<嫉妬妻・道明寺静子>

 

そうですか。

貴女が、主人の初恋の方ですか。

高校時代の同級生。幼馴染だったんですか。

ああ、お名前はうかがったことがありますよ。

私はもともと主人の親戚でございますから、近所に住んでおりましたもの。

え、それは知っている。

ほほ。まあ、道明寺の本家といえば、このあたりで知らない人間はおりませんものね。

主人は、その分家から婿養子に来ていただきました。

ええ、おっしゃるとおり政略結婚でございますわ。

東京の大学から戻ってから県庁につとめた主人と結婚いたしまして、もう五年になりますか。

主人には、そのうち役所のほうも辞めていただいて、

道明寺の事業を継いでいただくことになっています。

 

それにしても――。

主人が、貴女と浮気をしたのですか。

高校時代の同窓会で再会して、二次会でお酒を過ごして、

盛り上がったそのまま、ふらふらとホテルへ。

よくある話でございますね。

主人は、不倫するような人には思えなかったのですが……。

やはり、婿養子という立場はストレスがたまるものなのでしょうね。

私は、できるだけあの人を立てるようにしていたつもりですが、

まだまだ足りなかったみたいでございますね。今後は、気をつけますわ。

親戚筋にも釘を刺しておきます。そうね、叔父の二、三人を本社の役員から外しましょう。

もともと主人を社長に据えるのに邪魔な存在でしたから、一石二鳥です。

ご指摘ありがとうございました。

――では、これ、手切れ金です。

貴女の年収の三倍くらいはあるはずでございます。

はい。

……あらあら、不調法をいたしましたわ。

床の上にお金をばらまいてしまいました。

……拾ったらいかがですか? ――乞食のように。

 

それでは失礼しますわ。

え、まだ話は終わっていない?

──あの人は、私のことを本気で愛している、ですって?

──あの人と離婚してくれ、ですって?

……おかしなことをおっしゃる方ですこと。

私は、主人の妻でございますよ。

あの人が一回や二回、いいえ、百回や千回浮気しようと、本妻はこの私です。

私は、主人の子供を産む女でございますし、主人と同じ墓に入る女でもございますわ。

たとえば、もし主人が貴女と浮気をしている最中に死んでしまうようなことがあっても、

主人のお葬式の喪主は、私以外の誰にも勤められませんし、

貴女などは親戚席の端っこにも座れず、弔問客としてお焼香をするのがせいぜい。

いいえ、貴女など、入り口で追い返してしまいますがね。

卑しい雌犬に、道明寺の屋敷の敷居をまたがれるのは、御免こうむりますから。

 

だいたい、貴女には、離婚されたご主人との間に小さなお子さんまでいるではないですか。

どの顔下げて、私の主人といっしょになりたい、となどおっしゃるのです?

あの人は娘を引き取ってもいい、と言った、ですって?

……アルコールが入っていれば、そんなことも口走ってしまうかもしれませんね。

私の気遣いが足りずに、ずいぶんと辛い思いをさせてしまっていたようですから、

たまには女の前でそんな大きなことでも言ってみたくなったのでしょう。

それを真に受けるなんて、貴女もまるで子供ですわね。

……らちがあきませんわね。

少し場所を変えてお話いたしましょうか。

ああ、こちらのお代は結構ですわ。私がお支払いいたします。

道明寺が代々ひいきにしている料亭の特別室ですわ、

とてもとても貴女などが払える金額ではありません。

 

 

