<お社秘話>

 

 

「……ただいま」

玄関から声がした。

「あっ、星華……!」

私は掃除道具を詰めた籠を持ったまま立ち上がった。

居間に入ると、玄関に続く廊下との境の障子を、私のすぐ下の妹、星華が開けるところだった。

「――おかえりなさい。ちょうどいいところに──」

すー。

ぱたぱたと小走りしてくる私を見た瞬間、星華は開けたときと同じ速度で障子を閉めた。

「ちょ、ちょっと、なんで逃げるの、星華」

すー。

私は内側から障子を開けた。

「……」

すー。

星華は無言で障子を閉めた後で、障子越しに返事をした。

「……美月ねえ、何か企んでる……」

──ううっ、なんて鋭い娘なのかしら。

さすが姉妹の中で一番志津留の力が強いだけのことはある。

すー。

「な、なんのことかしら。おほほ……」

もう一度障子を開けながら、完璧な演技力で反論する。

すー。

「美月ねえが何かを企んでいるのに巻き込まれると、ろくなことにならない」

言いながら星華は再び障子を閉める。

すー。

「た、企むだなんて……。た、ただちょっとお社のお掃除に行くのに手伝って欲しいなあって……」

もういちど障子を開けながら言うと、星華は閉めようとする手を止めた。

はじめて私の言うことに耳をかたむけるような様子で、

「……お社?」

と聞き返してきた。

 

 

「お社」とは、<上の神社>の社殿のことだ。

志津留家の神社として敷地内にあるそれは、定期的に掃除をしてもらっているが、

今日はお手伝いさんたちに任せず、自分たちでそれをやろうと私は星華に提案した。

一瞬だけ小首をかしげた星華は、

「……彰たちが使いそう……なのか?」と聞き返した。

うわあ、鋭い。一発で当てちゃった。

我が妹ながら、私と違って、ほんとどうしてこんなに鋭いのかしら。

おかげで、星華の分の苺大福をこっそり食べちゃう、とかが出来なくて困る。

「……たぶん。――私の勘だと今夜はちょっとつまづいちゃいそうね、あの二人」

私は自他共に認める鈍感女だけど、こういうことに関しての勘は外れたためしがない。

「……」

「あのお社は、彰ちゃんと陽子にとっても縁が深いし、

きっと明日あたり、あそこに行くことになるわよ。明日はお祭りの夜でもあるし」

「……千穂さんたちのを、見たのだったね」

「そうそう。うらやましいわぁ。千穂さんの逢引を特等席で見てたらしいもの」

私は口元に手を当ててくすくす笑った。

──旦那さん──お祖父様の秘書をしている吉岡さん──のとのなれそめを話しているうちに、ついうっかりと、

「<上の神社>で逢引しているところを彰ちゃんと陽子ちゃんとに見られたみたい」

と口を滑らした千穂さんから、半日かけて根掘り葉掘りその様子を聞きだしたことがある。

 

「それで、掃除か……?」

「そう! そのとうり!! わたしは おそうじを てつだう すけっとが ほしかったのです! 」

「……要するに、運転手兼作業員が欲しいと?」

「なかなか りかいが はやい。 おおくの こいびとたちが おやしろで あいをかわしあいました。
まじわるべき うんめいをせおった じゅうろくさいのだんじょが なやみながらむすばれていく すがたは
わたしさえも かんどうさせるものがありました。わたしは このかんどうを
あたえてくれた あのこたちにおれいがしたい! おやしろをきれいにしておいてあげましょう」

──ガシッ。

星華の手が伸びて、私のこめかみを掴んだ。

アイアンクロー……いや、これは<魔のショ○グン・クロー>!?

