<騎馬民族素クール>

 

庁舎から帰ってくると、戸口でディルベルが待っていた。

「お帰り、蘇範。今夜はたくさん、まぐわおう」

頬を染めるわけでも微笑をかわすわけでもなく、

まさに普段の挨拶といった表情で声を掛けてきた女を、私はにらみつけた。

「そういうことは、戸口で言うせりふではない」

私を先導して家の中に入ろうとしていたディルベルは、くるりと振り向いた。

「どうしてだ? ――夫婦ならまぐわうものだし、若い夫婦なら殊更たくさんまぐわうものではないか。

それとも、私とまぐわいたくないのか? 聖なる大河の名にかけて婚礼をしたというのに」

今年十七歳の娘の視線がとがった。

私はちょっと慌てた。

このあたりでディルベルより馬と弓と剣が上手い人間は、彼女の父と兄くらいのものだ。

馬を駆りながら続けざまに放った矢が十二本、ことごとくが敵兵を射抜いたなんていう話は、

ディルベルにとっては日常茶飯事のことだった。

はじめてあった日に、彼女が腰からぶら下げていた毛皮が、

どこぞの猛将の頭の皮という話を聞いた時は、二、三日食欲をはげしく減じられたものだ。

「――私の国では、そういうことは家の中で言う」

「なるほど」

小さく頷いたディルベルは、納得したようだった。

身を翻して家の中に入る。

私はため息をついて、その後ろについていった。

「家の中に入ったぞ。では、あらためて言う。今日はたくさんまぐわおう」

椅子に腰掛けたディルベルは几帳面に繰り返した。

それから、ちょっと首をかしげ、

「お前がいなかった二日間はさみしかった」

と続けた。

 

 

 

「ああ、うん。――そうか」

ぼりぼりと頬をかきながら私は視線をそらした。

私の国では、女性が性的なことを直言する風習はない。

だが、彼女の部族は、そういうものであるらしい。

私も、はやく慣れなくては。

もう私の国──というか私の住むこの一帯──は彼女の部族に征服されたのだし、

彼女も、一生懸命、私側の風習を身に付けようとしている。

交わりたい、と言うのではなく、会えなくて寂しい、という言い回しをするのは

ディルベルの文化圏にはなかったはずのものだ。

「……食事にしよう」

ディルベルは立ち上がって、いくつかの皿と小壺を持ってきた。

羊肉、チーズ、馬乳酒。

麦粥、野菜の煮物、米の酒。

二人の食べてきたものが入り混じった食卓。

ディルベルは、私の小皿の端に羊肉を、自分の小皿の端に野菜の煮物を取り分けた。

互いの好物を我慢しながら食べるようにしてから二月ほど経つが、

これはこれでだいぶなれるものだ。

羊肉は豚肉よりもクセがあるが、最近はその旨みも分かってきた。

「食事と床をいっしょにすれば、すぐに心がつながる」

結婚前に彼女は、大真面目な顔でそう言ったが、たしかにそれは本当かもしれない。

 

 

 

