ、思わず叫ぶ。と、ベルナルドが口を閉じた途端、がん、と容赦なく奥まで貫かれた。
 喋っていたのは余裕のなさを誤魔化してのことかとジャンが考える間もなく、動き出された。押し込まれる時には声を押し出され、引き抜かれる時には怖気のような震えが走る。
 腹の中をかき混ぜられて、ジャンは自分の体が浅ましいほど貪欲にそれを受け入れ、腰を揺らしてしまうことを止める気にもならない。ベルナルドが散々、ジャンが快感に溺れることを喜んでいることを示して来たからだ。言葉でも体でも。
「きつい、な。痛くない……?」
「いた、く、なんか……っぁあ、あ、っふ、ぅン!」
「────そのようだ」
 尋ねながら小刻みに奥を苛められて、悲鳴じみた高い声を上げるジャンに、ベルナルドの声が笑みを含む。
 面白がると言った笑いではない。満足げな、声。荒い息の混じる、何度もベッドを共にすることでジャンの耳に染み付いた、恋人同士になるまでは聞いたことのない声。
 自分の喘ぐ声ばかりが耳について、もっと何か喋ってくれよ、と甘ったれたとしか言いようのない声でねだると、耳のふちにベルナルドの唇が触れる。
「最高だ、ダーリン」
「っ……!」

 普段は聞き慣れない、ダーリン、の呼び名に、ふ、とジャンの頭の中にエイプリル・フール・デイのことが思い出された。
 嘘と本当が逆になる、本当のことを逆のことを言い嘘をつく日────
 
「や、やだ……!」
「ジャン?」
「やだ、って! や、ぁ」
 欲しいと言った時のベルナルドの反応がまざまざと思い出されて、反射的にジャンは声を上げていた。腰は勝手に揺らめき、ベルナルドのものを奥深く受け入れ、その場でとどめようとする。
「中で出すな、出すなって、やだぁ……!」
「……ああ」
 少しだけ切ない声で、ベルナルドが応じ────
「や、」
 予想外に引かれた腰に、いやだと上げかけた声が出る前に、うなじにベルナルドの歯が当たる。浮き出た首裏の骨の辺りに甘く噛み付いたベルナルドは、ジャンの中へ根元まで埋めていたものを一息に抜き取った。
 ずるりと摩擦感を伴って、まだ萎えていない、達していないものが体の中から去って行く喪失感に震えるジャンの尻に、熱い体液がぴしゃりとかかる。
 引き抜かれる時の摩擦に、喪失と昂ぶりを覚えていたジャンの体は、つられるように埒をあけていた。
「く、ぅ────」
 高く細い声が喉奥から上がり、力のこもった下腹部が震えで浅く波打つ。
 欲しがって収縮する体の奥が寂しいと涙が滲みそうな自身をジャンが持て余していると、指の痕がつきそうなほど強く、背後から胸を掻き抱かれた。首筋にかかる、ベルナルドの詰めた息遣いに目がくらむ。
「……好きだよ、ジャン」
 掠れた声でベルナルドが囁く。言葉に乗せ切れなかった思いを伝えるように口付けが降って来る。そんな触れられ方をしては、たまらない。
「な、か……で」
「ジャン?」
「出せっつったのに……」
 声を出すと腹筋に力が入り、ふる、と背が震える。
 やはりエイプリル・フール・デイなどで遊ぶべきではなかった。自分が達する瞬間は味わったくせに、こいつは、ベルナルドは行き着く瞬間を自分の体に味わせなかったのだ────とジャンは恨みがましいような気持ちで、尻から腿裏へ伝う体液の感触に、また、ふるりと背を震わせた。
 全身がぴりぴりと過敏になっている。は、は、と何度も息を吐き出しても治まらない。
 解決する方法はわかっていた。
 だからジャンは、涙の膜でかすむ目で肩越しにベルナルドを振り仰ぎ、エイプリル・フール・デイのことなど構わずにねだる。
「もっかい、入れて……くれよ、上手くイけね、終わんね、え、ベルナルド……っ!」
 言い終わるとほぼ同時に、世界の上下が入れ替わっていた。ベルナルドの手がぐいとジャンの体を引き寄せて、仰向けにさせる。膝を両側へ開かれ、腰を抱えられて、望んだそれに、ジャンは何も抵抗しない。はやく、と口にした途端、一息に硬いものに犯された。
「ぁ、あ────っ」
 悲鳴じみた嬌声が上がって、どうしようもない充足感がジャンの体を満たす。
 技巧も何もなく滅茶苦茶に突かれる。ふ、とベルナルドの荒い息が何度も繰り返されるのと、オイルまみれの結合部がぐちゃぐちゃと音を立てるのだけが部屋の中の音だった。獣じみた息遣いが交わって、快感以外の感覚がどんどん遠くなる。
「すまない、ジャン……っ」
「ん、んぅ、ん! な、なに、ベル、」
「さっき、俺は嫌な嘘をついたからね……」
 ごめん、と子供のように素直な詫びが上から落ちて来る。
 ぎゅうっときつく両腕で抱かれながら抉るように貫かれると、訳がわからないほどに早く、躊躇いもなく上り詰めた。
「イく、ベルナルドぉ……!」
「ジャンっ……俺も、」
 後の声は互いの口の中に消える。ただ舌を嘗めあいたい一心で深い口付けを交わし、ぶるりと殆ど同時に震えた二人の体を、ようやく待ちわびた絶頂が汚した。








「だるい」
「だろうね」
「背中もケツも足もオイルでべたべただぜ」
「後で俺が洗ってあげるよ」
「シーツ、どうすんのけ」
「そうだな、暖炉で燃やすか?」
 オイルが染み込んでてよく燃えそうだ、と悪戯っぽい声が後ろから耳をくすぐり、ジャンは思わず笑う。
「くすぐってえよ。暖炉でザーメンとオイルまみれのシーツ燃やした匂いとか、想像したくねー」
「まあ、上手いことやって片付けるさ。任せておくれ」
 ベッドの上で横たわり、背後からジャンを抱いたベルナルドの言葉に、ジャンは身じろいで視線を向ける。蜂蜜色の目を細めて、笑んだ。ベルナルドのアップルグリーンの目に映る自分の顔が、妙にうっとりととろけた表情をしていたことに、気づかずに。
「俺のハニーの手腕は信用してるって」
 エイプリル・フール・デイの名残を残した呼称で呼ぶジャンに、ベルナルドは真顔になる。真剣に、真面目な顔でじっとジャンを見た後、ぎゅうっと抱きしめて来た。
「……困った」
「ァ、なに、ベルナルド……」
「俺のダーリンが可愛すぎて、俺は死ぬかもしれない」
「それこそ嘘だろコノヤロ」
 その通り、と笑うベルナルドの声がジャンの耳を撫でた。鼻先で耳の裏を擽ったベルナルドは、甘えるようにジャンの後頭部へ額をつけて来る。
「お前を置いて、死にたくない」
「わかってる」
 それが嘘偽りなにひとつない、エイプリル・フールのショウから外れた言葉であることをジャンは知っていた。
「わかってるさ、俺の……ベルナルド」

[2011年 04月 01日]

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