敷島。

港の第四事務所にまわってちょうだい。

そう、倉庫のほうの。

あそこなら、誰にも見られることなく、こちらの方とゆっくりお話が出来るわ。

さて、何をお話していたのでしたか。

ああ、そうそう。

貴女が、主人を愛しているだのなんだの、というお話でしたか。

え。

運転手の女性に聞かれるのはまずい、ですって。

心配はご無用ですわ。

この敷島は、運転手ではございません。

この敷島は、代々道明寺に仕える家のもので、私の秘書でございますの。

もちろんお抱えの運転手は何人もおりますが、

こうした秘密のお話には、敷島に骨を折ってもらうほうが万事安心ですから。

ふふ、あんなにほっそりしているのに、敷島は凄腕のSPなのですよ。

ええと、なんて言ったかしら、アメリカの格闘技。

――そうそうマーシャルアーツ、でございました。

あれの大会で優勝したこともございますのよ。

私のボディーガードとしても絶対の信用をおける人間でございます。

ですから敷島に聞かれてまずいことなどございません。

存分に、貴女のいいたいことを主張なさってください。

 

――ふう。

あら、失礼。

思わずため息をついてしまいましたわ。

あなたの言うことがあまりにも、わがままで子供っぽいことでございましたから。

そんなことだから、前のご主人にも愛想を尽かされたのではございませんか?

なんでも、離婚前から別な男とよろしくしていたくせに、

それをかくして慰謝料と養育料をせしめたというお話ですが。

あげく離婚してみればその男にも逃げられ、にっちもさっちも行かなくなったところで、

すっかり立派になった昔の恋人――ああ、貴女のような軽い人間は元カレ、とか呼ぶのでしたっけ?

――に再会して、娘ともども面倒見てもらおうと擦り寄ったわけでございますね。

え?

なぜそんなことまで知っているか、ですって。

この街で、道明寺が知らないことなどございません。

貴女もご存知でしょう。

市内の人間の半分は道明寺の経営する会社につとめていますし、

のこりの半分は、それを相手に商売している人間ですわ。

 

ほほ、女王様気取りなのね、ですって?

そんなつもりはございませんわ。

私は道明寺の本家の人間ですが、女あるじではございません。

当主はあくまで、主人。

私は、その主人を愛する本妻というだけでございます。

え? 主人を、愛しているのか、ですって?

――何をおっしゃるのですか。

私ほど主人を愛している女は世界中のどこを探してもおりませんわ。

ああ、たしかに私どもは政略結婚で結ばれましたわ。

それがなにか?

お見合いであろうが、政略結婚であろうが、

愛し合っていないということにはならないでしょう。

私にとって主人は、はじめての、そして生涯ただ一人の男性でございます。

……そうですか。

貴女のように、年端もいかない子供の頃から軽々しい恋愛もどきに浮かれていた方には

理解できないことなのかもしれませんが、名門の血筋にあっては、

結婚してからはぐくむ深い愛のほうが、むしろ普通のことなのですよ。

……ほほ。

疑りますか、私の、主人への愛を。

侮辱しますか、私の、主人への想いを……。

 

 

……ああ、いつの間にか到着いたしましたね。

こちらでございます。

え、立派な事務所、ですって?

一番使われていない倉庫の監理事務所ですから、立派も何もありませんわ。

まあ、お入りください。

 

――あら、どうなさいました。

そんなに怯えた顔をなさって。

ああ、この方たちですか。

いわゆる、やくざという人たちですね。

安心してよろしいですよ。

やくざと言っても、いわゆる指定広域暴力団、

つまり「二つの都道府県にまたがって活動する暴力団」ではございません。

この街に昔からある組の人です。

――それが、なんでここに、ですって?

先ほど言ったでございましょう。

この街の人間の半分は、道明寺相手の商売で暮らしている者だと。

この方々も、そういう人たちです。

今日のお仕事は――裏ビデオの撮影、ですわ。

もちろん主演女優は、貴女です。

頑張ってくださいね。

 

――まったく。

いつまで泣いているのですか。

せっかく顔にもあそこにもモザイクをかけない裏ビデオを撮ってあげているのに

泣き顔では面白くないでしょう。

貴女は美人ではないのですから、せめて愛嬌くらい振舞ったらいかがですか?