中原の老大国が衰え、辺境にあるこの辺りが、<大王>に率いられた騎馬民族に征服されて何年かになる。

激しく抵抗した都市もあったが、私の街を含めてたいていの都市は彼らにあっさりと膝を屈した。

もう長らく、中央の威光は届いていなかったし、

騎馬民族たちは急速に文明化し、財力を蓄え、このあたりの都市の最大の顧客になっていた。

私も、実家の商売相手に顔見知りの騎馬部族の人間がいたし、

それが、部族の中で<将軍>といわれる有力者の息子で、

征服後、このあたりの長官になったと知っても、別段驚きはしなかった。

しかし、その男の妹が私の嫁になると言い出し、

その話がとんとん拍子に進んだときは、天地がひっくり返るくらい驚いたが。

「<大王>は、平原の人間と、都市の人間との結婚をすすめている」

何度か顔を合わしたことのある娘は、私の顔をしげしげと眺めて、そう切り出した。

たしかに、これまでのように一時的な略奪ではなく、恒久的な支配に乗り出した騎馬民族にとって

手っ取り早い融和策としては、それが一番だろう。

古来、多くの征服者がその手を使った。

結婚した男女が幸せだったかどうかは誰も触れないが、政治的には有効な手であることはたしかだ。

実際、同民族同士だって、好きあって結婚する人間などどれくらいいるものかわからないのだから、

別に気に病むこともあるまい、と思って受け入れたのは、

その前に、想いをよせていた女から裏切られていたからかも知れない。

やや捨て鉢な感じで求婚を受け入れた私に、ディルベルはぱっと瞳を輝かせた。

それは、初めてみる彼女の微笑だった。

こちらのほうがどきまぎしてしまう喜びようは、表情の変化に乏しい彼女の部族の人間にとっては、

一生になんどもあることではないことだった。

私の国の人間――特に私の元恋人などが見せる分厚い修辞に覆われたやり取りでは、

あまり見ることがない、生な感情のほとばしりを見せられて、私は狼狽した。

 

結婚生活に入ると、私の狼狽は収まるどころか悪化した。

ディルベルの部族は、長年、厳しい自然の中で暮らしてきたせいか、ものごとが万事、直接的だ。

特に、食や性など、生命にかかわることについてが。

 

「では、まぐわおう」

二人が夫婦になって初めての夜、夕食を片付けたディルベルが言ったことばに、

私は口に含んでいた食後のお茶を盛大に吹き出した。

中原の民ならば、娼婦でもなければ言わないようなことばを、彼女たちは平然と口にする。

「はやく蘇範の子を産みたいから、たくさんまぐわおう」

馬か羊の子でも作るかのような平然とした顔と声で言われたとき、私はなんと答えていいか分からなかった。

 

 

 

「ん……うくっ……」

夜具の上に横たわったディルベルの唇を奪う。

それだけで、異民族の娘は敏感に反応した。

胸乳の部分を服の上から撫で回すと、それはさらに激しくなった。

厳しい自然の中で育った身体は、小さく引き締まっているが、付くべきところには肉がちゃんとついている。

女としての反応も、十分すぎるほどだ。

乗馬用のズボン──彼女の部族は、女でもこの格好だ──の中に手を差し入れると、

ディルベルは、「あっ……」と声をもらした。

もじもじと足を閉じようとするが、私の手は強引にその合わせ目に滑り込んだ。

騎馬の民は、常に騎乗で生活するせいか、馬から下りるとその足の力は意外に弱い。

だが、それでも文弱の徒の私の腕力より弱いと言うことはないだろう。

この美しい娘の抵抗が弱々しいのは、――本心から抵抗する気がないからだ。

ディルベルが足を閉じようとしたのは、羞恥による反射的な抵抗にすぎない。

男女の交わりのことを平気で口にする娘が、意外な恥ずかしがり屋であることに気付いたのは、

彼女と寝るようになって三日目の夜だった。

 

ちゅく。

ズボン越しでもはっきりと聞こえた自分の女性器が立てた音に、ディルベルが耳まで真っ赤になった。

夫の指を受け入れたそこは、乾いた大地に住む一族のものとは思えぬほどに豊潤な湿地帯だった。

「く……ふうっ……」

「脱がすぞ」

耳元でささやくと、異民族の娘はこくり、とうなずいた。

中原の民は、裸形を他人に見せるという文化がない。

相応な階層に属している人間は、たとえ配偶者にでも裸は見せないのだ。

それはディルベルの部族も同じことで、彼女たちの「掟」には、

「一年中どの季節でも外で沐浴をしてはならない」というものさえあるのだ。

だが、私は、彼女と交わるとき、なぜかその裸を見たいという衝動にかられる。

ディルベルの形のいい乳房や、引き締まった腰や、小ぶりな女性器などをこの目で一つ一つ確かめる。

この女が、私のものであることを脳に刻みつけるためだろうか。

恥ずかしがるディルベルは、しかし、私の性癖にすぐに慣れた。

──気にならないのか、と聞いたことがある。

「そうすれば、蘇範が普段の二倍、まぐわえるようになるのなら、それでいい」と彼女は答えた。

それから、ちょっと考えた後、

「もし、お前以外の男が私の裸を見ても、地の果てまでも追いかけて殺すから、大丈夫だ」

と続けたのは、女に裏切られたことがある私の嫉妬心が強いことを彼女なりに感じた上での配慮だろう。

ことばも思考も物騒だが、ディルベルは、そういうことにはよく気が付く。

「牧羊犬は、よく羊を見る。どんな小さなことも見逃さない。

それと同じで、私もお前のことは、どんな小さなことも見逃さない」

そのことばを最初に聞いたときは、彼女が、異民族の官僚の監視も兼ねていることを言外に警告しているのか、と

心を固くさせたものだったが、彼女たちの犬が羊に対して取る態度を見るにつれ、

ディルベルは、それを愛情や信頼の意味として言っていることに気がついた。

彼女の言うことは、異文化の徒である私にはわかりにくいところもあるが、裏がない。

いつだって、心のままを、ひどく率直にことばにする。

それがこの上ない美徳だということに、修辞の民である私が気付くのに、それほど時間はかからなかった。

 