「いたい、いたいっ!!」

冗談が通じない子だ。……あのゲームは星華のほうがやりこんでいるのに。

このままだと<地獄の○所封じ>をフルコースで食らった上に

チェインソーの<地○の断頭台>でフィニッシュされかねないので、とりあえず謝ることにした。姉の威厳、大暴落。

「……ま、まあ、それはともかく、彰ちゃんと陽子には、きれいなところで素敵な一夜を過ごしてほしいもの」

こめかみを揉みながら言う。

両こめかみと髪の生え際を五本の指で痛めつける拷問技は、星華の得意技だ。

この娘、指先が器用なだけじゃなくて指の力も強いのね。

……ガ○ダムファイトなアニメを見せなくてよかった。

あれは彰ちゃんと陽子がハマった。

「この馬鹿いとこがー! だからお前はアホなのだー!!」

と言いあっていた二人が、今や石破ラブ○ブ天驚拳を使う年頃になった。

これも感慨深い……。

「……」

おっと、星華が剣呑な目をしている。

ちょ、ちょっとキリキリはやめようね……。

「――で、いま、二人は?」

「彰ちゃんはお部屋でお昼寝中。……やっぱり気が張ってて疲れていたみたい。

で、陽子は、彰ちゃんが起きたら釣りに誘おうと、お部屋の前をうろうろしてるわ」

「なるほど──お社に行くなら今ということだな」

「そう。準備は万端よ」

私は、足元に置いた大きな籠を示した。

掃除道具やシーツの包みが入っている。

「……しかたない」

星華はきびすを返した。

今来たばかりの廊下を通って、車庫に行こうとする。

「あ、待って。籠は私が持つから、……お布団、運んでくれない?」

「……」

私が指差した新品の敷布団を見て、星華は、「呆れきった無表情」を顔に浮かべた。

まあ、これが「「親心」というものなのよ。

ちなみに、ごく普通のお布団だ。

ヒガシカワの最高級羽毛布団を置こうと思ったら、千穂さんに

「……それはさすがに露骨過ぎてバレませんか?」

と言われたので、泣く泣く諦めた。

千穂さんいわく、「あんまり柔らかいと体が沈んで、「する」のには不便」というので

まあ、こっちのほうが良かったのかもしれない。

 

「それじゃあ、ちゃちゃっと、やっちゃいましょう!」

神社の裏の沢から水を汲んできた私は腕まくりをした。

御山は「ハイキングに水筒の要らないブナ森」が広がっている。

バケツの水も、そのまま飲めるような綺麗な水だ。

雑巾を絞るのがもったいないくらいだけど、

その分、お社を綺麗にすれば、神様もバチは当てないでくれるだろう。

星華と手分けをして天井や壁のすす払いから始める。

お祭りがある夏に入る前に、お手伝いさんが一回大掃除をしているので、

それほど汚れてはいないが、今日の私は小姑並みに掃除にうるさいのだ。

「……実際、彰にとっては小姑……」

う、うるさいわね。

小姑どころか、陽子が赤ちゃん産んだら伯母さんよ。

それは星華だって同じなのだけれども……。

 

──埃が落ちきるのを待ってから掃き掃除。

──続いて拭き掃除。

 

