<波璃が山から下りてくる>

 

「シンジロー・仁科、今日はヒマか? 食事でもいっしょにどうだ」

ラボの帰りに、リミア主任から声を掛けられた。

ブロンドがゴージャスな美女は、俺の上司だ。

「いや、今日は……」

用事があるといいかけて、俺はことばを切った。

そろそろ「あの時期」だったはずだけど、あいつが来るのは――明日かもしれない。

才色兼備の上司に食事に誘われるのは、はじめてだ。

「ええ、ごいっしょに……」

言いかけて、またもやことばが止まる。

――今度は自分の意思ではなく、外からの強制によって。

背中が熱い。

いや――痛い。

この、感覚は……。

俺は恐る恐る振り返った。

「……」

思ったとおりの人物が背後にいた。

きっちりとした青灰色の和服は、先月と変わらない。

いや、背はまた少し伸びたか。

艶のある髪の毛は、腰まで届く。

「よ、よお……」

俺は、こわばる舌をなんとかうごかして挨拶をした。一月ぶりにあう、その娘に。

「……その方と、ご夕食ですか?」

静かな声は、しかし、俺の危険察知本能を限界まで活発化させる。

「あ、いや、その――」

――俺の声は、他人の声のように遠くに聞こえた。

「……では、私はアパートで待っていますから」

――こいつの声は、こんなにはっきりと、こめられた怒りまでクリアに聞こえるのに。

 

「……む、見たところ、君の恋人……か、シンジロー?」

リミア主任は、俺と波璃(はり)を交互に見ながら聞いた。

「いいえ」

波璃が即座に答える。

「私と慎二郎さんは、恋人同士ではありません」

「そうなのかね?」

リミア主任の青い目が、こちらを向く。

「ああ、ええと、まあ……」

俺はあたふたと肯定とも否定ともつかぬ答えを口にする。

「――私と慎二郎さんは、五年前、慎二郎さんが私を強姦してからの縁(えにし)です」

淡々と、波璃が言い放つ。

「……」

リミア主任が、形のいい唇を「O(オー)」の字に開けた。

20代で博士号をいくつも取得している才媛が唖然とする姿など、始めてみた。

「……本当なのかね?」

たっぷり三十秒、押し黙った主任は、ようやくそれだけを聞いた。

「……ああ、ええと、まあ……」

俺は、消え入りそうな声で返答をした。

「――五年前、慎二郎さんは、年端もいかぬ私を犯しました。

私は、そのせいで、毎月、ここに来なければならなくなったのです」

よどみなく答える、波璃の声。

「ふむ……」

リミア主任は、眉根を寄せて、それを聞き、それから俺のほうを向き直った。

バチッ!

猛烈な平手打ち。

「そんな女がいるというのに、のほほんとしているのはいい度胸だ。

――今すぐ、この娘と話し合い、場合によっては警察に行きたまえ」

憤然として睨みつけるリミア主任。

それすらも目に入らぬかのように、波璃は静かな声を俺にかけた。

「では――慎二郎さんのアパートに行きましょうか」

 

「で、シンジローは、本当に君をレイプしたのか?」

リミア主任は、腕組みをしながら俺を睨みつけ、それから波璃に視線を移した。

「……しました」

波璃は、ちらりとリミア主任を眺め見、それから俺に視線を移した。

いつものように、まっすぐに。

俺は、首をすくめた。

波璃は何も言わないが、リミア主任が何故アパートまでついてきたのかを目で問いただしている。

(……お前のせいだろ)

