<コズミックキューブ 地下1階>

 

二匹の白い蛇が、絡まりあっていた。

ロミルワの魔法光の下で白々と輝く裸身を晒す一匹は、豪奢な金髪の乙女であり、

もう一匹は、裂けた法衣からのぞく半裸も悩ましい若妻であった。

美しく、淫らで、自分以外の女が賞賛を浴びる事に非寛容なことで知られる黄泉の女支配者──龍の女帝でさえも、

この二人を見れば、嫉妬する前にその妖艶さにうっとりと魅入られることだろう。

しかし、龍の女帝その人でさえ、それ以上近づいたり、ましてや美と性戯を競おうと思うまい。

地獄から来た半陰陽の王と、その生誕を誰も知らぬ魔女との間に流れるのは、必ず相手を滅ぼす決意だった。

そして、このどちらもが、魔界の君主たちをもはるかに凌駕する力を持っている。

「ふふ、荒っぽいわね。──だめよ、女はもっと優しく扱うもの」

トレボーの手をかわしたり、あるいは外したりしながら魔女が言った。

「うるさい、貴様など、握りつぶしてやる」

宿敵の豊かな胸元に伸びた腕は、フロストジャアントを握殺する凶器だった。

しかし、それは、魔女がわずかに身をよじらせただけでむなしく法衣の表面をすべり、あらぬ方向へずらされた。

「──くそっ!」

「あらら、女の子がそんな言葉を使っちゃいけないわ。もっと、優しく、たおやかに。

でないと、男の子ががっかりしちゃうわよ。男の子を幸せな気分にさせるのが、女の子の義務──と、権利ね。

その逆も然り。言葉を交わすだけでも好きな人を幸せにできる、と気付かない人は、とても不幸なのよ」

「うるさい、うるさいっ!」

かつてリルガミンどころか、エセルナート全土がその名を聞いただけで震え上がった女君主が、真っ赤になって掴みかかる。

「──そうじゃないのよ、そこは、こう」

魔女が笑いながら指を滑らすと、<狂王>は熱く甘い吐息を吐いた。

「ほらほら、手のほうがお留守よ。そんなのじゃ、殿方を悦ばせることができなくてよ。

うんと悦ばせてあげたら、お返しにこんなことだってしてくれるのに──」

白い手が、大胆に女君主の胸元に伸びた。

巨大なメロンのようにたわわに実った乳房を無造作に、そして繊細極まりない動きでひと揉みすると、

トレボーは甲高い声を上げさせられそうになって、慌てて唇をかみ締めた。

「あら、大きさの割に感度がいいのね。──処女のくせに、生意気よ」

魔女はわずかに目を眇めた。

地下4階の自分がそうであったように、この半陰陽の女君主の胸が、自分より大きいことがあまり気に入らないらしい。

もっとも、もう一人の彼女は、それを揶揄して会話を楽しむ性格だったが、

こちらのほうは、そこまで人間ができていないのかもしれない。

──魔女自身は「まだ若いから、ですわ」と主張するのであろうが。

 

報復は、執拗な言葉責めの形を取った。

「まだ硬いわね。もう少し熟れていないと殿方が美味しくいただけないわよ。

女の乳房は、柔らかく、張りがあって、吸い付くように滑らかじゃなきゃ。

……良いおっぱいというのは、乳腺と女の甘肉と脂肪をたっぷりと詰め込んで作るの。

こういう筋肉だけの見せ掛けの大きさじゃ駄目。

見るだけじゃ、夫も子供たちも満足できないでしょ?」

「わ、我は…男だと言って…いるだろうがっ!」

「こんな身体をした殿方が、どこの世界にいるものですか」

白い指先が、薄桃色の乳首の先を弄う。

硬くしこった先端に触れられて、乙女が息を呑んだ。

「──っ!」

「……」

その反応をちらりと一瞥した魔女は、しかし、ライバルに快楽だけを与えはしなかった。

人差し指を曲げ、たっぷり反動を溜めてから、乳首を指ではじいた。

「──あっ!?」

トレボーがのけぞった。声が裏返っている。

「反応がいいこと。──ひょっとして貴女、虐められるのが好きなのじゃないかしら?」

「ば、馬鹿をいうな!!」

乙女が、怒りに任せて魔女に手を伸ばした。

軽く身をよじってそれを──かわしきれなかった。

ずだずたの法衣の裾が、女君主に握り締められ、引き裂かれた。

「きゃっ!?」

魔女は小さな色っぽい悲鳴を上げた。──服を剥ぎ取られた際に、女が上げるべき理想的な反応。

──精神的には、まだ余裕がある。しかし──。

「……さすが、天才を超えた<異形>。学習したわね」

トレボーは、僅かな時間に、相手の動きとこの「女の戦い」の戦法をマスターしつつあった。

この魔女を相手に。

闇の中で、トレボーの眼がぎらぎらと光った。

 

<狂王>の動きの変貌は凄まじいものだった。

肉体的な能力と素質ならば、この女君主に勝る者はいない。

そこに、技と経験が加わりつつあった。

魔女は防戦一方となった。

すでに法衣はなく、野暮ったい上下の下着のみが魔女が身にまとった防具であった。

(いけない、このままでは……)

魔女が美貌に焦りの色を浮かべた。

探していた<あれ>が欠けている以上、苦戦は覚悟していたが、よもやこれほどとは──。

──トレボーが肌を密着した。

魔女は逃げようとしたが、抱きすくめられた。

単なる力だけならば、魔女の技術を持ってすればこの女君主の抱擁とて逃れられないものではない。

だが、トレボーは魔女の動きを察知し、巧みにコントロールし始めていた。

美女たちの下腹部が強く密接する。

分厚い下着の上から、硬くこわばった<サックス>を押し当てられ、魔女は恐怖と不快感に眉をしかめた。

あまりに大きく、硬く、熱い<サックス>。

──夫以外の人間の男根は、魔女にとって最も驚異的な敵だった。

「……どうした、動きが鈍くなってきたぞ、──わが<サックス>を感じて昂ぶってきたか?」

「馬鹿なことを──うぬぼれ屋の男は、みんなそうね。無意味に自分の男根を過信する。

女にとっては、一番好きな男のものこそが一番素敵な男根だというのに……」

「ははは、ついに我を男と認めたか!」

「……あ…」

自らの失言に、魔女は動揺した。

ペースを握られたことを自覚すると、焦りが倍増する。

若妻の動きは、ますます鈍く不正確なものになっていった。

対して、天才を超えた天才たる乙女は、ますます力強く主導権を取り始める。

乳房を守る下着に手がかかる──ついに引き剥がされた。

 

