「あ、あのな左門。こ、今度の休みに一緒に町に行かないか?」
そうやって先輩から初めて誘ってもらえたのに、ちょうど今朝方三之助達を約束をしてしまったばかりだった。
(なんてついていないんだ)
でも先約は先約だし、三之助が滝夜叉丸先輩に贈り物をした話を聞いて連れて行ってくれと自分から頼み、自分たちだけだと辿り付けないからと無理矢理作兵衛も巻き込んだのにやっぱり行かないとも言えない。
泣く泣く先輩に先約のあることを告げれば
「気にするな。だけどその次の休みは空けとけよ」
と優しい言葉が返ってきたのが嬉しかった。
「あ、あの本当にごめんなさい。せっかく誘って貰ったのに・・・」
(僕、絶対先輩に似合う結い紐買ってきますからね!!!)
そう新たに決意を固めて僕は次の言葉で固まってしまった。
「いいって、喜八郎あたり誘って行ってくるからさ」
「綾部、先輩と?」
先輩は僕が罪悪感を抱かないよう気を遣ってくれているだけだ。その人選に他意はないのだと頭ではわかっているのだけれど、胸の奥にツキンと痛みが走った。
(何で、何で綾部先輩なの?)
一ヶ月前、好きだと告げてくれた時の三木エ門の瞳に嘘はなかった。
だから信じたいと思っていても以前から三木エ門の隣にいることが多く、同じ四年生野中でも三木エ門とふれあっていることが多い綾部への嫉妬は消えることはなく、いつも不安の種だった。
(だって僕らはこの一ヶ月の間何も変わらなかった。会えば憎まれ口ばかりで・・・)
不覚にも泣きそうになってしまった顔を見られたくなくて咄嗟に俯いてしまった自分に気がついたのだろう、三木エ門が話すのを止めて振り返った。
「遅くに引き留めて悪かったな」
「・・・いえ、大丈夫です。僕のほうこそすみません」
そう返すと三木エ門は左門の頭に手を伸ばし、髪を梳き始めた。
(この手は本当に僕のものなのだろうか)
左門は俯きされるがままになりながらどんどん思考が暗くなっていくことを止められなかった。
「じゃあ、おやすみ」
と頭から手が離れ、三木エ門が自分から離れると思った瞬間、三木エ門の袖を掴んでしまった。
「左門?」
「――っ!」
咄嗟に三木エ門を見上げれば驚いた顔をしている。当たり前だろう、自分も何故掴んでしまったのかと驚いたのだから。
「なんだ、断ったことを気にしてるのか?急に誘ったほうが悪いのだし、そんな顔するなよ。」
自分はどんな顔をしているのだろうか。
三木エ門は少し焦ったような、そして心配そうに自分の顔を見ている。
(違うんです、そうじゃないんです。自分でもわからなくて)
答えようにも声にならず、首を振ることで三木エ門のせいではないと否定するのだが、どんどん胸が痛くなってくる。
(どうして、どうしてこんなに胸が痛いんだろう)
とうとう俯いてしまった自分を三木エ門が心配そうに声をかけてきた。
「左門?本当にどうしたんだ」
(わからない、わからないよ。ねぇ先輩助けてよ)
声にならない声で三木エ門に助けを求めた左門はそのまま勢いよく抱きつき、わんわんと泣き始めた。
泣きやませようとしているのか抱きしめ背中をさすってくれるのだが涙の勢いは増すばかりで自分でもどうにもならなかった。
「「先輩、なに左門泣かしているんですか」」
「僕にだって理由がわからないんだ!!」
同室の二人は自分の泣き声を聞き、心配してくれたのだろう。
気がつけば三木エ門と引き離され部屋の中に引きずり込まれた。
「大丈夫か、先輩に何かされたのか?」
(違うんだ、先輩は悪くない。先輩は悪くないんだ)
泣きながら二人の質問に首をふる左門は三木エ門と離されたことで更に痛みが増した胸を押さえながら、疲れて寝るまで泣き続けたのだった。
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