ズボンを脱がす。

オンドルと照明の炎のゆらめきの中、か細い柔毛に守られたディルベルの秘所が見えた。

若い女の甘い香りが私の鼻腔をくすぐる

香りには湯の匂いが混じっていた。

「湯浴みをしたのか?」

「今日。――お前が帰ってくる日だから。準備をしておいた」

もともと騎馬の民に、湯浴みという習慣はない。

水が豊富なこの街に常駐するようになっても、

その貴婦人たちは草原での暮らしのまま、湯につかることはなかった。

乾いた風が全てを吹き飛ばす大地では、それで十分清潔だった身体も、

街に定住するようになってからは、さまざまな匂いが身体に染みこむ。

異民族婚をしたこの街の人間が最初に戸惑ったのは、そのあたりでなかっただろうか。

ディルベルは、まっ先に身体を洗う習慣を身に付けた。

――私のために。

 

やがて、多くの異民族婚者がディルベルの真似するようになり、

それにつれて、夫婦間の仲が急速に進展する者が増えた。

「中原の人は、身体を洗ってからまぐわう。

多くまぐわいたければ、家の中で湯を使え。家の中でする分には、「掟」にそむかない」

私たち夫婦のように、街の上層部の人間と結婚させられた同族から

助言を求められたディルベルは、ことなげにそう言った後、こう続けたという。

「多くまぐわえば、それだけ深くつながる」

あるいは彼女は、鋭い感性を持つ草原の一族のなかでも、もっとも賢明な女性なのかもしれない。

 

男根がいきり立ってくる。

「大きくなった」

頬を染めた妻の嬉しげなその声に、私の性器は、さらに膨張して固くなる。

首筋や、胸乳や、太ももへの愛撫を続けながら、私は羊毛を編んだ夜具の上に横たわったディルベルに覆いかぶさった。

小柄なディルベルの性器は、とても小ぶりで、とうてい私の物を受け入れられるようには見えない。

実際、はじめは、小指一本を入れるのだってむずかしかった。

それが、今では、楽々とはいかないが、最後まで私を飲み込んでくれる。

男女の体とは、不思議なものだ。

「んふぁっ!」

ディルベルが、のけぞろうとする自分の上体を必死でとどめる。

感度がいいディルベルのるつぼは、蜜で満たされていた。

でなければ、こんなに簡単に奥まで達することはできまい。

若妻の熱い粘膜は、ぴっちりと夫のものをくわえこむ。

「蘇範、……気持ちいい……」

「私もだ、ディルベル」

「嬉しい。今日も、いっぱい精を注いで。――私のここに」

ディルベルは、自分の下腹部の辺りに手を置きながら言った。

それから、その手を私の首にかけて、ぐっと引き寄せた。

口付けを与えながら、私は異民族の娘を突きまくった。

いや──。

「蘇範、蘇範、蘇範……」

私の下で快楽に美貌を歪ませているのは、異民族の娘ではなく──。

「ううっ、ディルベル、果てるぞ……!」

「蘇範っ!! 来てっ!!」

私は、この晩、四度、妻の中で射精した。

 

 

 

「起きたか、蘇範。飯を食べろ」

夜具から起きると、ディルベルは朝食の支度をもう終えていた。

腰の辺りが少し重いが、昨晩とは打って変わってきりりとしたディルベルを見ると、

そんなものも吹き飛んでしゃっきりとしてくるから、不思議だ。

「今日は、街の政庁か」

「うむ。夕方には帰ってくる」

「そうか、では、今夜もたくさんまぐわおう。――今日は、私が上になってしたい」

「……朝からそういうことは言うものではない……」

私は干した羊肉をちぎって粥の中に入れながら答えた。

できるだけしかめ面をしながら──そうでないと、顔がにやけてしまうから。

 

 

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