「ああっ……」

白く大きな乳房をさらされ、魔女は悲鳴を上げた。

──今度の声に、余裕はない。

「ふん。我にとやかく言うだけあって、それなりのものではあるな。小賢しい──握りつぶしてやる」

トレボーは恐るべき力を秘めた手を伸ばした。

まともに掴めば、柔肉など宣言どおりに簡単に潰されるだろう。

しかし、幸運なことに、女の脂がうっすらと乗った肌理細やかな肌は、トレボーの急いた一撃を滑らした。

「ああ…」

危機を回避したが、魔女の顔は蒼白だった。

敗北も、死も、消滅すらも恐れぬ最強の魔女の美貌が恐怖に歪む。

犯される──女として壊される。

どんな女も、魂の根源に抱いている強姦への恐怖心、それを呼び覚まされたのだ。

魔女は、その長い生涯ではじめてパニックに陥った。

あるいは、それは「わが殿」を得てしまったゆえの恐怖であったかもしれない。

犯され、女として壊されたら──夫に合わせる顔がない。

それは、魔女にとって、どんなことよりも恐ろしいことだった。

──この女は、結婚によって弱くなったのかもしれない。

魔女は、這いずるようにしてトレボーから逃げようとした。気力が、完全に萎えている。

「ははは、逃げても無駄だ。──犯し尽くしてくれると言ったであろう!!」

半陰陽の乙女は、舌なめずりをして獲物を追う。

宿敵たる若妻は、無様に這う姿さえも美しく妖艶な女体の持ち主だった。

<狂王>は、<サックス>を怒張させてその上にのしかかった。

もはや唯一の、今となっては心もとない守りとなった性器をおおう一枚の布に荒々しく手をかける。

「ひっ──!」

魔女が顔を覆った。

性器を、夫以外の人間に見られる苦痛と屈辱──絶望感。

無力感が精神力を消滅させていく──強姦される女は、体力よりも先に気力の限界によって抵抗力を失う。

半陰陽の君主の前で、魔女は、いまやただの無力な女に過ぎなかった。

トレボーは、獲物が力を失ったことを悟り、勝利の雄たけびを上げる。

これ以上ないと言うほどに膨れ上がった<サックス>を振りたて、宿敵の胎内を突き破ろうと体制を整えた。

「──いや、いや! やめて、許して!」

魔女が首を振った。

「馬鹿め、内臓ごと引き裂いてくれるわ」

<狂王>が欲情と高揚感に歪んだ美貌に獰猛な笑みを浮かべた。

その時──力なくもがいた魔女の手に何か硬いものが触れた。

 

(何──これ)

魔女は恐怖に麻痺した頭でぼんやりと考えた。

無意識にまさぐる指先は、何か懐かしい形を伝えてきた。

記憶は、脳だけが覚えているものではない。

手が、肌が、五感もが覚えているものだ。

そして、恐怖や絶望に混乱した頭が思い出せないときも、身体はちゃんと覚えている──大切なものを。

魔女が掴んだもの──夫の男根と寸分たがわぬ形を取った<魔女の杖>。

握り締めた瞬間、魔女の瞳に光がよみがえった。

自信と安堵。暖かく揺るぎのないものが胸の中に満ちてくる。

材質が異なるとはいえ、毎日触れているなじみの形状は、それがもたらす全てを呼び起こしていた。

 

私は誰?

──これと同じ形のものを毎晩愛しんでいる女。

私は誰?

──これの本物の持ち主に愛されている女。

私は誰?

──わが殿の妻。

──ならば、こんな小娘に遅れを取ると思う?

──断じて、否。

魔女はすばやく身を翻し、乙女を突き離した。

 

床の上に押し倒された姿勢からのその動きは、体術の天才たる女君主ですら、

予想も対処もできないほどに見事なものだった。

「……!?」

トレボーは床に転がったまま、立ち上がった敵を呆然と見上げた。

一秒前とは、まるで別人がそこにいた。

全裸の美女は、顔立ちも姿も先刻とまったく同じであったが、

誇りに輝くその美しさも、身のうちに秘めた強さも、全く違う人間であった。

「はじめまして、かしら?──さっきまで、私、自分が何であったのか、ちょっと忘れていたみたい。

でも、もう大丈夫。ちゃんと思い出したもの。改めて貴女と勝負しますわ、覚悟なさい」

魔女──悪の大魔術師ワードナの妻。

この女は結婚で弱くなったところが確かにある。

しかし、──さらに強くなった部分のほうが多い。

攻守を入れ替えて自分の上に覆いかぶさってきた女に、トレボーはその先翻弄され続けた。

 

立ち上がって反撃しようとする金髪の乙女の身体を、成熟しきった若妻は巧みに支配した。

汗に濡れる乳房も、大きく張り詰めた臀も、今だ穢れを知らぬ秘所も、魔女の愛撫に蹂躙され、

<狂王>は火のように熱く、蜜のように甘い息を吐いた。

「そう、いい子ね。──可愛いわよ、トレボー」

処女の痴態を妖艶な眼差しで見下ろす魔女の美貌に、黄泉路より戻った女君主は陶然となった。

この魔女は、意地悪だ。

自分をこれほどまで燃えさせるくせに、口づけを求めて桃色の唇を差し出しても、

愛撫を求めて<サックス>を突き出しても、決してその望みをかなえることはない。

たとえそれが、相手を屈服させるもっとも良い方法であるとわかっていても、

若妻は、キスと男根への愛撫だけは、頑として行わなかった。

あくまでもトレボーを「女」として扱う──それこそ若妻が自分に課した制約だった。

不利となるが、そうすれば愛する夫を裏切らずにいられることが、魔女の力を極限にまで高めている。

──それが、トレボーを焦らせた。

不用意に繰り出される手技をかわす魔女は、ついに、座したトレボーの上に背後から覆いかぶさる体勢を確保した。

「う……」

絶対的に有利なポジションを取られて、金髪の女君主は動揺する。

「ふふ、勝負あったかしら。──これもわが殿のおかげね」

魔女は宿敵に密着した状態で、耳元でささやいた。

その単語が指す男の名を思い浮かべたトレボーが、びくりと肩を震わせた。

 

その様子を知ってか知らずか、魔女は片手に持った<魔女の杖>の男根にゆっくりと舌を這わせた。

「ふふ、大サービスよ、この男根であなたを貫いてあげる。

さあ、どっちがいいの、可愛いトレボー。あなたの女の子の部分? それともお尻のほうかしら?」

金髪の乙女は答えなかった。

代わりに首がねじ切れそうになるほどに首を振り向かせた。

強い光が溜まった瞳が、魔女の美貌を睨んでから、視線を僅かにずらす。──魔女の口元に。

「まあ、やっぱりこれが気になる? 素直な子だこと。

……でも欲望に忠実すぎる女の子は、はしたない、と言われるのよ」

ワードナの男根を形取った<魔女の杖>に注がれるあからさまな視線に、魔女は柳のような眉をひくりとさせた。

先ほど自分から与えると言ったばかりだが、気が変わったらしい。

夫に関するものを、愛のライバルが臆面もなく欲しがる、となれば嫉妬心のほうが前に出るのだ。

魔女の眇めた目に、地獄の炎よりも凄まじい焔が宿る。

「……ふうん。これが欲しいの?──でも、まあ、よく考えたら、いくら偽物でも、

男の子の悦ばせ方もろくに知らない女の子には、過ぎた代物よね。」

魔女は微笑を唇に浮かべた。

美しいが、同性の敵だけに与える毒がたっぷりと含まれた意地悪な笑みを。

「でも、幸いあなたにはいい練習道具があるじゃない。しばらくそれでお勉強したらどうかしら?」

「……?!」

トレボーは、魔女が白い手を伸ばし、自分の頭の上に載せるのを呆然と見ていたが、

それにゆっくりと力がこめられ、ある方向へ押されるのに気が付いて、愕然とした。

「──な、何を……!」

「あなたのご自慢の<サックス>、自分のお口で味わってみる気はない? きっといい練習台になるわよ」

下へ──自分の下腹部から凶暴にそそり立つ男根に顔を近づけられている。

半陰陽の君主は、ほとんど戦慄していた。

真に一流の戦士は、みな身体が柔らかい。

筋肉量だけでなく、しなやかさを秘めていなければ爆発的な力を生み出すことができないのだ。

ましてや、大人の男のひじから先までの大きさを誇る<サックス>ならば、楽々と自分の口元に届く。

魔女は、<狂王>に、自分の<サックス>を口に含むように強制しようとしているのだ。

「や、やめっ──!」

トレボーがうろたえきった声を出す。

 

