<レベル99>

 

 

その娘とはじめてキスしたのは、予備校の帰りだった。

 

教室で、講師が来る前にいじくっていた携帯ゲーム機。

彼女は、それを覗き込んで、言った。

「──ね、付き合わない? 私と」

わずかに茶色に染めた髪の毛と、いかにもな、お洒落な服。

僕とは全然違う世界の住人からかけられた言葉に、僕は狼狽した。

「バラクエ5ね。私も持ってる」

そう言って鞄の中から取り出したのは、僕と同じゲーム機。

ストラップがたくさんついた携帯電話のほうが似合いそうな娘の

ボタンを押す手つきは、僕と同じくらい慣れていた。

だから、僕は、その娘のことばに流されたのかも知れない。

その日の帰り、僕らはキスをした。

 

 

「ベレベレ、レベル20までいったよ。」

「あれ、そこまで行ってはじめてまともに命令聞くんだよね」

「前の機種だと、すごく苦労したわ」

はじめて味方になるモンスターのレベルを最大まであげるのは、僕のデフォルト。

みんなは、そこまで上げる前にストーリーを進めるのが普通だけど、彼女は、違った。

その日の夜、公園でキスをして、僕ははじめて彼女のおっぱいにさわった。

 

 

「スライムロード、3匹揃ったよ」

馬の代わりにかわいらしいモンスターの上に跨った騎士は、

中盤はじめの味方モンスターの中でも仲間にしやすいけど、

3匹捕まえるのはけっこう時間と根気が必要だ。

「やりこむんだね」

「君だって、とっくに3匹そろってるんでしょ?」

その日、家族が留守の彼女の家で、僕は彼女のあそこを見せてもらった。

はじめて見る女の子の性器に、僕は帰ってから何度もオナニーをした。

 

 

「ミントガムの鞭、8本そろえたよ」

「僕もプラチナクイーンの剣、8本取った」

「これでこの先、楽になるね」

「うん、ニセ女王も楽勝だ」

運と根気が不可欠のカジノ。

パーティ全員が最強装備を揃えられるまで頑張る子は、僕以外ではじめて会う。

その日、彼女は、僕の部屋で僕の性器を手で愛撫してくれた。

彼女の白い手の中にはじけた精液を、彼女は不思議そうに弄んだ。

 

 

「結婚式、誰を選ぶ?」

「うーん、直前でセーブしてるから誰を選んでもいいんだけど」

「私、たぶん何度もやり直さないと思う」

「あ、僕も。結局一週目で終わっちゃうんだよね」

ゲーム中最大のイベント。

話をしているとき、彼女はなぜかとても嬉しそうだった。

その日、僕と彼女ははじめてセックスした。

彼女が処女だったことに、僕はあまり驚かなかった。

ただ、なんで彼女は僕を選んだのかが、まだ僕には分からなかった。

 

 

「砂漠の国って、さらっと流れちゃうね」

「ここから進み方が早くなるのがちょっと苦手」

「ついつい進んじゃうけど、もう少しじっくりやりたいよね」

「今までと同じペースでゆっくりとでいいのに」

その日、二人で海に行った。

砂浜なんて、海水浴なんて、何年ぶりだろう。

はじめて見る彼女の水着姿にどきどきした僕は、

誘われるまま、帰りに岩陰で彼女とセックスをした。

 

 

「トゾッタの山って、なかなか出られないよね」

「はぐれプラチナ3匹捕まえるのが大変だもんね」

「でも、ここでレベル上げもできるから好き」

「僕も」

その日の帰り、僕らは高いビルに登った。

階段で、1フロアずつ降りながら、いろんなところで

キスをしたり、フェラチオをしてもらったり、クンニリングスをしたりした。

女子トイレであそこを舐めると、彼女は何度も絶頂に達した。

男子トイレであそこを舐めてもらって、僕は何回も射精した。

最後は、一階の駐車場の片隅でセックスをした。

 

 

「子供、できたね」

「できたね」

その日、産婦人科から二人で帰って、報告した。

彼女の親は何も言わなかった。

僕の親も。

僕は予備校を辞めて、働き始めた。

お金も時間も余裕もない暮らし。

だけど、僕は彼女と、生まれてくる子供と、ちょっとだけゲームがあればそれで良くて、

それは彼女も同じだった。

 

 

 

「……ね。なんで、君は、僕と一緒になったの?」

双子を抱く彼女に問いかける。

「あなたは、ゲームをやりなおさないから」

僕の妻、僕の子どもの母が答える。

バラクエ5は、まだやり続けている。

主人公たちはとっくにレベル99になった。

それでも、仲間になるモンスターは全部揃ってないし、レベル上げも完成していない。

「私ね──親が離婚してるんだ。それも何度も再婚して、また別れて。

そのたんびに家族がバラバラになって、私はひとりになって……」

だから、一度はじめたらやりなおさないあなたを選んだ、と彼女は笑った。

最初に選んだ女の子とどこまでも旅を続けて。

子供を産ませて、家族になって。

全部のアイテムを集めて。

全部のモンスターを仲間にして。

それでも、まだまだいっしょにいて。

そんな人といっしょになりたくて、あなたを選んだ。

彼女はそう言ってキスをした。

 

 

「――それにね、レベル上げを最後まで続ける人はね、臆病なの」

臆病だから、一度手に入れたものを絶対に離さない。

離さないから、どんどんレベルが上がっていく。

レベルが上がるから、――もう最初からやり直せない。

 

 

双子が眠ったことを確認して、彼女は、そっと服を脱ぎだした。

あれから、何度彼女とセックスしただろう。

二人は、ことばがいらないくらい相手を知り尽くして、

それでもまだ、全部を掘りおこしきれていない相手に夢中だった。

こんなに僕を喜ばせる唇と指と性器を持つ女性に、僕は二度とめぐり合えないだろう。

こんなに君を喜ばせるほど君の性癖を知り尽くした男性に、君は二度とめぐり合えないだろう。

手に入れた幸せのいくつかは、まったく幸運のなしえたもので、

それは、もう一度やり直しても、絶対に再入手はできない。

臆病な二人が臆病さゆえに互いの周りに築きあげたものは、失えば二度と手に入らない。

だから、たとえ、時間を巻き戻すことができたとしても、

二人は今以外を、互い以外のパートナーを選んでやり直せない。やり直さない。

だから、僕らは、ずっといっしょにいるんだ。

 

 

Fin

 

 

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