それはいつもみたいな、何気ない会話の一つから始まった。
「うそっ! アンタ、今日誕生日だったの?!」
「う、うん」
「誰かに祝ってもらった?」
「ミサトさんには今朝、一言もらったけど、みんなは知らないし……」
「アンタ、バカぁ?
誕生日なんて、一年で一度だけ無条件で祝ってもらえる日じゃない。
それを誰にも祝ってもらえないなんてねぇ」
「で、でも、ミサトさんには……」
「ハン! あんな保護者失格、数えるうちに入んないわよ」
「そこまで言わなくたって……」
「どう見ても不幸なアンタに、アタシが何か祝ってあげるわ。
そうねぇ……今から10分間だけ、アンタの言うことはなんでも聞いてあげる」
「10分だけ?!」
「決まってんじゃない。 それ以上の時間をあげたら、アンタが何をするか分かんないじゃない」
「そ、そんなことしないよ!」
「どーだか。思春期の男の子って、えっちなことしか考えてないみたいだしね」
「う……」
アスカが来日した当初。
着替えを覗いたことやキス未遂のことを思い出して、言い返せなくなる僕。
「その代わり、アタシの誕生日のときには3倍にして返すのよ」
「そんな、むちゃくちゃな」
「ほら、早く言いなさいよ。
時間は待ってくれないんだからね。
はい! もう30秒経過〜」
「は、早すぎるよ!」
「もう、ぐずなんだから。
アタシがアンタの言いなりになるなんて、
今日を逃したらいつになるか分かんないのよ?」
「急に言われても、すぐには出てこないよ……」
「なっさけないわねぇ。
それじゃあアンタくらいの年の男の子なら、誰もが望むことを叶えてあげる。
そうねぇ……誰もがうらやむ天才美少女である、この惣流・アスカ・ラングレーが彼女になってあげるわ!
……残り9分だけだけど」
「い、いいよ、そんなの!」
「せっかくのアタシからの提案なんだから、遠慮せずにありがたく受け取りなさい」
するとさっそく、アスカはすっと立ち上がると僕の隣に座った。
「んふふ、シ〜ンジっ」
どこから出したのかってくらいの甘い声。
なんか、近い。
思わず逃げる僕。
じりじりと寄るアスカ。
とうとう僕は、ソファの端に追い詰められた。
「な〜に、うろたえてんのよ」
「だ、だって急に来るから……」
「恋人が隣に座ったら、優しく肩を抱くくらいの甲斐性見せなさいよねぇ。
あ〜あ、加持さんだったら、もっとロマンチックになるのになぁ」
「ご、ごめん」
「まったく」
アスカは僕の腕を取ると、そのまま腕を絡めた。
タンクトップから伸びたむき出しの素肌が僕の腕に触れる。
そして肘の辺りに、女の子特有の柔らかな感触が伝わってきた。
「ア、アスカっ!」
「しっ、黙って。大人しくアタシにリードされなさい」
そ、そんなこと言われてもこういうことは慣れてないし。
ちょ、ちょっとアスカ。
その角度はやばいって。
僕が初めて見るような色っぽい表情をして、下から見上げてくる。
しかも僕の腕に潰されているアスカの胸元が、はっきりと目の中に飛び込んできて……!
「…………」
「えっ?」
思わず目を逸らしてしまった僕に、アスカが何か囁いた。
いや、確かに聞き取れたんだけど、まさかそこまでするなんてっていうか。
普通の恋人同士なら、そういう展開になるってのは分かってるんだけど、
急な展開に頭の方が付いていけてないっていうか、その。
「キス、しよ」
もう一度アスカは言った。
そして、抵抗しようとする反対側の僕の腕を押さえつけながら、顔を寄せてきた。
視界にアスカの顔がアップで迫ってくる。
目をつむり、軽く唇を突き出したような表情は、間違いなく求めていた。
僕にもそれくらいは分かる。
この瞬間、どうしてこういう状況になったかなんて吹っ飛んで、ひたすらアスカのことを考えた。
アスカとは喧嘩もするけど、決して嫌いではないし。
むしろ好意を持ってる方だとは思うけど、こういうふうになるとは考えたことがなくて。
でも心の中では、どこかでこうなることを望んでいた自分がいて。
どうこう考えてる間に、アスカの唇が目前にまで迫ってきた。
口元にアスカの吐息を感じる。
僕も心を決めて、軽く目を閉じた。
そして──
「…………はい、ざんねん。時間切れ〜」
触れる直前。
接触まで数センチを残したところで、アスカの唇はすぅーと離れていった。
「あ……」
自然とアスカの唇を目で追ってしまう。
「アンタが悪いんだからね。ぐずぐずしてて何にも決められないんだから」
ちょいっとソファーから立ち上がると、何事もなかったかのように僕から離れた。
「誕生日プレゼントはここまで。いい夢見れた?」
廊下に出たところでアスカは足を止め、ふと何かを思い出したように僕に言った。
「……12月4日」
「え?」
「アタシの誕生日。3倍返しってこと、忘れんじゃないわよ?」
end.