<病み妻>

 

え、出張、ですか?

突然に? あさってから?

そうですか……。一週間。長いですね。

たしかあそこの支店には○○さんが行かれる事になっていたのではありませんか?

ええ。この間、総務の××さんから色々お話聞かせていただきました。

私、今でもあの辺のお局さまと仲がいいのですよ。あなたの社内情報は、とてもよくわかります。

あの娘、最近女子寮出て、マンション借りたそうですね。

……さっそく、いい人と同棲ごっこしてみたいのでしょうか?

……ねえ、あなた。

浮気相手の女の子が可愛いのはわかります。

いいえ、否定してもダメです。私、全部、知ってますから……。

でも、あなたは私ともっと仲良くしておいたほうが、……色々と都合がいいと思いますわ。

そうでないと、あなたも、私も、娘も、あなたのご両親も、

きっとみんな困ったことになる……と、思います。

あなたの可愛い娘に、おいしいご飯をたくさん食べさせてあげられる女は誰でしょう?

あなたの大切なご両親が、不自由なく暮らせるようにできる女は誰でしょう?

……浮気相手の、あの娘ではないですよね?

ひょっとしたら、あなたが「出張」から帰ってきたら、

娘が何日もご飯食べられなくて餓死していた……なんてことが起こってるかも……。

ひょっとしたら、あなたが「出張」から戻ってきたら、

田舎のご両親が救急車の呼び遅れで植物人間に……なんてことも起こってるかも……。

そんなこと、困りますね?

ええ、そんなことになったら、私もとても不幸ですわ。

でも、あなたの奥さんって、あなたがいなければ、それだけで一番不幸になってしまうです。

そうなったら、多分、他の不幸なんてどうでもいいって考えてしまう……かも……。

うふふ、覚えておいてくださいね。

……あなたの人生、私が一番幸せにできるんです。

でも、一番不幸にすることもできるかも……知れませんね。

 

あら、あなた。

どうしたのですか、急にお倒れてなってしまって。

お布団、すぐに敷きますから、そこに横になってください。

え? 身体が動かない?

大丈夫ですよ。

――後遺症は残らないくらいの量ですから。

さっきの、煮物、美味しかったでしょう?

あなたの大好物。

お義母さんから習った、味付け。

でも、お義母さんのよりも美味しいでしょう?

私のオリジナルレシピですもの。

隠し味はたっぷりの愛情と、素直になるお薬をほんのちょこっと。

ああ、お水、欲しいのですか?

はい、口移しで飲ませてあげますね。

あらあら、しっかりキスしないと、こぼれちゃいますよ。

そうそう、そうやれば、美味しいお水、飲めます。

ふふ、そろそろ「素直」になってきましたね。

あら、何をおびえてるのですか?

これから何をされるのか、わかりませんか?

……ねえ、あなた、知ってます?

あなたの奥さんが、あなたのこと、どれだけ好きか、って?

わからないのなら、これからたっぷり教えてあげます。

うふふ、おち×ちんは正直ですね。

よく飼いならした犬と一緒。

頭のいい犬は、誰がごはんをくれる相手かちゃんとわかって素直に甘えてくれます。

あなたのおち×ちんも、とっても素直で、とっても素敵。

誰がこのおち×ちんを何年も何年も可愛がってあげてるのか、

ちゃあんと分かってくれてます。

誰とセックスしたら自分が一番気持ちいいか、知ってるんです。

ほら、あなたのおちんちん、

「あんな女のより、奥さんの中に精子いっぱい出して気持ちよくなりたい!」

って、言ってますよ? こんなにおツユまでたらして。

あらあら、どうしたのですか、そんな泣きそうな顔して。

こわい?

私が?

まあ。

あなたの奥さんは、全然こわくなんかありませんよ。

あなたに対して世界で一番優しい女ですわ。

そうですとも。

私は──。

……ねえ、あなた。

よぉく、考えてください。

つまらない「出張」に行って、帰ってきたら何もかも失っているのと、

愛する奥さんと気持ちいい一晩過ごして、幸せな家庭がずうっと続くのと、

あなたにとって、どっちがいいでしょう?

うふふ、考えるまでもないですわね?

愛してますわ、あなた。

──たぶん、あなたが思っているよりも、ずっと、ずっと。

 

はい。ハンカチです。

あ、ネクタイ曲がってますね。

「出張」、とりやめにしてもらうですって?

急に大変ですね。

では、今日ははやく帰ってこられるんですね?

お夕飯……家で食べますよね?

何にしましょうか。

今決まらなかったら、お昼頃にメールください。

じゃあ、いってらっしゃい。

あ、昨日は、「仲良く」して、ありがとう。

私、今朝はとっても幸せですわ。

うふふ、はい。

ちゅう。

それじゃ、いってらっしゃい。

 

……いってらっしゃい……。

……お出かけのキスは、あなたからはしてくれないんですね。

やっぱりあの女と……。

……ああ、どうしたら、あの人に私の想いが伝わるのでしょう。

恋人になっても。

妻の座に付いても。

子供を産んで、あなたの家を守ってあげても。

あなたは、全然、私だけのものになってくれない。

外堀も、内堀も、二の丸も、三の丸も、城下町も、

時間をかけて、全部、私が埋め尽くして占領したのに、

肝心なあなたの本丸だけが手に入らない。

どうしたらいいのでしょう。

いっそ、全部壊してしまったら……。

外堀も、内堀も、二の丸も、三の丸も、城下町も、全部……。

そうですね。

それが……いいのかも……。

そうすれば、本丸も、きっと無駄な抵抗を止めるでしょう。

そろそろ娘が起きる時間だわ……。

私の可愛い娘。

半分が、あの人でできている、私の二番目の宝物。

でも、一番の宝物が手に入るのなら……手に入るのなら……。

 

 

 

すみません、例の出張の件、どうにかなりませんか。

ええ、……はい、妻が……。

あいつ、まだ、病気治ってないみたいで、

まだあの娘が会社にいて、俺のこと狙っているって思い込んでるんです。

ええ、昨日は、相当やばかったです。

なんでも、××さんから直接聞いたって言い張って。

ええ、ええ、わかってます。

あいつの妄想だって。

今回の件、○○に変わって貰えますか。

ええ、すみません。

仲人してくださった部長には、申し訳なく思ってます。

もう少し、時間を下さい。

必ず、なんとかしますから。

あんないい娘、こんなにしちゃったのは俺のせいですから。

あいつのこと、完璧超人だって、甘え過ぎてたんです。

いや、甘えなさ過ぎだったのか。

あいつが、俺の愛情に不安を感じるようになったのは、俺の責任です。

もっとはやく気がついていれば……。

 

──え、俺に電話、ですか?

幼稚園から?

なんだろう……。

 

 

 

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