ふう。

古いだけあって、なかなか大変だったが、星華と二人ならすぐに終わる。

陽子がいれば、もっと早かっただろうけど。

お祖母さまから家事を習った私たち三姉妹は、全員、家事全般が好きだし得意だけど、

それぞれが得手なことは分かれている。

私はお料理が一番得意だし、星華はお裁縫が一番得意、そして陽子はお掃除が一番得意だ。

きっと彰ちゃんは、自分の部屋までお嫁さんにお掃除されちゃうんだろうな。

……エッチな本とかビデオとかの隠し場所には困りそうだ。

「巴里書院」のエロ小説集めを生きがいにしている私とちがって、

陽子は「そういうもの」には、かなり不寛容な娘だ。

発見するたび激怒して捨てにかかるに違いない。

それで彰ちゃんは平謝りに謝って……なだめてるうちに「エロ本より陽子の裸のほうがいい」とか言いだして……。

「……何をニタニタしているの?」

に、ニタニタじゃないわよう。もっと可愛くにっこりと……。

「……とてもそうは見えない」

む、むごいことを言う妹だ。

「――これでお掃除は終わりね。じゃ、新しいお布団を入れましょう」

「……」

星華はうなずいてお布団を運んできた。

古いほうのは、取り替えて、離れた場所に止めた車のほうに運んである。

奥の物入れにお布団とシーツの包みをしまう。

「そうそう、これを忘れちゃいけないわよね」

私は蚊取り線香の缶とライターをその上に置いた。

最近の電気蚊取りも便利だけど、あの匂いが夏らしいので私はこっちのほうが好きだ。

彰ちゃんや陽子も、たぶんそうだろう。

「……さてと」

私の可愛い従兄弟と、私の可愛い末の妹が結ばれる場所として準備は十分整った。

後は……。

私は持ってきた籠の底に残った品を取り出そうとした。

「……美月ねえ、それは何?」

後ろから冷たい声がかかった。

「お、おほほ。ちょっと、その……」

私の手元にある、最新型のビデオカメラ(36時間対応の大容量バッテリー装備)を見る

星華の視線は、液体窒素よりも冷たそうだ。

「……」

「あの、その、ね。やっぱり記念だから、

スーパーファインモードで永久保存とかしておいてあげようかなーって……」

「……」

星華は無言で右手を構えた。

ぬ、貫き手だ。――ブッ○ャーさん直伝の地獄突き!?

「ク、クロスガード!」

私はとっさにビデオカメラを持った手を喉元で交差させた。

「……」

どすっ! どすっ! どすっ!

左右のアバラの下とみぞおちの三箇所に星華の貫き手が刺さる。

「くっ……だ、<打穴○点崩し>とは、マニアックな技を……」

私はがっくりと崩れ落ちながら呟いた。

星華が無言で床に転がったビデオカメラを没収する。

取り返そうと思ったけど、何か一言でも言ったら、今度はキャメル・クラッチされそうなのでやめた。

まだ、ラーメンにされて食べられたくは、ない。

「うう……。じゃ、ビデオに撮らないから、夜、こっそり覗きにくるのはいい?」

掃除道具を片付けながらおそるおそる聞くと、私の五つ下の妹は、無言で見つめ返してきた。

「……」

「……だめ…?」

「……」

星華の無言に、私はそろそろと後ずさった。

ああ。

この間合いだと、アバ○・ストラッシュか、グラ○ド・クロス系の超必殺技?

ちょ、ちょっと、それ天○魔闘の構え……。

いやん、ワニのおじ様、助けて〜! あ、ガシャポンカプセルに封じられてるからダメか。

……だけど、私を見据えていた星華は、ふう、とため息をつくと腕を降ろした。

「――絶対、邪魔はしないこと」

意外な答えに、私はびっくりした。

星華は額に手を当てて首を振り、片付け物を始めた。

思わずお社の中で小躍りしてしまう。

うんうん。

やっぱり星華はいい娘だ。

二十四歳行かず後家の唯一の姉の趣味に、理解がある。

今度、秘蔵の「巴里書院」コレクションを見せてあげる。

そんなことを考えながら、片付けを終えた私たちの耳に、子供の声が聞こえてきたのはその時だった。

 

「ここ、ここだわ、ケンちゃん!」

「――待ってよ、紗紀ちゃん」

はしゃぐような女の子の声と、それを追うような男の子の声。

私と星華は顔を見合わせた。

うなずいて、とん、と床を蹴る。

壁を使った三角とびの要領で、天井の梁の上に乗る。

志津留の一族ならば、これくらいの体術はお手の物だ。

「ここが、きっと<伝説のお社>よ!」

女の子が入り口で歓声をあげたのと、

「ええー、ここは「上の神社」だよー?」

という男の子の声がしたのは、その直後だった。

 