男根を口に含む事を強制される処女の羞恥と戸惑いと恐怖心。

驕慢な女君主が、生前も復活後も出したことのない声音だった。

「あら、いやなの?」

「あ、当たり前だ!!」

「だったら、なぜ抵抗しないのかしら?」

ゆっくりと、蝸牛の歩みの如くゆっくりと、乙女の頭を押し下げながら若妻が笑った。

「ぐっ、き、貴様の術が──」

乙女は首筋にありったけの力を投入して抵抗するが、

若妻の繊手は世界で最も高い山にも匹敵する重みを持って、下への移動を強制していた。

「嘘おっしゃい。──私、全然力をこめてないのよ。貴女の頭に軽く手を載せているだけ。──ほら!」

「!!」

魔女はぱっと手を離した。

トレボーが頭を振って上体を元にもど──さなかった。

いまや自分のすぐ口元の位置にある<サックス>の先端を見つめたまま、半陰陽の女君主は硬直していた。

「ほらね。貴女が、それをしたがっているのよ」

魔女は優しく意地悪な微笑を浮かべた。

耳元に唇を寄せて、年下のライバルにささやきかける。

「さあ、トレボー。女の子のお勉強のお時間よ。それをお口に含んでみましょう。

大丈夫、どんな女もやっていることよ。好きな殿方を悦ばせる技の、初歩にして奥義たるものの一つ」

「あ…う……」

<狂王>はぎゅっと眼をつぶった。唇も。

乙女の、純潔の精神に任せた抵抗だったが、しかし──少女は必ず大人の女になる存在だった。

半陰陽の女君主は、自分が自らすすんで薔薇色の唇を開き、男根の先端を受け入れるのを、眼をつぶったまま感じた。

「ふふ、いい娘ね。──どう、はじめての男根のお味は?」

眼をつぶったままのトレボーは答えなかった。

魔女は笑みを濃くした。

 

「ほら、含んだだけじゃ駄目よ。

もうちょっと奥まで飲み込んで見なさい。──そうそう、亀頭の全部くらい。

そうしたら、唾液をたっぷり塗りつけてあげるの。そうすると、動きが滑らかになるわ。

ふふ、もうお口の中が、唾液でいっぱいでしょ? それを舌ですくって塗りたくるのよ」

「──!!」

トレボーがびくっと身体を震わせた。つぶっていた眼が見開かれる。

「ああ、舐めるのが強すぎよ。──男根の先端は、殿方の身体で一番感じる部分。

準備が整ってないのに、いきなり乱暴に舐めつけたら駄目じゃない。

<サックス>持ちのくせに、そんなこともわからないの? 

──わからないか。<サックス>をしゃぶるほうは始めてだものね」

口の中の動きを透視できるのか、魔女の的確極まりない指摘に、乙女の頬が一瞬にして赤く染まる。

魔女は指導の方針を変えた。

優しく、こと細やかに。──処女を堕落させる悪魔は常に懇切丁寧なのだ。

「唇をすぼめて──そう、うまいわよ。お次は、その唇の輪で優しくしごいてあげるの。

上手上手。そこで、舌の先で先端をちろちろと舐めて。

──筋がいいわ。そうしたらもっと深く、限界まで飲み込んでみて。

ええ、いいわ、その感覚を忘れないで。

──時々根元を手でしごいてあげると気持ちいいのよ。

うん、上出来。──誰だか知らないけど、貴女の旦那さんになる人、とっても幸運ね」

先刻までだったら爆弾発言だったであろう言葉も、

術に掛けられたように霞んだ女君主の耳には届かなかった。

 

「さて、そろそろ仕上げよ──でもその前に聞いておかねばならないことがあるわね」

魔女は、自らへの口唇奉仕に酔う宿敵をじっと見据えながら言った。

ライバルの技術指導を従順に受け入れる金髪の乙女が、

淫らな動きを止めることなく霞んだ瞳を向ける。

「ずいぶんと気持ちよさそうね、トレボー。

──でもそれは男の子としての悦び? それとも女の子としての悦び?」

はっとしたように半陰陽のロードの動きが、止まった。

魔女の質問は、悦楽に酔う<狂王>がその快楽を忘れる唯一の重大事項だった。

「……」

「今、貴女は<男根を愛撫されている男の子>でもあり、<男根を愛撫している女の子>でもあるわ。

どちらにしても快楽を得られるけど、二つの快楽は別のもの。

そして、貴女はそのどちらをより強く感じているの?

トレボー、あなたが眼を霞ませるほどに感じている快感はどちらのもの?」

「……」

石のように硬直したトレボーの唇から、粘膜質な小さな音をたてて、<サックス>の先端が外れる。

「……う…あ…」

「さあ、答えなさい、半陰陽の乙女よ。貴女はどうしたいの?

──精を吐き出したいの? それとも精を吐き出させたいの?」

それは、トレボーに、男か女かを選択させる問いであることを、本人は悟ったであろうか。

あるいは悟っていたかもしれない。

しかし、異形の女王は、ためらいながらもはっきりと答えた。

「──精を……吐き出させたい」

「そう。では、続けなさい。もうすぐその望みがかなうはずよ」

魔女は、微笑して答えた。

しかし、美しいだけで何の感情もこめられていないその微笑の底にある心情を知る術はない。

魔法にかけられたようにトレボーは、再び自分の<サックス>を口に含んだ。

魔女が指導した技巧の全てを駆使して自分の男根を責め立てる。

処女の表情が、切なげに歪む。

「ふふ、夢中ね、お嬢さん。では私から、贈り物」

床にぺたんと座り込んだトレボーの前に魔女がかがみこむ。

「──っ!!!」

魔女がかぐわしい息を男根の根元に吹きかけた瞬間、トレボーは射精していた。

──自分の口の中へ。

 

数多の美女を犯し尽くした<サックス>の奔流は、

今日はじめてそうした行為に身を任せた処女には厳しいものであったが、

トレボーの前に立つ魔女は、にこやかな笑みを絶やさずに先回りした。

「吐き出しちゃ駄目よ。──素敵なレディーは、愛する殿方の精をひとしずくたりとも無駄にしないの」

「……!!」

逆らえない。──この美貌と、この声で優しく命じられたら。

逆らいたくない。──今自分を責め尽くしている、この快楽に。

自分のものとはいえ、むせ返りそうな勢いと濃度の精液を口と喉に受け、

トレボーは咳き込み、口中のものを吐き出しそうになったが、必死に耐えた

永遠に続くかと思った<サックス>の凶悪な脈動が収まってきたとき、乙女はほとんど失神寸前だった。

「──ふふ、まだ終わりじゃないわよ。尿道に残った精液もちゃんと吸ってあげなさい。

それが殿方をお口でいかせてあげるときのエチケット。

というより、殿方が喜ぶから覚えておくべき技巧ね」

呆然としながらもそれに従う女君主の蕩けた表情に、魔女はくすりと笑った。

「まあ、いい顔しているわよ、トレボー。

とっても素敵なレディーまで、あと一歩というところね。

さ、お口の中の精液をよく味わいなさいな。──どう、美味しいでしょう?