たしかに、どう見ても十七、八の娘が「五年前に強姦された」と発言したのなら、

これはどう考えても、事件だ。

リミア主任のような正義感の強い女性なら、ついてくるだろう。

目で答えた俺の訴えが、波璃は気に入らなかったらしい。

居住まいをちょっと正した。

いままでも完璧といっていい正座だったのが、さらに文句も付けようのない姿勢になる。

「慎二郎さんは、はじめ、私を裸にしました。

そして、私の胸や女性器を観察し、手でさわり、舌で嘗めまわしました」

「あわわ……」

俺は波璃の口を押さえようとしたが、リミア主任にむこうずねを払われ、古畳の上に転がった。

――国際交流実践派のリミア主任は、合気道を習っている。

それも免許皆伝の腕前だ。

「慎二郎さんは、それから自分の男性器を取り出し、私に握るように命じました。

私の手に握らせると、それをしごくように命じ、そのうち口に含むように言いました。

――私がそうすると、慎二郎さんは、すぐに<うっ>とうめいて、私の口の中に射精をしました。

私がむせこんで吐き出そうとすると、慎二郎さんは怖い顔をして、<全部飲むんだ!>と言いました。

おびえた私は、慎二郎さんの出す精液を全部飲まされたのです。

生臭い汁を全部お腹に収めるまで、慎二郎さんは許してくれませんでした」

――みしっ。

リミア主任の万力のような手が、俺の首筋をとらえて締め上げる。

俺は悲鳴を上げそうになった。

 

「――それで……?」

リミア主任は、俺の過去の過ちをすべて言うように促した。

波璃は、それに答える素振りでもなく、だが淡々と話を続けた。

「――その後、慎二郎さんは、私の太ももを両手で持って押し広げ、

私の女性器に、回復した男性器を押し付けました。

私が悲鳴を上げても、力をこめて、押し入れるのです。

生娘だった私の女性器からは、血が流れ、慎二郎さんの男性器を濡らしましたが、

慎二郎さんは、射精するまで私を離しませんでした。

何度も、何度も、気絶するまで私を犯し、――私は純潔を失ったのです」

──めきゃあっ。

俺の頚椎がいやな音を立てた。

折れた――いや、まだぎりぎり残っている。

だが、リミア主任がもう少し力を入れたら、確実に一生車椅子の人生だ。

「……女性器が限界になると、慎二郎さんは、今度は私の肛門に興味を持ちました。

ほとんど失神している私を裏返しにすると、そちらの孔のほうも犯したのです。

気がついたとき、私の身体は、どの部分も、生娘ではなくなっていました」

──波璃は、陵辱の過去を語り終えた。

「……で、きみは、この外道をどうするつもりなのかね?」

リミア主任が波璃に質問した。

このまま警察へ、という答えを予想していたのだろう。

だが、波璃は――。

「私は、慎二郎さんを強姦いたします。――今月も」

リミア主任の存在すら意識している風もなく、俺のほうをまっすぐに見つめている娘は、

青灰色の和服に手をかけながら言った。

 

「――お覚悟はよろしいですね、慎二郎さん……」

 

 

「な、なにを──」

衣擦れの音をたてて裸になっていく波璃を見て、リミア主任が狼狽の声をあげる。

そりゃそうだ。

「強姦された娘」がその相手の前で自分から服を脱ぎだしたのだ。

しかも、相手を強姦する、と宣言して。

「シンジロー、これは……」

「邪魔です」

俺を押さえつける合気道免許皆伝の美女は、次の瞬間、するっ、と畳の上を転がった。

するっと、そういう擬音がふさわしい。

すべるように横にのけられたリミア主任は、青い目をぱちくりとさせた。

「……傷物にされた以上、慎二郎さんには責任を取ってもらわねばなりませんが、

世継ぎの子を産むまでは、正式に籍も入れられません。――今月こそは、授からせていただきます」

明治か大正の世の結婚は、そういうものだったらしいが、

今の世の中でそんなことを言い出すのは、波璃の家くらいのものだ。

「ちょ、ちょっとっ……」

青く静脈を浮かせた乳房や、漆のような艶やかな黒色の若草をさらして

俺の前で仁王立ちになる波璃を見て、リミア主任が身を起こそうとする。

「……」

俺のほうをじっと見下ろしたまま、波璃が軽く手を振った。

リミア主任は、また、すとん、と畳の上に座り込んだ。

「あっ……!?」

自分の意思ではなく「座らされた」リミア主任は反射的にもう一度立ち上がろうとして、

身体が動かないことに愕然とした。

多分、四肢の関節は、痛みもなく外されている。

免許皆伝の猛者を、一瞬で制圧する。

──北神流柔術、三十八代宗家の名を持つ娘なら、可能だ。

そして、その娘は、「三十九代目」を孕むべく、俺の上にのしかかってきた。

 