「んー。ここに、お祭りの夜、織姫さまと彦星さまが降りてくるのね!」

男の子――千穂さんの息子のケン坊君だ──の抗議の声に答えず、

女の子──さっき紗紀ちゃんと呼ばれた──は、うっとりとした声を上げた。

「……ケンちゃん。明日の晩、ここに来よう!」

「ええー。やだよぉ……明日の晩って、「下の神社」でお祭り……」

「だから、織姫さまと彦星さまが降りてくるのよ!」

どうやら、女の子は、どこかでこのお社の話を耳にしたらしい。

子供に言うときの、多少脚色されたお話は、逆に好奇心の強い子供を刺激したのだろう。

「……どっちかというと、お屋台に行きたいんだけど……」

夢想家のガールフレンドにくらべて、現実的なケン坊君はおそるおそる提案したが、

「織姫さまを見るほうが、ずっとだいじでしょ!」と紗紀ちゃんに一蹴される。

「うーん。と、とにかく戻ろうよー。六時のバスに乗り遅れちゃうよ」

ケン坊君は、とりあえず、無難な提案でこの場を乗り切ろうとした。

「いっけなーい、じゃ、バス停まで走ろっ! ――じゃ、明日は五時にケンちゃん家に行くから!」

「……<下の神社>に行こうよぉ……」

あわただしく走りながら大声で話する二人の声が遠ざかるまで、私と星華は梁の上にいた。

「……」

無言で床に降り立った星華が、あるかなしかの微笑を唇に浮かべた。

「……優先客が来るね」

「あうう……」

私は、しょんぼりと肩を落とした。

このあたりは、子供たちが大人の逢引や野合を覗いても、とがめない風習がある。

兄、姉たち世代の交わりを見ることで、性的に成長するせいか、

この地域は早婚で、しかも、若い頃から苦楽を共にするために離婚率が極端に低い。

あの子たちが明日覗きにくるのならば、私は遠慮しなければなるまい。

千穂さんたちが、彰ちゃんたちに覗かれながら交わり、ケン坊君を身ごもったように、

明日、彰ちゃんたちは、ケン坊君と紗紀ちゃんに覗かれながら交わり、新しい命を授かるのだろう。

そして、きっとケン坊君と紗紀ちゃんも大人になったときに、同じようにこのお社を使う日が来るだろう。

私は涙を飲んで引き下がった。

「まあ、いいわ。ビデオなら、陽子のお部屋に仕掛ければいいもの」

どげし。

星華の肘がみぞおちに入って私は悶絶した。

……残○拳ハメは卑怯よ、星華……。

 

「……」

「……」

夕飯のとき、彰ちゃんは、なんだか緊張している様子だった。

御飯も無理やり飲み込むような感じだ。

陽子も、平然としているようで、していない。

御飯をぱくぱく食べる姿は頼もしいが、……お刺身にソースかけてどうするの?

まあ、彰ちゃんは気がついていないようだけど……。

「ごちそうさま。――お風呂、先に入っていい?」

陽子の声に、彰ちゃんがびくっと反応する。

二人のあいだでどんな会話が為されたか、聞かなくても全部分かる。

小さい時から、そういう子たちだった。

私の、可愛い二人。

その二人がこれから結ばれて、志津留の血脈をつないでくれる。

気負いすぎて、今晩は、ちょっと失敗しちゃうかもしれないけど、

明日か、あさってくらいには結ばれるだろう。

「ええ、いいわよ」

私は懐紙で口元を拭くふりをして、こっそりと笑った。

星華も、そ知らぬふりだが、唇の端っこに微笑を溜めている。

 

──とりあえずは、私と星華は、「なかなかの小姑」だと自画自賛。

──一年もしないうちに、「なかなかの伯母さん」にもなってあげるから、安心しなさい、二人とも。

 

 

おまけのおまけ

「質問です!! 美月ねえは唯一の趣味が巴里書院集めといいますが、

実は随分ヲタネタが多いのではないでしょうか?」

 

美月「こ、このくらいなら、趣味ではなくて<ヲトメのたしなみ>の範疇だと思いますわ」

星華「……ちがうと思う……」

美月「星華、フォローしてよぅ……。それとビデオ……返して……」

星華「……やり忘れたネタ……?」

美月「そう! (ビデオカメラを構えて)――すてきですわ、あきらちゃん!」

星華「……(無言でビデオを持つ美月の片手を取る)」

美月「ひ、飛○の十字蔓っ! いたい、いたいっ! 

そ、そんな乱暴なことすると、ご近所で悪い子って噂されちゃうわよっ!」

星華「……(さらに力をこめて絞り上げる)」

美月「うう……あなただって、パソコンの部品買いに行くのに、

ビデオキャプターカードは、わざわざ<カメラのさく○や>で買ったくせに……」

星華「……!!(激しく動揺)」

美月「……星華、意外とフリフリ系の服とか作るの好きだもんね。

けっこう陽子に可愛い服作ってあげてたのに、あの子そういうのあんまり着ないから……」

星華「――!!!」

美月「いたい、いたいっ、ボ○ツ掌はひどいわよ。しかも片○右京じゃなくて出○亮子のほうなんて反則っ!!」

 

 

 

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