こんなに青臭い、生臭い粘液が、とっても美味しく感じちゃうのは、貴女が女の子の証拠」

乙女は、強制されるまま──自分の意思で、口中の精液を味わい始めた。

ぎこちない音は、次第に大胆に、淫らになっていく。

金髪の乙女が、魔女を見上げた。

「──ふふ、なあに、その切なそうな表情は? 私に何か命じて欲しいの?

ふふふ、いいわよ。今の貴女、すごく可愛いからお望みどおりにしてあげる。

──トレボー、お口の中の精液を飲み込みなさい。一滴残らず、ね

それで貴女も、淑女の入り口に立てるわ。──ほら、ごくん」

<狂王>は、命令どおりに行動した。

熱い粘液を飲み下すとき、乙女はぎゅっと目を閉じた。

先ほどまで彼女の瞳を覆って視界を霞ませていた涙が、つぅっと頬を伝った。

自らの意思と<サックス>で、唇の純潔を穢した乙女は、いままさに、何かを失い、──何かを得た。

魔女は、もう微笑を消していた。

無言無表情で宿敵の変貌の瞬間を見つめている。

 

 

 

<B10F・オールスターズ−1>を前にして、冒険者たちは獰猛な笑いを浮かべた。

かつては<ワードナの迷宮>で最強の魔物と恐れられた存在も、百年を閲した今では中級位の魔物に過ぎない。

<ニルダの杖の探索>や<災厄の中心>の迷宮では、より強力な魔物が群れを為して徘徊しており、

そして冒険者たちはそれらを撃破してきたのだ。

その冒険者たちの頂点──<ソフトーク・オールスターズ−1>がこんなロートル魔物に敗れるはずはなかった。

「一気に、蹴散らす」

ホークウインドなき今、リーダーを務める司教のタックが指令を出す。

<フォーメーション>──オールスターズが伝説の忍者の指導のもとに編み出した最強の連携攻撃だ。

五人の戦闘力を最も効率的、効果的に発揮する汎用戦闘パターン。

どんな魔物相手でもこの戦い方ひとつで<1ターン・キル>だ。

幾何学模様のように美しい動きを見せて、他の四人が無言でその体勢に入ろうとする。

 

「──!?」

パーティーの紅一点、尼僧のサラは目を疑った。

戦闘位置を確保しようとした自分の目の前に、いつの間にか青い影が立ちふさがっていた。

死すべき定めの身にはありえない完璧な美貌が冷たく冴えわたり、青の礼服に映える。

尼僧は、忌むべき不死者の姿に陶然となった。

何百回となく同類を滅ぼしたはずの、汚らわしい存在に。

「たった一つの戦い方しか知らぬのか?

──声を掛け合い、目配せで指示し、背中で悟る冒険者の動きは、この私とて予測不可能だが、

お前たちの動きならば百万手先まで完全に読みきれる」

ヴァンパイアロードは、サラの反応を無視して手を伸ばした。

華麗極まりない動作で抜き手が心臓を貫く。

この闇の王の下僕になりたい、というサラの瞬間的な欲情はかなえられることがなかった。

瞳に陶然としたものと絶望とを半々に浮かべながら、最強の尼僧は絶息した。

 

魔術師のプロスペローは、もっとも効率的な破壊の呪文、すなわちティルトウェイトを唱えようとした。

しかし、──その呪文全てが無効化されるとは思ってみなかった。

この魔物たちは各々が、七割から九割の高確率で呪文を無効化する。

しかし、五体すべてが無効化に成功するとは──計算外だった。

「ちがうちがう、そうじゃないんでさあ。──そこはマハマンでなきゃ」

小揺るぎもしない魔物たちのうち、最も小さな影がため息をついた。

「──欲をかきすぎたね、魔法使いの旦那。

──俺っちたちとの戦いは賭博でさ。掛け金は命だけを受け付ける。

そして掛け金をケチってる博打打ちは、お家にいくら大金があっても勝てやしませんぜ?」

たしかにプロスペローは魔力を──というよりも1レベルのエナジードレインに匹敵する消耗を惜しんだ。

──その代償は大きかった。

フラックの後ろから巨大な手が伸びて魔術師を鷲づかみにした。

マイルフィック、取った先手を間違わなければ十分に斃せていた相手から、

強烈なエナジードレインを受けたプロスペローは一瞬で髪の白い老人になるまで精気を失った。

麻痺まで受けた彼から、死せる魔神は最後の一滴まで生命力を吸い尽くすだろう。

 

同じ瞬間、司教のタックは、選択にとまどっていた。

型にはまった<フォーメーション>の中で、彼のポジションには唯一柔軟な選択の余地がある。指揮官の特権だ。

冷静な司教は、二人の仲間が殺された事を見て取って、行動を選択した。

一瞬にして三対五の戦いになってしまっている。

この行動で逆転、少なくとも互角までもっていかねばならない。

「セズマール! ティルトウェイトだ!」

侍に命令変更の指示を出す。フォーメーションにない行動だが、侍は頷いて飛び下がった。

プロスペローの呪文は無効化されたが、今度の二連発を全て無効化することは確率的にありえない。

司教と侍で魔法使いの最高呪文に達するものは少ないが、そこは<オールスターズ>だった。

閃光と爆炎──またも全てが無効化されるとは!

「司教よ。解呪を私にかけるべきだったな。

──戦いは数ではない。司令塔の役割を知らぬ指揮官には、敗北だけが待つ」

「お武家さん、びびりなさったね。

──今のは確実に一人を倒して戦いの流れを変えるべき瞬間でしたよ。

魔法で簡単にカタをつけようなんて考えてたら、腰の<村正>が泣きまっさあ──」

二匹の魔物の、ため息混じりのことばが終わる前に、

巨大な龍の吐く火焔と大悪魔のエナジードレインを食らった二人は、消し炭とミイラに姿を変えた。

 

