考えるのは君のことばかり 番外
「こら、三之助。今日はずっと手を繋いでいる約束でしょう!」
髪結い紐を手に取り、眺めていた三之助の後ろからいつもより高い声が聞こえた。
(やっぱりこっちのほうが良いかな)
「悪かったすね。これ、あんたに似合うと思ってさ」
手にとった二本の紐のうちの片方と品代を店主に渡しながら振り返る。
「そんな言葉で騙されませんからね。全くちょっと目を離したらこれなんだから」
そこには綺麗に化粧をして髪を結い上げた女装の滝夜叉丸がいた。
年の割には少し化粧が濃いような気もするが、かなりの美女に仕上がっている。
(うん、やっぱりこっちの色が似合うな)
「兄ちゃんの恋人かい?べっぴんさんだねぇ」
「そう、年上だから俺はいつも尻の下に引かれっぱなしさ」
紐と釣りを受け取りながら足を踏みつける滝夜叉丸に笑顔を向けつつ、三之助は軽口を叩く。
そんな三之助に溜め息をつきつつ、またどこかに行かれてはたまらないと滝夜叉丸は三之助と手を繋いだ。
事の起こりは三之助からの誘いだった。
「なぁ滝夜叉丸。今度の休み一緒に町に行かないっすか?」
滝夜叉丸が学園で1、2を争う方向音痴の三之助を三年長屋に送り届けていたところだった。
(三之助に誘われたのは初めじゃないか?何か嬉しいかも・・・何て言っている場合じゃない!!)
「作兵衛から聞いたんすけど、うまい饂飩屋があるらしくて。行きたいから場所を教えてくれといったらすごい勢いで断られて・・・」
「先輩をつけろ!それに長屋から食堂までの間だって迷子になることが出来るお前が辿り着けるわけ無かろう!常識的に考えてみろ」
それでなくても日頃から三之助ともう一人の迷子の面倒を見ている富松が休日まで三之助の相手はしたくないだろうと思う。
(本当に何故これだけ迷ってばかりなのに、この男は自分が方向音痴だと認めないのだろうか。あれだけ私や富松が口を酸っぱくして言っているのにこの無自覚さは犯罪ではないのか?)
「だけど滝夜叉丸と一緒に行きたいっていったら本人に場所を教えるからって」
「・・・絶対に学園に帰ってくるまで私の手を離さないというのなら考えてやらないこともない」
「町で男同士で手を繋ぐなんて恥ずかしいっすよ」
「背に腹は代えられんだろう」
(委員会時のように電車ごっこや紐で括り付けているほうがもっと不自然だし・・・)
「そうだ!あんたが女装すればいいんですよ。この間の授業で高評価とったって自慢してたし!」
(確かにそれだと不自然なところはないだろうが・・・)
「ね、そうしましょう。あ、二人きりで出掛けるの初めてっすよね。楽しみだな」
そう言った三之助の笑顔を見て、滝夜叉丸は断る事なんて出来なかったのだ。
確かに二人きりで出掛けるのは初めてだった。
休日前の委員会活動で疲れ果てて出掛けることも中々難しかったし、委員会中に三之助がいなくなり夜通し探して休日を寝て過ごすことも多かったからだ。
今回の休日は委員長である七松先輩が実習でいなかったため委員会活動もなく、それによって三之助が迷子になることもなかったために久々の本当の休日であった。
「ほら、俺が選んだのだから大事にしてくださいよ」
そういって先ほどの結紐屋で購入した品物を三之助から手渡される。
「お前は趣味が悪いからなあ」
と言いながら、受け取った髪結い紐は紅色と紅梅色の二色で作ってあるもので今日着ている桜色の着物に付けても合う色だった。
(見かけによらず良い趣味をしているものだ)
滝夜叉丸が手早く髪を解いて貰った紐で結い直すと今日一番の笑顔で振り返った。
「三之助、ありがとう」
「似合いますよ」
そう言って口づけを落とされ真っ赤になった滝夜叉丸は、目の前の三之助が今日の夜も一緒にいたいといったらこの人はどんな顔をするだろうかといつもとは違う笑みを顔にのせ、滝夜叉丸を見つめていることに気がついていなかった。
<< Back