ほら、撮りなおしますわよ。

 

ふふ、やれば出来るではないですか。

私はアダルトビデオなどにはまったく詳しくないのですが、

傍から見ている分には、なかなかいいシーンが撮れたみたいですわね。

敷島に聞きましたが、お相手したやくざさん、貴女のフェラチオが結構よかったと言ったそうよ。

……主人にもしたのですか?

そうですか。

酔っ払って、すぐにセックスしてしまったので、主人にはしなかったのですね。

よかった。

あの人、フェラチオされるのがとても好きですから。

私がしゃぶってあげると、すぐにイってしまいますの。

私の頭をこうしてぐいぐい抑えて、最後の一滴まで私の口の中に出すのでございますよ。

私はこぼさぬように気をつけながら、尿道に残った分もちゅるちゅると吸い上げます。

その後、私は、主人の精液をくちゃくちゃと口の中で味わってから飲み込みますの。

主人は私に精液を飲んでみせると、とても喜ぶので、新婚初夜から毎日そうしていますわ。

フェラチオの後で、私の顔に精液をかけるのも好きなのでございますが、

貴女は、それもしてもらえなかったのですね。

……つまり、主人は貴女のことがそんなに好きではなかった、ということですわね?

あら、何ですございますか、その顔は。

私を睨みつけて、何か言いたいのでございますか。

ほほ。

その前に、次のシーンの撮影でございますよ。

ああ、そう言えば、このビデオのタイトルをお伝えしておりませんでしたね。

『バツイチ妻中出し輪姦祭り』だそうです。

 

 

まあ、まあ。

そんなに雌犬のようにさかって……。

見ている私のほうが吐き気がしてまいりましたわ。

気品とか、人間としての尊厳とか、貴女にはないのですか。

……なさそうですね。

そんなにあさましく腰を振って、卑猥なことばを自分から発して。

こんな女が、私の大事な主人と、一夜とはいえ床をともにしたかと思うと、

哀しくなってしまいますわ。

まあ、このビデオは、そのうち幼稚園に通っているあなたの娘さんにも

見せてあげることにしましょう。

 

そうそう、主人は貴女とセックスした時、コンドームを使ってたそうですね。

さすがは私の主人。

酔っていても、そうしたことにはちゃんと気がつくのですね。

こんな汚れた女とはじめから真剣に愛し合うつもりはなかったのでございましょう。

ちなみに、主人と私とセックスするときは、一度も使ったことはございませんわ。

夫婦の営みで避妊する必要などございませんもの。

まあ、貴女は、今、夫でもないやくざの精液を子宮に流し込まれている最中ですけどね。

そういえば、貴女、今週あたり、危ない日だったのではありませんこと?

よかったですわねえ。

娘さんに、弟か、妹かプレゼントできますわよ。

ぜひとも、やくざさんの精子で孕んで、貴女に似た下品な子供を産んでくださいな。

あら、貴女、もう聞いていないみたいですね。

白目をむいて、泡までふいて。

なんて、はしたない。

敷島、運転手に連絡してこちらに来るよう命令して。

私は、その車に乗って屋敷に帰るわ。

もうすぐ、あの人が帰ってくる時間ですもの、

夕支度の差配をしなければならないわ。

あとのことは、お願いするわね。

そうそう、この人が借りていたお金の借用書、手に入ったかしら?

そう。

さすがは敷島。手抜かりはないのね。

じゃあ、それをこのやくざさんに差し上げてちょうだい。

今日の「お仕事」の料金はもちろんお支払いしますけど、

お小遣い程度にその女から巻き上げるのもよろしいでしょう。

裏ビデオの売り上げとあわせれば、一石三鳥ですわね。

ああ、車が来たわ。

後は、よしなに。

 

 

あなた。

今日は一緒に帰りませんか。

久しぶりに夕御飯を外で取りましょう。

美味しいお店がありますの。

ほほ、夫婦ですもの、たまにはデートいたしましょう。

結婚している男は、他の女と深い仲になっては問題ですけれども、

自分の奥さんと仲良くする分には、どれだけ深く愛し合っても誰も文句は言いませんわよ。

あら。

どういたしまして?