「ひいいっ!」

盗賊のモラディンが悲鳴を上げて逃げようとする目の前に<地獄の道化師>はふわりと着地した。

「ああ、うん。なんだ。その──」

最後に出番を得たフラックは、何か歯に挟まったような表情を浮かべて自分の獲物を見つめた。

「いまいち盛り上がらない相手さね。──そうだ、こういうときは、あれだ」

ぱちんと指を鳴らす。

「……決め台詞! 何かびしっとしたことを言って締める! これ!!」

──だが悲しいことに、道化師はこういうときに言うべき言葉を持たなかった。

すでに気死した風のモラディンを尻目に、道化師は腕組をして考え込んだ。

しかし、フラックは、どうにもそうした言葉とは無縁の存在だった。

頭をかきかき、小男は振り返った。

視線の先で、青い影が苦笑していた。

死者の王にこの表情を浮かばせられるのはこの道化師だけだ。

「──旦那、なにかいいのはないかね?」

「……とっておきのが一つ、ある」

ヴァンパイアロードが闇の中で紅い唇を静かに動かした。

フラックがにっこりと笑った。伝わったらしい。

モラディンが駆け出した。仲間たちの死体を見捨てて逃亡する。

<地獄の道化師>が追った。

背中を貫いた抜き手が、麻痺と石化をもたらして冒険者の最後の一人を倒す瞬間、

フラックはちょっと照れた風に、しかしきわめて真面目な表情でセリフを棒読みした。

大見得を切って。

「──勇気をなくした冒険者など、俺っちにとっては木偶に等しい!!」

……迷宮のあちこちから拍手が聞こえたような気がした。

少なくとも、ヴァンパイアロードは、必死に笑いをこらえながら何度か手を叩いた。

 

 

 

冷たい石床は、乙女のしみ一つない白磁のような臀部が接触しているところから、容赦なく体温を奪っていった。

しかし、荒い息をつく処女は、その冷たさを感じぬように、熱い息を吐いてあえいでいる。

──もっとも、この乙女は、黄泉還った女だ。本当に体温があるかは怪しかったが。

魔女は、うつむいているライバルを、冷ややかな微笑を浮かべたまま見つめていた。

「……いい感じね。それじゃ、女の子のお勉強を続けましょうか」

その声にトレボーは顔を上げた。目に、怯えがある。

「も、もう、やめ……やめて」

「ふふ、<やめろ!>ではないのね。

──でも、まだまだレディらしくないわよ。<やめてください>でしょ?」

「──やめて……ください」

「<お願いします>、は?」

「……お、お願い…します」

「よく言えました。──でも、駄目よ。あなた可愛いんですもの。まだまだ虐め足りないわ」

「──そ、そんな……」

かつては驕慢な誇りに輝いていた金髪と蒼い瞳が弱弱しく震える。

その桜色の唇には、自ら放った精液の名残がこびりつき、魔法光の下でてらてらと艶めいている。

加虐趣味のない人間でさえ、この処女を思う存分になぶってみたいという願望を呼び起こされる表情だった。

魔女でさえ、その欲望に逆らえなかった。──あるいは、逆らわなかった。

容赦のない白い繊手が、座り込んだ乙女の秘所に伸びる。

「ひっ!」

処女の処女たる証の部分、もっとも守るべき部分への愛撫を許した身体は、乙女の意思に反して激しく反応した。

「あら、貴女、もう濡れているわよ。──ふふ、自分の精液を飲んでそんなに興奮したの?」

「そ、そんなことは……」

トレボーの頬が、火のように熱くなる。

女はともかく、まだ男との性交体験のない娘には、あまりにも酷な質問だ。

「ふふ。恥ずかしがることはないわよ。

女は、好きな殿方の男根を愛撫すれば、それだけで感じてしまうものよ。

私だって、わが殿の男根を口に含んだら濡れてきちゃうし、──精液なんか飲んだら、もう大変」

魔女は、手に持った<魔女の杖>の男根を再度舐め上げた。

薄桃色の舌は、たっぷりと唾液を含んでいた。自らの言葉に、想像を呼び起こされたらしい。

「ああ、とても素敵よ。──わが殿が、私のお口に愛されて大きく、堅く、熱くなるの。

考えただけで、とっても幸せ──あなたにもちょっとだけ、おすそ分けしてあげるわね」

魔女はトレボーの肩に手をかけた。

そっと押しやるだけで、最強の女君主はあっけなくひっくり返った。

「あ……」

呆然としたまま、気付けば床の上に横臥させられていること気付いて、乙女は絶句した。

 

全裸──、しかも、倒されたままの姿勢。

太腿を割って伸びる魔女の手に、乙女の動揺が激しくなる。

「や、やめ……」

「ふふふ、やめない」

魔女はトレボーの白い腿を大きく広げた。

乙女の秘唇に若妻が唇を寄せる。

「──ひっ……あああっ!」

薄桃色の二つの粘膜が重なり合ったとき、トレボーは小さな悲鳴を上げた。

凶悪な<サックス>の真下のそれは、乱暴な弟の影に隠れた慎ましい姉の如く、

あらゆるものから隠れ、守られ、ひっそりと息づいていた。

その花園に、いま、何者よりもふさわしい美しさの女が舞い降りた。

──否。

こうした花園は、常に男に捧げられるものだ。

差し出したものが蹂躙されるのか、あるいは命に代えても守られるのかはともかくとして、

女の生命は、女に捧げられるものではない。

然り、魔女の舌はあくまで柔らかく、優しかったが、同時に無慈悲で残酷で意地悪だった。

ぴちゃぴちゃ。

湿り気に満ちた小さな音が自分の股間で聞こえるのを、<狂王>は立てた膝をがくがくとさせながら聞いた。

「……ふふ、私の唾液は、猛毒にも神薬にも、もちろん媚薬にもなるわよ。

──でも今は必要なさそうね。だって、貴女、こんなに感じているんですもの」

唇を離した魔女は、乙女の秘唇をそっと指先でぬぐった。

その愛撫だけで、のけぞって悶えるトレボーに、その白い指をつきつける。

「……あ…」

魔女の整った指先に、あきらかに唾液ではない粘液の存在を認めて、乙女は羞恥に震えた。

 

「ふふふ、処女の癖に、感じやすいこと」

「…そ、そんな、こと……ない」

金髪の女君主は消え入りそうな声で反論したが、当然のごとく魔女は無視した。

「いやらしい娘。──そんなに良いのかしら?」

「──」

乙女としては答えられない質問に、トレボーはうつむいて視線をそらす。

しかし、意地悪な宿敵は、追い討ちの機会を逃さない。

「あら、良くないの? ──じゃあ、もうお仕舞いにしましょうね」

「──!!」

苦痛に耐える精神力を持つ者も、快楽の消失には耐えられない。

金髪の乙女は大きく動揺した。

「……あ…」

「良くないんでしょ?」

「……い、いいえ。……ぃぃ…です」

「聞こえないわ」

「──い、良いですっ……」

「──続けて欲しい?」

「つ……、続けてくださいっ!」

泣き出しそうな表情で、乙女が告白した。

 