首筋に痛みを残してうつぶせになったままの俺を見て眉をひそめた波璃は、

すっとしゃがみこんだ。

思わず見上げようとしてしまい、俺は首の痛さに悲鳴をあげた。

もっとも、波璃の太ももはつつましく重ねられ、

どの角度から見やってもその奥を拝むことは不可能なことは分かっていたが。

俺の上で波璃がさらに柳眉を逆立てたのは見えなくても分かった。

「……」

ぽんと、うなじに手が当てられた。

それだけで、俺の首の痛みはなくなった。

同時に、景色が百八十度かわる。

見えるのは──天井だ。

いつもながら、何がどうなっているのか、わからない。

波璃から理屈を教わったことはあるが、やっぱりわからない。

寝そべった状態の相手からさえ力と体重を利用できる技なんて、存在するのか。

するんだろうな。

今、波璃がやってみせたんだから。

 

波璃の性行為は、先月と同じく、ひどく単純だった。

最初に、軽く俺の男根に唇を近づけ、唾液をたらす。

透明な唾液を手でのばすようにしてこすりつけた。

すべすべした手は小さい──とても青竹を握りつぶせるものには思えない。

波璃に言わせると、筋肉ではなく、力の出し方も問題だそうだが。

──俺の男根を軽くミンチにできる繊手は、二、三度上下運動をして離れた。

あとは──上に跨るだけ。

「……っ!」

華奢な身体の、その部分だけは鍛える技もないのか、

小ぶりな女性器に俺のものを収めるときに波璃は小さい叫び声をかみ殺した。

 

「……っ! ……っ!」

波璃が、俺の上で腰をゆする。

身体の柔らかい娘は、膝立ちではなく、足の裏をぺったりと着いて跨ることができるから、

動ける範囲は広いはずだが、波璃は、馬鹿正直に前後に身体をゆするだけだ。

はじめて波璃に犯されたとき、跨ったまま身じろぎもしない彼女に

そうすることを教えて以来、ずっとそれだけをする。

他の動きは──前後運動を教えたときの恥ずかしがりようと、それを紛らわすためか、

俺の身体の関節をいくつか外したことを思い出すと、ちょっと提案できない。

何より、波璃はそれだけで十分感じているようだった。

──そして、俺も。

「んっ、くっ……ひああっ!」

四、五回腰を動かしただけで、波璃は悲鳴を上げてのけぞった。

ひどく敏感なのは、ずっと変わらない。

「あっ……あっ……ああっ!!」

絹糸を漆で染め上げたような黒髪が、ばさり、と宙を舞う。

「だ、だいじょうぶか、波璃……」

毎月のことながら、心配になってしまう。

「……だ、いじょう…ぶ……です。……つ、続けます……」

息を切らした、ちっとも大丈夫そうじゃない声が答えた。

潤んだ目は、すでに焦点があってない。

深呼吸をふたつ、みっつ。

波璃はまた腰を動かし始めた。

「……子種をもらう、まで、慎二郎さんを、……犯します」

美しい強姦者は、陵辱を再開した。

何度もあえぎ、何度ものけぞり、何度も達する。

腰まで伸びた長い黒髪が、汗で背中や首筋に張り付くころ、

俺はようやく最初の射精にいたった。

「……くふうっ……!!」

子種を子宮に送り込まれた瞬間、波璃は、失神して俺の上に崩れ落ちた。

 

「……」

五分くらい気を失っていただろうか、波璃は身を起こした。

「まだ、でき…ますね。続け…ます」

しゃべると息が切れるのか、もう一度深呼吸をしてから、交わりを再開しようとする。

「おい、本当に大丈夫なのか、先月より……」

反応が激しい、といいかけて、俺は黙った。

波璃は、身体が成長──成熟するにつれて、どんどん感じやすくなっている。

だが、それを指摘すると、顔中どころか、首筋まで真っ赤になるのだ。

……ついでに、俺の顔面も真っ赤になる場合も多い。

波璃が、我を忘れて当身技を使うのは、俺がいやらしいことを言ったときだけだ。

もっとも、俺は特に「いやらしいこと」を言った覚えがないのだが。

「ふう……ふぅん……」

目を閉じ、また腰を使う。

その顔を下から見上げているうちに、俺は、不意にものすごい衝動に襲われた。

「波璃っ……!」

つながったまま、がばっと状態を起き上げる。

華奢な少女を支えるくらいは、楽勝だ。

「きゃっ……!」

波璃が悲鳴をあげる。

その身体を抱きすくめながら、下から男根を突き上げる。

「くっ、……あっ、だ、だめっ……!」

波璃がもがこうとするが、腰に手をまわしてぐっと抱き寄せると、力がぬけていった。

「波璃っ!!」

夢中で唇を求め、それを自分のそれに重ね合わせたとき、俺はあっけなく達していた。

「ああっ……!」

──同時に、波璃もより深く達した。

 