なにか、ぎくりとしたような。

ほほ、私の勘違いでございましたか。

あ、敷島、そこの角を曲がって。

駅前の歓楽街を通ったほうが近道なの。

お店はこんな騒がしい場所にはありませんから、安心してください。

 

あら。

あなた、どうしましたの? 何を見ていらっしゃるのですか?

まあ!

あれは、いわゆる……<そーぷらんど>という風俗のお店ではありませんこと?

あなたったら、そんなところに興味があったのですか!?

え、ちがう?

今、お店に入っていった女の人が、知っている人だった?

まあ。この間、同窓会で会ったばかり、ですか……。

今の時間帯でしたら、そこにお勤めなのでございましょうかねえ。

……最近は不景気でございますから、借金のかたに、身を売る女性も多いと思います。

この街の景気を建て直すためにも、あなたに早く道明寺の事業を継いでほしいですわ。

え。

……そうですか、あの方は、あなたの初恋の人でございましたか。

申しわけございません。軽々しいことばでした。

――お食事は、やめにいたしましょうか。

……あなた。

――敷島、この道を戻って。

先ほどのラブホテルに入りましょう。

失恋には、時間とセックスが一番の薬ですわ。

ふふ。

そんなお顔をしなくても――私は、あなたの過去の女に嫉妬することなどありませんわよ。

今のあなたの女は、正妻の私ひとり。

そうでございましょう?

でも、人間ですもの。終わった恋に傷つくこともありますわ。

今日は、私がたっぷりなぐさめてあげますわ。

私はあなたの妻ですもの。

あなたの好きなフェラチオもいくらでもしてさしあげますし、

あなたが望む限り何度でも欲望のはけ口になりますわ。

あ、このラブホテルなどがよろしいかしら。

看板に、なにか張り紙がしてありますわね。

「全室カラオケ完備! 秘密裏ビデオも貸し出し上映サービス中!」ですって……。

まあ、破廉恥な。

……でも、たまにはこういうのも、……よいかもしれませんわね。

一生一緒に暮らす男と女ですもの、堅苦しいだけではいられませんわ。

たまには夫婦で裏ビデオでも見ながら激しく交わって、

苦しい過去を全部断ち切るのも、よろしいでしょう。

まあ、『バツイチ妻中出し輪姦祭り』……ですって。

一番いやらしいタイトルですわね。

これを借りてお部屋に行きましょうか。

……今夜は二人っきりで、ゆっくり過ごしましょうね。

――敷島。お屋敷に帰っていいですわよ。

今日はこちらのホテルに泊まります。

明日の朝、迎えにきてちょうだい。

 

 

あらあら。

まあ。

そんなにショックでございましたの、あなた……。

かわいそうに、初恋の人が裏ビデオにまで出ていたなんて……。

それも、あんなにあさましい姿で……。

ああ、泣き止んでください、あなた。

私が慰めてさしあげますから。

 

もう死んでしまいたい、ですって。

そんなことをおっしゃらないでください。

私と一緒に、末永く暮らしましょう。

「自分が死ぬときは、君の上で腹上死だね」って、おっしゃっていたじゃありませんか。

「では、それが百年後のことになるように、あなたの健康を管理いたします」と私もいいました。

約束をやぶっては嫌ですよ。

ほら、こちらを向いてくださいまし。

一生、あなたを裏切らない女がここにいますわ。

一生、あなたしか愛さない女がここにいますわ。

だから、ほら、泣き止んでくださいまし。

そう。

好きにしてよろしいのですよ、私の心も、身体も。

……そう、では、続きはベッドでいたしましょうね。

 

 

え?

来月のこの週末は、東京に?

まあ、大学時代のサークルの同窓会ですか。

ほほ、存分に楽しんできてくださいませ。

あら、この写真。

……まあ、あなたの大学時代のガールフレンドでございましたか……。

 

 

 

――敷島。

 

 

 

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