魔女の笑みが濃くなった。

再び処女の性器に唇を寄せる。

再度の口付けは、最初のものよりも強烈な刺激を伴っていた。

トレボーのすすり泣く声が、迷宮に甘く溶けた。

「ほら、もう、こんなにとろとろ。──そろそろ止めを刺してあげるわ。こちらの穴でね」

魔女は処女の蜜液を、女性器の下にある小さなつぼみになすり付けた。

「ひっ! ──そ、そこは、ちがっ……!」

「いいのよ、こっちで。私は優しいから、貴方の処女は守ってあげるわよ」

魔女の精神が本当に自分の言う通りのものかどうかは、分からない。

しかし、その美貌に浮かぶ微笑を見た者は全て、慈愛の女神よりも、この女のほうが優しいと断言するだろう。

若妻は、自分の唾液でたっぷりと潤った<魔女の杖>の男根を、乙女の背後の門に押し付けた。

「い、いやっ、嫌ぁっ!」

首をぶんぶんと振るトレボーに、しかし魔女は容赦しなかった。

一気に貫く。乙女のかたくななつぼみは、抵抗もむなしく侵略された。

「あ、あ、あああっ!」

トレボーは悲鳴を上げてのけぞった。

乙女が白い裸身をがくがくと奮わせる様は、虫の断末魔にも似ていた。

だが、それはなんと美しい虫であったろうか。

「ふふふ、ほんと可愛いわよ、トレボー」

宿敵の肛門に差し入れた<魔女の杖>をゆっくりと前後にゆすりながら魔女がささやいた。

白い手の動きはだんだんと激しさと淫らさを増した。

金髪の乙女は、嵐の夜に外洋に漕ぎ出た小船のように翻弄された。

「ほうら。そのまま、いっちゃいなさい。……そして黄泉の国にお帰り──」

魔女が、<魔女の杖>を強く、乙女の一番奥まで突き入れた。

「いやっ──助けて、ワードナ!!」

トレボーが叫んだ。

その瞬間──。

「──!?」

魔女は、愕然として自分の手元を見つめた。

木製の男根が、びくびくと脈打っている。

「そ、そんな。今のこれは、わが殿とつながっていないはず! 何故──!?」

<魔女の杖>は、その男根のモデルとなった男の協力がなければ生命を吹き込めぬはずだった。

魔女が蒼白になった顔を上げる前に、迷宮に闇の粒子が渦巻いた。

トレボーの背後に人の形を取りつつ実体化した影は、この女がよく知る人物の姿を取っていた。

「そ、そんな、そんな!──わが殿っ!?」

妻たる自分ではなく、恋敵の側に立つ夫の姿に、魔女が悲鳴を上げた。

その胸元に、一条の光が刺さる。

影が突き出した<ドラゴンの爪>──トレボーの巻き毛と同じ黄金色の剣は、

最強の魔女の心臓を、豊かな胸乳ごと正確に貫いた。

 

「ワ、ワードナ……」

あっけなく斃れた宿敵を背後の男とを交互に見つめ、トレボーが呆然とつぶやいた。

「──」

闇より生じた男は、声をあげなかった。

暗緑色のローブと長い灰色の髭との間にある闇色の瞳。その視線がトレボーの心と身体を貫いた。

<魔道王>──異形の女王が恋した、悪の大魔道士。

その名を改めて思い出すよりもはやく、<狂王>は荒々しく蹴倒された。

「ああっ──」

悲鳴は、魔女の手で嬲られ、天上の快楽を与えられている時にあげたものよりも甘やかだった。

四つん這いになった全裸の乙女を、<魔道王>は手荒く扱った。

召喚した魔物を使い潰すがごとく、無慈悲に、冷酷に。

腰を両手で掴み、都合のよい高さまで引き上げる。その強引さに、乙女は抗う術もなかった。

「ひあっ!」

いきなりねじ込まれた──しかも肛門だ。

一切の抵抗を許さぬ陵辱に、金髪の乙女は狂乱した。

犯される──背後から。

再会の名乗りも、過去の言及も、愛の言葉も、何もなく。

この男が、ただ精を吐き出す行為のはけ口、あるいは何かの魔道の儀式の一部として。

──それが望みだった。

<魔道王>、自分以上の異形の王の玩具となる。

それが、史上最強の君主として生まれてしまった乙女のひそやかな、そして何よりも大きな望みだった。

「はぁふ」

熱くこわばった男根に貫かれて、かつての驕慢な女王、いまは<魔道王>の慰み者となった女があえいだ。

形は寸分たがわぬものといえ、熱と脈動──生命を持った本物の男根は、まったくの別物だった。

悪の大魔道士が前後に運動を開始した。

金髪の乙女が声をかみ殺してその陵辱を受け入れる。

痛みが先行してさえいる交わりなのに、

トレボーの性器は、先ほど魔女に愛撫を受けたときと比べ物にならぬほどに熱く潤ってきていた。

乙女の桜色の粘膜が透明な蜜液を分泌する。

すぐにそれは、まるで成熟した女のそれのように、たっぷりと潤いを増し、石床に滴るほどになった。

「ああ……」

白磁の肌を羞恥の色に染めて、乙女が悶えた。

「もう、もう──達する。きさ…あなたも、いっしょに……」

自分の中で傲慢に暴れる男根の脈動を感じながら、半陰陽の女君主が叫んだ。

悪の大魔道士が荒々しい腰の動きをさらに激しくする。

登り詰める──さらに登り詰める。さらに、さらに、さらに。

──しかし、頂に達する瞬間は来ない。

背後の男は、乙女を責め続け、容易に天上へ連れ去ろうとはしなかった。

「はぁあっ……そう、これで、これでいいっ──。

貴様とともに、永遠に続くのならば、──我はこのまま……」

すでに快楽を通り越し、拷問のような責めとなった交わりの中で、

苦痛に歪んでいるはずのトレボーの表情は恍惚と隣りあわせだった。

トレボー。

驕慢な女君主、間違って地上に生まれてしまった異形の女神は、

至福の想いの中で天に還ることよりも、永遠の地獄を選ぶ。

その選択肢をとがめられる者は、この宇宙のどこにもいなかった。

──ただ一人を除いて。

「──そのまま偽りの時間をすごすか、トレボーよ」

不意に聞きなれた、憎らしい、そして懐かしい声がかけられ、トレボーは愕然として顔を上げた。

「……地獄から黄泉還った偽りの生を生きるうちに、偽りに慰めを求めるようになったか。

──お前は、生前、最高の本物だけを求めた女だったはずだが」

闇の中から今まさに現れた男は、確かに本物中の本物、最高の中の最高の魔道士だった。

「ワ、ワードナっ……?!」

目いっぱいに見開いた蒼い瞳が、かつて恋焦がれた男の姿を映して同様に揺らいだ。

背後で彼女を犯している方のワードナの姿も、同じように揺らいだ。

「然り。──ご紹介いたしますわ。

このお方こそ<魔道王>、<悪の大魔道士>──すなわち、私の夫。わが殿、ワードナ様!」

いつの間にか、新たに現れたほうのワードナの傍らに、美しく妖艶な女が立っていた。

微笑を浮かべる魔女と、しかめ面の老魔術師を前に、トレボーはわなわなと唇を震わせた。

 

「──しかし、偽者とはいえ、本当によくできていましたこと。

私でさえ、あの剣で刺されるまで本物かと錯覚してしまったほどですもの──」

呆然とする<狂王>の前で、魔女は豊かな乳房を押さえた。

トレボーの白さとはまた別の色合い白さを持つ艶やかな肌は、うっすらと青い静脈が透けて見える。

その左胸──心臓の真上には傷一つなかった。

「──本物のわが殿の一撃なら、私とて容易に滅ぼされておりましょう。

戯れならばともかく、本気になった夫に敵う妻などおりませんもの」

本当か、と言わんばかりにじろりと横目で睨むワードナの視線を、

すました顔で受け流しながら、魔女は続けた。

「でも、突き立てられた剣を見てわかりましたわ。

わが殿は、この剣をお使いになっておられませんもの」

最初に現れたワードナが魔女を突き刺した剣は、<ドラゴンの爪>。

それはトレボーの巻き毛と同じ、美しい金色の剣だった。

しかし、新たに現れたワードナが佩く剣は、それと別の色を持っていた。

ロミルワの光を暗く反射するそれを見つめるトレボーが、不意に叫んだ。

「──嘘だっ!」

乙女の、血を吐くような甲高い声は、何度も続いた。

「──嘘だっ! 嘘だっ!!」

金色の巻毛が、風もないのにたなびく。

「嘘だっ! ワードナが、ワードナが、我以外の女の側に立つなど、嘘に決まっているっ!!