 

「……夫婦(めおと)になってもいないのに、唇を合わせるとはなんたる破廉恥ですか」

着物を身に付けた波璃は、柳眉を逆立てて俺を睨んだ。

「……あ、いや、その……」

子供ができるまでは、夫婦ではない。

夫婦でない以上、キスはおろか、手をつなぐことすら、ふしだら。

波璃のこの感覚を矯正するのは、もうあきらめた。

直せるとしたら、本当に結婚してからだ。

――子供をつくって。

しかし、いつになったらできることやら。

残念ながら、波璃は子供ができにくい体質らしい。

そうでなければ、毎月、危険日の週に俺を強姦しにくるようになって五年もたつのに、

一向に孕まないということもないだろうに。

「ところで、――リミア主任を元に戻してあげてよ」

俺は、畳の上でもがくことすらできないでいる金髪の美女のほうを示した。

「……この方は、どちらさまですか?」

<毎月のお勤め>を終えて、ようやくまわりを見る余裕が出来たのか、波璃は質問してきた。

同時に嫉妬心もぶり返したのか、俺とリミア主任を交互に見る視線が硬い。

「……俺の上司だ」

「まあ、……それは失礼を」

すべるように近づき、ほとんど撫でるくらいの力で触ると、関節はすべて元通りになった。

「……き、君は一体……」

下手に武道に通じている分、ショックは大きいのだろう、

留学生時代から日本在住十五年のブロンド美女は、あえぐような声を出すのが精一杯だった。

「申し遅れました。私、仁科慎二郎さんの許婚で、波璃と申します」

ぺこりと頭を下げる黒髪に、金髪がぶれるようにかしいだ。

「……だって、君は、さっき、恋人ではないって……シンジローが強姦したって……」

 

「――はい。<恋人>ではありませんし、まだ夫婦でもありません。

それに、慎二郎さんが私を手篭めにしたのも事実です」

「……ああ、初めて引き合わされた日に、こいつに秘伝の惚れ薬やらを飲まされてな。

それも分量一ケタ間違ってた奴を、だ……」

俺は、ため息をついて続けた。

親同士が親友だったために交わされた、冗談とも本気ともつかない婚約は、

会ったその日に「やってしまった」ことで正式なものにされてしまった。

──俺にひとめぼれした波璃の思惑通りに。

以降、俺の人生は、こいつに握られっぱなしだ。

「……そ、それでも責任は取っていただかないと……」

波璃が消え入りそうな声で言う。誰かこいつに法律知識を与えてやってくれ。

……それと、「強姦」ということばの意味を。

中学にあがる前に先代を打ち負かし、古流柔術の総帥の座に着いた娘を、

力づくで自由にできる男などいない。

今はもちろん、五年前の時点でさえキングギドラでも連れてこなければ不可能だ。

理性をなくして襲い掛かった俺の行為を、波璃が「強姦」と呼ぶのは、

子作り──結婚の前に、キスをしたり口や尻で性交をしたから、だそうだ。

今、自分がしている「強姦」は、何のつもりなのやら。

「……それでは、申し訳ありませんが、

これより、慎二郎さんと私は子作りの続きをいたしますので──」

有無を言わせず、波璃はリミア主任をドアの外に押し出す。

──主任、すみません。

明日の朝、ラボでどんな顔して会えばいいのか、俺はため息をついた。

まあ、どんな顔かって言われても、たぶん、憔悴している顔なのはまちがいないだろうが。

ドアを閉めて、カギまでかけて振り返った波璃は、ようやく今月はじめての笑顔を見せた。

「――では、続きをいたしましょうか、慎二郎さん」

波璃は、緊張が解けてからのほうが、営みが激しい。

俺は、もう一回ため息をつこうとしたが、

意に反してそれは熱い興奮の吐息になっているのに気がついた。

苦笑した俺は、今月もまた、波璃の餌食になる。

 

 

 

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