こやつ、こやつこそが、本物のワードナだっ!!」

白い裸体のまわりに、黒い炎のような殺気をゆらめかせてトレボーは立ち上がった。

その後ろで、彼女を守るように立っていた男──最初のワードナが呼応するように両手を広げた。

闇が一瞬、乙女を包み込み、すぐに晴れた。

<狂王>は完全武装をしていた。

漆黒の剣、漆黒の鎧、漆黒の盾。

闇を切り取って作られたような武具は、<ダイヤモンドの騎士の装備>さえもしのぐ魔力の重圧を孕んでいた。

「ほう──やるな。さすが儂の姿を持つだけある」

「だまれ、偽者!!」

トレボーが叫んで走った。漆黒の剣を掲げて。

その横を、闇を渦巻かせながら最初に現れたほうのワードナが飛ぶ。

 

魔人二人の疾駆を、後から現れたワードナは、無言で見つめていた。

「わが殿──」

胸元に手を当てたまま、魔女が気遣わしげに声をかける。

トレボーと戯れたときのまま全裸の妻のほうを振り返ることなく、老人は短く答えた。

「下がっておれ」

「──はい」

自分を一瞥もしない夫のつれなさに、むしろ満足気に魔女は微笑んだ。

──いつものわが殿。

──ならば、どんな敵にも遅れを取ることは、ない。

自分と同じ姿を取る敵が、自分しか唱えられぬはずの呪文──魔道の粋を集めた禁呪を唱え始めるのを、

魔女の側に立つワードナは悠然と見据えた。

ゆっくりと、同じ呪文を唱え始める。

術の完成は同時だった。

闇と閃光が二手にあがり、一手があっけなく砕け散る。

敗れたのは──最初に現れトレボーの側に立ったワードナだった。

「ほう──。儂の術を受けても一撃では滅びぬとは」

本物──後から現れ魔女の側に立ったワードナが感嘆の声を上げた。

ずたずたに裂けたローブを翻した偽者が、石床を蹴って飛び掛るのを、本物のワードナは見なかった。

その視線の先にあるのは、漆黒の武具に身を包んだ乙女。

微動だにせぬ悪の大魔道士に、今や渦巻く闇がかろうじて人型を取っているだけの偽ワードナが襲い掛かる。

──何も起こらなかった。

魔法の障壁さえも張らず、傲然と立つ<魔道王>の前に立つだけで、

その僭称者は一矢も報いることなく消え去った。

──からん。

偽ワードナが消滅した後に、乾いた音を立てて床に転がったものがある。

<魔女の杖>でつくった男根だった。

「──あれを媒体に、地獄の亡霊たちを集めてわが殿の人形(ひとかた)を作ったのね」

魔女が口元を手で覆いながら声を上げた。

この女が驚くということは、それは恐るべき魔術だったのだろう。

それを、魔術師でない女君主が一瞬にして成し遂げたことは、執念の呼んだ一つの奇跡だった。

 

しかし、その奇跡も潰える時が来る。

最後までそれを認めぬ女が、地を蹴ってワードナに襲い掛かったのは次の瞬間だった。

「死ね!──偽者っ!!」

「──断る」

<裏オーディンソード>をはるかにしのぐ魔界の剣の一撃が、むなしく空を切る。

剣には剣を。

ワードナが腰の剣を振るったのは、あるいはかつての宿敵への餞だったのかもしれない。

あるいは、かつての恋人への──?

<狂王>と<魔道王>がすれちがった。

永遠の、一瞬の邂逅。

湿った音をたてて地に落ちたものを、トレボーの瞳も、ワードナの眼も追わなかった。

ワードナの<西風の剣>で断ち切られたトレボーの<サックス>を。

半陰陽の──いや、今その呼び名を失い完全な<女君主>となった<狂王>は、

ふらふらと二、三歩歩き、その先の石床の上にぺたん、と座り込んだ。

「……」

三人の男女は、しばらくの間、まったく動かなかった。

宇宙は、その間優しく時を凍りつかせていたが、やがて沈黙とともにそれを破られた。

啜り泣きが、うつむき、座り込んだ金の髪の乙女の唇から漏れた。

それはだんだんと大きくなり、嗚咽となった。

背後の泣き声を聞いて、ワードナは振り向いて何かを言おうとしたが、結局何も言えなかった。

魔界の神々をもしのぐ魔術師の王は今、ただ立っている以上のことが何もできなかった。

──やがて

「……我は、振られたのだな?」

ひとしきり泣いた乙女が、うつむいたまま呟いた。

それは質問と言うよりも、確認のことばだったが、答えは与えられなければならない。

「……そう…だ」

老魔術師の声がしわがれているのは、年齢のせいではないだろう。

「……最初から、わかっていた。あるいは、黄泉還る前から」

トレボーの声は、淡々としていた。

「──だが、認めたくなかった。あの女の前で──」

トレボーは、ゆっくりと視線を上げて、魔女を見つめた。

 

その瞳に、狂気も怒りも、何もないことを見て取って、

魔女は自分がどういう表情を浮かべるべきか判断が付きかねた。

全知全能とすら呼べるかもしれないこの女には、珍しいことだった。

複雑そうな表情の恋敵に、乙女の唇に、わずかな微笑が浮かぶ。

「恋に恋する女の子──魔女よ、貴様は我の事をそう呼んだな?」

「──ええ」

「その通りだ。我はワードナに恋し、貴様はワードナを愛した」

「──然り」

「我は、我の理想とする男をワードナに見出して恋をした。あの偽の影のように、な。

しかし、貴様は、ワードナの丸ごとを、そのままに愛した」

「──その通り」

魔女は、宿敵の的確すぎる指摘に、とまどったように視線をさまよわせた。

そして、小さく咳払いをして、ことばを付け足した。

「恋人は、相手が何が好きなのかわかるし、

それを行いたいと心を向けることができる素敵な関係。

でも夫婦は、それに加えて相手が何が嫌いなのかわかるし、

それを避けることに心を向けることができるもっと素敵な関係」

「──ふ、わかっている。貴様が、我と対峙したときに、

<ソフトーク・オールスターズ>を退散させた理由も、な」

「……」

「貴様、我との対決がこういう形になると予測し──他の男に自分の裸を見せまい、としたのだろう。

──そういうことを、ワードナが嫌がると知っていたから、我らの戦いの場から引き離した」

最強の冒険者たちは五人中四人が男だった。

そして、どうやら、ワードナもかなり嫉妬深い性格であるようだった。

慌てて何か言おうとした<魔道王>をじろりと睨んで黙らせ、トレボーは魔女に向かい直した。

「我からすれば、男がそういう細かく女々しい部分を持つことは好みではない。だが、貴様にとっては──」

「もちろん、わが殿の愛すべきところですわ。私を独占したいとのお考え──何よりも嬉しく思います」

「我は、我の好まぬ部分のないワードナを追い求めてここまできたが、どうやらそれは間違いであったようだ」

「まったく意に沿わぬところのない相手など、この世にいない──レディのお勉強の第二章、最初のポイントですわ」

「そして、意に沿わぬところさえも好ましく思うのが夫婦なのだな。──貴様に言わせると」

「──然り」

魔女は、にっこりと笑って頷いた。

「さすが天才を超えた天才。理解が早いですわ」

 

「……ならば、我に最初から勝ち目はなかった。

恋に恋するだけの娘が、真に成熟した女に勝てる道理はないからな」

「乙女は、いつか女になります。この恋は、そこに行き着くまでの思い出のひとつ」

「……我にも、いつか貴様が持っているような愛が手に入るのだろうか?」

「世の中に素敵な殿方はたくさんおりますわ。素敵なレディのお勉強がだいぶ進んだ今の貴女なら、

どの殿方も、きっとより取り見取り。──もちろん、わが殿を除いて、の話ですが」

「──ふん」

トレボーは鼻を鳴らした。あるいはすすりあげたのをごまかしたのかもしれない。

「……還る」

乙女は立ち上がった。

さばさばとした表情で鎧の埃を払う。

その背後に、いずこにか通じる暗黒の穴──魔法のゲートが現れた。

この女を他者が強制的に成仏させるのは魔女とても至難の業だったが、

本人がその気になれば、いつでも「還る」ことができたらしい。

どこへ? と問おうとして、ワードナはやはり声を掛けられなかった。

どうやらモンティノの魔法がかかっているらしい。

「む。──それは……。返せ」

沈黙するワードナが手慰みにいじくっている物。

──<聖なるトレボーのケツ>を見つけて、トレボーがちょっと怒った声を上げた。

処女の亡霊としては、自分の尾てい骨をさらされるのは恥ずかしいらしい。

乙女の紅潮した頬と、冷たい視線は、ワードナがすでに「過去の恋人」となったことを如実にあらわしていた。

それはそれで残念、と思う気持ちが──いや、今何か背中で猛烈な殺気を感じたぞ。

「──わが殿、お返しになられたらどうです?」

背後でにこやかに進言する妻を振り返ることは、恐くてできなかった。

……何故儂の心の中を読める?

トレボーがくすり、と笑った。

ワードナの手から、聖遺物が本来の持ち主に渡る。

その時、トレボーが動いた。

最強最速の女君主の完全に不意を打った動きは、ワードナや魔女でさえも対処できなかった。

──トレボーの唇が、ワードナのそれに重なって、離れた。

「──!!」

二人の、最初で最後のキス。

あっけにとられたワードナの硬直が解ける前に、怒り狂った魔女が何か行動を起こす前に、

トレボーは身を翻して魔法のゲートに飛び込んだ。

「あはは、あはははは」

かつてエセルナート全土を恐怖と不安に陥れたという哄笑は、今回に限り、とても明るかった。

──そして、リルガミン史上最も美しい女王の初恋は完全に終わった。

 

「……」

「……」

夫婦二人きりが残された迷宮の一角で、

悪の大魔道士はここがマラーの使えぬ場所である事を、心の中で神々に対して猛烈に抗議していた。

「……わが殿?」

しばらくして、魔女が先に声を掛けた。

返事をしなければならんのか? どう運んだら穏便にことが済む?

別に儂はあのキスを受け入れたわけではなくて、完全な不意打ちだ。

大体あの状態でどうやって、あやつの動きを察知して防ぐことが……。

「……わが殿?」

「……な、な、なんじゃ」

「こっちを向いてください」

嫌だ。

振り向いたら、この宇宙で最も恐ろしいものが目に入る。

しかし、魔法にかかったように、ゆっくりとワードナは妻のほうを向き直った。

「……むぐぅ?」

──<この宇宙で最も恐ろしいもの>は視界に入らなかった。

魔女の美貌は、ワードナの老眼がはっきり認識する範囲よりもっと近くに飛び込んできたからだ。

そして、焦点をあわせるよりも早く、ワードナは自分の唇に暖かく柔らかいものが重なったのに気付き、

そっちに夢中になってしまったので、

結局、振り向いた瞬間に魔女がどんな表情をしていたのかはわからなかった。

魔女のキスは、情熱的で長く続いた。

恋人とのキスと違って、唇だけでなく、舌も、歯も、吐息も、唾液も、音も、総動員の口付けだ。

迷宮のこの一角が二人っきりであるのをいいことに、夫婦のディープキスは長々と続いた。

やがて、ワードナの脳髄を蕩かし終え、唾液の糸をたっぷりと引きながら唇を離した魔女は、にっこりと笑った。

「……色々言いたいことはありますが、ひとまずは、これでなし、といたしましょう」

「う、うむ」

ワードナは心底からほっとしたが、──災難はまだ終わったわけではなかった。

 

キスを終えた魔女は、愛の女神もかくや、というにこやかさを取り戻していたが、ワードナはびくびくしていた。

妻がこういう表情を浮かべているときは、きっと何かがある。

「──わが殿」

ほら来た。

「……何かおっしゃいまして?」

「い、いや、何も言っておらん。──な、なんじゃ」

「お願いがございます」

「む、むう。言ってみろ」

魔界の階層の一つや二つ征服しろ、と言われても了承せねばなるまい。

というよりもそれくらいで済めば儲け物だ。

しかし魔女は、もっと無理難題を押し付けてきた。

「──デートいたしましょう。わが殿」

「な、何?」

「デート、でございますわ。最近色々ありすぎて、わが殿といちゃつく時間が少なかったような気がします。

ここはぜひとも、デートをいたさねば! ああ、夫婦で逢引、すばらしいことです!」

「な、な、なな……」

「デートは恋人だけがするものではありません。ましてや、夫婦はあらゆる男女関係の最上位にあるもの。

恋人同士のものよりも、もっと甘やかに、もっと濃密に。もちろん最後はたっぷりと愛し合って……」

脳裏のどんな姿が浮かんでいるのか、魔女がぽっと頬を赤らめる。

「な、な、なん…」

抗議の声はまたしても上げられなかった。

ワードナが目を白黒させているうちに、魔女はどこからか取り出した法衣を手早く身にまとった。

もう一度にっこりと笑いかけると、そっと耳元でささやく。

「やっぱり、デートは、待ち合わせして落ち合うところからはじめるのが王道ですわ。

──私、身支度をしてから参ります。……思い出のあの場所で、お会いいたしましょう」

一方的に言い終えた魔女は、身を翻した。

上機嫌で駆け去っていく妻を呆然と見送ったワードナは、

美しい後姿がすっかり消えてから重大なことを思い出した。

 

「──あやつの言う<思い出のあの場所>……とは、一体どこのことだ?」

魔女との約束をすっぽかしでもしたら──何が起こる?

問いかける相手もなく、悪の大魔道士は一人闇の中で途方にくれた。

 

 

 

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